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世界遺産のカザンラクのトラキア人の墳墓関連の資料紹介です。紀元前4世紀のフレスコ画、発掘調査時の写真、出土品や測量図面などです。

2011秋、ブルガリア等・東欧旅行記(48/52:補遺2):トラキア人の墳墓、フレスコ画、出土品

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2011/10/05 - 2011/10/13

32位(同エリア95件中)

旅人のくまさん

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世界遺産のカザンラクのトラキア人の墳墓関連の資料紹介です。紀元前4世紀のフレスコ画、発掘調査時の写真、出土品や測量図面などです。

  • 葬儀の宴におけるトラキア人夫婦を描いた壁画の中心部分です。ドーム構造部分に描かれていました。下の方には、座っている夫婦が互いの手首を掴み、告別の身振りをしている構図が描かれています。

    葬儀の宴におけるトラキア人夫婦を描いた壁画の中心部分です。ドーム構造部分に描かれていました。下の方には、座っている夫婦が互いの手首を掴み、告別の身振りをしている構図が描かれています。

  • レプリカの墳墓に描かれていた壁画は、本文の方で紹介しておきましたが、こちらの写真は、オリジナルの墳墓で撮影された写真パネルからのものです。馬が描かれた素晴らしい壁画部分です。

    レプリカの墳墓に描かれていた壁画は、本文の方で紹介しておきましたが、こちらの写真は、オリジナルの墳墓で撮影された写真パネルからのものです。馬が描かれた素晴らしい壁画部分です。

  • 同じく、玄室に描かれていた壁画です。すらりとした姿態の人達です。左にはラッパのような楽器や手にした壷が描かれています。この墳墓の主人公である夫婦の両脇に描かれた部分です。お供えものを届ける場面でしょうか。

    同じく、玄室に描かれていた壁画です。すらりとした姿態の人達です。左にはラッパのような楽器や手にした壷が描かれています。この墳墓の主人公である夫婦の両脇に描かれた部分です。お供えものを届ける場面でしょうか。

  • 左には疾駆する馬車、右には矛と盾を持った戦闘の場面が描かれた壁画です。馬車は、古代の戦車でしょうか。

    左には疾駆する馬車、右には矛と盾を持った戦闘の場面が描かれた壁画です。馬車は、古代の戦車でしょうか。

  • 副葬品の展示です。この墳墓は、第2次世界大戦中の1944年に、防空壕を掘っていた兵士たちによって偶然発見されました。残念ながら、既に盗掘に遭っていたとされますが、僅かな副葬品が残っていたようです。金製の装身具のようです。

    副葬品の展示です。この墳墓は、第2次世界大戦中の1944年に、防空壕を掘っていた兵士たちによって偶然発見されました。残念ながら、既に盗掘に遭っていたとされますが、僅かな副葬品が残っていたようです。金製の装身具のようです。

  • 墳墓自体はレプリカですが、展示品の副葬品はオリジナルのようでした。金製のネックレス夜ブレスレットなどの装身具のようです。発掘写真と図面にも副葬品が記録されていました。

    墳墓自体はレプリカですが、展示品の副葬品はオリジナルのようでした。金製のネックレス夜ブレスレットなどの装身具のようです。発掘写真と図面にも副葬品が記録されていました。

  • 復元された容器です。出土した金属部分が、白い容器の上に張り付けられていました。首の辺りは、金箔のような質感です。

    復元された容器です。出土した金属部分が、白い容器の上に張り付けられていました。首の辺りは、金箔のような質感です。

  • 出土品の双耳壺です。土器でしょうか。底が尖った優美な姿をしています。

    出土品の双耳壺です。土器でしょうか。底が尖った優美な姿をしています。

  • 出土品の壺です。こちらは修復が行われた跡があります。

    出土品の壺です。こちらは修復が行われた跡があります。

  • 出土品の容器です。こちらも修復された跡があります。不思議な形をした容器ですが、し瓶でしょうか。

    出土品の容器です。こちらも修復された跡があります。不思議な形をした容器ですが、し瓶でしょうか。

  • 木片のようです。殆んど炭化しているようです。

    木片のようです。殆んど炭化しているようです。

  • 金具類です。木製の器具を止めていたものでしょうか。

    金具類です。木製の器具を止めていたものでしょうか。

  • 同じく錆びた金具類です。金具が止めていた器具には、棺もあったのでしょうか。

    同じく錆びた金具類です。金具が止めていた器具には、棺もあったのでしょうか。

  • 英文の説明文もありましたので、取り敢えず撮影しておきました。1944年4月19日に発見されたトラキア人の墳墓は、紀元前4世紀の終りから紀元前3世紀の始めの頃に造られたものであるとの書き出しでした。っその後には、墳墓の構造や、壁画のことなどが記されていました。

    英文の説明文もありましたので、取り敢えず撮影しておきました。1944年4月19日に発見されたトラキア人の墳墓は、紀元前4世紀の終りから紀元前3世紀の始めの頃に造られたものであるとの書き出しでした。っその後には、墳墓の構造や、壁画のことなどが記されていました。

  • 墳墓が発見された当時の周りの光景です。イスラム遺跡が目印になった、右手奥に黒っぽく見えている小山が墳墓の位置のようです。

    墳墓が発見された当時の周りの光景です。イスラム遺跡が目印になった、右手奥に黒っぽく見えている小山が墳墓の位置のようです。

  • 発掘作業中の墳墓の状況です。左側にイスラム遺跡のレンガ造りの建物が見えています。既に玄室の入口部分も掘削されているようです。右手奥に入口らしい構造物が見えます。

    発掘作業中の墳墓の状況です。左側にイスラム遺跡のレンガ造りの建物が見えています。既に玄室の入口部分も掘削されているようです。右手奥に入口らしい構造物が見えます。

  • 墳墓の側面図です。小山の大きさと墳墓の位置から推測しますと、小山は、墳墓のために人工に造られたものに思えます。

    墳墓の側面図です。小山の大きさと墳墓の位置から推測しますと、小山は、墳墓のために人工に造られたものに思えます。

  • 出土した時の状況写真です。玄室に通じる通路の入口部分と、その周りの構築状況です。発掘調査がかなり進んだ時の撮影のようです。

    出土した時の状況写真です。玄室に通じる通路の入口部分と、その周りの構築状況です。発掘調査がかなり進んだ時の撮影のようです。

  • 墳墓の平面図と側面図です。写真の左側が北側です。玄室に向かって南側に通路が設けられています。日本の古墳時代の前方後円墳のイメージが重なる構造です。

    墳墓の平面図と側面図です。写真の左側が北側です。玄室に向かって南側に通路が設けられています。日本の古墳時代の前方後円墳のイメージが重なる構造です。

  • 墳墓のドーム部分を覆っていた石です。前の写真の側面図では、玄室の一番上の部分にこの石が記されています。

    墳墓のドーム部分を覆っていた石です。前の写真の側面図では、玄室の一番上の部分にこの石が記されています。

  • 玄室のドームのトップ部分の詳細図面です。ドーム部分を覆っていた石は、下部がすっぽりと天井に嵌め込まれるよう細工がしてあります。

    玄室のドームのトップ部分の詳細図面です。ドーム部分を覆っていた石は、下部がすっぽりと天井に嵌め込まれるよう細工がしてあります。

  • 丸い部分が、棺が納められた玄室のようです。1から6まで番号を付して、見付かった時の副葬品の位置が示されています。

    丸い部分が、棺が納められた玄室のようです。1から6まで番号を付して、見付かった時の副葬品の位置が示されています。

  • 金製の副葬品の出土状況です。玄室から出土していますから、玄室部分は盗掘に遭わなかったのでしょうか。

    金製の副葬品の出土状況です。玄室から出土していますから、玄室部分は盗掘に遭わなかったのでしょうか。

  • 墳墓の平面図と側面図です。『Kran』の地名らしい文字がありますが、墳墓名などは分かりません。

    墳墓の平面図と側面図です。『Kran』の地名らしい文字がありますが、墳墓名などは分かりません。

  • 復元された文様です。壷とデフォルメされた植物が描かれているようです。英文表記の『Muglish(マグリッシュ)』は、アンフォラ型の壷を意味するようです。

    復元された文様です。壷とデフォルメされた植物が描かれているようです。英文表記の『Muglish(マグリッシュ)』は、アンフォラ型の壷を意味するようです。

  • 最初に造られた1946年の保護用の建物です。

    最初に造られた1946年の保護用の建物です。

  • 発掘調査が完了し、墳墓の保護のために造られた建物です。1960年に造られたとの説明書きがありました。

    発掘調査が完了し、墳墓の保護のために造られた建物です。1960年に造られたとの説明書きがありました。

  • 1966年のユネスコでの審議状況です。カザンラクのトラキア人の墳墓の世界遺産指定を巡る審議等がされているようです。

    1966年のユネスコでの審議状況です。カザンラクのトラキア人の墳墓の世界遺産指定を巡る審議等がされているようです。

  • 1966年のユネスコの審議員達の現地調査状況です。イスラム遺跡と、オリジナルの墳墓がある場所です。

    1966年のユネスコの審議員達の現地調査状況です。イスラム遺跡と、オリジナルの墳墓がある場所です。

  • 写真パネルの展示状況です。ユネスコと審議を経て、正式に世界遺産に登録されたのは1979年のことです。10年以上後になります。

    写真パネルの展示状況です。ユネスコと審議を経て、正式に世界遺産に登録されたのは1979年のことです。10年以上後になります。

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