2017/10/05 - 2017/10/11
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binchanさん
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10月9日月曜日、旅行5日目。
朝一番の列車でヴァイヴァラの強制収容所跡石碑を見に行き、バスでナルヴァに帰るためにシラマエの町までやってきました。バス待ちの間にちょっと街見物と思ったのですが、思ったより面白そうなので滞在時間を少し伸ばして資料館を参観することにしました。
人口13,666人(2017年)、エストニアで9番目の人口を持つ市、Sillamäe(シラマエ)。16世紀初頭から町があったことがわかっています。
美しい海岸を持つこの町は19世紀から20世紀にかけては人気のリゾート地で、著名な学者や作家も訪れました。当時は3つの有名な邸宅があったそうです。そんな優雅な町に変化が訪れたのは1920年代から。シェールオイルの精製工場が作られ、工業化されていったのです。環境は汚染され保養地としての価値はなくなってしまいました。
第二次世界大戦以前から工業化されていたシラマエですが、当時の工場や港は現在残ってはいません。すべて戦争で破壊されてしまったからです。破壊されつくした町に、ソ連はウランの精製工場を建設しました。そしてシラマエは許可なく近寄ることもできない、地図にも載らない、秘密の軍需都市として長い月日を経ました。
この秘密都市に住むことが許されたのはロシア人だけ。元の居住者は追い出され、ソ連から技術者や労働者が移入してきました。プラント建設には戦争捕虜も動員されたそうですが、軍事機密にかかわったこれらの捕虜は帰国できたのだろうか…。
1989年のシラマエではエストニア語を話す住人はわずか2.5%であったという統計もあります。現在もエストニア北東部にロシア系住民が多いのは、こういったことが原因の一つです。
このあたりには微量ながらウラニウムの鉱床があり、当初はそれを精製していましたが、のちには他の共産圏から輸入して使用しました。当然核廃棄物が蓄積されソ連時代は安全に処理されることもなかったそうです。独立後安全に処理されたとのこと。
ソ連政府の肝いりで建設されたこの町。ネオクラシック様式の美しい街並みにそんな歴史があったとは…。グーグルマップでシラマエを見ると、港付近に「化学工場」という表示があり現在もレアアースやレアメタルの生産を行っています。親会社のNeo Performance Materials(2016年より傘下)は日本にも事務所を持っています。
最近エストニアはITの国として紹介されることが多いですが、戦前から受け継がれる鉱工業は今もエストニア経済の土台なんですね。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
9:20、Sillamäe kultuurimaja(シラマエカルチャーセンター)の中へ入ってみました。受付の初老の女性に英語で「ここにソ連時代の博物館があると聞いたのですが」と話しかけると、「ごめんなさい、英語話せないのよ、ちょっと待ってね」とジェスチャーし、内線で若い係員さんを呼んでくれました。
中を見学できるようです。入場料は1ユーロ。 -
案内してくれるのは聞き取りやすい英語を話す30歳くらいのロシア系女性。まずは地下へと向かいます。
Muuseum(博物館)と書かれた鉄製の二重扉を開けて中に入ります。博物館とは思えないものものしさ。 -
カルチャーセンターの地下は防空壕(ボムシェルター)だったんですって。ここはソ連時代の資料館(Nõukogudeaegne Sillamäe)の展示室として利用されています。
これはシェルターの換気装置。 -
これが出入口。
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外への通路。冷戦下の軍需都市ならではですね。
なんて過去のことのように考えがちですが、現在もシェルターを作っている会社には生産が追いつかないほどの注文があるのだそう。地震や大雨の際の避難場所は広報されているけれど、空襲があったらどこへ避難すればいいのかわからない。大地震と同じくらい可能性がありそうなのに…。 -
緊迫感あふれる防空壕ですが、貼ってあるポスターはかつての人気ミュージシャンたち。カルチャーセンターのホールで公演したんですって。
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次室はソ連時代の史料が展示されています。
机に置いてある本は、優秀な労働者を表彰した記録。これらに記録されているのは全員ロシア人。この町でエストニア人が働くことは許されていませんでした。 -
エストニア・ソヴィエト社会主義共和国の旗。
エストニアはソヴィエト連邦を形成する共和国でした。 -
これも工場の何かだった記憶ですが、詳細を忘れてしまった。
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これはフルシチョフの若いころの肖像画だったと思うのですが…。ちょっとあやふや。
案内の人が「これはニキータ・フルシチョフです」とドヤ顔で言うんですよね。私にとっては「ソ連時代」は一続きの時代なのですが、当時を知る人にとっては指導者が変わるというのは時代が変わるということ。フルシチョフはスターリンとは違う時代を作った、ソ連にとってもエストニアにとっても重要な人物だと強調しましていました。
それにしても、ソ連書記長の「つるふさの法則」では彼は「つる」に分類されています。当然ですが若いころはあったんですよね~。 -
これは当時の家事事典。料理の裏技や掃除の仕方など、主婦が頼りにする本だったようです。
こういった情報が母親から娘、姑から嫁へと受け継がれず、本を頼りにするのも、故郷を離れエストニアにやってきた当時のロシア系住人たちならではの事情かな、と思ったりしました。 -
切符や切手。ボケボケですみません。
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赤い星の中は、レーニンの子供の頃の写真。記念日などに子供たちがつけていたそうです。
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スターリンの肖像画。これについては何もコメントがありませんでした。
ソ連が国として確立する時期に彼が指導者でなければ、その後の世界が変わっていた?それとも別の人が同じようにしたかな。 -
これも何だったかよく覚えていない。でも比較的ちゃんと撮れた写真なので載せておきます。
手帳のようなものに書かれている文字を翻訳ソフトに入れてみると、身分証明書のようです。中にはエストニア語が付記されているものもあるので、当時100%エストニア語が使われなかったわけではないんですね。 -
これは警察の制服だったかな。
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で、確かこれが国境警備隊。
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これが海軍。
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パスポート、労働証明書など。
真ん中の緑のものは「出生証明書」。案内の人も1988年生まれだから持っていると言っていました。 -
テレビとラジオのツーインワン。この形のテレビ、ソ連時代の映像によく出てきますよね。
続いてカルチャーセンターのホールを見学します。 -
まずはロビーの柱から。
一番手前のものは1949年建築当時の本物。それ以外はそれに似せて作った新しいものだそうです。 -
カルチャーセンターは労働者のための娯楽施設なのですが、手を抜かない豪華さ。
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天井にはソ連の鎌と槌。
エストニア民族にとってソ連は抑圧者だったけれど、ソ連的なものの全てが悪いわけではないですからね。 -
劇場。
舞台左右にマルクスとレーニンのレリーフ。 -
天井のシャンデリアは、レニングラード(現サンクトペテルブルグ)で特注されたもの。誰だかが私財を投じて最高のものを作ったと言っていたような…。
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ホールにはロシアの偉人の肖像画。これは映画監督と言っていたけれど、名前は聞き取れなかった。この時代にすでに著名だった映画監督を検索すると、エイゼンシュテインくらいしか見つからなかったけれど、どう見ても彼じゃないしね。
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この三名はムソルグスキー、チャイコフスキー、ストラヴィンスキーと言われた気がしましたが、一番右がどう見てもストラヴィンスキーじゃない。誰?
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これはチェーホフ。
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とてもカラフルな壁。建築当時の色を再現しているのだそうです。
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二階席から見た舞台。
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この貴賓席みたいなのは1960年代に新設されたんだそうです。
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これらの座席はイタリア製といっていたような。
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1Fの座席は取り外しができ、フロアーでダンスを行うこともできるとのこと。
充実していた!私一人に案内の人がついてくれて、1ユーロでこの充実感。見学してよかった。
まだ少し時間があるので、もう少し街歩きします。
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