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月1回だけの幕の内弁当の2回目が来てしまった。<br /><br />嬉しいようで、体調の回復具合を考えると少々苛立たしい気にもなる。<br /><br />私のそんな気持ちを察してか、私がアカデミズムの絵より印象派が好みと見込んだ淳一郎先生が、”アンブロワーズ・ラール著「画商の思いで」”と云う分厚い絶版本を持参してくださった。<br /><br />”ヴォラール”と云う名前も初めて知ったのだが、”ヴォラール”は1893年に当時パリの現代美術市場の中心地だったラフィット街に自分の画廊を持つ。<br /><br />その頃のパリはブグローを中心とする、サロンと呼ばれるフランス芸術アカデミー全盛の時代。<br /><br />ヴォラールはその当時の状況を次のように描いている。<br /><br />「私がこの画家(セザンヌ)の一枚の絵、河畔の絵を最初に見たのはクローゼル通りの小さい絵具屋タンギー爺さんの陳列窓の中であった。<br /><br />私は腹に一撃をうけたように感じた。<br /><br />私と同時に、もう二人の人がこの絵の前に立ち止った。ブルジョワの夫婦である。<br /><br />「こんなに自然を歪めなくてもよさそうなものだ。立ってない樹木! ひっくりかえっている家、それにこの水、こりゃ水かね? それとも鉛かね? この空ときちゃ……もし自然がこんなふうであったら、田舎へ行ってみようなんて気は絶対起こりっこないよ」と山高帽の男が言っていた。<br /><br />このとき、道具袋を背負い革でかついだ労働者がやって来た。<br /><br />「あー」と彼は叫んだ。「日曜に釣でもしたいってのは、そら、こんなところだ」<br /><br /> すっかり軽蔑を含んでブルジョワは行ってしまった。……「ラフィット街」より」<br /><br />”これまでの西洋絵画は長い間、現実に見えるものを描写することが主流であった。<br /><br />しかし、セザンヌを始め新しく台頭し始めた画家たちは、実物に似せて描くのではなく、<人間の複雑な内面、感情を織り込もうとし始める>。<br /><br />ここから、セザンヌから、現代絵画は始まる。<br /><br />実物に似せようとしなければ、自由である。<br /><br />ついに絵画の自由が始まったのである。”(ヴァーチャル絵画館館主)<br /><br /><br /><人間の複雑な内面、感情を織り込もうとし始める>と云う文面が、フィレンチェのピッティ美術館で見た、ラファエロの”小椅子の聖母”を見た時の衝撃を思い起こさせた。<br /><br />ラファエロは大公の聖母””、”ベルヴェデーレの聖母(牧場の母)”、”美しき女庭師(聖母子と幼児聖ヨハネ)”など、数えきれないほどの聖母子像を描き、”聖母子の画家”とも云われる。<br /><br />どれも清潔で美しいが、いずれも”神の世界の人”という感は拭えない。<br /><br />その中で私の知る限り”小椅子の聖母”だけがただ一枚、その瞳に人間らしい感情を迸らせている。<br /><br />この絵はラファエロがローマの街で出逢った母親とその子を、その場で見つけた酒場の酒樽の蓋に思わず描いたとものだと云う。<br /><br />セザンヌ達印象派と称されるようになる画家たちは、ラファエロが感じながら、日常では出来得なかった、<人間の複雑な内面、感情を織り込む>作業を、日常の絵画制作の中で実践しようとしたのではなかろうか。<br /><br />フランスで公式のサロンの審査員によって落選させられた作品を集めた落選展開催を擁護したナポレオン3世と並んで、画商ヴォラールは印象派の誕生に無くてはならない人物であったようだ。<br /><br /><br />*参考<br />印象派三昧の旅 in ロシア&パリ(目次:17章)<br />http://4travel.jp/travelogue/10138385<br />

WT信の湯布院療養日誌:7月22日(木)印象派の育ての親・画商アンブロワーズ・ヴォラール

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2016/07/22 - 2016/07/22

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WT信

WT信さん

月1回だけの幕の内弁当の2回目が来てしまった。

嬉しいようで、体調の回復具合を考えると少々苛立たしい気にもなる。

私のそんな気持ちを察してか、私がアカデミズムの絵より印象派が好みと見込んだ淳一郎先生が、”アンブロワーズ・ラール著「画商の思いで」”と云う分厚い絶版本を持参してくださった。

”ヴォラール”と云う名前も初めて知ったのだが、”ヴォラール”は1893年に当時パリの現代美術市場の中心地だったラフィット街に自分の画廊を持つ。

その頃のパリはブグローを中心とする、サロンと呼ばれるフランス芸術アカデミー全盛の時代。

ヴォラールはその当時の状況を次のように描いている。

「私がこの画家(セザンヌ)の一枚の絵、河畔の絵を最初に見たのはクローゼル通りの小さい絵具屋タンギー爺さんの陳列窓の中であった。

私は腹に一撃をうけたように感じた。

私と同時に、もう二人の人がこの絵の前に立ち止った。ブルジョワの夫婦である。

「こんなに自然を歪めなくてもよさそうなものだ。立ってない樹木! ひっくりかえっている家、それにこの水、こりゃ水かね? それとも鉛かね? この空ときちゃ……もし自然がこんなふうであったら、田舎へ行ってみようなんて気は絶対起こりっこないよ」と山高帽の男が言っていた。

このとき、道具袋を背負い革でかついだ労働者がやって来た。

「あー」と彼は叫んだ。「日曜に釣でもしたいってのは、そら、こんなところだ」

すっかり軽蔑を含んでブルジョワは行ってしまった。……「ラフィット街」より」

”これまでの西洋絵画は長い間、現実に見えるものを描写することが主流であった。

しかし、セザンヌを始め新しく台頭し始めた画家たちは、実物に似せて描くのではなく、<人間の複雑な内面、感情を織り込もうとし始める>。

ここから、セザンヌから、現代絵画は始まる。

実物に似せようとしなければ、自由である。

ついに絵画の自由が始まったのである。”(ヴァーチャル絵画館館主)


<人間の複雑な内面、感情を織り込もうとし始める>と云う文面が、フィレンチェのピッティ美術館で見た、ラファエロの”小椅子の聖母”を見た時の衝撃を思い起こさせた。

ラファエロは大公の聖母””、”ベルヴェデーレの聖母(牧場の母)”、”美しき女庭師(聖母子と幼児聖ヨハネ)”など、数えきれないほどの聖母子像を描き、”聖母子の画家”とも云われる。

どれも清潔で美しいが、いずれも”神の世界の人”という感は拭えない。

その中で私の知る限り”小椅子の聖母”だけがただ一枚、その瞳に人間らしい感情を迸らせている。

この絵はラファエロがローマの街で出逢った母親とその子を、その場で見つけた酒場の酒樽の蓋に思わず描いたとものだと云う。

セザンヌ達印象派と称されるようになる画家たちは、ラファエロが感じながら、日常では出来得なかった、<人間の複雑な内面、感情を織り込む>作業を、日常の絵画制作の中で実践しようとしたのではなかろうか。

フランスで公式のサロンの審査員によって落選させられた作品を集めた落選展開催を擁護したナポレオン3世と並んで、画商ヴォラールは印象派の誕生に無くてはならない人物であったようだ。


*参考
印象派三昧の旅 in ロシア&パリ(目次:17章)
http://4travel.jp/travelogue/10138385

同行者
一人旅
旅行の手配内容
個別手配
  • セザンヌ<br />「シャトー・ノワールの眺望」

    セザンヌ
    「シャトー・ノワールの眺望」

  • ラファエロ<br />「大公の聖母」

    ラファエロ
    「大公の聖母」

  • ラファエロ<br />「ベルヴェデーレの聖母(牧場の聖母)」

    ラファエロ
    「ベルヴェデーレの聖母(牧場の聖母)」

  • ラファエロ<br />「美しき女庭師(聖母子と幼児聖ヨハネ)」

    ラファエロ
    「美しき女庭師(聖母子と幼児聖ヨハネ)」

  • ラファエロ<br />「小椅子の聖母」

    ラファエロ
    「小椅子の聖母」

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