2014/02/23 - 2014/02/23
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中国の風景さん
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檀園は地下鉄11号線「南翔」駅2号出口を出てバス又は徒歩約20分。上海市内の水郷「南翔老街」内にある庭園です。庭園内には日本語で書かれた案内板が多く見られ、それによると
檀園は明朝の文人芸術家李流芳の自家庭園であり、当時の文化人が詩を吟じて痛飲する所でもある。明清の交換時代」に壊された。西暦紀元2011年に再建され、園内にルルバビリオン、清暉院、回酔ホールと芙蓉片などの歴史名所が保存されている。全園の設計はすきがなくて適切で、ヒョウタン形のプールは中央に立って、ホールは環立している。洞穴がぐるぐる回って、婉曲的で、曲がっている廊下は全園に通じている。園内をぶらぶら歩いて、まるで絵の中にいるようである。
李流芳(1575〜1629)は字が茂宰で、又は長衛で、号が檀園、泡庵などで、南翔人である。明朝万歴の挙人で、詩、本、絵、印はいずれも上手であった。<檀園集>が後世に伝わって、“嘉定四先生”の一人である。その書画作品は、国内外の各大博物館に収蔵されて、董其昌、王時敏、王鑑等名人と、“絵中九友”と称されていた。後代に対してある一定の影響のある文人芸術家である。
2011年に改修を終えたもので蘇州の世界遺産の庭園を見る様で南翔老街の喧噪とは裏腹に静かな一時を過ごせます。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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入場券裏の地図。
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檀園は明朝の文人芸術家李流芳の自家庭園であり、当時の文化人が詩を吟じて痛飲する所でもある。明清の交換時代」に壊された。西暦紀元2011年に再建され、園内にルルバビリオン、清暉院、回酔ホールと芙蓉片などの歴史名所が保存されている。全園の設計はすきがなくて適切で、ヒョウタン形のプールは中央に立って、ホールは環立している。洞穴がぐるぐる回って、婉曲的で、曲がっている廊下は全園に通じている。園内をぶらぶら歩いて、まるで絵の中にいるようである
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檀園の入場券、5元。(老人票)
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檀園内の地図。
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檀園入口。
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太湖石、崢骨
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尖がり屋根の建物。
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茖塢。
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回酔ホール。
「回酔ホール」は(俗称は花籠ホールである)旧名「回酔閣」で李流芳が友達に会って、酒を飲んで、詩を作る場所である。再建する時、江南の古典建物芸韻の伝承と現代建築技術の革新と互いに結合し「花籠」をとりわけ生輝させている。ホル内蔵図の「九友図と歌は、李流芳が明時代後期の画壇での地位を明らかに示した。 -
回酔ホール。回酔閣 -
芙蓉片
芙蓉片の名前は古園から出て、つまり蓮の池である。芙蓉片は檀園の中央に位置し、周囲の建物は全て水に沿って建てられた。芙蓉片はヒョウタンのように見え、中国の「福禄」という字の発音に似ている。池水と築山の滝の水は流れる水の循環を形成し、ヒョウタン口からさらさらと流れた水は更に源の豊かさを現せた。 -
芙蓉片とは蓮の池。
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芙蓉片とは蓮の池。 -
洞門の形は色々ある。
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建物
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岩山へ上る階段。
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岩山の東屋。
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芙蓉池と茖塢。
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舟形の建物。歩衡舸。
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歩衡舸
衡という字は李流芳の字の「長衡」から出た。歩衡は、尚賢に敬慕の意を表すのである。舸の別名は石の船、結ばない舟で、3段に分け、前客室はわりに高くて、中客室は少し低くて、尾の客室は2階を建てて、欄によって名賀めると、天地が開く様に明るい。歩衡舸の3つの方向は環水で、一つは岸につないで、動く様に見えるが実は静かで、その中の身を置くと、船に乗って遠く去る感じがある、 -
池の中には九曲橋。
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民国住宅。成暉院。
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民国住宅。成暉院。
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成暉院
「成暉院」の名称は李流芳の杭州での別荘で名声を残した。院内に山雨楼が配置され、楼名は唐代許渾の詩「カンヨウ城東楼」の「山雨来たらんと欲して風楼に満つ」という文により付けられ、李流芳は明の時代がまもなく崩れ、どこでものろしが上がっていた時に、「体が隠退しても、心が国の事を心配しているという気持ちを表す。この楼はもともと民国住宅であるが、今は嘉定区で登記され、移動できない文物である。 -
琴書軒。
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中を覗いて見る。 -
招隠亭
隠というのは、つまり隠居者で、出仕しない文人である。招隠亭はもともと、李流芳が程嘉燧、宋?、張鴻磐などの文化人と集まる場所である。彼らは常にここで酒を飲んで、絵を描いて、天下の時事を述べて、政治の現状を激しく憤って、国事を憂えて、丹青を取って自分で楽しんで、美酒を使って自らを解脱した。 -
池の中央を渡る九曲橋と招隠亭。 -
龍涵芳硯
この石は太湖水から千年に磨き上げられてからなる天然の大きい石で、外見が龍みたいである。華夏子孫は龍の後代と言われ、名前は檀園の再建の中で李流芳の古園文脈を伝承する意を表した。 -
龍涵芳硯 -
彫刻の精微な門。谷治燕翼。
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谷治燕翼、
平彫、浮き彫り、透かし彫りなどの彫刻の芸術を運用して作られたこの微派門楼は精微な彫刻で吉祥、心地良い、気楽、栄昌子孫の意を表した。内は娯楽慎重室、剣蛻小屋を設けて、李流芳の昔の生活、読書のシーンを再現した。 -
李流芳
李流芳(1575〜1629)は字が茂宰で、又は長衛で、号が檀園、泡庵などで、南翔人である。明朝万歴の挙人で、詩、本、絵、印はいずれも上手であった。<檀園集>が後世に伝わって、“嘉定四先生”の一人である。その書画作品は、国内外の各大博物館に収蔵されて、董其昌、王時敏、王鑑等名人と、“絵中九友”と称されていた。後代に対してある一定の影響のある文人芸術家である。 -
壁と廊下。
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飛瀑流雲。
飛瀑流雲は山頂の湖と石が雲のように見え、山の上の滝がささっと流れることからで名前を得た。造型上は、伝統の造園手法を吸収して、現代工芸の滝の設計に解け合って、古今一体理念の集大成で、太湖石の剛毅な外形ときらきらと流れる水の美しい内包との完璧な組み合わせは、深い意味を含んだ。 -
飛瀑流雲。
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レンガ彫り(二十四孝)
(二十四孝)は、元代の郭居敬が古代の孝行息子24人の物語を収録しての本で、中華民族の伝統的な美徳の一つとして、精華を継承して発揚する必要があります。このセットのレンガ彫りは、古い都市蘇州で作られ、清の中後期に製作完了し、人物のイメージがシンプルで生き生きで、技術が質素で、レンガ彫りの珍品となっています。 -
レンガ彫りの楼門。
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流芳印芸。
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