2017/10/05 - 2017/10/11
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binchanさん
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10月7日土曜日、旅行3日目。
ユフヴィという地方都市に一泊する理由となったのは「Kaevandusmuuseum(鉱山博物館)」に行くため。廃鉱となったオイルシェール鉱山が博物館になっているのです。朝一番にコホトラヤルヴェ市に寄ったのも、そこがオイルシェール産業の拠点だったから。なぜこんなに産業観光資源に惹かれるのか、自分でも不思議ですがこういう場所を見つけると無性に行きたくなります。それがネットでもなかなか情報が得られないとなるとなおさら。自分で確かめなくては気が済みません。
http://kaevandusmuuseum.ee/eng/
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
9:57、Järve vene gümnaasiumから43番バス(イダーヴィル県Regional路線)に乗車。sebe社運行のRegional路線なのでバスカードは使えません。
時刻表より5分ほど遅れて来ましたが、全体に、バスとしては許容範囲の早着や遅れで運行していたと思います。 -
10:08、予定時刻より若干早く終点Kaevanduspark(カエヴァンドゥスパルク:鉱山公園)着。
バスは折り返し運転されるけど、いったん操車場で待機するんだな。帰りのバスを逃さないよう入念にチェック。 -
遠くに見えるのが博物館として保存されている鉱山施設。道の奥を歩いているのは同じバスで到着した人たちで、おそらく職員さん。
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採掘場全体が展示場になっていて、坑道や作業場、ボイラー室など様々な施設が保存されています。
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見取り図アップ。
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各設備の名前リスト。
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リストの続き。
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では実際に見て回りましょう。
見どころには鉱山で使われていた器具を利用した案内看板が設置されています。 -
⑨工作室
(番号は見取り図の番号) -
工作室は4つのセクションにわかれていました。
1)機械部門:採掘で使用する機器の修理、予備部品の組み立て。
2)電機部門:機械部品の修理、危険を伴う電気装備のテスト、照明設備の組み立て、電気機器の乾燥。
3)金属加工部門:あらゆる装置の製作(溶接など)。
4)水力部門:水力発動機、水圧器(?)、水圧ホース、水力発電所の修理。
※以下、説明文の訳は私訳です(誤訳の可能性大)。省略、追加もしています。 -
工作室の建物。内部は廃墟。見学できないようです。
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裏に回ってみました。保存しているっていうか、放置っていうか…。でも本当に放置していたらもっとひどいことになっているに違いない。
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古そうなドア。
内部天井には5トンのクレーンが設置され、床には600mmゲージのレールが敷かれていたそうです。 -
⑩管理棟
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当初(一度目の独立期)に建てられた小さな木造の棟は1960年(ソ連時代)に建替えられました。
1990年代中ごろ(現エストニア共和国時代)、最新のブリキ屋根に葺き替えたいと現場監督が経営者に申し出ましたが、費用が高額であることから却下。結局許可を得ないまま、費用もごまかして葺き替えてしまいました。
ところが、屋根を変えた途端に屋根裏にコバエが大発生。暑い夏に3Fは窓も開けられない事態に。殺虫剤を使ったりして対処するも効果はなく、手の打ちようがない状態でしたが、凍える冬の到来とともに問題は解決しましたとさ。
この情報いる? -
現在は事務所、およびホステルとして利用されています。今でも夏にはコバエが発生するのだろうか。窓から見える様子からすると、コバエがいなくてもあまり居心地はよさそうに見えなかった。
このKaevandusmuuseumi Hostel はブッキングドットコムなどでも予約できます。 -
上二つのプレート、EU structural Fundsの支援を受けていることを表しています。エストニアではこのプレートをよく見かけます。
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Kohtla Kaevandus(コホトラ鉱山)、1937~2001年まで操業していました。
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オイルシェールを積んだ貨車。
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石碑発見。
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操業開始50周年記念碑。摩滅(風化?)と苔であまりいい状態ではない。
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⑩左の逆L型の建物、調理場
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1970年代後期から鉱山労働者に温かい食事を供給することが奨励されるようになります。労働者の健康に注意が払われるようになったようです。しかしその実行はなかなか大変なことで、当初スープは住民の(家の?)調理場で調理され、軍用魔法瓶で坑道まで運ばれました(坑道で食事していたんですね)。長い行程を運ぶので、到着するころには冷めてしまっていることも。それでいて食事は自腹だったため絶えずもめごと。
当初この調理場はその魔法瓶を洗う場所でしたが、やがてここで調理するようになりました。
説明書きに「Leninist Saturdays(レーニン主義の土曜日?)」とありますが、労働奉仕(スボートニク)のことでしょうか。社会主義国では当たり前の用語なのでしょうが、どんなのもなのかよくわかりません。 -
調理場の建物。
窓から見える室内は、誰かのお宅って感じ。ホステルの従業員さんの家かな? -
⑪温室
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この温室は1974年、汎ソヴィエトキャンペーンの一環として造られました。目的は鉱山労働者の食糧不足解消のための予備農場として。しかし温室で食糧増産しようという費用がかかりすぎる計画は頓挫。結局この温室は労働者の誕生日や記念日にプレゼントする花を育てていたのみでした。
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現在温室の隣がバーベキュー場⑬、温室もその一部として使われているみたいです。
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温室内部。外観を撮影し忘れました。
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⑫ボイラー室
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粘性が安定しないオイルを燃料にしていたため、ボイラーはよく故障していたそうです。燃焼が不十分で煙が充満したりするボイラー室での作業は大変だったとのこと。
ボイラーはセントラルヒーティングとお湯を沸かすために使われていたのですが、現場とボイラーは遠く離れておりエネルギーのロスも多く、暖房をいきわたらせることは難しかったようですね。-25度になると緊急体制がとられ、誰であれ機械主任の許可なくセントラルヒーティングを弄ることは禁止されていました。
-25度で暖房のない作業場で働くなんて考えられませんが、きっとそんなこともあったんでしょうね。 -
ボイラー室遠景。事故を防ぐためにこんな場所にあるのでしょうか。
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建物から左に出ているパイプがヒーティングパイプかな。
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③重機
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採掘や運搬に使われた重機、機材が展示されていました。
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1)underground loader TORO301D
ヴィル鉱山で使わていたもの。 -
2)underground loader TORO400
これもヴィル鉱山で使われていたもの。 -
3)bulldozer DET-250-M2
エストニアエネルギー・ナルヴァ発電所で使用されていたもの。 -
4)drilling machine BOA
ヴィル鉱山で使用されていたもの。 -
5)cutting machine
ヴィル鉱山で使用されていたもの。 -
6)坑道から水を排水するためのポンプ
この鉱山(コホトラ鉱山)で使用されていました。 -
7)loading machine
この鉱山(コホトラ鉱山)で使われていました。 -
⑭車両一式(rolling stock)
坑道で使用されていたトロッコ列車。 -
ここに作業員さんたちが乗って採掘の最前線へと向かいました。
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①中央プラント(複合作業場)
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1956年にこの集中作業場ができ、オイルシェールの積み出しが合理化され、また混入物の少ない質の高い製品を生産できるようになりました。
オイルシェールは見た目は岩です。鉱脈といえども不純物もありますし、鉱脈に行き当たるまでは普通の地層(主にライムストーン:石灰岩)を掘り進む必要があります。それらが混ざったままの鉱石を、長さ177メートルのコンベアで高さ26mの作業場へと運びます。
そこは床がメッシュスクリーン(ふるい)になっていて、そこに落とされた鉱石はまず大きさで選別されます。300m以下のものは2層下にあるコンベアに運ばれ専用バンカーに入ります(おそらくこれは製品にならない)。
大きな鉱石は次のコンベアに運ばれ、手作業で石灰岩が取り除かれます。坑道での仕事に比べ賃金が低かったこの作業には女性が就きました。しかし、ずっと立ちっぱなしで重い岩石を持ち上げる仕事は決して楽なものではなかったそうです。女性は手際が良く、男性より仕事の効率がよかったとのこと。だけど安い賃金なんですね~。
新たな技術により1970年代にはこの作業は機械化が可能になってはいたのですが、この鉱山では閉山する2001年まで女性たちによって手作業されていました。
取り除かれた石灰岩は専用バンカーに集められ、野外に積み上げられました。周辺にある石の小山はそれでできたものです。列車からも同様の小山が見えましたね。東部エストニアにはこの手の小山がたくさんあります。
ここではその小山を利用したアウトドアスポーツの公園が作られています。冬はスキー場にもなるそうです。発電所の燃焼灰でできた小山とは違い、有害物質もなく安全とのこと。 -
これがその建物。博物館のメインです。
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コンベア。
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そろそろ開館時間なので入ってみます。
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開館時間は季節によって変わります。この時期は11:00開館ですがHPには10:00~と書かれています。実際11:00より前にドアは開いていました。ガイドツアーの予約が11:00~という意味だと思います。
次の旅行記ではそのガイドツアーに参加します。
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