night-train298さんへのコメント一覧(5ページ)全133件
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こんばんわ〜
今宵はポルトガル・リスボン編を懐かしく見せて頂きました。
私が訪れた頃のスペインは首絞め強盗などという面妖な輩も
存在せず、治安も良く落ち着いた印象があったのですが
ポルトガルに渡るとスペイン以上に更に落ち着きを感じたものでした。
nightさんの画像を観ても落ち着いた街の佇まいを充分に感じさせますよん
旧市街のアルファマ地区をあてもなく彷徨っていると
狭い道をすれ違いざまに妙齢のポルトガル女性から
「アナタ ドコ ノ フネ?」と奇妙な日本語で
尋ねられたものでした。こ〜ゆ〜話にはすぐにピンとくる
私は(爆) リスボンが港町なんだな〜〜と云う事を
ふか〜〜く感じ入った次第であります。
kioさん、おひさしぶりです!
スペインの・・・マドリードの治安は今も悪いようですね。
そのせいか、私はマドリードだけはいつも避けていたのですが、今回の旅で連泊という初めての経験をしました。
建物はゴージャスだし、圧倒されることも多いのですが、私が愛してやまないスペインの一部であるはずなのに、やっぱりなんだか落ち着かない。
同じ大都市でも、バルセロナは大好きなんですけどね。
そしてしっかり最終日にラストロでスリに遭いました!
そしてリスボン〜。ほんと、ここに来るとほっとします。
とてもとても心地の良い風が吹き、テージョ川が広々と迎えてくれる。
心から安らぐ場所ですね。
ポルトガルもあちこち行きましたが、私はリスボンが特別に好きですね。
あ〜っ、帰ってきたーって。
開放感があります。西の果ての港町だからでしょうか。
アルファマも、変わっていませんでしたよ。
サンジョルジョ城の入り口に入場券を買わないと入れないような門があったのはちょっと寂しかったなぁ。
貴重な遺産を守るため仕方ないけど、一日に二回づつくらい登りたいと思っても、節約しちゃうだろうなぁ。
「アナタ ドコ ノ フネ?」
はいはい!港町なんですものね。
さすがに私にはない体験です。
ところでkioさん、私はまた行ってきます!!!
そのときは、ちゃんとkioさんの掲示板にご挨拶してから行きますので!!
(6月初め)2006年04月02日17時27分 返信するRE: kioさん、おひさしぶりです!
>そしてリスボン〜。ほんと、ここに来るとほっとします。
とてもとても心地の良い風が吹き、テージョ川が広々と迎えてくれる。
心から安らぐ場所ですね。
ポルトガルもあちこち行きましたが、私はリスボンが特別に好きですね。
(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン 確かに、、
人々の目線がギラギラしていない感じありますよね
国民性もちょいよシャイな感じ?
今はだいぶ変わったのかなあ〜(・_・?)ハテ
今は<深夜特急>の影響や、様々なメディアに紹介された所為で
ユーラシア大陸の最西端のロッカ岬まで足を運ぶ人が多いみたいですね
でも400年以上前にキリシタン大名の名代として
天正遣欧少年使節がポルトガルを訪れていると云う事に心底、驚く
14〜5歳の少年達が観た欧州、、、日本から彼の地まで辿りつくまでの
苦難に思いを寄せるともうひたすらに驚愕モノですよね。
nightさん 今度は何処にいくんだろ〜〜??
2006年04月02日23時52分 返信する天正少年使節
あら〜っ?kioさんと以前に天正少年使節のお話を以前にしましたっけ?
私その話が大好きなんですよ。
その道を辿って、ポルトガルを旅行したこともあるんです。
当時の日本人が西洋と出会い、そして時代に翻弄された数奇な人生にとても興味があるのです。
西洋人も日本人を見て、驚いたでしょうね。
そうそう、ちょっとシャイですよね。(スペイン人にはシャイって言葉は通じないと思うけど!)
でも今回旅行していて、ポルトガル人て変なヤツだぁ〜っていう発見がありました。
けっこうあのシャイで大人しそうな顔して、いろいろやってくれるんですよ〜。
やっぱりラテンの一味だぁ〜!
そうそう、最近のガイドブックによると、リスボンは以前のように治安が良くないのですって。
でも、私はあの明るく猥雑としたアルファマで、コワイという気配を感じなかったですね。
だって近所のおばさんたちに助けてもらえそうなんだもの。
私たちのわからないところで、リスボンも変化しているのでしょうけれど、いつも同じ顔で迎えてくれるのが、本当にうれしいです。
kio さんの掲示板に書いておきますが、実は今度の企みは、今までのものとかわり映えしないのですが、自分にとっての転換期として、おおいに意味があるのかと。2006年04月03日21時48分 返信する天正少年使節
>あら〜っ?kioさんと以前に天正少年使節のお話を以前にしましたっけ?
私その話が大好きなんですよ。
その道を辿って、ポルトガルを旅行したこともあるんです。
当時の日本人が西洋と出会い、そして時代に翻弄された数奇な人生にとても興味があるのです。
西洋人も日本人を見て、驚いたでしょうね。
nightさんの旅行記で少し触れていたのを見たような記憶あり?
彼等をサポートしたイエズス会は多感な少年達にこそ欧州を見せて
帰国後の日本国内でのキリスト教布教に役立てようと
目論んだけど、彼等が帰国した時は、時代が変わって豊臣秀吉が
天下統一を果たし、キリスト教は弾圧の対象になっていたんだっけ?
多分?(・_・?)ハテ ちょい前後関係はあやふやです(・・;)
でも帰国後は4人とも大変な不遇を囲うんですよね。
最古の大学コインブラ大学にも彼等は訪れているんじゃなかったけ??
四百数十年前の話・・・・
そうかあ nightさんは彼等の足跡を辿ったことがあるのかあ
旅行記ネタになりますよ これ、、
>最近のガイドブックによると、リスボンは以前のように治安が良くないのですって。でも、私はあの明るく猥雑としたアルファマで、コワイという気配を感じなかったですね。
細い迷路のようなアルファマ地区、細い道を折れると建物と
建物の間から海が見え隠れして風情があって実に良かったなあ、、
ポルトガルでは危険な思いはしませんでした
リスボンで城壁のような高台を登っていくと大砲の砲座が残っている
見晴らしの良いとこにいったけど、あれは何処なんだろ?
孔雀がいたりしたけど、nightさん 何処だか判ります?
2006年04月03日22時57分 返信するRE: 天正少年使節
そうそう、おっしゃる通り。
九州のキリシタン大名(貿易の思惑もあったかな)と、布教を目的としたイエズス会のもくろみ。そして帰国後の宗教で植民地化を恐れた政府の思惑。
8年もかけて往復し、ヨーロッパでは日本の王子としてもてはやされ、彼等も今よりもさらに立派な西洋文化に触れ、誇りを持って生きてきたのに、その価値観がばっさり斬られたんですよね。
コインブラにも行っていましたっけ?
私も行ったことがあるので、そうなのかもしれません。
エヴォラとかエルバスなどを回り、当時有名になっていた若手歌人の林あまりさんを主役とする政府観光局の映画をとっていて、かれらの映画(観光PR用)も、内容は少年使節のあとを追う旅だったので、かれらにも違う場所で" 2〜3度出会ったのでした。
エヴォラだったか、そこの教会で伊東マンショがパイプオルガンを弾いたとかで、あまりさんがそのオルガンを弾く真似をしている姿を撮影していました。
もう15年くらい前になりますが。
今は情報は氾濫し、テレビを見れば生中継で地球の裏側まで見られる状態。
それとは全く違う時代に、彼等が、または地元の人々が彼等をどうとらえたか、その出会いにとても興味があります。
あらっ?
それってサン・ジョルジョ城のことじゃありません?
坂を上って門をくぐり、大砲が丘の下に向かって並べられ、そこからの景色が素晴らしいんです。
テージョ川も、リスボン市内も全部見渡せます。
城跡と行っても、城壁くらいしか残っていなくて、奥に行くと城壁伝いに歩くことができます。
確か以前は動物園もあったはず。(クジャクもいたかも)
市民の憩いの場所という感じで、そんなに人がいつもたくさんいるわけではなく、
夕暮れ時はとてもロマンチックなところです。
フランス同様、ポルトガル人の若者って人前でいちゃつきますよね。
(スペインではみかけないような・・・)2006年04月04日23時50分 返信するRE: RE: 天正少年使節の400年前の欧州行き
>今は情報は氾濫し、テレビを見れば生中継で地球の裏側まで見られる状態。
それとは全く違う時代に、彼等が、または地元の人々が彼等をどうとらえたか、その出会いにとても興味があります。
日本人としての誇りと気概を持って彼の地でも
行動していたんでしょう。そういった立ち振る舞いは
言葉通ぜずでも相手には伝わるものです。
彼等に関するポジティブな評価や文献も
随分と残っているらしい。
しか〜し400年以上前に欧州に触れるって
旅の道中も含めて気の遠くなるような
もうとても想像出来ないような話ですよね
2006年04月05日22時24分 返信するそうそう
日本人として、正装して当時の西洋人の前に立ったら、きっと立派だったことでしょうね。
立ち振る舞いなんかも今の若者とは違いますよね。(あっ、私も若者だったー!)
最近はすっかり彼等の存在を忘れていたんですけど、時間があったら研究してからでかけたくなりました。
九州の隠れキリシタンの里とか行ってみたいなぁ〜!2006年04月08日16時14分 返信するRE: 多分 nightさんはご存知かとおもうけど・・・
セビリア近くにコリア・デル・リオの町があり
そこにスペイン語で日本という意味のハポン姓を持つ
末裔が600人位、居るという話
なんかもう妙にシビレルようないにしえのロマンを
感じるような話ですよね
実際に彼等のルーツが日本人である可能性が高いという傍証として
近辺の稲作方法が、他の地域では一切見られない、日本と全く
同じ方法だと云うこと、ハポン姓の一族から生まれた
赤ん坊にはヨーロッパ人には無い蒙古班があるという事、
400年前に伊達政宗の派遣した慶長遣欧使節団の末裔ではないかと
云われているらしいけど、、、、
慶長遣欧使節団長のような政宗の家臣、支倉常長の評伝記を
最近図書館で借りて読み始めました。
28人のスペインに送り込まれた使節団の中には
政宗の幕府に対する謀反を恐れていた家康の命を受けた
人間がスパイとして二人ほど紛れ込んでいたとか。
もう 実に面白い、、寝しなの最近の愉しみですよん(*^_^*)
2006年04月08日23時15分 返信するわぁっ!
はいはい!ハポン性の人が多い、コリア・デル・リオ。
何度か番組で取り上げられていましたが、本では読んだことはありません。
そういう本があったなんて、知らなかったよ〜。
番組で印象的だったのは、(逢阪剛さんがだいぶ前・・・10年くらい前。・・に
出演されたNHKの「わがこころの旅」)の一部にそこも出てくるんです。)
ハポン性の人たちは、目が小さいとか、髪が黒いとか自分達のことを言い、最後には、日本人は勤勉だから、誇りに思っていると言っていたことです。
たしかその町には、支倉常長の像が立っていますよね?!
でも、なぜか最近の私の頭の中では、いろいろなことがごっちゃになっていて、ヒホンにハポンさんがいると思いこんでいたんです。
ヒホンはスペイン北部の町。海に流れ着いた日本人というイメージが、なぜだかわからないけど・・・。(勘違いが多いんです!!!)
ところでコリア・デル・リオって、ほんとにセビリアのすぐ近くなんですね。
いつかきっと行きたいなぁ!
また何かその手の情報(?!)があったら、お聞かせ下さい!2006年04月14日00時25分 返信する -
kioさん、ありがと〜〜〜〜!
あら!?もしかして冬のイベリア半島も読んでいただいたのでしょうか?!
いつも暖かいお言葉を、ありがとうございます!
そうですねぇ、不思議なんですけど、こんなに遠くに心が通じ合う友達がいるとは思ってもみませんでした。
今回久しぶりにスペインの大都会に行ったじゃないですか。
やっぱり都会にはいろいろな人がいるんですね。巡礼者も多くは大都会から来ていますが、いい人しか見ていなかったので、コワイデパートのお姉さんとか、ウェートレスのおねえちゃんとかにビビリ、必ずしもいい人ばかりじゃないんだ!と納得。
それと、久々の冬の旅はなかなか辛かったですよ〜。
暑くてヒィヒィ言っていた去年の夏の巡礼の方がやっぱり私に合っているみたい。
スペインイコール太陽の国という単純な図式を夢に見ていた私は大いに凹みました。
セビリアでさえみんなセーター&ダウン着てる!そんなばかな!あんなに暑かったのにぃ〜!
ちなみに、語学力ですが、私のスペイン語、まるで通じるように書いていますが、カタコトの域を抜けません。
それでもわかってもらえるのは、あちらの方の勘の良さにほかならないのであります。
実はまた危険な企画を立てています。
今度の計画もかなり破滅的なのです。
またご報告にあがりますね! -
異色の海外交流記 ナイスでした!
>一年半前の「フランスの道」で出会った天使は、いまや深い友情でがっちり結ばれていた。またきっと会えると思えるから、寂しいとは思っても、別れを悲しいとは思わない。
長い道程を支えあいながら共に歩いたという事が、深いシンパシーと
なって互いの懐に飛び込んでも気持ちが許せる間柄になっていったんだろね
勿論、充分なコミュニケーションを取れるだけの語学力をnightさんが
持っていた事も大きかったと思うけど、人柄とかその人の持つ人間性って
たとえ言葉が通じなくても肌の色違えども、態度、物腰で見えてくるものですよね
nightさん、もうたいしたもんだなあ〜と
つくづく感じ入ってしまいますよん(*^_^*)
普通の観光旅行記とは一味違う異色の海外交流記、
とても良かったですよ〜
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不安そうで
不安そうで、楽しそうですね。私もポルトガルに行ってみたくなりました。
しかし、結構いい加減な方が多いとは知りませんでした。いたさん、はじめまして!
ポルトガル、特にリスボンは大好きな都市です。
いつも海のように大きなテージョ川からさわやかな風が吹いて、キラキラしているんです。
あっ、すみません!「いいかげんな・・・」というのは誤解を生みますね。
それがもしかしたら、最初は悩ましいことかもしれませんが、一つの文化の違いでもあり、おもしろくて楽しいことなんですね。
だから、もしそう思うことがあっても、それを楽しんでみてください。
ポルトガル人は、なぜか日本人と雰囲気が似ています。きっと好きになると思いますよ!2006年02月07日23時34分 返信する -
青春感傷旅行
三年間、共に過ごした気の合うKathyさんの急逝から10年、
彼女のお墓参りに向かうくだりの文章がとても印象的でした。
今は石の下で静かに眠っているkathyさんに導かれるように
nightさんは彼女の墓前に辿り付く事が出来たのですね。
気心の知れて、手の合う人と出逢えて多感な若き日々を過ごす事の出来た
三年間は後に考えるとかけがえのない日々に成り得ていると察します。
10年ぶりに訪れた街の雰囲気、佇まい、近隣の様子、ひとつ、ひとつが
nightさんにとって我が青春の日々にオーバーラップしているんだと思う。
読み手の心に染みてくるような、ほのかなシンパシーを感じさせる
素晴らしい文章だと思います。
ありゃりゃ〜、kioさんも
ロンドンの旅行記を読んで下さってありがとうございます!
お褒めのお言葉をいただき、もぉ〜、むずむずしちゃいます。(うれしいです!)
ロンドンの思い出の場所を回っている時、10年間月日を飛び越えて、そのままずっと住んでいたかのような気持ちになりました。
なのに私の記憶ったら!以前のように思いどおりに行きたい所へ行けないんですね。お墓の時もそうでした。
この旅行はほんの二泊三日の例の巡礼の序章にすぎない短い旅だったのですが、思い出の街をたどる後、初心にかえって清々しい気持ちになれました。
たぶん7月のロンドンが最高に綺麗な季節だったから!2006年02月03日20時37分 返信する -
懐かしきケンジントン!
ナイトレ さん
毎度寄らせてもらっています。今回のロンドン篇も楽しく読みました。kathyおばさんはたいへん残念でしたね。とかく<良い人は早く逝きます>。
大昔、わたしの初ロンドンの時、ケンジントンガーデン脇の<ケンジントン パレス ホテル>に泊まりました。ケンジントンの地名に懐かしさ感じます。「そうですか!」そのとき見たあの壮麗、かつ馬鹿でかいのがアルバート記念碑なるものですか…ひとつ勉強になりました。
勉強ついでに
・サッカーではなく,巻き舌での<フゥーット ボオォル>
・<水割り>は<スコッチ&ワラー>であって、けっして<ウィスキー&ウ ォーター>でないことも、このホテルのバーで教わりました。osdさん、いつもありがとうございます!
そしてお久しぶりです!
さっそくロンドンの旅行記を読んでいただいてありがとうございました。
osdさんもケンジントン界隈に思い出があるんですね!
初めてロンドンに行った時、帰りにヒースローに向かうエアバスが「アルバート記念碑」を通った時、『なに、あれ???』と思ったものでした。
今後は少しづつ、スペイン旅行の再会の旅をアップしていきますので、よろしくお願いしますね〜!
2006年02月02日19時54分 返信する -
Buen Camino! 良き巡礼を!
night さん ←すんげえ省略形ですんまへんm(._.)m ペコッ
お久しぶりです。んで明けましておめでとうございます
さてnightさんの旅行記は心して読まなければ完読できません。
故に正月の時間が充分に取れるときまで控えていました(笑)
ところが以前 何処までnightさんの旅行記を読んだかすっかり失念してしまい
自分の書き込みをみて何処まで読んだか確認する始末┐('〜`;)┌
んで NO13まで読んでいたことを改めて確認、NO14から自分もちょいと
グッときたNO17のラストまで読ませて貰いました。
nightさんも何度も書かれていましたが、もう巡礼仲間は苦楽を
分ち合った文字通りの分かり合えるファミリーですね。nightさんの2005年の
スペインでの真夏の日々はかけがえのない日々に成り得ましたね。
とても眩しく感じました。
素晴らしい夏の旅行記 有り難うございます。
普通の海外旅行とはあきらかに一線を画した旅でしたね
そしてここまでコツコツと書き上げて本当にご苦労様でした。
2006年01月02日00時05分返信するkioさん、こんばんは!
うれしい書き込みをありがとうございます!
二年にわたる巡礼の旅は、私にとってはかけがいのない経験になりました。
ご熱心に読んでいただいて、本当に感謝です。
この冬に歩き残した38kmを歩いてきました。冬の『銀の道』も相変わらず厳しいもので、決して楽なものではありませんでした〜!
またいつかそのことも書きますので、ぜひ読んでいただければうれしいです。
どうぞ今年もよろしくお願いいたします!!!
buen camino !2006年01月11日23時55分 返信するRE:nightさん、おかえりなさい〜!
年末、年始はスペインだったのですか〜
いいなあああああああ〜
>この冬に歩き残した38kmを歩いてきました。冬の『銀の道』も相変わらず厳しいもので、決して楽なものではありませんでした〜!
またいつかそのことも書きますので、ぜひ読んでいただければうれしいです
凍えるような銀の道?( ̄□ ̄;)!!
それはホントに辛そうですね でも共に夏に歩いた<銀の道・ファミリア>と
再会、旧交を暖めてきたんですね。
nightさんのように普通にスペイン語や英語でコミュニケーションが
取れると世界が文字通りに広がりますよね。
また新作を期待しています!
ご自身のペースで少しずつでもアップしていってください〜
2006年01月12日22時22分 返信するkioさん、お返事が遅れてすみません!
昨日から風邪をひいてしまい、今日はゆっくり休んでおりました〜。そのお陰でちょこっと旅行記を進めてみました。
今回の真冬のスペイン旅行は思った以上に疲労が激しく、帰ってから『ぼけ〜っ』としていました。
なんか今回は、心身ともに疲労が溜まってしまったようです。
今回は、三泊だけは、スペイン語しか話せない人たちの片田舎に隔離(!)されていましたが、けっこう無口になっていた私でした〜!
その特訓の成果か、後日友人の前でスペイン語で話すと、不思議なことに通じていたんです。
2006年02月01日20時16分 返信する -
良い年をお迎え下さい(*^。^*)
nightさん(*^。^*)
沢山の楽しみ<(_ _*)> アリガトォゴザイマシタ。
巡礼の旅にすっかりハマった今年でした(^_-)-☆
2006年も楽しく愉快にそして優しく時を過ごして
下さいm(__)m
巡礼の旅、お正月にユックリとお邪魔させて下さいネ♪
来年も宜しくお願い致しますm(__)m
良い年をお迎え下さーーーーい(^O^)/
2005年12月29日23時02分返信するチビケイさ〜ん!
チビケイさん、昨年はチビケイさんとお話ができてうれしかったなぁ〜!
そしていつも優しいお心づかいをありがとうございます。
なかなか時間がなかった後半の2005年でしたが、またゆっくりお話したいですし、チビケイさんのページも訪問したいと思っています。
ありがとうございました!
最近筆無精な私ですが、今年もどうぞよろしくお願いいたします!2006年01月11日23時53分 返信するRE:nightさーーーん(^O^)/お元気そうで安心です♪>> チビケイさ〜ん!
nightさん(*⌒∇⌒*)テヘ♪
私の方こそ昨年は沢山お話して貰えて嬉しかったです♥
この所風邪の為静かーーーにしていましたが
やっと本調子に戻りつつあり
またnightさんの巡礼にお邪魔させて貰いたいと
夜中にお邪魔させて貰ってました(笑)←相変わらず夜行性です^^;
今年も早速スペインに行ってらしたんですね(*^。^*)
きっとパキさん達ともお話が弾んだのでは(o^∇^o)ノ
これからも素敵な旅行記見せて下さいネm(__)m
日々寒さが厳しくなっておりますので
お体を大切にマイペースでお元気してて下さい(*^_^*)2006年01月14日01時30分 返信するチビケイさん、またもご無沙汰してしまいました!
冬に風邪をひいたのは、四年ぶりなのですが、とうとうやられてしまいました!
そのお陰で(!)4トラに帰還(?)しました〜!
今回もパキと10日間ほど一緒にいました。
初めてお宅にお邪魔して、家族の皆さんにも会ってきたり、新しい職場を見学させてもらったり。
相変わらず、おおらかで一緒にいるだけで笑ってばかり。ますます誠実でおもしろいパキのトリコになっちゃいました。
2004年の巡礼での再会もありますので、旅行記を読んでくださいね〜!
(少しづつアップしていきます!)
2006年02月01日20時31分 返信する -
はじめまして
はじめまして。
night-trainさま。
最後まで読ませて頂きました。
まるで自分が一緒に歩いているような
熱い感動に心が震えながら読みきりました。
私は山に登ったりします。
辛い登りの時は自分の中を見つめたりします。
登りきった後は爽快感と裏腹に
何一つ変わらない自分を
発見してしまいます。
限界を超えながら歩いていると
そんなことも超越してしまうのでしょうね。。。
カヌ太郎2005年11月04日21時27分返信するはじめまして、カヌ太郎さん!
最後まで読んでくださったんですね、ありがとうございます!
そして一緒に歩いてくださっていたんですね!!!
とって〜も嬉しいです。
今回の銀の道は、険しかった分(夏の暑さは想像以上でした)とても印象的でした。
カヌ太郎さんも山に登られるのですね!
自然に包まれて、少しだけ孤独になって、爽快感があって・・・いいものですよね。
私の場合、限界がすぐにきてしまう分、『無』になれたかもしれません。
こういうと聞こえはいいですけど、単に歩くので精いっぱいで一心不乱。そして呆然自失。
こんな行為も頭の中がカラになって、何か次の新しいものを入れられる準備ができるかもしれません。
そして確かカヌ太郎さんもサンティアゴにも行っていらっしゃいますよね。
今度ゆっくり遊びに行かせていただきますね!
掲示板への書き込みを、ありがとうございました。またぜひ遊びにいらしてくださいね!!!2005年11月06日00時19分 返信するはじめまして、カヌ太郎さん!
最後まで読んでくださったんですね、ありがとうございます!
そして一緒に歩いてくださっていたんですね!!!
とって〜も嬉しいです。
今回の銀の道は、険しかった分(夏の暑さは想像以上でした)とても印象的でした。
カヌ太郎さんも山に登られるのですね!
自然に包まれて、少しだけ孤独になって、爽快感があって・・・いいものですよね。
私の場合、限界がすぐにきてしまう分、『無』になれたかもしれません。
こういうと聞こえはいいですけど、単に歩くので精いっぱいで一心不乱。そして呆然自失。
こんな行為も頭の中がカラになって、何か次の新しいものを入れられる準備ができるかもしれません。
そして確かカヌ太郎さんもサンティアゴにも行っていらっしゃいますよね。
今度ゆっくり遊びに行かせていただきますね!
掲示板への書き込みを、ありがとうございました。またぜひ遊びにいらしてくださいね!!!2005年11月06日00時19分 返信する -
完道!感動!ありがとう!
ナイトレさん
お疲れさまです。当初の予感通りの大作ご苦労様でした。17篇すべて楽しませていただきました。全篇に、日程的な旅歩きだけでなく、人と人との交流、心のふれ合いが感動的でした。
カミーノ・デ・ラ・プラタ!に乾杯!
Buen Camino!(良き巡礼を!)を有難う\(^o^)/!こちらこそ、ありがとうございます、osdさん
最初から、暖かい励ましをずっといただいて、ありがとうございました!
少しづつやっとアップしました。
osdさんも一緒に歩いていただいたような・・・仲間の気分ですよ〜。
おっしゃる通り、人と人との交流が何よりの収穫でした。
この旅で感じたことは、とても大きかったと思います。
こんな気持ちを、これからも持続していって、まわりの人たちに還元していきたいです。
本当に、長い間読んで下さり、ありがとうございました!!!
ちなみに、今月の初めに何人かはマドリッドに集合し、私は電話で参加。
スペイン人のみんなにとっても、この旅は大きなものだったようです。
また、彼らとは、何らかの形でずっとつきあっていきたいと思っています。2005年10月24日20時06分 返信する



