2009/06/19 - 2009/06/19
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中国の風景さん
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富楽山公園は劉備と劉璋が対面した場所であり三国志の名場面である「涪城の会」の舞台となっている。公園内には「涪城の会」を再現した壁画や銅像、五虎大将、劉備、諸葛孔明、龐統などの銅像があり三国志ファンの為の公園と化している。西山公園には諸葛孔明の後継者の一人である蒋琬の墓がある。足早に蒋琬墓、蒋琬を祀った祠の恭侯祠を見た。姜維、蒋琬、諸葛瞻が駐屯していた営盤嘴を探すが、見当たらず。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
5元、老人券はありません。朝6時50分に普安を出て工事中の国道を4時間、バスに揺られ富楽山汽車駅到着、タクシーで公園に着いたら11時30分でした。
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非常に広い公園です。正門から入ると山を越えないと三国志関連の場所に出られません。北大門から入る事をお勧めします。一旦外へ出て一般道を歩いて北大門へいきました。
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ここが北大門です。三国志は目の前です。
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諸葛孔明、蒋琬、費褘、董允。
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関羽、張飛、馬超、黄忠、趙雲の五人。
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この門を入って行く。
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綿陽市の東に位置する山。その優美さから「綿陽第一山」と称された。ここで益州の牧劉璋は劉備と会見し、百日の間、彼を歓待したといわれる。劉備はその宴の豪華さを見て驚き「富めるかな、今日の楽しみや」と感嘆の声を上げたと言う、この故事にちなみ唐代に富楽山と改称された。 -
なぜか門前に集まり、マージャンに熱中している老人達。
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名札が像と合っていない。名札は右から龐統、劉璋、魏延となっている。劉備と劉璋ではないか?
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名札は左から、張任、法正、黄忠です
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名札がありません。龐統、魏延、ともう一人。
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劉備と龐統が蜀に付いての話し合い。
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入ってすぐの庭園。
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東屋で何か撮影をしているのを、横から一枚。
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庭園の脇にあるが三国志との関係は分かりません。
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水が枯れていて寂しい!
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劉備と龐統が蜀を眺めている絵
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門楼に掲げられている額。
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入口から行くと裏門から入るようです。
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蒋恭侯墓。
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蒋琬墓
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蒋琬墓
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漢大司馬蒋恭侯墓。
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孔明が亡くなる前に後任として名指ししたのが蒋琬である。
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蒋恭侯祠の前には蒋琬の像がある。
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廖化元倹。荊州で関羽に危機が迫ると劉封・孟達の所へ救援を求めに行くが拒否され、二人を罵って成都の劉備の元へ。しかし時既に遅し・・関羽は刑されてしまう。その後北伐で活躍。司馬懿を追い詰め、あと一歩のところで逃すなど惜しい場面もあった。
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馬忠。南征、北伐と活躍。孔明のの死後は、蒋琬や 費褘をよく補佐して、任務を忠実にこなして鎮南将軍に出世した。
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諸葛亮の実子で、幼いころから父親譲りで聡明だった。後主・劉禅の娘と結婚した。魏が攻め寄せた時、劉禅の命を受け息子・尚と共に善戦し、親子共、戦死する。
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王平子均。元・魏の武将。南征、北伐と活躍。北伐の際、街亭で王平の言うとおりに陣を取っていたら、馬謖の失敗はなかった。(泣いて馬謖を斬る)冷静・確実に仕事をこなし、諸葛亮の信頼も篤かった。
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鄧芝伯苗。元・劉璋配下。劉備の死後、呉との同盟を結ぶ使者となる。鄧芝の度胸・誠実さに感服した孫権は同盟を承知した。北伐では街亭を失い蜀軍が退却する時、趙雲をよく補佐し、彼らの部隊は一兵一騎も失う事はなかった。
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姜維伯約。元・魏の武将。第一次北伐で唯一諸葛亮の策略を見破った、その智謀と武勇に諸葛亮が惚れ込み、策を用いて幕下に加える。諸葛亮が学んだ全てを伝授し、後を継いで北伐を続ける。魏へ偽りの投降をした後、結局そのクーデターも失敗、自刎。最後の最後まで蜀の為に頑張った。
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費褘文偉。諸葛亮の遺言どおり、蒋琬の死後、彼の職を継いだ。蜀の防衛に徹しようと姜維の北伐再開を諫めたりもした。253年の正月の宴席で、酔ったところを魏からの降将・郭循に刺殺された。抜群の政務能力を発揮していた費褘を失い、蜀は大きな痛手を受けた。
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董允。諸葛亮の北伐の時、蜀に残って宮中や政治の事を任された。剛直の士として知られ孔明の信頼も厚かった。費褘の後任で尚書令となったが、蒋琬の後を追うように病死した。
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蜀の学士。劉備を帝位に就かせようと企てたメンバーの一人。孔明の第一次北伐の際、李譔とともに博士に任ぜられ、蜀の内政にあたる。
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諸葛亮の死後、呉の軍備増強のねらいを探る使者として派遣され、孫権の真意を知って帰り、呉に侵略の意図の無いことを報告する。
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蜀の尚書。五丈原に駆けつけて孔明の遺言を聞く。ただちに辞去するが、途中で孔明の後継者を誰にするかを聞きに戻って来て、蒋琬、費褘の名を聞き、臨終に立ち会う。劉禅に孔明の遺言を伝える。
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諸葛亮によって任命された蜀の博士。
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蒋苑の名前を付けた庭園。
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池を囲んだ庭園。
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山の上の東屋。
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蒋琬墓で結婚アルバムの写真とは?
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西山公園の入口には48路のバスが待っている。市内へ行き火車站方向のバスに乗り換える。
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列車に乗ろうと思ったがキップを買う長い列を見たら止めた。
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駅の裏側にあたる場所です。諸葛孔明の片腕であった官僚・蒋琬の墓。綿陽市の西、西山の頂上、子雲亭の一角にある。彼は孔明没後、大黒柱となって戦に疲弊した蜀を支え、孔明とともに蜀の四鐘と称された。二四六年に亡くなり、当地に埋葬されたという。
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