2011/11/08 - 2011/11/11
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慶州の世界遺産、石窟庵紹介の締め括りです。旅行シーズンを少し外れかけた時期でしたが、見学を終える頃には、修学旅行らしい地元の生徒さん達で溢れてきました。(ウィキペディア、るるぶ・韓国・ソウル)
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石窟庵近くからの麓方面の光景です。この方角の眺めは、山並みが重なって見えました。その先に薄っすらと見える水平線は、東海(日本海)でしょうか。
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同じく、石窟庵近くからの麓方面の光景です。川の流れに沿って田圃があり、建物も見えました。この写真でも東海(日本海)らしい水平線が見えています。
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南側方面になるのでしょうか、こちらの方角は東海(日本海)が見えません。あるいは反対側の北側だったかもしれません。韓国東部を南北に伸びる太白山脈です。
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入口方面の光景です。シーズンは過ぎた時期なのに、次から次に観光客が押し寄せていました。殆んどが、制服かジャージー姿の生徒さん達でした。この光景は、韓国東北部の雪岳山でも見ました。
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同じく、入口方面の光景です。相変わらず、空一面が雲に覆われていますが、雨の心配はありませんでした。
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小さな向日葵のような黄色の花を咲かせていた草花です。正確な名前は調べていませんが、キク科の植物でしょう。
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石窟庵の見学を終えて帰る頃には、あちらこちらが制服を着た小学生や中学生のグループで溢れてきました。石段辺りが記念撮影のスポットでした。
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先程見学してきた石窟庵の光景です。背後には小山のようなものが見えています。創建当時、石室が組みたてられた後に、土が被せられたとされます。
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『寿光殿』の扁額のアップ光景です。落款の日付は、『壬午仲秋』、名前は『白岳樵(?)夫申合熙』でした。日本では、例えば文政壬午は文政5年(1822)、あとは60年飛びの明治の1882年、昭和の1942年が壬午になるようです。
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『寿光殿』の柱に掲げられた『不意生是非』の揮毫です。文字が盛り上がった陽刻でした。自己流の解釈は出来そうですが、正確な解読は難しいようです。『不意、是非を生ず』と読むのでしょうか。
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次の揮毫は、『少林門下事』の5文字です。少林寺、あるいは少林寺拳法に関わる言葉でしょうか、正確なことは分かりません。
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続いて、『悄然事己違』の5文字です。『悄然』は、元気がない状態か、あるいは、ひっそりと静かなさまを意味します。自己流に、『悄然事、己と違(たが)う』と読めば、何となく分かるような気がします。
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最後は、『古路非動容』の5文字です。仏教用語のようです。『動容、古路に非ず』と読むのでしょうか。日本では、『古路楊動容』の言葉が多く使われるようですが、これは『日常生活に真実を発見』することの意のようです。
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緑色が主体の彩色があった、『寿光殿』の軒下光景です。
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外から撮影させて戴いた、『寿光殿』の室内光景です。熱心にお参りする人の後ろ姿がありました。明りに満ちた室内でした。
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同じく、外から撮影させて戴いた、『寿光殿』の祭壇の光景です。ご本尊の、阿弥陀如来像のようです。金銅仏でしょうか。
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かなり古そうな石灯篭の光景です。石窟庵の前にあった蓮の花びらが彫られた基礎は、このような石灯楼の基礎だったようです。
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縁が緑色に彩色された戸が開け放たれた『寿光院』の光景です。撮影中、小学生らしい集団が前を過って行きました。
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屋外に放置してあった、石窟庵に使用されている石材の一分のようです。創建の時に余った石材ではないかとのネット情報もありました。
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大切な石材のためでしょうか、『腰かけるな』との注意書きがありました。石材のカーブから推測しますと、石窟のドーム部分の石材のようにも見えます。
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この説明看板には『石窟庵・石質(?)』の説明書きがありました。(1913〜1915年)と(1962〜1964年)の修復工事で、上手く使用できなかった部材でしょうか。
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寄進の瓦の光景です。再建か修復作業のための瓦の寄進のようです。イタリア語や英文字、それに漢字の寄進瓦が選り出して展示してありました。
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寄進の瓦の光景です。再建か修復作業のための瓦の寄進のようです。イタリア語や英文字、それに漢字の寄進瓦が選り出して展示してありました。
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こちらもセレクトされた横文字の寄進瓦です。国名を拾い読みしただけで、トルコ、スロヴァキア、イラン、フィリピン、イギリス、オーストラリア等、多彩です。
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山積みになった瓦は、これからの寄進用に使われるもののようです。こちらには、前面にギリシャ、スペイン、フランス、カナダ、台湾などの国名が記された瓦がありました。
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今にも崩れ落ちそうな岩の光景です。韓国は地震が少ない国ですから、崩れるとしたら、大雨による土壌流失の際でしょうか。
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観光バスが待つ、駐車場の近くに戻って来ました。往きには建物を紹介した鐘楼の中心部に立っていた屋根飾りです。避雷針にカラスさんがとまっていました。逆光ですから、全てシルエットになりました。
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駐車場近くの楓の紅葉の光景です。この樹は見頃でした。
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同じく駐車場近くの紅葉です。黄色と赤色が混じってオレンジ色の光景でした。
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戻って来た駐車場の光景です。観光シーズンともなれば、広い駐車場も満車になるところでしょうが、この時期、まだ駐車に余裕がありました。
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