2015/08/04 - 2015/08/04
94位(同エリア1558件中)
こあひるさん
弘前城の裏鬼門にあたる西南の抑えとして、津軽一円から集められた33の曹洞宗寺院。同じ宗派の寺院が集結された寺町は、全国的にみても珍しく、国の史跡に指定されています。
禅寺が林のように立ち並んでいることから「禅林街」と呼ばれるようになったそうです。
城下町の霊的な護り・・・という役目だけではなく、この地は、有事の際の防衛拠点・・・西南の抑えとしての役割も担っていました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- タクシー 新幹線 JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
加藤坂を下り、そのままさらに道なりに進みます。
郵便局や商店なども増えてきて、昔の門前町の賑わいを感じさせてくれます。 -
そして・・・禅林街へと入る交差点を曲り、茂森町に入ります。曲がらずにそのまま真っ直ぐ通りを進めば、藤田記念庭園などがある、弘前城の南西の端に出ます。
弘前城築城当初は、この近くに重森(茂森)山がありましたが、城内を見下ろすということから、切り崩されました。
茂森(禅林街に入る手前あたり)界隈は、弘前城下で最も古くから町割りされたところで、特に茂森町は、町名も範囲も、当初と変わらない数少ない町だそうです。小沢や相馬、目屋方面から続く街道のある市街地として、当初から商家街として栄えてきました。
茂森町から禅林街へ通じる道は、2度の直角な曲がり角のある枡形の造りで、敵の直進を妨げるようになっています。さらに、土塁・水濠が設けられ、有事の際の防衛拠点としての役割を担っていました。
今なお、土塁があり、枡形の跡も残っています。
茂森町にあるこの建物は、明治時代に、歩兵第三十一連隊の将校集会所として建てられたものです。
後に、茂森町青年会館として現在の場所に移築され「正進会館」と名付けられました。
塔のない教会のようにも見えます。 -
正進会館のあたりで、通りは枡形にカーブし、そこに「茂森会館消防西第一分団」があります。
昭和11年築で、望楼付きの洋風デザインが目を惹きます。
この建物のすぐ後ろ辺りに、土塁と思われる、草に覆われたこんもりしたところがあったのですが、その時には土塁だと気付かずに、写真は撮っていません。
土塁は、禅林街の東側を護るように築かれています。 -
禅林街に向かって進むと、右手に「赤門」があります。
通りを進んだ先にある「黒門」の向こうが「長勝寺構え」(上寺通り)と呼ばれるのに対し、赤門の向こうは「耕春院(現・宗徳寺)構え」(下寺通り)と呼ばれています。
赤門の先「耕春院構え」は、突き当りの宗徳寺へと続き、禅林街33ヵ寺のうち、12ヵ寺があります。門をくぐると、寺のみ(店舗はなし)です。
赤門をくぐって宗徳寺まで行くと・・・「長勝寺構え」の入口である黒門を見るために、またここまで戻ってこなければなりません。
あまりにも暑いので、考えただけでもうんざり・・・なのですが、元気を何とか振り絞って・・・まずは赤門をくぐって、宗徳寺の方へ向かうことにします。
赤門は、大正時代に、宗徳寺住職が、曹洞宗青年会の僧らと托鉢して建てたと言われています。
当初は黒塗りでしたが、昭和37年(1962)の大改修のとき、赤く塗られました。・・・ということは、赤門となったのは、最近のことなんですね〜(*^。^*)。禅林街 名所・史跡
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赤門の横に地蔵堂があります。
亡くなった幼子のために地蔵を安置しています。子のための墓を建てられなかった庶民の・・・ささやかな祈りがたくさん込められています。
地蔵を寺院等に供える風習は、18世紀後半から始まり、19世紀になると広く伝わっていきました。 -
こちらは、地蔵堂の前(外)に置かれたお地蔵さま。
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こちらが地蔵堂の中に安置されているお地蔵さま。
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赤門から入ってすぐ・・・長雲山 藤先寺。
先ほど通って来た「新寺町」には、浄土宗、浄土真宗、日蓮宗など各宗派が混在していたのに対し、こちらは曹洞宗オンリー。
連れ合いに、曹洞宗ばかり33も集められて造られた寺町なんだって・・・と説明すると、なぜ曹洞宗ばかりなの・・・?と聞かれました。
ガイドブックやパンフレットなどを見ても、それが珍しいことだ・・・と書かれていても、その理由については触れられていません。タクシーの運転手に尋ねてみても、理由はよくわからない・・・んだそうです〜〜。
津軽氏の宗教がもともとは曹洞宗だった・・・から・・・ってところかなぁ。 -
長雲山 藤先寺。
すでに・・・新寺町歩きでかなり体力を使い果たし・・・よっぽどここ!ってお寺でないと、門から中へ入ろう・・・という気力がなくなってしまいました。
地元の方のブログで、33ヶ寺のうち、ひとつだけを除いたお寺が、本堂を開放していて、誰でもご本尊を自由に参拝することができた・・・と見たような気がします(確実な情報ではありません)。
どっちにしろ・・・もし仏像を見たいのなら、こういう小規模なお寺では、靴を脱いで本堂に上がるか、脇の玄関からお邪魔しなくてはならない・・・ので、面倒になってきたところ・・・。 -
藤先寺のところで、枡形に道が曲り、曲がりきると、その先は、宗徳寺まで一本まっすぐ・・・!通りの先に、宗徳寺の門が見えます。
生け垣がとってもキレイです。 -
金屋山 栄泉寺。とってもモダンな本堂です。
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通りの両側はすべてお寺。新寺町よりも、がっつり寺院街といった感じです。
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この横道から、長禅寺構えに出れるようです。
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松種山 正光寺。
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そしてやっと・・・耕春院構え(下寺通り)の突き当りに到着・・・耕春山 宗徳寺です。
ガイドブックでは、長勝寺の三門が有名ですが、こちらの三門もなかなか素晴らしいです。
ISO6400に固定したまま気づかずにいたので、荒くて変な色あいの写真続きです・・・。 -
本堂。
宗徳寺は、藩祖・為信が、実父である武田守信の菩提を弔うため建立しました。
藩政時代には、身分の高い士族が檀家となりました。その中には「杉山源吾」と名乗った石田三成の次男から始まる杉山家のお墓もあるそうです。 -
本堂内部へ・・・あがってみます。
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ご本尊は釈迦如来です。残念ながら姿は隠されており見えません。
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こっちは本坊かな。
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宗徳寺の三門から眺めた下寺通り。こちらに向かってやや上り坂道になっていたんですね〜。どうりで・・・一歩一歩が何かダラダラしちゃっていたわけだ・・・。
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さて・・・来た道を引き返します。
石流山 川龍院。
鎌倉時代に、地頭として津軽へ下向した曽我一族が、石川城を築いた際、城の南側に建てられたのが始まり・・・とされます。石川城は、南朝方の拠点となり、その武功を讃えられ、14弁の菊花の紋章を与えられました。
後世、川龍院はこの地に移されましたが、禅林街の中で、14弁の菊花の紋章があるのはここだけです。 -
とぼとぼと・・・下寺通りを引き返します。
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赤門から出て、長勝寺構えの入口である黒門までは、約100mほど。
黒門の少し手前に・・・昔は何だったんだろう・・・と想像を掻き立てられるような門柱だけが残っています。 -
そして・・・「黒門」。この先が、上寺通り・・・または「長勝寺構え」と呼ばれます。
黒門は、長勝寺の総門として位置づけられていますが、長勝寺を正面として、寺院が両側に並ぶ手前にあるので、まさに禅林街の総門となっているような位置にあります。
城郭の門に多く用いられる「高麗門」形式で建てられており、長勝寺構えが、出城としての性格付けもされていたことによるものと考えられています。 -
ムカついちゃうほど荒くて汚い写真しかないのですが・・・この弁柄色の六角堂は天保10年(1839)建立の「さざえ堂」。
回廊が建物の中を周っている構造・・・さざえ堂と言われる建物は、東北では、こちらの六角堂と、会津若松・飯盛さざえ堂の2つだけだそうです。
天明、天保の大飢饉で亡くなった餓死者などを弔うため、津軽の豪商・中田嘉兵衛が発願して建立しました。
六角堂と呼ばれますが、実際には八角二重円堂です。宝形造りの屋根を持ち、かつては長勝寺が管理していましたが、現在は、蘭庭院が管理しています。
禅林街の住職たちや檀家たちが、たびたび修理をしながら・・・努力・苦労して保存してきたものなのです。 -
内部を見学したい場合には、問い合わせ・・・ということだったので、前もって蘭庭院に伺ったところ、当日に鍵を渡すので、取に来てくれればいい・・・とのことでした。
蘭庭院に電話をすると、鍵を取に来てください・・・と言われましたので・・・連れ合いをお堂の前の階段において・・・取りに行くことにしました。
しかし・・・蘭庭院って・・・地図で見ると・・・ほとんど長勝寺構え終点に近いんですよね・・・。
往復が辛いけど・・・せっかくなので、中を見て行こう・・・と、暑い中をひとりで蘭庭院へ・・・。 -
長勝寺構えの杉並木は、4代藩主・信政以前は桜並木だったそうです。当時、春になると大勢の人々が集まり、大宴会を繰り広げて修行僧を悩ませていました。そこで、これではいけないと桜を伐採、代わりに杉が植えられたそうです。
昔も今も・・・お花見客の酔っ払い騒ぎは変わらないようです(笑)。 -
蘭庭院へは、(片側)6つもお寺を通り過ぎなければなりません。
こちらは金華山 泉光院。赤い門がとっても目立ちます。 -
遠いよぉ〜〜〜!!どこまでも杉並木が続くような気が・・・。黒門から内側も、赤門同様、お店はなく、寺院のみ。
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大浦山 海蔵寺。門の天井に絵が描かれています。写真が荒く潰れているので、拡大してもよくわかりません(-_-;)・・・。
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各お寺ひとつひとつもうちょっと丁寧に見学すれば、それはそれで面白いんでしょうけどね〜。
お寺内のスポットは、住職さんのお話を聞いてみないと・・・説明板があるわけじゃないのでわからなさそう。 -
別処山 寶積院。門の装飾がカラフルで美しい。
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門の天井にカラフルな絵図があります。
こちらも・・・拡大しても判明しません。和尚さんの様々な様子が描かれているような・・・??? -
別処山 寶積院本堂。
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同じようなもんだけど・・・通りの向こう側も・・・種里山 鳳松院。
門構えだけ写真撮って歩いてもあんまり意味がないとは思うんですが・・・(*'▽')。 -
龍沢山 嶺松院。
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嶺松院は、本堂が真新しくて、芝生のお庭がとってもキレイ〜!
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嶺松院の門から、お隣の金毘羅山 高徳院の建物の一部が見えて・・・傷んでしまっていますが、なかなか美しい彩色が施された年代物のよう・・・。
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や〜っと・・鍵を管理する金平山 蘭庭院にたどり着きました〜〜。もうすぐそこ、長勝寺じゃん・・・ここまで来て、またさざえ堂まで戻んなきゃならないなんて・・・。
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蘭庭院でお借りしてきた鍵を・・・錠に差し込み・・・力を入れて・・・ガシャリ・・・と上手くいかず、ガチャガチャ、引っぱったり押したりしてやっと開きました。
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よし!錠前は取り外せました〜〜。それでは扉を開けま〜す!
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よいしょっと・・・。
連れ合いは、お堂の中よりは暑さがマシだろう・・・と、出入口の階段に座って待つって・・・。 -
扉を開けた正面には、聖観世音菩薩像。
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出入口から入ると、順路は左手から・・・右回り回廊になります。
螺旋状に上る堂内は、阿弥陀如来の胎内を意味しています。
壁の棚には、飢饉で亡くなった子供を供養する小さな古い石灰のお地蔵さまがいっぱい・・・。このお地蔵様たちは、そんなに不気味な雰囲気はないです。 -
密閉空間かと思いきや・・・回廊の壁は、隙間のある構造で、思ったよりも風通しが良く涼しいし、光が射しこんでいて明るいので、ビックリしました。
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わ〜っ!!!びっくりしたぁ〜〜( ;∀;)!!
こちらは、このさざえ堂を建てた豪商・中田嘉兵衛像です。
私が遊び心半分で堂内を周っているから、怖く写ったわけじゃないようです。蘭庭院で頂いたさざえ堂のチラシの写真も同じ感じでしたから・・・。ホッ・・・!
このように、螺旋階段の壁のところどころに、八大尊(不動明王、釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩、地蔵菩薩、弥勒菩薩、薬師如来、観世音菩薩←こちらさまは入口正面にありましたね)が安置されています。
ただ、ガラス張りの中に安置されていたり、壁側がかなり暗かったり・・・で、写真は上手く撮れませんでした・・・。
さざえ堂は、八大尊を拝みながら螺旋階段を昇降するだけで、巡礼したのと同じ御利益があるとして、信仰の対象にもなりました。 -
さざえ堂のような造りは、右回りに三回匝る(めぐる)ことにより、巡礼が叶うことになっているので・・・三匝堂(さんそうどう)と呼ばれるそうです。
・・・ほんとは3回周らなきゃならなかったんだ〜〜(*'▽')・・・。 -
茨城県・取手(仙台に来る前に住んでいたところ)にも、ご近所の寺に、さざえ堂があるんですが・・・そのさざえ堂は、年に数回しか公開していないので、まだ見るチャンスがないです。
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天井には、墨がだいぶ剥げかかっていますが、竜や雲の絵が描かれています。昔の人が、死者の霊を慰めようと描いたそうです。
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昨年、会津若松・飯盛のさざえ堂に入りましたが(旅行記を作るヒマがまだありません・・・)、確か、あちらのさざえ堂は、右回りに螺旋階段を上がっていくと、一番高い位置に部屋があり、その先の下りも、螺旋階段だった記憶があります。
一方、こちらのさざえ堂は、一番上まで行ったかな・・・と思ったら、下りは、一本のシンプルな階段になっていました。
ここのさざえ堂の方が、小さくてかなりシンプルだと思います。 -
まっすぐな下り階段を下りると・・・出入口に戻ってきました。娑婆がまぶしいです〜〜!
観音さまの前で、明るい光に出会うことで罪が消え、新しく生まれ変わる・・・という信仰です。
お参りもそこそこに周ってきた私の罪は・・・消えませんね。 -
唐戸を閉めて・・・鍵をかけ・・・通りの行き止まりにある長勝寺へと、連れ合いと共に向かいます。
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蘭庭院に鍵を返しに伺ったら、りんごのお菓子をくださいました〜〜。
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長勝寺まではもうちょっと。
唐糸山 万蔵寺。
禅林街は曹洞宗オンリーだし、時間もあまりないし、杉林が続く寺町の様子を見るだけでいい・・・と思っていたので、今回は、ほとんどのお寺で境内に入ることなく・・・。 -
長勝寺に最も近い嶺応山 梅林寺。
こちらの門の前には仁王像が構えています。 -
この素晴らしい三門を構えるのが、長勝寺構え(上寺通り)の一番突き当り・・・太平山 長勝寺。
享禄元年(1528)に、大浦盛信(のちの津軽為信)が、父・光信のために創建した菩提寺。
慶長15年(1610)、弘前城築城の際に、種里(現在の鰺ヶ沢町)から現在地に移されたと伝えられています。
超高感度に固定しっぱなしのため・・・細かいところが潰れてしまっておりますが・・・こちらが長勝寺三門。
急な勾配と強い反りが見られる屋根、軒は柱の間にも密に配する「詰組」により支えられています。長勝寺 寺・神社・教会
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江戸前期の禅宗様式を表すこの三門は、寛永6年(1629)に2代藩主・信枚によって建立されました。
その後、数回の改造を経て、文化6年(1809)にほぼ現在の形になりました。 -
三門の両脇には、仁王像。柵が太すぎて・・・うまく写せません。
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三門を入って・・・境内から山門を眺めた画。
この三門をはじめ、長勝寺の多くの堂宇が国の重要文化財に指定されています。 -
三門を入る手前の・・・塀と繋がる小さな門は、ただ今工事中でした。三門が修復中でなくてよかった・・・。
要害として重要な位置・場所にあった長勝寺・・・本城が危うくなったときには、藩主がこちらに逃れてくる第二の城という役目もありました。 -
鐘楼は「嘉元鐘」と呼ばれています。左手奥の建物は庫裡。
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鐘は、嘉元4年(1306)の紀年銘があるところから、嘉元の鐘と呼ばれています。
寄進者の筆頭に、鎌倉幕府の執権だった北条貞時の法名があり、さらに津軽曽我氏の統領や安藤一族と考えられる名前なども陰刻されています。
中世の文献がほとんどない当地において、北条氏と津軽との関係を示す貴重な資料ともなっています。こちらも国の重要文化財。 -
庫裡。文亀2年(1502)に築かれた、大浦城の台所を移築したものと伝えられています。
こちらも国の重要文化財。
庫裡からは(たぶん、庫裡だけでなく、本堂、御影堂、霊廟など)有料エリアになるようです。案内してくれるようですが・・・内部撮影禁止と書いてあったのと、もうバテバテで動きたくないので・・・今回は入るのをやめました。
有料エリアは、見どころとして、と〜〜っても面白そうなので、次回には是非、入って案内してもらいたいと思っています。 -
三門から見て、真正面にあたる本堂も・・・国の重要文化財。
慶長15年(1610)に造営されたと伝えられています。 -
本堂。
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庫裡から本堂は繋がっていそうです。
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蒼龍窟(そうりゅうくつ)。
もともとは禅堂でした。百沢寺(現・岩木山神社)伝来の五百羅漢や薬師如来像、安寿像や厨子王像を始め、明治初期の廃仏毀釈の折りに廃寺となった寺院所蔵の仏像が納められています。 -
蒼龍窟の内部。開放されているので、自由に内部を見ることができます。
正面奥の厨子には仏像三体。打ち捨てられた仏像なのですねぇ・・・。 -
正面には、色褪せてるけれど、たぶんとても豪華だった厨子。
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厨子の中の阿弥陀如来。
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薬師如来(たぶん)。
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十一面観音。
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向かって左側。階段にも、壁の棚にも像がいっぱい。
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五百羅漢。
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十六羅漢。
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向かって右側の五百羅漢たち。
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十六羅漢。
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聖徳太子像も。
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蒼龍窟の建物の横側に・・・なにやら細かいものが・・・。
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中央には、石のお地蔵さま。
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中央の地蔵を取り囲むように・・・小さな木彫りのお地蔵さまが並ぶ・・・。
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なかなか圧巻の光景。
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1本の木から造られたとも言われる小さな地蔵。
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ひとつひとつ顔が異なってます〜。
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今回は、本堂や霊廟を見てないし、ご朱印も頂かなかったので(本堂でお参りしてないので)、次回にじっくり見学したい・・・と思うお寺です。
14時半をまわりました。なんだか・・・今日1日分の体力を・・・寺めぐりで使い果たしてしまったような疲労感・・・。 -
予定では・・・このあと、黒石のこみせ通りへ行くことにしています。
ここから弘前駅までタクシーで行き、そこから弘南線に乗って黒石まで行くプランなのですが・・・もうバテちゃって、何だか黒石まで行かなくてもいいや・・・って気になってきました。
タクシー会社に電話して、車をよこしてもらいます。
三門前で待つ間・・・向かいの梅林寺をぼ〜っと眺めて・・・。 -
あら?公衆電話ボックスの屋根が宝形造りになってます〜〜(笑)。
続きま〜す。
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この旅行記へのコメント (4)
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- ガブリエラさん 2015/09/14 13:39:40
- お寺の宝庫ですねヽ(^o^)丿
- こあひるさん☆
こんにちは♪
禅寺がたくさん集まってるなんて、むっちゃ行ってみたいです!!!
立派な山門もさることながら、独特のお顔をされてる聖観世音菩薩さま、美しいですね♪
そして、ずらっと並んだ五百羅漢さま方、十六羅漢さま方、そしてなんといっても、この数のお地蔵さまが一度に拝見できるなんて、本当に魅力的です(^O^)
やばいです!
こあひるさんのおかげで、東北の行きたい所が、どんどん増えていっています(笑)。
やはり、来年は東北に行かなくっちゃ!!!
ガブ(^_^)v
- こあひるさん からの返信 2015/09/15 09:41:58
- RE: お寺の宝庫ですねヽ(^o^)丿
- ガブちゃん、こんにちは。
禅林街には禅寺ばかり33寺院、新寺町には色々ミックスで十数寺院、寺ばかり立ち並んでいるので、じっくりみるのには効率的です。外観は、それぞれけっこう個性ありましたので、じっくりみると楽しそうです。
廃仏毀釈から逃れて来た仏像たち・・・そういう歴史をくぐってきた物悲しさや逞しさを感じました。
こあひる
-
- aoitomoさん 2015/09/09 11:37:48
- いい被写体が満載ですね〜
- こあひるさん
『さざえ堂』
さざえ堂知りませんでした。
堂内の回廊構造や堂内を進むだけで巡礼が叶うなど往事は人々にとっても重要な場所だったのかもしれません。
事前に拝観確認を取り、鍵を借りて堂内を見せていただくなどさすがです。
中田嘉兵衛像がリアルで面白いです。
『長勝寺』
『嘉元鐘』の『嘉元の鐘』、寄進者の筆頭に、北条貞時の法名があるなんて貴重な歴史的事実がここにはあるのですね〜
有料エリアも、面白そうですね。
別の機会に旅行記を期待するも、写真撮影NGではね〜
『蒼龍窟』の内部
廃寺となった寺院所蔵の仏像が納められているのですね〜
どことなく仏像も寂しげなのは、そのせいか?
それとも私の目の錯覚かも。
『五百羅漢』も圧巻ですね〜
この雰囲気が大好きです。
木のお地蔵の並ぶ御姿も圧巻です。
色々美味しい被写体を見つけてきますね〜
楽しいです。
aoitomo
- こあひるさん からの返信 2015/09/13 14:18:38
- RE: いい被写体が満載ですね〜
- aoitomoさん、こんにちは。
さざえ堂と呼ばれる造りになっているお堂は、取手のすぐ近所のお寺にもあったのですが、公開日がかなり限定されているので、見る機会に恵まれませんでした。昨年、会津若松の飯盛にあるさざえ堂を見ましたが、あちらはかなり大きく立派なものでした。
今回プランを立てているときに、禅林街の存在を知り、これは景観がよさそうなので行ってみたい〜とすぐに思ったのですが、禅寺ばかりだし、どのお寺を見るべきなのかわからなかったですね〜(長勝寺以外)。特に、名物仏像もなさそうでしたし・・・。
このさざえ堂は、禅林街のパンフレットで紹介されていて、弁柄色がなんとも不思議な雰囲気だったので、禅林街に行くなら、せっかくなので中も見ておこうかな〜と思いました。鍵は、蘭庭院で管理しているので、当日、突然電話して借りるってので、OKなようです。
暑い中、鍵を借りるために往復するのがとってもしんどかったですが、お金持ちの個人が、こういうものを建てた・・・という心を思うと、無信心な自分でも、神妙な気持ちになりました。
内部の観音像などは、どうやってもうまく写すことができず、気軽に写すな〜!ってことなのかな〜なんて思っちゃいました。
長勝寺・・・津軽藩については、ほとんど勉強して行かなかったので、ここで北条氏が出てきて驚きました。
次に長勝寺を訪れることがあったら、霊廟などの見学をしてみたいです。・・・そうそう、そうなんですよね〜、撮影禁止だと、気合い半減しちゃいます・・・。
蒼龍窟に置かれていた、災難から逃れてきた仏像たち・・・その歴史を思うと・・・ちょっと哀愁を感じます。五百羅漢も、今は500揃っていないそうです。
本堂など(撮影禁止のところ)は今回見ることはしませんでしたが、蒼龍窟や小さい木彫りの地蔵は、こんなところがあったと予想していなかったので、けっこう満足でした〜。
こあひる
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