2006/12/13 - 2006/12/20
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旅人のくまさんさん
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<2006年12月16日(土)>
この日のスケジュールです。6時30分にモーニングコール、8時にホテル出発でした。朝が早いのは、1番乗りでシェーンベルン宮殿の見学をするためでした。ウィーンでも2連泊ですから、荷物出しが無い分、余裕の朝の時間でした。
このホテルの朝食も満足できるものでした。具がたっぷりのオムレツを、その場で焼いてもらいました。パン類も各種あり、果物も豊富でした。トマトジュースが美味しく、何度かお代わりしました。
<朝一番のシェーンベルン宮殿見学>
市街地からは西に位置するシェーンベルン宮殿は、オーストリアで一番重要な観光資源のようです。1分刻みで入場許可が出されていますので、朝一番の入場のため、開門前に到着しました。この宮殿と庭が1996年、世界遺産に登録されました。簡単な年表をフリー百科事典の『ウィキペディア』から抜粋して紹介しておきます。
◎14世紀から1642年頃までこの場所はカッターブルクと言われ、荘園と製粉場がありました。
◎1565年、神聖ローマ帝国の皇帝マクシミリアン2世が、この土地を買い雉の繁殖場を作り、七面鳥や孔雀等の珍しい動物を集めました。
◎1683年、オスマン帝国軍により破壊されました。
◎1693年、レオポルト1世が狩猟用の別荘をつくり、歴代の皇帝らが増築・造作を行い、マリア・テレジアの時代に完成されました。ウィーン風ロココ様式と呼ばれています。
◎1752年、フランツ1世がシェーンブルン動物園を設置しました。
◎1762年、マリア・テレジアの娘マリー・アントワネットが滞在中、6歳の神童モーツァルトが招待され、ここに訪れました。
◎1805年及び1809年、ナポレオンが司令部として使い、軍隊と共に滞在しました。
◎1815年、ウィーン会議がここの広間で開催されました。
◎1918年、絶対君主制の崩壊に伴い、政府の所有となり、改装され博物館にも利用されるようになりました。
◎1961年、ケネディとフルシチョフの会談の場所となりました。
案内の方の先導で、宮殿内の各部屋を回りました。写真撮影が禁止されていますので、写真での紹介が出来ないのが残念です。フランスのベルサイユ宮殿を意識して造られたハプスブルグ家の夏の宮殿だけに、見事な内装の部屋ばかりでした。
特に印象に残ったのが、タペストリーで飾られたロココ風のゴブランの広間、ムガール帝国の宮廷風景を描いた百万の間、「会議は踊る』で有名な大ギャラリーなどでした。
ネプチューンの泉まで足を伸ばしましたが、庭園も広大で見事な造作でした。庭園の先には、グロリエッテと呼ばれるプロイセン戦勝記念碑が霞んで見えました。1757年にマリア・テレジアが造らせたものです。全体で2時間ほどの時間が取ってありましたので、心ゆくまで世界遺産の宮殿と、その庭園を見学できました。
<シュテファン大寺院>
シュテファン寺院は、ウィーンの市街地中心部に位置しています。シェーングルン宮殿見学の後、バスで市街地へ引き返しました。愛称は、「シュテッフル」です。戦勝碑のグロリエッテからも遠望できるそうです。
この聖堂は、12世紀半ばに建築され、13世紀にロマネスク様式に建て替えられたものが、現在の寺院の原形となっています。14世紀にはルドルフ4世によって、ゴシック様式の教会へと変貌する工事が始まりました。150年かかり、現在の姿になりました。このことにより、ルドルフ4世は「建築公」と呼ばれるようになりました。
地下には、歴代皇帝の内臓が入った壺や、ペストで死んだ人々の遺骨を納めたカタコンベがありますが、これは入口だけを教えて頂きました。素晴らしいステンドグラスも目にしましたが、教会内部の写真撮影は出来ませんでした。
<モーツアルトハウス>
シュテファン大寺院見学の次は、モーツアルトハウスの見学です。ここで歌劇「フィガロの結婚」作曲されましたので、元々は「フィガロハウス」と呼ばれていました。モーツアルトは、ここで1784年からの3年間を過ごし、彼の短い人生の中では、最も充実した時期を過ごした場所と言われています。
日本語のイヤホンガイドを借り、エレベータで昇って、上の階から見学を始めました。館内には、多くの楽譜や手紙、写真等が展示されていました。見学の間、ずっとモーツアルトの曲が流れていました。
ベートーベンが17歳の時、モーツァルトに教えを受けるために、ここを訪れています。目の前で即興演奏を披露し、モーツァルトはベートーベンが偉大な作曲家になる事を予言したと伝えられています。偉大な作曲家がここで出会い、時を過ごしたと言うことだけで大きな感慨が沸きます。私にとっては、1、2位を付けられない程、大好きな作曲家です。
ベートーベンはモーツァルトと出会った後、母の危篤の知らせを受け、故郷に戻りました。4年後再びウィーンへ戻りましたが、その時には、既にモーツァルトは亡くなっていました。モーツアルトの生誕250年を迎えたウィーンでの、印象に残る見学でした。
<カーヴのあるお店で昼食>
モーツアルトハウスの見学を終えたところで、お昼の時間となりました。今日の昼食は、カーヴのある地下のお店でした。そのお店まで、歩いて10分とは掛かりませんでした。ウィーンの歴史地区の建物を見学しながらの移動ですから、この移動時間も見学コースのようなものです。
予約席は地下に用意してありました。石段を下ると薄暗くなっていて、雰囲気十分のお店です。カーヴそのものをレストランに改造したように見受けました。
こんな雰囲気のお店ですから、飲み物の注文は当然ワインです。ボトルで赤ワインを注文しました。1人で飲むためではなく、同じテーブルの皆さんにもお注ぎするためです。昼食の時間をたっぷり取ってありましたから、ゆっくりとワインと料理を楽しむことができました。
ところで、カーヴとは地下貯蔵庫のことです。日本では1997年、山梨県勝沼町がJR東日本から中央線の路線変更で閉鎖されていた深沢トンネルを無償で譲り受け、9200万円の費用をかけてカーヴへの改装工事を行いました。
明治時代に造られたレンガ積みのトンネルは、長さ1100メートル、温度は年間を通じて6〜14℃、湿度は45〜65%とワインの熟成には最適な条件が揃っていて、約100万本のワインが貯蔵できるそうです。
<自由時間で美術史博物館へ>
昼食の後、オペラ座付近まで歩いて、ここで解散となりました。再集合場所が宿泊のホテルになりましたので、1人でホテルへ戻るのが心配な方は、ここでガイドさんと落ち合うこととなったためです。
自由時間になるこの午後、私は美術史博物館見学と決めていました。美術史博物館の見学をする前に、リングと呼ばれる旧市街の外周を巡るトラムに乗って、2001年に世界文化遺産に指定されているウィーン歴史地区の見学をすることにしました。メンバーの中に同じコースを回る方が見えましたので、ご一緒させて頂きました。
リングはウィーン旧市街の防衛線として築かれていた城壁を壊して、その跡に造られた道路です。その上を路面電車が走っています。地下鉄と共通切符になっていましたので、5ユーロの24時間券を購入しました。因みに1回券ですと、1.5ユーロです。リングを走るトラムで1回りした後、美術史博物館に向かいました。リングに面した場所でした。
美術史博物館は、ハプスブルグ家が蒐集していた膨大な美術品を収蔵するために1857年に建設されました。ルネッサンス期から18世紀後半のロココ絵画の収蔵品では、ヨーロッパ有数の美術館です。
今回の見学では、ルーベンスやヴァン・ダイクの絵画を中心に鑑賞しました。ルーベンスは、17世紀、バロック時代のヨーロッパを代表する画家、ヴァン・ダイクは、同じバロック時代のフランドル出身の画家です。ヴァン・ダイクは、1616年から1620年頃までルーベンスの工房で助手を務め、最後はイギリスへ渡り宮廷画家として活躍しました。
<マリア・テレジア広場のクリスマス市>
美術史博物館と自然史博物館に挟まれた、リングに面した広場がマリア・テレジア広場です。美術史博物館へ入場した時は明るい時間でしたが、帰りの時間にはクリスマス市の明かりが点っていました。
マリア・テレジアは、一般に「女帝」と呼ばれ、実態も女帝そのものでした。正式には神聖ローマ皇帝になったわけではなく、ハプスブルク家の領国と家督を相続した、オーストリア大公、ハンガリー女王等でした。
神聖ローマ皇帝フランツ1世シュテファンの皇后の立場の彼女が女帝と呼ばれた大きな理由は、統一国家の実態を失っていた神聖ローマ帝国よりも、法的には国家ではないハプスブルク家支配地域の方が事実上の政体(ハプスブルク君主国)と見做されていたことによるものです。
クリスマス市の散策を楽しんだ後、地下鉄乗換えで、ホテルへ戻りました。夕食と、その後のミニコンサート鑑賞のための再集合です。最初に買った24時間券がずっと使えました。
<夜はシェーンブルン宮殿でのミニコンサート>
約束の時間より、30分以上早くホテルに戻りましたので、一旦部屋へ戻って休憩しました。つい、うとうととしましたが、ロビーへの集合時間には、まだ5分の余裕がありました。全員、揃ったところで、アイロスさん運転の車でレストランへ向かいました。夕食のメニューは中華料理でしたが、余り美味しい料理ではありませんでした。
ミニコンサートの会場は、シェーンブルン宮殿でした。普段はオランジュリー宮殿が使われることが多いようです。こちらは、オレンジを栽培した温室が改造されたものですから、音響効果が今一のようです。
今晩のプログラムはモーツアルトとシュトラウスの曲が多く選ばれていました。ミニコンサートですから、室内楽の小編成です。テノールとソプラノのアリアと、舞踊で花が添えられました。ラデッキー行進曲が演奏されると、アンコールの最後との合図でしたが、鳴り止まぬ拍手に、おまけの演奏もありました。お遊びの「ハア〜」の溜め息の1曲でした。演奏の手を止めて「ハア〜」ため息をついたり、時計に目を遣っては、「もう帰りたい」といった仕草でした。
シェーンベルン宮殿で
ベルサイユ記憶重ねて巡る部屋ハプスブルグの栄華儚し
揶揄されし会議は踊る大広間眺め回して探す縁よ
モーツアルトハウスで
イヤホンのガイドで巡る展示室自筆楽譜に暫し見惚れる
美術史博物館で
ルーベンス名画の数は限りなく只管切りぬカメラシャッター
マリア・テレジア広場のクリスマス市で
時忘れクリスマス市巡りたり照す灯の顔は微笑む
シェーンブルン宮殿のミニコンサートで
アンコール終る合図のラデッキー止ぬ拍手に余興の一曲
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 観光バス タクシー
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
昨晩ワインを飲んだバーは、このレストランの入口部分です。朝食の時、コーヒーを淹れてくれました。トマトジュースが美味く、お替りしました。
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このホテルのバイキング方式の朝食も上々でした。オムレツは、その場で熱々を焼いてくれました。卵の中に詰まった具もたっぷりです。
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旅行も半ばに差し掛かりました。朝一番の見学先は、ハプスブルグ家の夏の離宮、シェーンブルン宮殿見学です。場所は、ウィーンの郊外です。
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シェーンブルン宮殿の前の通りです。朝一番の見学予約が取ってありましたから、殆んど人影もありません。宮殿の塀がなく、建物の壁が境界です。
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塀がなくても、立派な門がありました。この宮殿の見学は、事前予約制で、1分刻みで指示されていました。それだけ見学者が多いためでしょう。
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こちらが正面入口から左手になります。2本の白いポールが立っていました。その先端に乗っているのはハプスブルグ家のシンボル、鷹のようです。
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そのポールのアップです。やはり鷹でした。「ハプスブルグ」は、ドイツ語で「鷹の城」を意味します。ヨーロッパの王家の中でも、屈指の名門と言われています。
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邸内の樹木です。芯を止めて、低く仕立ててありました。周りの二階建ての低い建物に似合うように配慮されているようです。
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シェーンブルン宮殿の正面です。全体は3階建で、中央部分だけが4階です。壁の黄色は、マリアテレジア・イエローと呼ばれています。
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宮殿に向かって左側の景観です。シェーンブルン宮殿はロココ様式で、1749年に完成しました。部屋数は、大小合わせて1400余とされます。
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シェーンブルン宮殿が建設されるきっかけは、レオポルド1世が「ベルサイユ宮殿を凌ぐものを造れ」と下命したのが始まりとされます。
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レオポルド1世のプランは財政難などで実現せず、その後、女帝マリア・テレジアがロココ様式に変更し、規模も縮小して実現しました。
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宮殿内の見学です。ここまでは撮影できますが、その先は、フラッシュを焚かなくても、一切禁止されています。説明をお聞きしてからの見学です。
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宮殿内の写真はありませんから、簡単に説明します。ロココ様式の大広間、居室は、白と黄金色、それに赤色等が部屋単位に使用されていました。
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引率で宮殿内の見学を下後、1時間ほど自由時間となりました。私は中庭を見学することにしました。外回りで中庭へ出ました。その途中です。
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一般道路ではありません。宮殿構内の通路です。舗装道路の両脇に街路樹が続いていました。宮殿の庭園は、写真の右手になります。
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中庭に入る狭い通路の脇に咲いていた花です。細い枝に可愛らしい黄色の花をつけていました。マメ科の植物のエニシダに良く似ています。
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狭い通路を通って、中庭へ出ました。右手前方が、見学を終えた本殿の建物です。庭を散策する人の数は、まだ、それほど多くはありません。
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建物ではなく、時刻を撮影するのが一番の目的でした。一通り、宮殿の中を見学した後でも、まだ9時半を少し回ったところです。
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最初の計画では、遠くに霞んで見える岡の上の建造物の場所まで、宮殿を造る計画だったようです。片道、1時間近くかかりそうな登り道です。
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宮殿から少し歩いた場所からの撮影です。こちら側からが、有名なマリアテレジア・イエローがはっきりと分かります。
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草花の植え替えのために、その場所だけが掘り起こされた花壇です。芝生の間に咲いている白い花は、白爪草、クローバーのようです。
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広大な庭園ですから、その一部分だけの散策でした。脇道も、長い並木道が続いていました。新緑の頃も素晴らしそうです。
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イギリス旅行の時からそうでしたが、日本のカラスが嫌われ者なのに、ヨーロッパでは可愛がられているようです。その謎(?)に迫る写真です。
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こちらは灰色の別の種類の烏です。謎は解くまでもなく、解明できました。こちらのカラスは可愛らしく愛嬌者です。ゴミ箱を漁る必要もないようです。
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ユリカモメも花壇の中で、羽を休めていました。餌を探す鳥はいません。目を瞑ったり、羽繕いをしていました。
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生垣越しに見る一番奥の建造物です。グロリエッテと呼ばれるプロイセン戦勝碑です。マリアテレジアが、1757年に宮殿の代わりに作らせました。
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ネプチューンの泉と呼ばれています。起源説にはケルト神話、ギリシャ神話、ローマ神話などがあります。馬や海を司る神です。
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かなり離れた場所からの宮殿ですが、これでもカメラに収まりきれません。1814年、「会議は踊る」と揶揄された大広間もこの建物の中に在ります。
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少し離れた場所からのネプチューンの泉です。ネプチューンは英語読み、ギリシャ語ではポセイドン、ラテン語(ローマ神)ではネプトゥヌスです。
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