2008/12/30 - 2008/12/30
914位(同エリア1501件中)
ぬいぬいさん
関門海峡に面したノスタルジックな唐戸の街。海沿いを結ぶボードウォークと一本外側を走る山陽道の史跡の連なる街並み。
この街いいなあ・・・好きだなあ・・・。
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
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先ずは亀山神社の境内の関門海峡を見下ろす位置にこの巨大なふくの像があります。
下関ではふぐを「ふく」と呼び、幸福を呼び込むとして親しまれています。 -
神社は2日後の元旦の初詣に備えて準備が進められています。
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亀山神社の入口の山陽道に面したところにあった「床屋発祥の地」の石碑。
石碑を見ると、「亀山天皇に仕えていた京都御所、北面の武士・藤原基晴 ( 北小路蔵人之頭 ) は宝刀が盗まれた事件の責任をとり、辞任して三男の采女之亮政之を連れて、宝刀を探索のため、当時、蒙古襲来で風雲急の長門の国・下関に下りました。
元晴父子は下関で髪結をしていた新羅人からその技術を学び、往来の武士を相手の髪結所をひらきます。・・・」
床屋の発祥は鎌倉時代までさかのぼる訳ですね。 -
日清講和記念館は、日清講和会議と下関講和条約の歴史的意義を後世に伝えるため、昭和12年(1937年)会議の舞台となった「春帆楼」の隣接地に開館されました。
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内部は無料公開されていて、年末の早朝にもかかわらず中を見ることができました。年末の今回の旅でやっと建物の中を見ることができました。
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講和会議で使用された調度品、両国全権の伊藤博文や李鴻章の遺墨などを展示しています。
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館内中央には講和会議の部屋を再現し、当時の様子を紹介しています。こちら側には日本全権の伊藤博文、陸奥宗光他総勢6名。
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そしてこちらが清国側の李鴻章をはじめとする5名、両国あわせて11名が出席しました。
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講和に向けてこのように会議はくり返し行われ、4月17日に講和条約が調印されました。
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実際の会議の舞台となったのは今はきれいな建物に変わっている隣にあった「春帆楼」ですが、この記念館には会議の部屋が再現されています。
春帆楼本店 宿・ホテル
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このとき調印された講和条約は「下関条約」と呼ばれ、清国は日本に朝鮮半島の独立承認・領土の割譲・賠償金(3億円)の支払いなどを約束したものでした。
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明治28年3月4日、第3回目の会議を終えた李鴻章は、宿舎である引接寺への帰途、狙撃され、会議が1ヶ月程休止され、事件後、李鴻章は大通りを避け、この山沿いの小径を往復したそうです。いつしかこの小道は「李鴻章道」と呼ばれるようになったそうです。
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日清講和記念館の左側にあるのが日清講和会議の会場になった老舗の割烹旅館春帆楼。
明治21年、伊藤博文がここでフグ料理を食べたのをきっかけに、豊臣時代以降のご禁制が解かれ、フグ料理公許第1号となったお店です。 -
神社の先にある壇ノ浦の合戦で敗れた平氏一門とわずか8歳で入水した安徳帝の菩提を弔うため、後白河法皇の勅命で建てられたもので、もともとは阿弥陀寺と言いました。
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明治初めの神仏分離により、阿弥陀寺から赤間神社となりました。
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鮮やかな朱塗りのこの水天門は竜宮造りというそうです。確かに竜宮城のイメージがありますね。
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水天門をくぐると正面にまた階段があり、その先に大拝殿があります。
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この奥に内拝殿、祝詞殿、さらに神殿と続きます。
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境内の中にあった耳なし芳一堂。小泉八雲の「怪談」にも出でてきますね。子どもの頃近所のおばさんから耳なし芳一の話を何度か聞かされましたが、話を聞いた後すごく恐かったことが今だに強く印象に残っています。
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この中に平家一門の墓があります。
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境内は明後日の初詣に備えて、大掛かりな掃除をやっていました。
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水天門の向こうには周防灘が広がっています。
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水天門の西側には、源平壇之浦の合戦において入水崩御した幼帝安徳天皇の御陵があります。隣の朱塗りのきらびやかな雰囲気と違って金色に輝く菊の紋章以外はいたって質素な感じです。
壇之浦古戦場跡(みもすそ川公園) 自然・景勝地
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この水天門は私が生まれた年に建てられたもので、比較的新しいものなんですね。
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赤間神社の前にある「海峡守護の碇」。碇知盛にちなんで海峡の平安を祈る目的で奉られています。
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碇の隣にあった「朝鮮通信使上陸淹留之地」の石碑
江戸時代、鎖国政策をとる日本において唯一国交を維持する国、朝鮮からの使者として朝鮮通信使が慶長12(1607)年から文化8(1811)年までの間に12回来日していました。
赤間関(現在の下関)に上陸し帰りもここに立ち寄って帰国するのが常だったそうです。 -
関門橋は一度対岸の門司に渡ってから、根元まで行って下の人道を渡ってみようと思います。
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しばらく海峡を眺めていましたが、結構頻繁に船が行き交います。
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ボードウォークにあったフランシスコザビエル下関上陸記念碑・
下の石にこんな文字が刻んでありました。
「聖フランシスコ・ザビエル下関上陸の地
1550年秋、下関の地に異邦人が上陸しました。
その名はフランシスコ・ザビエル。
願わくは、髪の栄光と人々への奉仕のために、あらゆる危険と困難をも顧みず この下関の地に
上陸した聖フランシスコ・ザビエルの不撓不屈にして偉大なる精神と行動力にあやからんことを。」 -
防波堤の先端に小さな白い灯台が見えます。
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反対側には赤い灯台が、これも小さいですね。
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これからこの連絡線に乗って対岸の門司港に渡ります。
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1時間に3本の便があるせいか、昨夜も乗りましたがごらんのようにがらがらです。
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