shinesuniさんへのコメント一覧(110ページ)全1,130件
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週末のバス便数の少なさ!
この夏、チェスキークルムロフに、週末に、行きました。
なので、shinesuniさんの気持ちがよくわかります!
どの時間のバスが、来るのか来ないのか分かりましたか?
私もそこであった日本人の方たちと右往左往しながら1時間半待ちました。
こんな時、日本人の団結力、温かさはすごいです。
7が日曜日なんじゃないかと発見しましたが、そのバスも来ず・・・。
タクシーっていう手もあったんですね!
shinesuniさんの旅行記にあったチェスキーの城の橋、見逃しました。
素敵な橋ですね。どこにあったんだろう?
私も、着いたのがそんなこんなで夕方だったので、急いで周りを見ました。
城の中の見学は、とてもとても良かったです。
日帰りできたんですか??
ユースのこと、わらってしまいました。
3日間、ステーキは食べられなかったんですか?
去年行ったときは、皿洗いはすでにセルフ化されていた気がします。
ワロン地方、いいですよね。本当に、フランスっぽくもあり・・・。ベルギーって、なんだかとても、懐かしくなる場所ですね。とても固有で、帰ってから段々深く心に来ます。
旅行記、楽しみにしていますね!!
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ベルリンの貴重な写真を、拝見有難う御座いました。
shinesuniさん 今日は
小生のhmlに、再々お越し願い有難うございました。
欧州へは、現職時に、1969、1973、1986、1987、1990−−訪問していますが、東欧地区は、敬遠し、2003年に、初めて 訪問しました。
1990年には、ミラノ、ウイーン、ジュネーブを、訪問しましたが、
東欧地区には、とても行く元気がありませんでした。
1990年壁崩壊直後の写真を、特に買出しの写真を、興味深く拝見しました。
瓦礫の街はすでに、復興され、現在と余り変わり無いように拝見しました。
貴重な写真のUP有難う御座いました。
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はじめまして!!
こんにちは。
はじめまして、maruchanと申します。
shinesuniさまの写真、どれも絵になっていて、素敵ですね。
とても懐かしい気持ちと切ない気持ちが入り混じった感じで
拝見しました。
13〜20歳くらいまで、文通をしていたのがドイツ(当時は東ドイツ)の
青年でした。
ドイツの写真も沢山送ってくれて(shinesuniさまの写真と同じく
セピアな感じの絵になる素敵な写真でした。)
いつか、絶対に会おうね!!と約束していました。
東ドイツには自由がなかったので、彼のまわりの人たちも西ドイツに
移り住む人が多いと言っていました。
でも自分たちは、祖父の持っている牧場があり、牛や馬を置いて行くことが
出来ないと言っていたのが、心に残りました。
日本で、のほほんと暮らしていた自分にとって、言いたいことも言えない、
行きたいところに自由に行けない・・そんな生活があることを知ったのは
貴重な文通であったと今も思います。
そうこうする間に、ベルリンの壁が崩壊して統一ドイツに。
その後、何度手紙を出しても返事が来なかったんです。
shinesuniさまの旅行記の話題とずれまくっていて、ごめんなさい。
久しぶりに彼のことを思い出させていただいて、嬉しかったので
つい・・・ごめんなさい。
いつか絶対、ドイツに行ってみようと、思いました。ありがとうございました。
2005年08月25日11時11分返信する -
ペンション代金
shinesuniさん,
思わぬハップニングで得した感じになりますね。
一般的に,チェコのコルナの換算率が大幅に変わりましたので
(強い方に),物価は1996年当時と比べると高騰したはずです。
昨年南部ボヘミアに旅したとき,日本語学生が予約してくれた宿は
一階がレストランで二階が安宿でした。
フランスでたくさんある類の安宿です。
食事は別途そのレストランで食べて,宿泊代は3000円程度でした。
かの有名な世界遺産テルチとそっくりですが規模が1/5程度で
オーストリアから近いので観光者はオーストリア人ばかり,自動車で
出かけて宿泊はしない。
ホテルはなく,その安宿が一軒だけという街でした。
でも大いに楽しんだ旅でした。
地元の女学生に案内してもらったし...RE: ペンション代金
今の相場は1泊1人2300円位見ておけばいいのでしょうね。
チェスキーブディヨヴィツェよりチェスキークルムロフの方が少し高めのように見えましたが...。
>かの有名な世界遺産テルチとそっくりですが規模が1/5程度で
オーストリアから近いので観光者はオーストリア人ばかり,自動車で
出かけて宿泊はしない。
ホテルはなく,その安宿が一軒だけという街でした。
街の名前とホテルの名前教えて下さい<(_ _)> 。
そこの旅行記はもうお書きでしょうか?
私の印象ですがハンガリーはプライベートルームが国家事業の一部だったみたいでかなりレベルが高く、チェコもかなりなもの、逆にポーランドはホテルやゲストハウス等が安くてレヴェルが高い反面、プライベートルームは全くダメダメです。
PS ホテルではありませんがFKさんが気に入りそうな宿1つ思い出しました。昔の城壁をそのままユースにしてしまった所です。
ユースといっても旅籠みたいな感じでした。
バウツェンYH 部屋は2人部屋で床はきしみ施設も昔の設備を最大限に利用していました。ここは旧東ドイツの中でもチェコ人やポーランド人と親戚の言葉を話すソルブ人の住む街として有名です。
雰囲気も中世の宿営所をそのまま引き継いだものらしく、人気があるので、出来れば予約しといた方が良いみたいです。
(私は飛び込みでギリギリOKでしたが。)
バウツェンの場所は旧東ドイツ、ドレスデンの東、鉄道で簡単に行けます。
グーグルで調べたら相変わらず運営されていました。
駅から1.5KM離れています。旧市街の一番奥です。
UTLです。
http://www.jugendherberge.de/html/jugendherbergen/individual_jh.jsp?IDJH=452005年08月24日19時23分 返信するRE: RE: ペンション代金
shinesuniさん,
城館ホテルから旅籠みたいな宿泊所を経験されるのですね。
HPをたぐっていると旅をしている錯覚に陥ります。
記憶に残しておくページです,有り難うございます。
プラハからバスで1時間半のんびりとした片田舎を走ります。
途中古い由緒ありげな建物も通り過ぎます。庶民の足のバス
ですから,出たり入ったりでざわつくバス。
ペルフジモフという片田舎の静かなたたずまいの街。
ペルフジモフはプラハと南のチェスケ・ブジェヨヴィツェの
ほぼ中間ちょっと東のターボル(宗教改革のフスはの拠点だった街)
から更に東40kmに位置します。
バス停から歩いて10分以内に残存するゲートをくぐり
旧市街地に入ります。
可愛い可愛い中世の佇まいに,ハッとするでしょう。
右アーケードすぐに食堂があって,その二階が旅籠です。
名前はメモが出てこないので分かりません。
田舎の食堂も旅籠も気に入りました。経営者はチェコ語だけ話します。
Webは使っていないでしょう。
案内してくれた日本語学生の写真だけは手許にあるのですが
その他のデータは見つからない。
10月にはその人に会うでしょうから,
何かいい情報をもらいましょう。
チェコは戦争時,ドイツの武器・食料その他の生産地として
占領されたためにあまり破壊されずに,そのお陰で古い建物は
とておも多いのですね。
中世都市は珍しい遺産ではありませんね。
ただし,ペルフジモフはチェコ人なら誰でも知っている歴史都市
です。有名な観光地とはなっていませんが。
それと,ドイツのザクセンは昔はチェコランドの一部だったはずです。
そんな話が,チェコ人と会話すると出てきますね。2005年08月25日00時05分 返信する -
ペンション・ドボルザーク
shinesuniさん、今晩は。
書き込みありがとうございました。
ペンション・ドボルザークのサイトを見させて頂きました。
ロケーションは、ブディヨヴィツェ駅から旧市街を突っ切ったあたりでしょうか?徒歩ではやや厳しいかもしれませんね。
ダブルルーム1人あたり900CZKと記載されていました。1CZK≒5JPYですので、現在では1泊\5000みておく必要がありますね。随分お高くなってしまったものです...
実はクルムロフorブディヨヴィツェどちらに滞在しようか迷っております。夜のクルムロフもじっくり堪能したいし、プラハへの移動も考えるとブディヨヴィツェの方が便利だろうし。しかしクルムロフ⇔ブディヨヴィツェ間は1時間程度だしなぁ... さらに調べてみます。参考になりました。
ところでshinesuniさんは、1990年後半以降は渡航なさっていないのでしょうか?2005年08月20日21時32分返信するRE: ペンション・ドボルザーク
この地域にはあとペンションが10件くらいありました。
私は91年96年99年に渡航しています。
このペンションが満杯でしたので近所のペンションに回されたのですが、最高のペンションでした。
値段の方も1人5000円が本当か疑わしいですよ。というのもこの値段なら街中の中級ホテルに泊まってしまいますからね。
10月下旬に出発予定でしたら9月前半までに関連写真旅行記にして載せときます。私の泊まったペンション、その部屋、朝食...見れば納得しますよ。
důchod, penze チェコ語でペンションの意味です。
チェスケー・ブディェヨヴィツェの地図です
(何かインストールしないと見れませんでしたが、私はみることが出来ました。結構精度良いですよ。)
http://www.c-budejovice.cz/asp/mapa/default.aspx?2005年08月20日22時38分 返信するブディヨビツェのペンション幾つか見つけました。
http://www.terms.cz/a-pension/cz/
http://www.pensionuvystaviste.tk/
POPIS 展示・公開 | CENY 料金 | FOTO 写真| MAPA 地図 | KONTAKT 接触
http://www.volny.cz/dolezal.pension/
http://www.budweb.cz/penzion-garni/
vstupte zde チェコ語 (hier bitteドイツ語)
http://www.volny.cz/pension_lux/
http://www.pensionrex.cz/
ここ安くて良いかも...。
http://www.sweb.cz/jan.turin/
die Karte地図
ブディヨビツェのサイトです。
http://mesto.budweb.cz/
その中の地図です。
http://mesto.budweb.cz/rubriky.asp?rubrika=162005年08月20日23時48分 返信する度々ではありますが今度はクルムロフの宿について
クルムロフの宿の関連サイトです。自分でも調べようと思ってましたので丁度良かったです。ホテルは除きました。良ければ見てください。
http://www.pensionuzamku.krumlov.cz/
http://www.babylon.krumlov.cz/
http://www.romantick.cz/
宿の一覧表です。
http://www.ckrumlov.info/apps/en/katalog.xsp?node=Accommodation/%C4%8Cesk%C3%BD%20Krumlov/Bed%20and%20Breakfast
http://www.mapy.cz/
かなり使えます。クルムロフではこっちの方がより詳しく拡大するので利用価値あるかもしれません。
http://mapy.atlas.cz/
こっちの方がスライドするので見やすいです。ブディヨビツェはこちらの方がお薦めですね。
どちらも上の空欄に通りの名前をぶち込んで実行するだけで場所がわかりますよ。
2000年代に入って海外から遠ざかってるのが悩みの種です。
1回の旅行で最低20日は費やさないと気がすまないたちですがまあ近いうちに行こうと思っています。2005年08月22日23時28分 返信するRE: 度々ではありますが今度はクルムロフの宿について
溢れんばかりの情報ありがとうございます!!
http://www.mapy.cz/ は非常に見やすいですし、宿一覧も比較検討にうってつけですね。これからじっくり拝見させて頂きます。
海外一人旅は初心者レベルで、これまでは事前に宿を予約していたのですが、今回は少しレベルを上げて、「現地飛び込み」をやってみようと思います。
と言っても、事前に目星は付けておく必要はあると思いますが。
「最低20日以上」は、働いている限りほぼ不可能ですよねぇ。私もせいぜい1週間ぶち抜き休暇が限界です。しかし、それくらいの方がむしろ良いのかもしれないと思います。1週間程度ですと現地を発つ際に、「心地よい満足感」と同時に「もの足りなさ」も感じます。それが次回の旅への原動力になるのかな、と最近では思い込むようにしています...。欧米の方々は平気で1ヶ月のVacationを採るみたいですけどね。
とりあえずチケット予約しなきゃな。2005年08月23日19時16分 返信する -
改めて拝見しましたがベルリンの壁崩壊直後の終戦時のような貴重な写真ですね
shinesuniさん 改めて拝見しましたがベルリンの壁崩壊直後の終戦時のような貴重な写真ですね。
他の壁を渡り損ねた犠牲者の十字架、たくさん並んで、20才の若者など気の毒ですね。1年待てば自由な生活ができたでしょうに。
ポーランド人の西ベルリンでの買出し風景もすごいです。
1971年にモスクワのグム百貨店に品物がほとんど無かったことを思い出しますが、東はひどい品不足だったのですね。
ベルリンは昨年末ゆきましたが、変わってないのがベルガモン博物館くらいうかなあと思いました。RE: 改めて拝見しましたがベルリンの壁崩壊直後の終戦時のような貴重な写真ですね
さすらいおじさんさん有難うございます。
行く直前のテレビでポーランド人や旧東独、チェコ人の西ベルリンでの買出し風景が連日のように報道され是非1度見てみたいと思っていました。
ベルリンに入ったのは2度目(1度2月に入国)でしたが、なかなか行列にお目にかからず諦めかけていた時でしたので感動してしまいました。
東のひどい品不足も今は昔...今の若物がその事実を全く感じていないので複雑な心境です。
>ベルリンは昨年末ゆきましたが、変わってないのがベルガモン博物館くらいうかなあと思いました。
ペルガモンは変わりませんが、そこに行くまでが全く変わったしまいましたよね(笑)。99年に訪れた時宿泊したのが旧東ベルリンのホテルウンターデンリンデンでしたが、周囲の雰囲気もホテルの内部も全く変わってしまっていて呆れてしまいました。
また次回行った時この街はどのような顔を見せてくれるのか(特に新しく建設されたソニービルとその周辺)楽しみでなりません。
2005年08月20日14時32分 返信するRE: RE: 改めて拝見しましたがベルリンの壁崩壊直後の終戦時のような貴重な写真ですね
shinesuniさん
>東のひどい品不足も今は昔...今の若物がその事実を全く感じていないので複雑な心境です。
旧東ドイツはベルリン、ドレスデン、マイセンに短時間滞在しただけです。東西ドイツは今の韓国と北朝鮮のような生活水準の差、社会主義の圧政と自由主義の差があったと思います。それが現在、東の人達はどう変わったのか、西との温度差をどう解消してきているのか、知りたかったのですが短時間で解りませんでした。イメージとしては表面は東西変わらないという印象でした。韓国と北朝鮮の統一時のモデルにならないだろうか、と思ってます。また、情報をお教えいただければ嬉しいです。
2005年08月20日18時41分 返信する



