湯布院・由布院温泉旅行記(ブログ) 一覧に戻る
退院を覚悟し、淳一郎先生にその後の体調管理の指導を受けたり、雑用に追われているうちに、約束の亀の井別荘を訪れる日がやってきた。<br /><br />午後早めの温泉館の自主トレを終え、写真を撮る時間を考慮して、予定時刻の3〜40分前に亀の井別荘に到着。<br /><br />いつもの入口とは違う横手から亀の井別荘に入り、写真を撮りながら庭を一回りして玄関で訪いを入れる。<br /><br />「女将さんに承っていました」と亀の井別荘のレストラン”湯の岳庵”に。<br /><br />”湯の岳庵”はまだ時間が早い所為か、私以外は熟年の男女の方のみ。<br /><br />「女将さんは後程お見えになりますが、先にご注文をお受けします。」<br /><br />とのことであったので、先日女将さんから勧められていた通り、最初は”コーンスープ”で最後が”くず切”、そして待望の”鯉のあらい”、後はお任せすることにした。<br /><br />”あぶり椎茸”を七輪の炭火で炙って、「湯気が出始めたら軸をもってその周りを齧り、軸はまた七輪に戻し、ゆっくり焼き上げてください」と講釈を聞いているところに女将さんが顔を出した。<br /><br />その装いはいわゆる女将の正装ではないものの、リハビリ室での洋装と違って、清楚な着物姿がとてもいい。<br /><br />女将さんは私のオーダー料理内容を仲居さんに確認した上で、”白アスパラガスの天ぷら”を加えてくださったりした。<br /><br />そうこうしている内に、女将さんの息子で、現亀の井別荘社長の太郎さんも現れた。<br /><br />太郎さんは若かりし頃劇団立見席の主役を務めた一人だったらしい。<br /><br />なるほど今も美形の太郎さんは、その父御の現亀の井別荘相談役の健太郎氏が元映画の助監督で、母御の女将さんの月泉さんは元女優さんだったというから、正に血は争えない。<br /><br />太郎さんは「座長には今も頭が上がりません」とニヤニヤ。<br /><br />お願いして、”湯の岳庵”前の庭で写真を撮らせて頂く。<br /><br />女将さんはその庭の周りの植木を見渡しながら、しみじみとした口調で「これらの木々の大半は、私たちがここに来てから植えたものですよ」。<br /><br />7時から別の会がお有になるとかで私だけの食事となったが、あらいの鯉はとってきた鯉を、湯布院の地下水を使ったここの水槽で数十日泳がせておくのだとか、あぶり椎茸はそれ用に特別に農家に栽培してもらっていると云った興味ある食材の説明をして下さりながら、湯布院に来られた頃の思い出を話をしてくださった。<br /><br />湯布院・亀の井別荘は別府温泉を日本一の観光地にした油屋熊八が、大正時代に別府の奥座敷として湯布院に特別な顧客のための別荘を造ったのが始まり。<br /><br />石川県の大庄屋の息子で、湯布院亀の井別荘の現相談役健太郎氏の祖父中谷巳次郎は、放浪中に別府で油屋熊八に出会い、後に湯布院亀の井別荘の管理を任される。<br /><br />巳次郎はその時既に湯布院をドイツの滞在型保養温泉地することを目指していたらしい。<br /><br />巳次郎の孫健太郎氏は大学を卒業し、映画界を目指し、黒沢明監督などの元で助監督をしていたが、父宇兵衛の死後亀の井別荘を継ぐべく湯布院に招かれる。<br /><br />その際結婚間もない女優だった月泉さんも同行し、月泉さんは女将業に転身。<br /><br />「私は岐阜の生まれだし、主人(健太郎氏)も青年時代は湯布院から離れていたので、<二人とも湯布院育ちです>とは言えないけれど、息子の太郎は純粋な湯布院っ子なんですよ」とのこと。<br /><br />「それでも湯布院に来た当時の亀の井別荘は、特別なお客さんの為の商売抜きの別荘みたいなものでした。<br /><br />だから現在の亀の井別荘に生まれ変わらせたのは主人(健太郎氏)と私と云ってもいいでしょう」<br /><br />「そのために私たちは玉の湯さんはじめ多くの旅館さんとほんとに競争抜きで協力し合ってきました。」<br /><br />健太郎氏が玉の湯の溝口薫平氏らと自費でドイツ調査に赴いた話は下記をご覧ください。<br /><br />WT信の湯布院療養日誌:6月16日(木)温泉館はクワ<ハウス>にあらずクワ<オルト><br />http://4travel.jp/travelogue/11145594<br /><br />食事が終わりに近づいた頃女将さんが<br />「私がここに来た頃淳さん(淳一郎先生の事)がよく遊びに来ていました。<br />淳さんは初めて会った私を<おばさん>と呼んだのよ、最初は誰の事かと思ったら私のことなの。」<br />と、遠くを見るような眼差しで懐かしそうに呟いた。<br /><br />食事を終え、従業員の方にお願いして、鯉を養殖しているという水槽を特別に見せて頂いた。<br /><br />そこには鯉だけでなく、マス、イワナ、鰻、スッポンなどの水槽もあった。<br /><br />おハグロトンボが飛び交う裏庭を横切ると、亀の井別荘の庭の続きのように夕暮れの金鱗湖に出る。<br /><br />一人占めとはいかないが、静かな水面に周囲の景観が揺れている。<br /><br />私の頭にふと北欧の旅で訪れたベルゲン郊外の”ソールストランホテル”の情景が浮かんできた。<br /><br />それは夕暮れのフィヨルドの岸辺を一人で散策した光景から”ソールストランホテル”の女将の姿に繋がった。<br /><br />そして可能なら亀の井別荘の女将と”ソーツストランホテル”の女将を合わせることが出来たらいいなフト思った。<br /><br /><br />スカンジナビア旅情?:29かってベルゲン豪商の休暇用リゾートだったホテル・ソールストラン(目次)<br />http://4travel.jp/travelogue/10307877<br /><br />翌日亀の井別荘の女将さんがリハビリ室に姿を見せたので、昨日のお礼と、その際撮った写真をお見せし、ブログへのUPの了解を頂いた。<br /><br /><br />亀の井別荘<br />http://www.kamenoi-bessou.jp/<br /><br />

WT信の湯布院療養日誌:8月4日(木)亀の井別荘の女将が語る湯布院今昔物語

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2016/08/04 - 2016/08/04

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WT信

WT信さん

退院を覚悟し、淳一郎先生にその後の体調管理の指導を受けたり、雑用に追われているうちに、約束の亀の井別荘を訪れる日がやってきた。

午後早めの温泉館の自主トレを終え、写真を撮る時間を考慮して、予定時刻の3〜40分前に亀の井別荘に到着。

いつもの入口とは違う横手から亀の井別荘に入り、写真を撮りながら庭を一回りして玄関で訪いを入れる。

「女将さんに承っていました」と亀の井別荘のレストラン”湯の岳庵”に。

”湯の岳庵”はまだ時間が早い所為か、私以外は熟年の男女の方のみ。

「女将さんは後程お見えになりますが、先にご注文をお受けします。」

とのことであったので、先日女将さんから勧められていた通り、最初は”コーンスープ”で最後が”くず切”、そして待望の”鯉のあらい”、後はお任せすることにした。

”あぶり椎茸”を七輪の炭火で炙って、「湯気が出始めたら軸をもってその周りを齧り、軸はまた七輪に戻し、ゆっくり焼き上げてください」と講釈を聞いているところに女将さんが顔を出した。

その装いはいわゆる女将の正装ではないものの、リハビリ室での洋装と違って、清楚な着物姿がとてもいい。

女将さんは私のオーダー料理内容を仲居さんに確認した上で、”白アスパラガスの天ぷら”を加えてくださったりした。

そうこうしている内に、女将さんの息子で、現亀の井別荘社長の太郎さんも現れた。

太郎さんは若かりし頃劇団立見席の主役を務めた一人だったらしい。

なるほど今も美形の太郎さんは、その父御の現亀の井別荘相談役の健太郎氏が元映画の助監督で、母御の女将さんの月泉さんは元女優さんだったというから、正に血は争えない。

太郎さんは「座長には今も頭が上がりません」とニヤニヤ。

お願いして、”湯の岳庵”前の庭で写真を撮らせて頂く。

女将さんはその庭の周りの植木を見渡しながら、しみじみとした口調で「これらの木々の大半は、私たちがここに来てから植えたものですよ」。

7時から別の会がお有になるとかで私だけの食事となったが、あらいの鯉はとってきた鯉を、湯布院の地下水を使ったここの水槽で数十日泳がせておくのだとか、あぶり椎茸はそれ用に特別に農家に栽培してもらっていると云った興味ある食材の説明をして下さりながら、湯布院に来られた頃の思い出を話をしてくださった。

湯布院・亀の井別荘は別府温泉を日本一の観光地にした油屋熊八が、大正時代に別府の奥座敷として湯布院に特別な顧客のための別荘を造ったのが始まり。

石川県の大庄屋の息子で、湯布院亀の井別荘の現相談役健太郎氏の祖父中谷巳次郎は、放浪中に別府で油屋熊八に出会い、後に湯布院亀の井別荘の管理を任される。

巳次郎はその時既に湯布院をドイツの滞在型保養温泉地することを目指していたらしい。

巳次郎の孫健太郎氏は大学を卒業し、映画界を目指し、黒沢明監督などの元で助監督をしていたが、父宇兵衛の死後亀の井別荘を継ぐべく湯布院に招かれる。

その際結婚間もない女優だった月泉さんも同行し、月泉さんは女将業に転身。

「私は岐阜の生まれだし、主人(健太郎氏)も青年時代は湯布院から離れていたので、<二人とも湯布院育ちです>とは言えないけれど、息子の太郎は純粋な湯布院っ子なんですよ」とのこと。

「それでも湯布院に来た当時の亀の井別荘は、特別なお客さんの為の商売抜きの別荘みたいなものでした。

だから現在の亀の井別荘に生まれ変わらせたのは主人(健太郎氏)と私と云ってもいいでしょう」

「そのために私たちは玉の湯さんはじめ多くの旅館さんとほんとに競争抜きで協力し合ってきました。」

健太郎氏が玉の湯の溝口薫平氏らと自費でドイツ調査に赴いた話は下記をご覧ください。

WT信の湯布院療養日誌:6月16日(木)温泉館はクワ<ハウス>にあらずクワ<オルト>
http://4travel.jp/travelogue/11145594

食事が終わりに近づいた頃女将さんが
「私がここに来た頃淳さん(淳一郎先生の事)がよく遊びに来ていました。
淳さんは初めて会った私を<おばさん>と呼んだのよ、最初は誰の事かと思ったら私のことなの。」
と、遠くを見るような眼差しで懐かしそうに呟いた。

食事を終え、従業員の方にお願いして、鯉を養殖しているという水槽を特別に見せて頂いた。

そこには鯉だけでなく、マス、イワナ、鰻、スッポンなどの水槽もあった。

おハグロトンボが飛び交う裏庭を横切ると、亀の井別荘の庭の続きのように夕暮れの金鱗湖に出る。

一人占めとはいかないが、静かな水面に周囲の景観が揺れている。

私の頭にふと北欧の旅で訪れたベルゲン郊外の”ソールストランホテル”の情景が浮かんできた。

それは夕暮れのフィヨルドの岸辺を一人で散策した光景から”ソールストランホテル”の女将の姿に繋がった。

そして可能なら亀の井別荘の女将と”ソーツストランホテル”の女将を合わせることが出来たらいいなフト思った。


スカンジナビア旅情?:29かってベルゲン豪商の休暇用リゾートだったホテル・ソールストラン(目次)
http://4travel.jp/travelogue/10307877

翌日亀の井別荘の女将さんがリハビリ室に姿を見せたので、昨日のお礼と、その際撮った写真をお見せし、ブログへのUPの了解を頂いた。


亀の井別荘
http://www.kamenoi-bessou.jp/

同行者
一人旅
旅行の手配内容
個別手配
  • 上の写真は地震で湖水に建つ鳥居の上部が破壊し、湖水に落下してしまっています。<br />それまではこんな鳥居の姿でした。

    上の写真は地震で湖水に建つ鳥居の上部が破壊し、湖水に落下してしまっています。
    それまではこんな鳥居の姿でした。

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