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『琉球王国のグスク及び関連遺産群』として世界文化遺産に登録されている『首里城跡』の紹介です。かつての琉球王国(1429〜1879年)の王宮跡です。1872年の日本政府による琉球藩設置で、琉球王国は廃止となりました。

2016春、沖縄旅行(15/19):3月19日(1):名護のホテル、名護から那覇へ、首里城

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2016/03/17 - 2016/03/19

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旅行記グループ 2016春、沖縄旅行

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旅人のくまさん

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『琉球王国のグスク及び関連遺産群』として世界文化遺産に登録されている『首里城跡』の紹介です。かつての琉球王国(1429〜1879年)の王宮跡です。1872年の日本政府による琉球藩設置で、琉球王国は廃止となりました。

交通手段
観光バス ANAグループ
  • 名護で泊まったホテル・リゾネックス名護の部屋の紹介です。炊飯道具が揃った、リゾートタイプのホテルでした。右手が台所、左手がバスルームとお手洗いです。

    名護で泊まったホテル・リゾネックス名護の部屋の紹介です。炊飯道具が揃った、リゾートタイプのホテルでした。右手が台所、左手がバスルームとお手洗いです。

  • 炊飯道具が揃った台所のズームアップ光景です。私の場合は、部屋ではワインを飲んだだけですから、薬缶や湯飲みも用事がありませんでした。冷蔵庫もありました。

    炊飯道具が揃った台所のズームアップ光景です。私の場合は、部屋ではワインを飲んだだけですから、薬缶や湯飲みも用事がありませんでした。冷蔵庫もありました。

  • バスルームと洗面室の紹介です。アメニティ類も、シャンプー類から歯磨きまで、必要なものが一通り揃っていました。ただし、シャワーを使うだけの場合は、少し不便でした。

    バスルームと洗面室の紹介です。アメニティ類も、シャンプー類から歯磨きまで、必要なものが一通り揃っていました。ただし、シャワーを使うだけの場合は、少し不便でした。

  • 泊まった部屋から眺めたオーシャンビューです。東シナ海に面した立地のホテルで、申し分ない眺めでした。

    泊まった部屋から眺めたオーシャンビューです。東シナ海に面した立地のホテルで、申し分ない眺めでした。

  • 泊まった部屋からのオーシャンビューの紹介が続きます。東シナ海に面したホテルの庭先光景です。そのまま砂浜に繋がっていました。

    泊まった部屋からのオーシャンビューの紹介が続きます。東シナ海に面したホテルの庭先光景です。そのまま砂浜に繋がっていました。

  • ホテルの部屋から、西側方面になる右手方面の光景です。亀のような形をした無人の岩山が見えました。

    ホテルの部屋から、西側方面になる右手方面の光景です。亀のような形をした無人の岩山が見えました。

  • ホテルの部屋から、東側方面になる左手方面の光景です。前方の建物も、ホテル・リゾネックス名護の一部の東館です。

    ホテルの部屋から、東側方面になる左手方面の光景です。前方の建物も、ホテル・リゾネックス名護の一部の東館です。

  • ホテルの別館にある食堂での朝食です。和食と養殖などが選択できましたので、私としては珍しく、和食の選択にしました。跡は、食後にコーヒーだけを戴きました。

    ホテルの別館にある食堂での朝食です。和食と養殖などが選択できましたので、私としては珍しく、和食の選択にしました。跡は、食後にコーヒーだけを戴きました。

  • 朝食の後、出発まではまだ十分に時間がありましたから、1階に降りて付近の散策です。ホテルの正面玄関光景です。

    朝食の後、出発まではまだ十分に時間がありましたから、1階に降りて付近の散策です。ホテルの正面玄関光景です。

  • 1階ロビーの光景です。売店などは、朝早くから開店していました。正面にホテルフロントが見えています。

    1階ロビーの光景です。売店などは、朝早くから開店していました。正面にホテルフロントが見えています。

  • 1階ロビーから眺めた、外の光景です。右手に正面玄関の庇が見えていました。外は残念ながら、雨が降り始めていました。

    1階ロビーから眺めた、外の光景です。右手に正面玄関の庇が見えていました。外は残念ながら、雨が降り始めていました。

  • 部屋から眺めて気になっていた岩山にも、近寄って見学してきました。ホテルが建つ前から存在していた岩山のようです。

    部屋から眺めて気になっていた岩山にも、近寄って見学してきました。ホテルが建つ前から存在していた岩山のようです。

  • ホテルの裏庭にあった岩山の周りに自生していた、タコノキのズームアップ光景です。群生していました。正式名は、オガサワラタコノキかも知れません。

    ホテルの裏庭にあった岩山の周りに自生していた、タコノキのズームアップ光景です。群生していました。正式名は、オガサワラタコノキかも知れません。

  • ホテルの庭園内の海岸光景です。海水浴や水上スクーターなども利用できるようでしたが、今はまだ海開き前です。海水温が低すぎるようでした。

    ホテルの庭園内の海岸光景です。海水浴や水上スクーターなども利用できるようでしたが、今はまだ海開き前です。海水温が低すぎるようでした。

  • ホテルの庭木越しに眺めた、東シナ海の光景です。庭には常設のテーブルと椅子が置かれていましたが、あいにくの小雨です。

    ホテルの庭木越しに眺めた、東シナ海の光景です。庭には常設のテーブルと椅子が置かれていましたが、あいにくの小雨です。

  • 小雨模様でしたから、付近の散策はあきらめて、もう一度部屋に戻りました。部屋から眺めた海岸線とは反対方向の光景です。左下に玄関の車寄せが見えていました。

    小雨模様でしたから、付近の散策はあきらめて、もう一度部屋に戻りました。部屋から眺めた海岸線とは反対方向の光景です。左下に玄関の車寄せが見えていました。

  • 泊まった部屋から眺めた、海岸線とは反対方向の光景です。右手の建物が別館で、この1階にレストランがありました。海岸に降りる石段は、こちらの本館と別館の間にありました。

    泊まった部屋から眺めた、海岸線とは反対方向の光景です。右手の建物が別館で、この1階にレストランがありました。海岸に降りる石段は、こちらの本館と別館の間にありました。

  • 港に向かう貨物船のズームアップ光景です。本部(もとぶ)港に向かっているようでした。1975年の沖縄国際海洋博覧会の際、大型旅客船が接岸できる港湾として整備された本部市にある港です。

    港に向かう貨物船のズームアップ光景です。本部(もとぶ)港に向かっているようでした。1975年の沖縄国際海洋博覧会の際、大型旅客船が接岸できる港湾として整備された本部市にある港です。

  • 天気予報では、翁は本当は午前中が雨、ところによっては雷が鳴ると解説されていました。一度きりでしたが、雷鳴が聞こえた朝の時間帯でした。

    天気予報では、翁は本当は午前中が雨、ところによっては雷が鳴ると解説されていました。一度きりでしたが、雷鳴が聞こえた朝の時間帯でした。

  • 那覇の首里地区にある首里城跡に到着しました。名護からは1時間半とはかかりませんでした。早速、世界文化遺産の首里城の見学です。

    那覇の首里地区にある首里城跡に到着しました。名護からは1時間半とはかかりませんでした。早速、世界文化遺産の首里城の見学です。

  • 前方に見えてきた建物が首里城の正門、『守礼の門』です。首里を東西に貫く大通りである『綾門大道(アイジョウウフミチ、アヤジョウウフミチ)』の東側に位置します。

    前方に見えてきた建物が首里城の正門、『守礼の門』です。首里を東西に貫く大通りである『綾門大道(アイジョウウフミチ、アヤジョウウフミチ)』の東側に位置します。

  • 首里城跡の建物配置などが記された観光案内地図です。『首里城公園総合案内』のタイトルがありました。

    首里城跡の建物配置などが記された観光案内地図です。『首里城公園総合案内』のタイトルがありました。

  • 首里城の大手門に相当する『守礼の門』が近づいてきました。柱は4本で二重の屋根を持ち、赤い本瓦が葺かれています。

    首里城の大手門に相当する『守礼の門』が近づいてきました。柱は4本で二重の屋根を持ち、赤い本瓦が葺かれています。

  • 『守礼の門』に懸かった扁額の紹介です。『守礼之邦』の文字がありました。第二次大戦で焼失しましたが、昭和33年(1958年)に再建されました。昭和47年(1972年)に沖縄県指定有形文化財となりました。

    『守礼の門』に懸かった扁額の紹介です。『守礼之邦』の文字がありました。第二次大戦で焼失しましたが、昭和33年(1958年)に再建されました。昭和47年(1972年)に沖縄県指定有形文化財となりました。

  • 首里城跡の世界遺産登録の標識です。登録名は、『琉球王国のグスク及び関連遺跡群』です。その中の『園比屋武御嶽石門』を特定した標識です。首里城歓会門と守礼門との間にある、かつての国王の参拝所です。

    首里城跡の世界遺産登録の標識です。登録名は、『琉球王国のグスク及び関連遺跡群』です。その中の『園比屋武御嶽石門』を特定した標識です。首里城歓会門と守礼門との間にある、かつての国王の参拝所です。

  • 同じ内容が記されている、上の和文、左下の英文と右下の漢文の三つの説明パネルが一体となっていました。石門は、1519年に創建され、戦争被害を受けたものの、修復、解体修理をされたことなどが記されていました。

    同じ内容が記されている、上の和文、左下の英文と右下の漢文の三つの説明パネルが一体となっていました。石門は、1519年に創建され、戦争被害を受けたものの、修復、解体修理をされたことなどが記されていました。

  • 斜め前から眺めた、『園比屋武御嶽石門』の光景です。神社で例えれば拝殿に相当します。ご神体はその先の鎮守の杜とされます。日本本土の古い神社にも共通する様式のようです。

    斜め前から眺めた、『園比屋武御嶽石門』の光景です。神社で例えれば拝殿に相当します。ご神体はその先の鎮守の杜とされます。日本本土の古い神社にも共通する様式のようです。

  • 正面から眺めた、拝殿に相当する『園比屋武御嶽石門』の光景です。石材は、主に琉球石灰岩が用いられています。琉球石灰岩は、更新世(約258万年前〜約1万年前)にサンゴ礁の働きで形成されたものです。

    正面から眺めた、拝殿に相当する『園比屋武御嶽石門』の光景です。石材は、主に琉球石灰岩が用いられています。琉球石灰岩は、更新世(約258万年前〜約1万年前)にサンゴ礁の働きで形成されたものです。

  • 緩やかな登坂を歩いて、次に見えてきたのは、『歓会門(かんかいもん)』です。第二尚氏統第三代尚真王の時に造られたとされ、第二次世界大戦で焼失しましたが、昭和49年(1974年)に復元されました。

    緩やかな登坂を歩いて、次に見えてきたのは、『歓会門(かんかいもん)』です。第二尚氏統第三代尚真王の時に造られたとされ、第二次世界大戦で焼失しましたが、昭和49年(1974年)に復元されました。

  • 近くから眺めた、『歓会門(かんかいもん)』の光景です。その周りを、優美な曲線を持った石垣が固めていました。

    近くから眺めた、『歓会門(かんかいもん)』の光景です。その周りを、優美な曲線を持った石垣が固めていました。

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