2016/07/14 - 2016/07/21
19位(同エリア49件中)
ポポポさん
旅行4日目、城内のガイドツアーが終わると城の庭園を観光してチェスキークルムロフを後にしました。
次の観光地は「モラビアの真珠」と呼ばれる世界遺産の街テルチです。テルチはプラハとウィーンの中間、ボヘミアのモラビア高地にあるルネッサンス風のカラフルで可愛らしい建物が並ぶ街です。
「テルチ歴史地区」として世界遺産の登録を受けていますが、まるで絵本に出てくるような街並み続き、町の中心にあるザハリアーシュ広場は欧州で最も美しい広場に一つに数えられています。
小さな街のため短時間で観光できますが、それでもツアーの観光としては短かすぎました。もっとじっくり観光したかったのですが時間の制約があるため、予定通りテルチを出発しウィーンに到着しました。
その日の宿泊先ウィーンでまさかの突然のハプニングに遭遇。トラム沿いの道を歩いていると突然車両が近づき停車。車の窓が開き中から警官らしき人物が顔をだしてパスポートを要求してきました。
車はパトカーではないし、どう見てもニセ警官に見えます。パスポートを取られたら帰国できません。さあ、万事休すです。
いかにしてこの危機を乗り越えたのでしょうか?
それでは続きは旅行記にて。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 読売旅行
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第5の中庭の壁の窓から覗いた景色。聖ヴィート教会を景色に入れてみました。
それにしても雨天で背景の風景が白み、瓦などの色がくすんでしまったのが残念でした。
晴天だったら綺麗だったでしょうに・・・。チェスキー クルムロフ歴史地区 旧市街・古い町並み
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ここは第5の中庭にある展望所。現地のガイドさんがチェスキークルムロフで一番景色がいい場所だから一杯写真を撮ってくださいと勧めた場所です。
確かにここから撮影した風景がWEBなどに沢山掲載されています。
ここからは旧市街のほぼ全域が見渡せるので、地域博物館の展望所とは別の趣がありました。
第5の中庭から城の庭園を見て城の下で待っているバスに乗るまでずっと雨降りで、特にこの中庭の時が一番雨足が強かったです。チェスキー クルムロフ歴史地区 旧市街・古い町並み
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街の東側から南側にかけて順に写真を撮って行きました。
チェスキー クルムロフ歴史地区 旧市街・古い町並み
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城に塔から聖ヴィート教会の範囲まで。
城とヴルタヴァ川を多く入れた方が風景写真としては整っていると思います。チェスキー クルムロフ歴史地区 旧市街・古い町並み
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第4の中庭がある館とブラーシュティ橋。第5の中庭の壁です。
先程の額絵風の写真は、この壁の覗き窓から撮ったものです。
写真の館の中にガイドツアーで見た仮面舞踏会の間があり、ここからブラシュティー橋の上部にある渡り廊下を通って城の庭に行けるようになっています。
一番上の階は領主様の公爵ご夫妻とその家族がお渡りになる場所で、身分や階級により2番目3番目と順に下の廊下を渡ったそうです。
一番身分の低い使用人などは吹きさらしの橋の上を渡ったそうです。
でも、見晴らしは吹きさらしの橋の上が一番いいと思いますけどね。プラーシュティ橋 建造物
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ヴァルタヴァ川と両岸の景色。
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ヴァルタヴァ川と旧市街西側の様子。
チェスキー クルムロフ歴史地区 旧市街・古い町並み
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旧市街の中心地区、町中の様子。
チェスキー クルムロフ歴史地区 旧市街・古い町並み
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その中心地区をアップで。
チェスキー クルムロフ歴史地区 旧市街・古い町並み
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さらに町の東側もアップにしてきました。
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ヴァルタヴァ川沿いの町の風景もアップで。
チェスキー クルムロフ歴史地区 旧市街・古い町並み
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城の庭園の手前にあった建物。ガイドさんの説明では劇場だそうです。確かに演奏者らしいポスターが貼ってありました。
この時はこの建物が城の劇場と思っていました。
ですが、この旅行記を作るにあたって調べて行くと、どうもこの建物は城の劇場(バロック劇場)では無い事が分かってきました。
城の見取り図には冬の乗馬学校と書いてありました。結局城の劇場(バロック劇場)は城の橋を渡った先にあった白い建物だと言うことが判明しました。 -
城の庭園です。これは庭園入り口側から写した庭園の様子。
手入れが行き届いたフランス式庭園 by ポポポさん城の庭園 城・宮殿
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芝生の中には花で模様が描かれていましたが、花はまだ満開になっていませんでした。
バラは7月中旬ですのでもう時期は過ぎていました。でも雨降りだったので緑が綺麗に雨に映えて美しかったですよ。 -
公園の中心にある噴水。
手入れが行き届いたフランス式庭園 by ポポポさん城の庭園 城・宮殿
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この庭園はフランス式庭園で設えてありました。
手入れが行き届いたフランス式庭園 by ポポポさん城の庭園 城・宮殿
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噴水の階段を上がった先にも広々と公園が続いていましたよ。
時間があればもっと散策したかったのですが、なにせツアーで団体行動なもんですから、見学はこの噴水まででした。 -
噴水と庭園
手入れが行き届いたフランス式庭園 by ポポポさん城の庭園 城・宮殿
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芝生の中は花で描かれた意匠です。
城の庭園を出ると城の橋は通らずに北側に下って城を離れ駐車場に待機していたバスに乗り込んでテルチに向かいました。
ここからテルチまでバスで2時間30分の予定です。手入れが行き届いたフランス式庭園 by ポポポさん城の庭園 城・宮殿
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道路の渋滞も無くほぼ時間通りにテルチに到着しました。
ここはテルチの旧市街に入る手前にある大型駐車場です。周囲にはレストランや土産物店がありました。 -
遅ればせながら今回私達を運んでくれたツアーバスです。運転手さんはチェコ人の方、無口で大人しい人でした。
でも終始笑顔で人当たりの良い方でした。 -
テルチの町の入り口では聖人の像がお出迎え。
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テルチの旧市街には北側にあるドルニー門から入ります。
松の木の向こうがドルニー門の入り口。写真には写っていませんが、写真のすぐ左手にはシュテェプニッキー池がありました。北側にある旧市街の入場門。 by ポポポさんドルニー門 建造物
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ここはドルニー門を抜けて旧市街に入る通路です。そして写真の左はテルチ城です。
北側にある旧市街の入場門。 by ポポポさんドルニー門 建造物
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旧市街です。ドルニー門から続く通りを進むとここへ出てきます。丁度三叉路になっている場所で向かって右がテルチ城。
右の二つ尖塔がある教会がイエズス教会、その後ろに一つある塔は聖ヤコブ教会の塔です。絵本から抜け出たように可愛らしい街並み by ポポポさんテルチ歴史地区 旧市街・古い町並み
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テルチ城の全景(南東方向より)。
ゴシック様式からルネッサンス様式に改修された城です。 by ポポポさんテルチ城 城・宮殿
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ザハリアーシュ広場に面した建物群(広場に南側)。
真ん中に丸い塔(?)のようなものがある建物が市庁舎です。絵本から抜け出たように可愛らしい街並み by ポポポさんテルチ歴史地区 旧市街・古い町並み
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こちらは反対側の北側に並ぶ建物群。こちらはルネッサンス様式の建物です。それぞれの建物の外壁の色は異なっていて、絵本から飛び出してきたようにカラフルでかわいい建物です。
これらの建物が面している広場をザハリアーシュ広場と呼んでいます。
ザハリーシアとは1550年に領主となったザハリアーシュ・フラデツから取った名です。
テルチは13世に町が形成され、城と教会はゴシック様式で建てられ、連なる街もゴシック様式で造られました。
その後街として発展を続けていきましたが1386年の大火災で街の多くが焼失してしまいます。
発展を続けてきた街もこれを契機に衰退の道を歩み長く混沌とした月日を重ねるようになりました。
そのような中1550年領主となったザハリアーシュは家をルネッサンス様式に建て替えようと住民に呼びかけました。
そして住民たちは競って美しい家を建て、広場側の切妻の美しさと建物の規模によって自己の富と社会的地位を周囲にアピールしました。それが次々に連なり美しい建物が軒を連ねるようになったのです。
まさに住民の競争心によって造り上げられた町なのです。一方領主のザハリアーシュはゴシック様式の城をルネッサンス様式に改修し、町の大部分がルネッサンス様式へと生まれ変わりました。絵本から抜け出たように可愛らしい街並み by ポポポさんテルチ歴史地区 旧市街・古い町並み
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昼食はザハリアーシュ広場に面したレストランでした。
場所はここ、ホテル・ウ・チェルネーホ・オルラです。このホテルはチェコ料理が楽しめるレストランを併設していて、このホテル1階のレストランで食事をしました。1階のレストランでチェコ料理を食べました。 by ポポポさんホテル ウ セネホ オーラ ホテル
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今日はそんな可愛い街のレストランで食事です。
チーズフライです。味の記憶が無いのですが、味は今一だったのかも。1階のレストランでチェコ料理を食べました。 by ポポポさんホテル ウ セネホ オーラ ホテル
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グラーシュにクネドリーキ添え。クネドリーキは小麦粉やジャガイモから作る茹でパンです。クネドリーキの味は淡泊でした。
人によって好き嫌いがあると思います。1階のレストランでチェコ料理を食べました。 by ポポポさんホテル ウ セネホ オーラ ホテル
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デザートはフルーツ。
食事の後は自由行動です。テルチの観光ではガイドさんがいません。めいめいが好きな所を観光します。といっても時間は40分しかないので、効率的に回らないとすぐ時間が過ぎてしまいます。
今日の食事もいつもの一人参加4人組。
「ねえ〇〇さん、行くとこどこか決めているの?決めているなら一緒に行くから教えて。」、私「教会の塔に登ろうと思っています。」
「あ、いいねいいね。私その案に乗った。〇〇さんに付いていっちゃお。」
私も私もと一人参加者の方は行き先を即決。旅慣れていらっしゃるので、いかに決められた時間を有効に使うか決断が速いんです。
もう少し時間があればウリツキー池に架かる橋の上から町の全景を見たかったのですが、40分の時間では一方しか見ることはできません。
どちらか選択なら迷わず塔の上からの風景を選びます。こうして私たちのグループは行き先を早々と決めました。1階のレストランでチェコ料理を食べました。 by ポポポさんホテル ウ セネホ オーラ ホテル
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登るのは聖ヤコブ教会の塔。14世紀に建てられたゴシック様式の教会です。ここからだと教会は手前の建物の陰に隠れてみえません。もっと近づくと見えましたが、今度は建物が大きすぎて、カメラのファインダーに収まりませんでした。
では教会に行きましょう。塔から望む景色は最高です。 by ポポポさん聖ヤコブ教会 寺院・教会
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先に教会内部を見学しました。
ゴシック建築なので教会の内部はシンプルです。ここは礼拝堂。内部は通常の教会より大分手狭でした。塔から望む景色は最高です。 by ポポポさん聖ヤコブ教会 寺院・教会
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主祭壇の周囲をステンドグラスが取り囲んでいます。また主祭壇の前には磔刑のキリスト像がありました。
ステンドグラスは綺麗でした。塔から望む景色は最高です。 by ポポポさん聖ヤコブ教会 寺院・教会
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主祭壇。
塔から望む景色は最高です。 by ポポポさん聖ヤコブ教会 寺院・教会
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教会の入り口と塔の入り口は別になっていて、回廊沿いの矢印に沿って進むと塔の入り口がありました。
塔の中の階段や柱や躯体は木造です。外見は石造りの塔に見えましたが構造は全く違っていました。
階段は人一人しか上り下りできませんので、場合によっては時間がかかることがあります。
なお天井が低いので頭を打たないよう注意が必要です。それから階段はかなりすり減っていてツルツルなので滑らないように気を付けてください。塔から望む景色は最高です。 by ポポポさん聖ヤコブ教会 寺院・教会
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最上階の教会の鐘です。今も現役で活躍しているようですが、私たちがテルチにいるときには鐘の音は聞こえませんでした。
塔から望む景色は最高です。 by ポポポさん聖ヤコブ教会 寺院・教会
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かなり古そうな鐘です。
この鐘の側を通って外に出ると絶景が待っていました。 -
テルチの町の風景です。
目の前の双塔の教会はイエズス教会です。真ん中の通りの先にある広場がザハリアーシュ広場です。
写真左はテルチ城。その先の池はシュチェプニッキー池です。イエズス教会 寺院・教会
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今度は少し右の景色。右にある池がウリツキー池です。
そしてイエズス教会の全景。イエズス教会 寺院・教会
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テルチ城です。
元々13世紀にゴシック様式で建てられた城でしたが、領主となったザハリアーシュが16世紀中頃にルネッサンス様式に改修した城で、内部の観光はガイドツアーのみだそうです。
池の側の円錐屋根の建物が町に入るときに通り抜けてきたドルニー門です。ゴシック様式からルネッサンス様式に改修された城です。 by ポポポさんテルチ城 城・宮殿
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テルチ城の全景。この塔に登らないと城の全景を見ることはできません。
ゴシック様式からルネッサンス様式に改修された城です。 by ポポポさんテルチ城 城・宮殿
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城の中庭とシュテプニッキー池。
シュチェプニツキー池 滝・河川・湖
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イエズズ教会とザハリアーシュ広場、広場の周りの建物群、奥に見える塔は聖ドゥハ教会です。
私が写真を撮っていると、一緒に塔に上った一人参加の御婦人3人は早くも塔を下りる様子です。「私達先に下りますから。」と私に告げて下りて行かれました。
何とも行動が素早いです。素晴らしいこの景色をもっと堪能されてみてはと思うのは私の勝手のようです。
ツアーはこうでなければ限られた時間内にあちこち観光できません。
そうだと分かっていても、分刻みのスケジュールで皆の後について歩くだけの観光では、ガイドさんの説明も観光した場所もあまり記憶に残っていないのです。
自由行動で自分が行きたいところを、自分の目で確認しながら歩く方が余程記憶に残っています。
ですから気に入った場所では少しでも時間をかけて見ておきたいなというのが、これまで何度かツアーに参加して得た私なりの旅行の考え方です。
自由行動の場合は観光地の予習もしっかりして行くので、なおさら感動もあるし記憶にも残りますよね。イエズス教会 寺院・教会
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右のウリツキー池に架かる橋の上からの景色も素晴らしいものです。
イエズズ教会や聖ヤコブ教会、城の一部や街並みが一望できて、ここもテルチの写真を撮るには絶好のポイントなのです。
事前に見た写真の風景がとても素晴らしかったので、時間が取れるならこの橋にも行ってみたかったのですが、時間が短いため断念せざるを得ませんでした。
この橋に行かれた人もいらっしゃって、その方たちの話ではとても素晴らしかったそうです。ウリツキー池 滝・河川・湖
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塔を下りて次は広場の周辺を見て回りました。
ルネッサンス様式のカラフルな建物が並んでいます。スグラフィット技法(だまし絵)で装飾された外壁もあります。
建物の1階はアーケードになっていました。旧市街の中心にある広場 by ポポポさんザハリアーシュ広場 広場・公園
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広場を中心に三方向に家が立ち並んでいます。
旧市街の中心にある広場 by ポポポさんザハリアーシュ広場 広場・公園
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これは町の東端にある聖母マリアの柱像。ペストの終焉を記念して、裕福な市民たちの手によって建てられました。
ぺスト記念塔でした。 by ポポポさん聖母マリアの柱像 建造物
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建物の左端、緑色の建物がスグラフィット技法によって装飾された建物です。
絵本から抜け出たように可愛らしい街並み by ポポポさんテルチ歴史地区 旧市街・古い町並み
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広場の南にある聖ドゥハ教会。教会の手前の建物はスグラフィット技法で壁が装飾されていました。
聖ドゥハ教会 寺院・教会
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広場の中心にある市庁舎。
旧市街の中心にある広場 by ポポポさんザハリアーシュ広場 広場・公園
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市庁舎の1階には観光案内所があります。
ここには地図が印刷された観光パンフレットがありました。驚くことに何と日本語版のパンフレットが置いてあったんです。
日本人の観光客が沢山押し寄せるチェスキークルムロフでも日本語の観光パンフレットはありませんでした。
なのにこんなに小さな町では日本語のパンフレットを用意してくれているんです。
驚きと同時にテルチの人々の心配りと温かさに触れて嬉しくなりました。市庁舎の1階にあります。 by ポポポさん観光案内所 (テルチ) 散歩・街歩き
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ザハリアーシュ広場の東側と南側の街並み。
旧市街の中心にある広場 by ポポポさんザハリアーシュ広場 広場・公園
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南側の街並み。イエズズ教会と聖ヤコブ教会。その右にあるのがテルチ城。
旧市街の中心にある広場 by ポポポさんザハリアーシュ広場 広場・公園
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こちらは北側の街並み。この街並みがテルチの紹介の写真としてよく目にする風景です。
領主ザハリアーシュは町の建物をルネッサンス様式に統一するにあたって建物の高さを一定にするように呼びかけました。
こちらの建物群でそのことが良く分かります。絵本から抜け出たように可愛らしい街並み by ポポポさんテルチ歴史地区 旧市街・古い町並み
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楽しい時間はあっという間に終わりました。せめて自由行動が1時間あれば橋の上から町の景色が見れたかもしれません。テルチに行く旅行会社のツアーはほとんど見受けないので、そういう意味からもここではゆっくりしたかったなと思いました。
旅行のアンケートには、テルチの観光時間をもっと取ってほしいと要望に書いておきました。
今後このコースで旅行される方に反映されることを願っています。
ツアーメンバーが全員揃ったので、来た時に通ったドルニー門を再び通り抜けて駐車場へ行きました。北側にある旧市街の入場門。 by ポポポさんドルニー門 建造物
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テルチの次はオーストリアのウィーンに向かいます。
ウィーンは今回のツアーの最後の観光地です。ウィーンに行くのはは今回が3回目、近くでは2年前にザルツブルグ、ハルシュタットとドイツを周遊する旅行で行きました。その前はもう30年以上も前でした。30年以上も前の観光と最近の観光で大きく違っているのはシェーンブルン宮殿の観光です。
以前はストロボを発光させなければ写真は撮り放題でした。また今のように観光客は多くなかったので観光の時間予約は不要で、今でいうグランドツアー(多くの部屋を観光する特別ツアー)が当たり前でした。
2年前にシェーンブルン宮殿を観光した時は、以前見たけど今回は見れなかったという部屋が沢山ありました。
それと今のように中国人や台湾人、韓国人の観光客はいませんでした。当時は東洋人の観光客というとほとんどが日本人という時代でしたから、自由行動の時に香港の人と出会ったときは同じ東洋人と言うことで意気投合し、一緒に観光したことがあります。一緒に写真を撮り合ったりいい思い出として残っています。
さて、ここはテルチを過ぎて次に見えたチェコの町です。 -
何か所か町を過ぎるとチェコの大平原に突入しました。
一面の麦畑です。日本の北海道とは規模が違いますね。道路の左右が一面の麦畑で、それが延々と続きます。
ここで添乗員さんがチェコが生んだ世界的に有名な作曲家スメタナの交響詩「わが祖国」から第2楽章「モルダウ」の演奏をバスの車内に流してくださいました。
「皆さん一度は聞いたことがあると思いますがチェコを去るにあたってチェコの作曲家スメタナが作曲したモルダウを是非聞いていただきたいと思います。この曲を聞きながら美しかったチェコの町をどうぞ思い返してみてください。」とのコメントでした。
美しい曲の調べと伴にバスは進んでいきます。
そして曲が始まりました。 -
果てしなく続く麦畑をバスから見ながら「モルダウ」の曲が流れていきます。スメタナがイメージしたモルダウ川はプラハを流れているヴルタヴァ川だそうですが、プラハのヴァルタヴァ川を見たことが無い私は、チェスキークルムロフを流れる清らかなヴァルタヴァ川を思い浮かべながら聞いていました。
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麦畑が終わると今度はパッチワークのような緑の畑地が続きます。
この写真はピンボケですが、結果面白い写真になりました。 -
ピントが合うとこんな景色です。緑の畑地と植え付けされていない部分とが縞模様になって綺麗でした。
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次はひまわり畑と車窓の風景が次々に変わって楽しませてくれました。
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そうこうするうちにバスはウィーン市内に入りました。
ウィーン歴史地区 旧市街・古い町並み
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建物が美しいウィーンの町、そしてトラムも有名。
ウィーン歴史地区 旧市街・古い町並み
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町中に入って行くに連れて美しい建物が増えてきました。
今日の宿泊先であるホテル、トレンド・ドッピオにバスは向かっています。 -
ホテル・トレンド・ドッピオに着きました。市内の南にある4つ星ホテル。
ホテルの全景の写真は翌朝撮ったものです。
ホテルの周囲には何もありません。但しホテルに前にトラムの駅があり、71番のトラムに乗れば乗り換えなしのオペラ座経由でホーフブルグまで行けます。
町に出るには大変便利なホテルでした。オーストリア トレンド ホテル ドッピオ ウィーン ホテル
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ホテルのフロントと、手前はバーです。
荷物を部屋に運んだらホテルのレストランで夕食です。オーストリア トレンド ホテル ドッピオ ウィーン ホテル
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ホテルのレストランで夕食です。まずはスープでした。このスープは美味しかったですよ。
オーストリア トレンド ホテル ドッピオ ウィーン ホテル
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メインは魚料理にジャガイモ添え。これはまずまずのお味でした。
デザートの写真はありませんがケーキでした。
夕食を終えてもまだまだ明るいウィーンです。こんなことならもっとテルチで観光したかったというのが私も含めて皆の意見でした。
それは別にして、私達一人参加4人と1組のご夫婦と1組の親子さんが集まって、まだ時間があるのでトラムで市内に行き、夜景を見ようかという話になりました。
しかし、ウィーンのトラムに皆乗った経験がないので、添乗員さんに一緒に行ってもらおうと話をしたところ、添乗員さんもトラムに乗ったことが無いそうです。
さらにトラムのチケットはタバコ屋か地下鉄の券売機でないと購入できないらしく、この付近で購入する場所が分かりません。
明日現地のガイドさんにチケットの購入場所やトラムの乗り方を教えてもらうので今日市内に出かけるのは難しいと言われました。
「その代わり近くにスーパーがあるそうですから、そこに今から行ってみましょう。」ということになり、ことで先程のメンバーで出かけることにしました。オーストリア トレンド ホテル ドッピオ ウィーン ホテル
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道路を渡ってスーパーの手前の交差点で信号待ちをしていると、先程夕食の時ホテルのレストランでウェイトレスをされていた中年の婦人が車で通りかかり、「モーツァルト」と叫んで左方向を指さしながら去って行きました。
「そういえばホテルの近くにモーツァルトの墓があるとフロントで聞いた」と添乗員さん。
我々がモーツァルトの墓に行くと思って指さしして方向を教えてくれたようです。
割と小さなスーパー(日本のコンビニと同程度の大きさ)でしたが閉まっていました。
今日は日曜日なので店はどこも閉まっているようです。
ここまで来たので、せっかくだからモーツァルトの墓に行ってみましょうということでやって来たのがザンクト・マルクス墓地です。
ここにモーツァルトが眠っています。訪れたのが午後8時を過ぎていたので、墓地は閉まっていました。ザンクト マルクス墓地 史跡・遺跡
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墓地にはオーストリアの国旗が4本掲げてあります。
モーツアルトは1791年12月5日、35歳で亡くなりここに葬られましたが、家族や知人の同行者がいなかったため、正確な埋葬場所が分っていません。
後年葬られた場所であろうと推定された場所に天使象の記念碑(墓碑)が建てられたそうです。
天才と謳われ数多くの曲を私達に残してくれた大作曲家の最期にしては、余りにも寂しい最期と言わざるを得ません。ザンクト マルクス墓地 史跡・遺跡
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入り口の鉄柵の間から墓地の様子を写真に撮りました。
ザンクト マルクス墓地 史跡・遺跡
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墓地の左側の風景。
ザンクト マルクス墓地 史跡・遺跡
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こちらは右の風景です。
中には入れないので今日はこのままホテルに引き上げることにしました。ザンクト マルクス墓地 史跡・遺跡
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次にホテルの前にあると言うトラムの駅を探すことにしました。ホテルからザンクト・マルクス墓地に行く軌道敷にはトラムの駅はありませんでした。
多分ホテルの南側にありそうです。
ホテルを通り越して歩いていると、ホテルよりかなり離れた場所にトラムの駅を発見。
引き返そうとした時に、私達と同じく一人参加の女性の2人が道路の反対側を南方向にありているのを添乗員さんが発見。スーパーやモーツァルトの墓に行くにしても道が逆なので教えてあげようと追いかけましたが追いつけず途中で追跡は一旦中止。さらに南に下った所に明るい看板が見えスーパーかどうか見てこようと言うことで私ともう一人の男性のYさん(ご夫婦でツアーに参加されたご主人)と2人で確認に行きました。
そこはスーパーではなくガソリンスタンドでした。確認が終わって皆の所へ引き返そうと振り返って数歩歩きだしたところへ、音もなく1台の紺色の車が近寄ってきて、突然「どこから来たのか」と後ろから英語で呼びかけられました。
振り向くと車の後部座席の窓が開いていて、そこから一人の男性が顔を出し再び「どこから来たのか」と今度は詰問口調で問いかけてきました。
「私が日本から来た」と回答すると、警官らしき服装の男性は「中国人〇〇〇(中国人の後の単語が分からず、何を言っているのか全然理解できませんでした。」
私がYさんに「何を言っているか分かりますか」と聞くとYさんも全然分からないとのこと。
しかたないのでもう一度「私たちは日本から来た。日本人だ。」と答えると「パスポートを見せろ」と要求してきました。
私はすぐにスペインやローマなどで頻繁に出没するニセ警官ではないかと疑いました。
制服は警官らしいが警察の車両では無い。覆面パトか。警察手帳や身分証明書を提示せずにパスポートを要求している。パスポートを取られたら日本に帰れない。
兎も角用心するに越したことは無い、と頭の中で考えが駆け巡ります。
するとYさんがパスポートを出そうとしています。すぐに「ニセ警官かもしれません。パスポートを渡すのは止めて少し様子をみましょう。」とYさんを押しとどめました。
そうするとこの時初めて警察手帳を見せて、またもや「中国人〇〇〇・・・」と同じことを言ってきて、早くパスポートを見せろと恫喝するような激しい口調で要求してきました。
警察手帳も信用できません。偽造されているかもしれないからです。まず車がパトカーでないのが信用できない。私達が不信に思ってパスポートを見せるのをためらっていると、今度は優しい声で何か話しかけてきますが、英語が二人とも分かりません。
そうしたところYさんが懐柔策に陥ってパスポートを渡してしまいました。私のパスポートも要求してきました。渡せば万事窮す、ニセ警官ならそのまま車で逃走するかもしれません。いやニセ警官なら目当ては金のはず。金は絶対渡さないようにしようと考えていました。
私のパスポート入れは金とパスポートを入れる所が別になっていて同時に収納するタイプです。パスポートを取り出す時に、金を入れているファスナーを見られていたようで、そちらも開けて見せろと要求されました。
ユーロ札を見せると一応納得したようで、今度は車の近くにいたYさんの体をまさぐりはじめました。そして財布を取り上げて中を見て、日本の紙幣を確認していました。「ジャパニーズ・エン」と呟くと、この時はじめて私達が日本人だと納得したようです。明らかに顔の表情が穏やかになりました。
その後私にも財布を見せろと言ってきたので財布から円紙幣を取り出し、「ジャパニーズ・エン」と言って見せると、紙幣を確認した後私たちは解放されました。
その後は笑って「中国人〇〇〇・・・・」と私達に話しかけて去って行きましたが私もYさんも何と言っているのか最後までわかりませんでした。
結論としてはパスポートも偽造されていることがあるので、100%信じてくれなかったようです。その後私たちの体を弄ると財布から日本紙幣が出てきたので、それでようやく日本人と信じてくれました。
本物の警官でよかったです。もしニセ警官なら完全にパスポートも金も持ち逃げされていたところでした。
それにしてもYさんは大物というか、最初から警察官と信じていたようです。
まあともあれ、無事に日本に帰れました。後に知ったのですが、最近オーストリアへ中国人の密入国が頻繁に起こっているそうです。あの時の警官はそれで中国人かどうか確認したいので協力してほしいと言っていたのかもしれません。
でも覆面パトならニセ警官と疑ってしまいますよね。
長くなりましたが、とんだハプニングの始末記でした。
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