2017/10/05 - 2017/10/11
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binchanさん
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10月8日日曜日、旅行4日目になりました。
一番興味があったナルヴァの街を一日堪能する日です。
ナルヴァ川沿岸には紀元前5,000年以前の先史時代から人が住んでいました。そして歴史的な記録に初めて登場する12世紀にはすでに貿易の要衝となっていました。何千年にも及ぶ歴史のほとんどの時間を、ナルヴァは貿易で栄える豊かな町として過ごしていたはずです。しかし現在ナルヴァの歴史を調べてみれば、エストニアを支配してきた勢力とロシアに拠点を置く勢力との衝突ばかりが書き連ねられています。
バルトの真珠と称された19世紀の街並みは今は残っていませんが、この町はその厚みのある歴史ゆえに、観光都市として十分な風格を保っています。今日の旅行記は、ナルヴァの回し者的観点で、ナルヴァに行きたくなるような内容になるようがんばります。(無理だろうなあ~、また「それのどこが観光なの」と言われそう…)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今朝はちょっとゆっくり、8:42にホテルを出てバス停へ。
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ホテル最寄りのバス停Puskini 23。
ナルヴァ市バスとIda-Virumaa (イダーヴィル県)のRegional路線が停まります。市バスの路線のみ時刻表が貼り出されています。
ナルヴァ市バスでもユフヴィで買ったバスカードが使えるはずなので、8:48の市バス20番に乗車します。 -
市バスはatko社が運行。予想通りバスカード使えました。ナルヴァ市バスは一乗車0.5ユーロです。
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8:51、jaam(駅前)にて下車。
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駅前にはバスターミナルがあるはずなのですが、現在全面工事中。従来のバスターミナルは、ユフヴィなどより人口が少ない都市に比べても貧相だったので、きっと立派なものを建てるのでしょう。楽しみです。
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ナルヴァ鉄道駅。
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駅前にある石碑。
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Memento mori、死を思え。それ以外何も刻まれていない石碑です。
1941年から44年まで断続的に、ソ連によってシベリアへと多くのエストニア人が強制移住させられました。移送には鉄道が使われたため、その碑が駅前に置かれています。ユフヴィにもありましたね。
何万人ものエストニア人がシベリアに送られ、ほとんどの人が二度と故郷の地を踏むことがなかったというこの強制移住。その空白に、ソ連によってロシア人が移入されたことを考えると、ナルヴァ人口の80%を占めるロシア系住民をどう考えていいのでしょう。私が接した方は、みなさん明るくていい方ばかりだったのです。 -
線路沿いに歩きます。
駅裏に行くための橋があります。線路の向こうには明日行く予定です。 -
9:08、ロシア教会が見えてきました。
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ロシア教会の正式名はНарвский Воскресенский кафедральный собор。
日本語にするとナルヴァキリスト復活大聖堂。 -
日曜日なので信者の方が出入りしています。内部参観はできるようなのですが気が引けて入りませんでした。
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外側を参観。
1890~96年にかけて建設されました。当時ナルヴァにあった織物工場(Kreenholm manufactory)のロシア系従業員のための教会です。 -
ナルヴァの街は1944年のソ連による空爆で壊滅したのですが、この教会は爆撃を免れました。
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聖堂の周囲4か所に、このような祠堂みたいなものがあります。
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それぞれに聖母子、聖人、十字架などが描かれています。
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これはペテロ?
これらの祠堂(?)はどのように使われるのでしょう。教会建築はわかっていないとどう見ていいのかわかりません。でもロシア教会は全体の形が独特で、ただ見るだけでも楽しいです。四角い現代建築の中で、すべてが曲線でできたような外観はほっとします。 -
では次に移動。
ソ連時代に建てられたと思われる集合住宅。一言でソ連時代と言っても、指導者によって様式が違うらしい。これはどの時代のものかわかりませんが、集合住宅を見るのも結構楽しいです。 -
猫さんがお食事中。
じゃましてごめん。 -
住宅の壁に記念プレート発見。
翻訳ソフトに入力すると「若き中尉Grafov J.A ソ連の英雄、1944年2月ナルヴァの戦闘にて落ちる」と出ます。Grafov中尉は第二次世界大戦末期、ソ連がドイツ占領下にあったナルヴァに侵攻した際の指揮官の一人。ナルヴァで戦死しています。 -
これはプレートがあった建物。普通の店舗兼住宅です。その前の道はGrafovの名前がついています。ソ連の将校の名前が通りの名前になっているんですね。
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ナルヴァホテルのところまで歩いてきました。
駅に近いホテルです。 -
ナルヴァホテルの棟続きの建物。廃墟ですね。
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9:22、Aleksandri Suurkiriku tornimuuseum(アレクサンドリ教会)へやってきました。
巨大な鐘楼は街のどこからでも目立ちます。 -
1881~84年に、Kreenholm織物工場のオーナーの資金で建てられました。おそらくは従業員もここに通っていたことでしょう。
アレクサンドリという名前は「Alexander二世」を記念してつけられたようですが、アレクサンダー二世って時のロシア皇帝の?この時代のエストニアはロシア領なので当たり前かもしれませんが、ロシア皇帝はロシア正教なのにね。
建物は二度の世界大戦で破壊されましたが、戦後再建されています。しかしソ連時代には接収されて倉庫にされていたとのこと。やはりロシア教会とは辿る運命が違いますね。教会に戻ったのは1990年です。
この案内板の写真にはまだ鐘楼がありません。倉庫時代を髣髴とさせる外観です。アレクサンドゥリ教会 寺院・教会
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上の案内板と同じような角度から撮ってみました。手前の構造物の上が鐘楼です。
こちらも内部には入りませんでしたが、ロシア教会と違って出入りする人の姿は見られませんでした。礼拝の時間が決まっているのでしょうか。
人口の80%がロシア民族なので、この教会に来る人は少ないのかな。こちらはルーテル派の教会です。 -
裏手に回って全体を撮影。鐘楼側からは全体が入らない。
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川の方まで歩いてきました。
対岸ロシアにあるイヴァンゴロド城が見えます。 -
Rootsi lõvi(スウェーデンのライオン像)
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1700年に、スウェーデンのカール12世がナルヴァでロシアを打ち破ったことを記念したもの。1944年の空襲で破壊されたためこれは再建されたものですが、同じ像がストックホルムにもあるのだそうです。
像正面のMDCCは1700年という意味。どうしてそうなるのかは不明。ご存じの方教えてください。 -
裏のこれは「Sweden remenbers」という意味らしいんですが、翻訳ソフトに入れてもそうは出ません。古語なのかな?
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さらに川の方へ。ストリートビューでは工事中でしたが、こんな立派なボードウォークができてました。
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ボードウォークから階段を下りて川岸へ。
左がナルヴァ城、右がイヴァンゴロド城。この光景がかつてのエストニア5クローン札に描かれていました。2014年の国境問題解決まではエストニアはイヴァンゴロド地区も領土だと主張していましたからね。 -
川岸からふと振り返ると、ボードウォークの下に建物が。
観光施設かとのぞいてみたらフィットネスジムだった。ボート漕ぎマシンの人と目が合っちゃったよ。
いいねえ、ロシアを眺めながらトレーニング。 -
地層発見。ナルヴァ川の浸食で露出したんでしょうね。上の硬そうなのは石灰岩でしょうか。
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ナルヴァ川と紅葉とお城。
こんもりとした樹が生えているのは中洲。中洲はエストニア領なので歩いて行けます。 -
川岸がビーチに。
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警報が鳴ったらすぐにビーチから離れて、というのはおそらく上流にダムがあるから。
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中洲から見たフィットネスジム。なぜここに建物を?と思いましたが、夏場は海の家みたいになるんですね、きっと。
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中洲から見たフレンドシップ橋(国境の橋)。
川岸では釣り人が糸を垂れています。ロシア国境の川がこんなに長閑だとは思わなかった。何か釣れないかなと見ていましたが、一向に釣れる様子がないので次へ向かいます。 -
ここからまたナルヴァ城塞めぐりになりますので、見取り図を。
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Spes防壁(Defense structure Spesを私訳)、図の8番。
ナルヴァ城塞の南東角にあります。川に面してある城壁です。 -
もちろんスウェーデン軍の指揮官Eric Dahlberg(ダールベルグ)による建造。
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Fortuna稜堡(bastion)、図の1番。
この稜堡は後ほど城壁の内側へも行きます。 -
説明板はありますが、17世紀にダールベルグの計画で作ったというお決まり文句だけ。
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城壁に向けて草が踏み分けられています。通ってみましょう。
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城壁まで登ってきました。
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かといってここから城に入れるわけでもない。お城で働く人の秘密の通路かな。
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でも結構近道だったな、下の道なら300mくらいあるところをかなりショートカット。
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ナルヴァ消防隊と書かれた建物。結構古そう。
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鮮やかな木の実がたくさん落ちてました。秋ですねえ。
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路駐?と思ったら渋滞でした。この先に税関とイミグレがあるんですね。国境の町だなあ。
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