2009/06/16 - 2009/06/16
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中国の風景さん
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古代中国が開発した4大水利計画の1つ。すでに2000年以上の歴史がある。 四川省は米作が盛んである。一説によると日本の米もこの四川省から伝播したのではないかとも言われている。秦・漢の時代も同じく米が作られていた。蜀の繁栄もこの米にあると行っても過言でない。そして米作りに必要な治水技術も、きちんとなされていたことは驚きである。川を外江と内江の二つに分離させる遺構。それにしても雄大な川である。都江堰は成都から57キロで、玉壘山のふもとがあります。都江堰は秦の国の蜀郡の官吏---李氷が岷江の水害を治めるため、民衆を率いてこの水利工事を建てました。これは千年の功績で、後世の子孫の福です。この雄大な工事がもう2250年の歴史をもって、このダムがいまでも役に立っていて、いわゆる、都江堰は人民に幸福をもたらしたのがもう二千年余りも達します。都江堰の建てた条件は人類文明の発達の欠けている時代にできたので、不思議なのです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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成都に数あるバス駅で、都江堰行が頻繁に出ている所。新南門の成都旅遊集散中心の分中心とも書いてある。都江堰は、四川省の省都・成都市から西北へ約50キロ、バスで高速道路を経由して約1時間の場所にある。
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45元(老人票)(一般100元)物価から見ると入場券が高いので必ず老人票と言う。パスポートの提示を求められる場合あり。
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都江堰行は流水班です。人が集まると随時出発する。都江堰行は都江堰汽車駅行です。
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ここは川西平原と青海・チベット高原の縁辺にあたり、中国西部の山々から発した流れが長江の支流・岷江をつくって、一帯をうるおしている。もともと古代の岷江は、はん濫の絶えない「災禍の河」として人々に恐れられていた。紀元前277年、徐々にその勢力を伸ばした秦の国は、勢力拡大と他の六国(斉、楚、燕、韓、趙、魏)の統一のために、蜀(今の四川省)の豊かな資源を利用しようとした。そこで秦の昭王(始皇帝の曽祖父)は、軍事家であり科学者の李氷に蜀郡の太守(長官)を命じ、当地に派遣した。李氷は「西北部が高く東南部が低い」成都平原の地理を利用し、民を率いて8年がかりで紀元前256年、岷江の分水と治水、土砂排出と防災の設備ともなるこの都江堰水利施設を建設したのだ。
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都江堰風景区にある東岸の高台にのぼると、都江堰の河口が三つの部分からなるのがわかった。北部には、分水用の中州・金剛堤の先端となる「魚嘴」があり、岷江の流れを二分していた。中部には、岷江の流れを内江・外江に分ける長さ一キロもの金剛堤が横たわり、その南側に洪水を押し流し、土砂を排出する施設「飛沙堰」が施されていた。南部には、用水路への流れを自動制御する役割の「宝瓶口」があった。李氷が民を率いて築いたもので、その壮挙にはただ感服するのみだ。高台から北へ降りて、李氷父子をまつる祠堂「二王廟」を訪れた。
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都江堰汽車駅から外へ出て500m程行った所から4路の公交汽車(市内バス)に乗り(1元)公園路で降り、5分程歩くと入口に到着。最初からここに着くバスは無いのか!
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中国・四川省の川西平原は、肥沃な土地と豊かな作物に恵まれることから、「天府の国」と称されている。この豊かな大地を守るのが、2257年前の戦国時代に造られた中国最古の水利施設――都江堰だ。灌漑と干ばつ時の水流を自動制御する施設で、現在も67万ヘクタールもの広い田畑をうるおしている。2000年、都江堰はコネスコ[世界文化遺産]に入りました。 -
内江に埋まった砂を見る基準。当時砂の堆積に注意していた。現代でさえ土砂に埋まるダムが後を絶たない。
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入口から伏龍観までの間。
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伏龍観には李氷親子二人の塑像を陳列していたらしいが、現在地震の被害で修復中。
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伏龍観の脇の内江、すごい水流です。
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余りに広いので案内板を見ただけでは分かりません。
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この時期、水は内江へ流している。
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内江で溢れた水が手前に流れて来る。
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離堆に架かる吊橋。
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左が内江で、右が離堆。伏龍観の修復工事中の様子が見える。
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内江の溢れた水と共に砂も外江に吐き出す構造です。
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外江へ流す水門
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外江の流れ、内江に流しているので、外江は水が少ない。
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岩山を削って造った水路。狭いが深い。2200年前に岩山を削って水路を造った土木技術があったのがすごい。当時ダイナマイトなどあるはずも無く、削岩機も無く、人力だけで8年間で仕上げた。
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内江と外江を分ける堤。
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対岸から見た地震の被害を受けた様子。
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橋の袂に建つ二王廟。 二王廟は、山のふもとにそびえる敷地面積5万余平方メートルの建築群だ。山頂から下りつつ、まず訪れたのが二王廟の後ろに構える主殿「老君殿」である。今も道観の役目を果たす二王廟には、道教の多くの神々がまつられていた。建物の外に設けられた回廊を歩くと、頭上の梁には、李氷の治水経験をまとめた六字訣「深淘灘、低作堰」(灘を深く淘い、堰を低く作る)が刻まれており、とりわけ人の目を引いた。
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吊橋ですので歩くと揺れます。
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外江の水門、これを閉めると水は内江へと流れる。
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水門を閉めているので水はありません。
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水門を閉めているので水はありません。
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先端で内江と外江を分けている。魚の口の様なのでこの名前がついた。
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更に上流を眺めると水の流れを調節する中州が見える。
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水門の上を歩くことが出来る。
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前の部分は魚の口に似ているので、「魚嘴」と名づけた。川を内と外二本の川に分ける。日本語でも書いてある。
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今でも使われている方法です。2200年前に開発された。
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内江は水量が多い。
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08年5月の四川地震で被害を受けた。現在修復作業中で立ち入り禁止です。
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遊歩道も半分以上が塞がれて工事の資材が置かれている。大勢の作業員が頑張って復旧に努力している。
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