vueさんのクチコミ(10ページ)全310件
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かつては 中雀門(ちゅうじゃくもん) を抜けると 本丸御殿 が広がっていた
投稿日 2013年12月23日
総合評価:4.0
中之門を入り大番所前進んだ先に坂道があり、中雀門(ちゅうじゃくもん)にいたる。
大形の石材で積まれた石垣を登る坂は、もともと江戸城東側に広がる低地と本丸の位置する台地との境にあたるそうで、これを登りきると本丸正門の中雀門がある。 中雀門を抜けると、広々とした広場となっている。 かつてここ広大な本丸御殿が広がっていた。- 旅行時期
- 2013年12月
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投稿日 2013年12月23日
総合評価:3.5
” 番所 ” とは、警備の詰所のことで、現在、同心番所(どうしんばんしょ)と百人番所(ひゃくにんばんしょ)、大番所(おおばんしょ)の3つが残っている。 城の奥の番所ほど、位の上の役人が詰めていた。
大番所は、中之門の内側に設けられ他の番所より格上で、位の高い与力・同心が詰めて警護にあたっていたところ。 前の坂を上がったところが本丸の入り口で中雀門がある。- 旅行時期
- 2013年12月
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投稿日 2013年12月23日
総合評価:3.5
中之門は、百人番所と大番所の間に位置する。 中之門の石垣は、丁寧に加工された大形の石材が隙間なく積む「切込みはぎ」と呼ばれる技法で積まれている。 中之門石垣は、江戸城の中でも最大級の巨石が使用され、目地がほとんど無い、整層・布積みの石垣となっている。
- 旅行時期
- 2013年12月
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投稿日 2013年12月23日
総合評価:3.5
” 番所 ” とは、警備の詰所のことで、現在、同心番所(どうしんばんしょ)と百人番所(ひゃくにんばんしょ)、大番所(おおばんしょ)の3つが残っている。 城の奥の番所ほど、位の上の役人が詰めていた。
百人番所は長さ50メートルを超える建物。 同心が常時100人詰めていたところから百人番所と呼ばれるようになったといわれている。 大手三の門を守衛した江戸城本丸御殿最大の検問所だった。 鉄砲百人組と呼ばれた甲賀組、根来(ねごろ)組、伊賀組,二十五騎組の4組が昼夜交代で護りを固めていた。 各組とも与力20人、同心100人が配置され、昼夜を問わず警護に当たった。
百人番所前のイチョウがきれいに色づいていました。(2013年12月)- 旅行時期
- 2013年12月
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江戸城の正門であった大手門から入城した大名が最初に通る番所(詰所) 同心番所
投稿日 2013年12月23日
総合評価:3.5
” 番所 ” とは、警備の詰所のことで、現在、同心番所(どうしんばんしょ)と百人番所(ひゃくにんばんしょ)、大番所(おおばんしょ)の3つが残っている。 城の奥の番所ほど、位の上の役人が詰めていた。
同心番所(どうしんばんしょ)は、江戸城の正門であった大手門から入城した大名が最初に通る番所で、与力・同心が詰めて警護にあたっていたところ。 同心とは、江戸幕府の諸奉行・所司代・城代・大番頭などの配下に属し、与力の下にあって、庶務・警備の仕事をしていた下級役人を総称したもの。- 旅行時期
- 2013年12月
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江戸城の正門にあたる大手門 大手高麗門(一の門)、大手渡櫓門(二の門)がある
投稿日 2013年12月23日
総合評価:4.0
大手門は、江戸城の正門にあたる門。
大手門は、枡形門(ますがたもん、門の形式のひとつ)で、高麗門(こうらいもん、一の門)、渡櫓門(わたりやぐらもん、二の門)の 二重の門、および 塀 と 石垣 で囲まれた 枡形 からなる。 侵入者に対する優れた防備となるため、城の門や、見附の門に多用されている。- 旅行時期
- 2013年12月
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辰(たつ)未(み)=東南 石落としや狭間が見られる 巽櫓 (桜田二重櫓)
投稿日 2013年12月23日
総合評価:4.0
桜田二重櫓(さくらだにじゅうやぐら)は、巽櫓(たつみやぐら)とも呼ばれる。 巽(たつみ)とは、辰(たつ)と未(み)つまり東南の方角のこと。
富士見櫓や桜田二重櫓は大震災で破損したが、解体・復元された。
石落とし(よじ登る敵に石を落とすための出窓)、狭間(はざま、弓や鉄砲を撃つための隙間)などが見られる。- 旅行時期
- 2013年12月
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桔梗濠から見えるのは 巽櫓(桜田二重櫓)、桔梗門 (内桜田門)、富士見櫓
投稿日 2013年12月23日
総合評価:3.5
桔梗門は慶長19年(1614)に造られた。 門名の由来は、最初に江戸城を築いた太田道灌の桔梗紋の付いた屋根瓦がこの門に残っていたからとする説や、帰郷(ききょう)、吉慶(きっけい、きっきょう)といった語から転じたとする説がある、とのこと。
桔梗門の前には桔梗門橋(内濠の桔梗濠と蛤濠の間)が架かっている。- 旅行時期
- 2013年12月
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投稿日 2013年12月23日
総合評価:3.5
皇居の森と丸の内のビル群の間にある噴水公園。 今上天皇のご成婚を記念して昭和36年に建設されたもの。 平成7年6月、皇太子殿下のご成婚を記念して全面的な改修工事が行われ、3基の大噴水は元通りに復元され、幅30m、高さ5.5mの滝や地球をイメージしたモニュメントが新しく造られた。
- 旅行時期
- 2013年12月
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皇居外苑東側の内濠(和田倉濠)に架かり和田倉噴水公園につながる橋
投稿日 2013年12月23日
総合評価:4.0
皇居外苑東側の内濠(和田倉濠)に架かり和田倉噴水公園につながる橋。 門名の由来は、近くに倉(蔵)があったことによる。 慶長の頃までは「蔵の御門」とも呼ばれていた。 元和6年(1620)に枡形が造られ、現在は枡形の石垣と橋が残っている。
- 旅行時期
- 2013年12月
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雨の日は 東京駅から八重洲地下街を通れば ほぼ濡れずに辿り着ける
投稿日 2013年09月15日
総合評価:4.0
東京駅から近い「ブリヂストン美術館」は、ブリヂストンの創業者である実業家石橋正二郎の収集した美術品を展示するため、1952年、東京・京橋に新築されたブリヂストンビル内に開館した美術館。 石橋は昭和のはじめ頃から日本の近代絵画の収集を始め、西洋美術の収集に本格的に乗り出したのは第二次大戦後。 石橋は、戦前にすでに日本にもたらされていた西洋美術のコレクションを、戦後まとまった形で入手し、美術館開館までのわずか数年間に日本有数の西洋美術コレクションを形成したという。
雨の日は、東京駅からは八重洲地下街を端まで歩き、ブリヂストン美術館前の地上出口へとアクセスすれば、ほぼ雨に濡れずに辿り着くことができます。 (八重洲地下街マップ http://www.yaechika.com/map.html )
添付写真2枚目は、購入したポストカード
左上: クロード・モネ「黄昏、ヴェネツィア」c.1908
右上: カミーユ・コロー「ヴィル・ダヴレー」1835-40
左下: カミーユ・ピサロ「ブージヴァルのセーヌ河」1870
右下: アルフレッド・シスレー「サン=マメス六月の朝」1884- 旅行時期
- 2012年03月
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1894年建設の三菱一号館(Jコンドル設計)を復元した赤煉瓦の建物
投稿日 2013年09月12日
総合評価:4.0
「三菱一号館」は、1894(明治27)年、開国間もない日本政府が招聘した英国人建築家ジョサイア・コンドルによって設計された、三菱が東京・丸の内に建設した初めての洋風事務所建築。 全館に19世紀後半の英国で流行したクイーン・アン様式が用いられている。
19世紀末に日本の近代化を象徴した三菱一号館は、2010(平成22)年春、東京・丸の内のアイコン、三菱一号館美術館として生まれ変わった。
美術展覧会の際は、一度3階まであがり階段を使って下の展示室に移動します。 階段を使って下の階に移動する際に、丸の内ブリックスクエアの中庭を見下ろすことができます。 展示室は、建物の構造上、人がいると少し狭苦しい感じもします。- 旅行時期
- 2009年09月
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投稿日 2013年09月12日
総合評価:4.0
明治生命館は、東京都千代田区丸の内二丁目にある建築物。 設計は岡田信一郎・捷五郎(兄弟)、構造設計が内藤多仲。 1997年(平成9年)、昭和の建造物として初めて重要文化財の指定を受けた。 (重要文化財には「明治生命保険相互会社本社本館」として指定されている。)
設計に当たった岡田は「様式建築の名手」と称されており、明治生命館も、5階分のコリント式列柱が並ぶ古典主義様式に則ったデザイン。
明治生命館 と 皇居 の間の 日比谷通り は、11月末~12月初頃になると、銀杏並木がとてもきれいです。- 旅行時期
- 2009年09月
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投稿日 2013年09月12日
総合評価:3.5
「日本工業倶楽部会館」は、日本工業倶楽部創立後直ちに建設が計画され、1920年(大正9年)11月、地上5階、鉄筋コンクリート造、一部鉄骨造の会館が丸の内の旧伝奏屋敷跡に完成。 日本における数少ない本格的な「セセッション様式」であり、全体に「雅にして堅」を旨とし、国賓を迎えることを考慮して、正面玄関にはドーリア式オーダーのエントランス・ポーチが配され、正面階段も広くとられたとのこと。 正面屋上には小倉右一郎作の二つの人像が置かれ、戦前の日本経済の中心であった石炭(ハンマーをもった男性)と紡績(糸巻きを持つ女性)を表現しているのだそうです。
1999年「登録有形文化財」として登録されたが、老朽化のため、2003年3月に会館の南側部分を保存・再現したうえで建て替え、三菱信託銀行本店ビルとして竣工した。 JR東京駅丸の内北口からすぐのところに建っている。- 旅行時期
- 2009年09月
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投稿日 2013年09月12日
総合評価:4.0
「カフェ ウィーン」は、日本橋三越本店本館2Fにあり、日本で唯一、ウィーンのカフェハウス協会などから公認されているというお店。
300年の歴史を持つカフェハウスが誇るケーキやコーヒー(直輸入豆使用)を、本場のレシピそのままに再現しているそうです。
夕方になってから入ったらザッハートルテはなくなっていましたが、人も少なくゆっくりできました。 コーヒーは、ヨハンシュトラウス柄のチョコレート付きでした。- 旅行時期
- 2009年09月
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国要文 東京建築遺産50選 設計 辰野金吾 日本銀行本店本館
投稿日 2013年09月12日
総合評価:4.0
日本銀行本店は、東京の建築遺産50選に指定されている。 日本銀行本店「本館」の設計は辰野金吾(1854-1919)で、ベルギー国立銀行を参考に1896年(明治29年)2月竣工した。 1974年2月5日に国の重要文化財に指定されている。
辰野金吾(1854-1919)作品
日本銀行本店(1896年/東京都中央区/重要文化財)
浜寺公園駅(1907年/大阪府堺市/登録有形文化財)
※辰野金吾が設計した初の鉄道駅舎
中央停車場【現・東京駅】(1914年/東京都千代田区/重要文化財)
大阪市中央公会堂(1918年/大阪府大阪市/実施設計/重要文化財)等々- 旅行時期
- 2009年09月
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投稿日 2013年09月12日
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投稿日 2013年09月12日
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投稿日 2013年09月12日
総合評価:4.0
江戸時代末期に創業した高島屋が時を経て、東京は日本橋に全館冷暖房装置を備えた店舗を構えたのは昭和8年。 創建時の名称は日本生命館。 日本生命が建設し高島屋が借り受け、一部を日本生命東京総局が事務所として使用していたが、昭和38年に日本生命が転出。 戦後復興から高度経済成長期に増築、改築を繰り返した。 平成21年、高島屋日本橋店は、百貨店建築初の重要文化財の指定を受けた。
高島屋日本橋店の建築にあたっては、「東洋趣味ヲ基調トスル現代建築」という様式を求めた設計図案競技で1等当選した、高橋貞太郎の案が採用された。 重厚な西欧の歴史様式に、和風建築の意匠が随所に見られる。 高橋の意匠を継承しつつ、近代建築の手法をふんだんに取り入れた、村野藤吾による増築。 昭和8年の竣工から約30年間にわたり増築を重ねて、見事な調和をみせている、昭和建築の名作。
http://www.takashimaya.co.jp/tokyo/cultural_propertie/- 旅行時期
- 2009年09月
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新潟市街を一望 朱鷺メッセ31階無料展望室 (金曜開館時間に注意)
投稿日 2013年09月11日
総合評価:4.5
「Befcoばかうけ展望室」は朱鷺メッセの万代島ビル31Fにある無料の展望室。 地上約125mに位置し、新潟市街地はもちろん、日本海、佐渡島、五頭連峰などの景色を一望できるの展望台です。
株式会社栗山米菓が、ホテル朱鷺メッセ株式会社の31階展望室に対する命名権を取得し、2009年12月1日から「Befco(ベフコ) ばかうけ展望室」となりました。 「Befco」とは、栗山米菓のコーポレートブランドであり、Beika Frontier Company の頭文字なのだそうです。 たしか、それ以前は「朱鷺メッセ展望室」だったと思います。
それから、以前はもっと萬代橋方向の展望スペースが大きかったのですが、今は「スカイラウンジ PANORAMA」が萬代橋側の展望スペースをかなり狭くしていて飲食をしない者にとってはちょっと残念です。 (それでも2m?位のスペースは残っているので、先客が撮影していたら少し待って窓際に近づきます。) 日本海側、新潟西港(佐渡汽船)側はゆったりとしたスペースがあります。 化粧室の窓からも足元の景色を望めます。
http://www.nikkoniigata.com/temboushitsu/- 旅行時期
- 2013年06月






























































