2017/10/05 - 2017/10/11
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binchanさん
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10月6日金曜日、旅行二日目。
11:43、ユフヴィ到着後、ホテルにチェックイン。まずは市内散策へ出かけます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ホテルから徒歩3分のところにあるツーリストインフォメーションへ。
ここがそうだと思っていたのですが、入ってみるとなんだか違う雰囲気。受付にいた女性に聞いてみましたが英語通じず。胸に手を当てて「申し訳ないわ」といった仕草をして、わかる人を呼んでくれました。
ツーリストインフォメーションは建物の左奥にあるらしい。
グーグルマップではここがコホトラヌンメの鉱山博物館となっていますが、それは間違いです。ここは図書館です。 -
建物の前にあったアート。ハリネズミ?
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建物の側面にツーリストインフォメーションがありました。
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あれ、この時期は12:00オープン。11:00からやってると勘違いしてました。
まあいいか、部屋にあった地図以上のものがあるとも思えないし。 -
続いて、ホテルにあった写真で除幕式していた独立戦争記念碑。
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正面には碑文。若干摩滅していて、読み取れるとおりに翻訳ソフトに入れても意味のない文になてしまう。
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側面。独立戦争を戦った兵士の名前でしょうか。
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背面に兵士のレリーフ。
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背面全体。
上部にある十字架の中のマーク、ナチス武装親衛隊のエストニア師団(20. Eesti relvagrenaderide SS-diviis)のものですよね。でもこの記念碑が最初に建てられた当時1935年はエストニアは独立国だったのに。要するに、SSエストニア師団はエストニア国防軍のマークをそのまま使っていたということでしょうか。
この碑は1942年にソ連によって破壊されました。現在のものは1993年に再建されたものです。 -
記念碑がある公園に隣接してあるのがMihkli kirik(聖ミカエル教会)。
13世紀中ごろに造られたこの教会は、2メートルの厚さの壁が特徴だそう。エストニアで最もよく保存されている城塞化された教会で身廊が一つの教会建築としてはエストニア最大とのことです。「城塞化された教会」ってどういうこと? -
この教会には博物館が併設されているので楽しみにしていました。
このポスターにも火曜日から金曜日は11:00~16:00、土曜日も11:00~15:00まで開いていると書いてあるし、古い墳墓の発掘品も展示されており、多言語のオーディオガイドもあると観光局のサイトには書いてあった。 -
しかし、扉はがっちり閉まっている。開けにくいだけかもしれないので何度かガタガタさせてみたら、中から人の声が。「エクスキューズミー」と叫んでみたものの返答もなし。
上の写真の内容を翻訳ソフトに入力してみると、10月1日から5月1日の土曜日はあらかじめ連絡がいるって書いてあるけれど、今日は金曜日なのに…。
まあ、人がいるのに開けてくれないってことは、入れないってことですよね。 -
残念。せめて外側をじっくり見よう。
教会が最初に建てられたのはエストニア北部(ユフヴィを含む)がデンマークに支配されていた頃。そもそもエストニアが諸外国に支配されるようになったのは、ローマ教皇の北方十字軍によるキリスト教化が始まり。
14世紀中ごろに北部エストニアはドイツ系のチュートン騎士団に売却され、さらにリヴォニア騎士団(これもドイツ系)に転売され騎士団領となります。この教会が文献に初めて登場するのがこの時期(1367年)。ロシア方面から攻めて来たノヴゴロド公国との戦争の際に、当時の教会は壊されてしまったそうです。
その後、教会は「城塞化」して再建されました。建物はたてこもって戦闘できるような構造になり、武器弾薬が備蓄され、周りを土塁や濠で囲んでいたそうです。城塞の中に教会があるというのはよく見かけますが、教会自体が城塞になっている場合もあるんですねえ。そのような高度に城塞化された状態も1558年のリヴォニア戦争を機に終焉を迎えます。モスクワ・ツァーリ国(かつての敵ノヴゴロド公国はモスクワ大公国に吸収され、そのモスクワ大公国が名を変えた)によって攻略され、燃やされ失われてしまったのです。
その後教会は再建され、現在のような形になったのは18世紀。ん?じゃあ現在の教会は城塞化されてないってこと?14世紀の建築記念碑と書いてあるこのプレートの意味は?昔のように再建したんでしょうか。
私の解釈では心もとないので、興味のある方はこちらで。
http://johvimuuseum.ee/johvi-church/ -
入口のアーチにあった紋章。何の紋章でしょう。
現在この教会はルーテル派です。
エストニア民族の人はルーテル派(ルター派)が多いようです。これは1583~1721年まで続いたスウェーデン時代にこの地域の文化が発展したことの影響でしょう。当時のスウェーデンはルーテル派キリスト教が国教でした。タリンのトームキリクもルーテル派です。 -
教会を眺めていたら鐘が鳴り始めました。やっぱり中に人はいるんだ。
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教会の裏手にまわってみました。何かの碑でしょうか。それとも墓石?何も刻まれていませんでした。
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これも何でしょう?
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これは地理測量ポイント。
碑がないかなあと探しながら歩いているので、時々変圧器とかを石碑だと思って観察しちゃうことも。 -
身廊側から撮影。
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教会を後にして南へと歩いて行くと、今度は本当に石碑があった。
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1865年7月2日に「The first parish liturgical song festival」(初の教区の歌の祭典)が開催された記念らしい。
19世紀のエストニアは帝政ロシアの版図でしたが、民族意識が高まりエストニア語による教育や文学が普及していった時代。国を挙げての歌の祭典が最初に開かれたのは1869年(タルトゥにて)ですが、それ以前にも各地でコーラスの祭典などが開催されていたそうです。ユフヴィでも行われていたんですね。
とりあえず、血なまぐさいことの記念碑じゃないことに癒される。 -
続いてはイダーヴィル県(Ida-Virumaa)の県庁庁舎。ユフヴィは県庁所在地です。
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県庁舎の駐車場の片隅に銅像。
Aleksander Tõnisson (アレクサンデル・トゥニッソン)はエストニア独立戦争時(1918~20年)の陸軍少将。
1875年生まれ。帝政ロシア支配下で軍人になったトゥニッソンは日露戦争にも従軍したんだそうです。1917年からはエストニア独立のためにロシアと戦いました。独立後は minister of defence(国防大臣)を二度務め、軍を退役後はタルトゥとタリンの市長を務めた政治家でもあります。
1941年に侵攻してきたソ連に逮捕され、処刑という最期をとげました。
どうして彼の銅像がユフヴィにあるのかは不明。出身なのかな?
市内観光はもう少し続きます。
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