元カニ族さんのクチコミ(4ページ)全479件
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非電化・単線の路線で、駅舎や車両など古くてのんびりした雰囲気を残していました。
投稿日 2017年03月29日
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いろいろな種類の水鳥がいて、パネルの写真を見ながら、観察することが出来ます。
投稿日 2017年03月28日
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投稿日 2017年03月27日
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聖武天皇の勅詔を受けて、行基菩薩によって開かれた、関東最古の勅願所です。
投稿日 2017年03月27日
総合評価:5.0
日本寺は、今から1300年前、聖武天皇の勅詔と、光明皇后のお言葉を受けて、高僧行基菩薩によって開かれた、関東最古の勅願所といわれています。
関東最古の勅願所が、なぜ関東でも辺鄙な南房総の鋸山に出来たのか?不思議に感じます。かつては、七堂、十二院、百坊を完備し、良弁僧正、弘法太子などの名僧が訪れ修行した古道場ともいわれています。
現在でも、日本一の大仏さま、百尺観音、東海千五百羅漢など、見るべきものがたくさんありますが、鋸山の山中に点在し、全部見るには体力を要します。- 旅行時期
- 2016年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 2.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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この島は個人の所有物で、持ち主は代々平野仁右衛門の名を受け継いでいます。
投稿日 2017年03月26日
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洞窟の向こうから水の流れとともに、光が差し込み、神秘的な雰囲気が漂っています。
投稿日 2017年03月25日
総合評価:5.0
トラピックスの「南房総5景めぐり」を申し込んだ後、「濃溝の滝」はどこにあるのか、と地図で調べましたが、全然見つかりません。旅行に参加して、ガイドさんの説明を受けてようやくわかりました。ここは最近SNSにて広く知られるようになったとの事でした。
ここきて、日経にも載りました。これによると「亀岩の洞窟」ともよばれ、江戸時代前期に周辺の水田に水を引くために人工的に作られた洞窟とのことです。
確かに、洞窟の向こうから水の流れとともに、光が差し込み、神秘的な雰囲気が漂っています。- 旅行時期
- 2016年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 4.0
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
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林間にそそり立つ巨大な岩に掘り込まれた観音様は、荘厳なお姿です。
投稿日 2017年03月25日
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海中に並ぶ「アサリの密漁」を取り締まるための照明用の電柱と、夕焼けが幻想的です。
投稿日 2017年03月25日
総合評価:5.0
「江川海岸」も、「濃溝の滝」と同様に、トラピックスの「南房総5景めぐり」を申し込んだ後、と地図で調べましたが、全然見つかりませんでした。旅行に参加して、ガイドさんの説明を受けてようやくわかりました。ここは最近SNSにて広く知られるようになったとの事でした。
江川海岸の特徴は、海中に並ぶ「アサリの密漁」を取り締まりの照明用の電柱と夕焼けが、「千と千尋の神隠し」にでてくるスポットに似ているようです。また、ボリビアのラパスにあるウユニ塩湖に似ているもいわれています。
確かに、幻想的な景色です!!- 旅行時期
- 2016年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
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明治期に、町内の18社を合祀して「和樂備神社」と改名された神社です。
投稿日 2017年03月24日
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蕨宿のジオラマ、道祖神や庚申塔のレプリカ、当時の旅籠屋の内部の様子などが展示されています。
投稿日 2017年03月23日
総合評価:4.0
蕨市立歴史民俗資料館は、中山道蕨宿に二軒あった本陣の一つで「岡田加兵衛本陣」を改装したもので、中は一般の催しや展示に使われるスペースと、常設のスペースがあります。常設スペースには、蕨宿のジオラマがあり、周りに道祖神や庚申塔のレプリカが配置されています。また当時の旅籠屋の内部の様子が人形にのって再現されています。
無料で入れるので、ぜひ訪れてみたい資料館です。
近くに、織物の買継商を営んだ旧家を公開した「蕨市立歴史民俗資料館分室」もあります- 旅行時期
- 2017年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
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仁王門前の地蔵堂の「目疾地蔵」の目に味噌を塗って祈ると目の病気が治るといわれています。
投稿日 2017年03月22日
総合評価:4.5
旧中山道でせんべいを売っている「萬寿屋」の前に「地蔵への小径」の石碑が立っていて、この奥に「三学院」があります。正式名称は「金亀山極楽寺三学院」といい、徳川家康から御朱印二十石を受領し、歴代将軍から保護されたお寺です。
仁王門の前に「地蔵堂」があり、この中に、蕨市指定文化財の「子育地蔵」、「六地蔵石仏」、「地蔵石仏(目疾地蔵)」があります。
ユニークなのは「地蔵石仏(目疾地蔵)」です。私が訪れた時、地蔵さまの目に泥のようなものが塗りつけられていました。誰かのいたずらかと思い、きれいにしようかと思ったのですが・・・
説明を読むと「この地蔵さまの目に味噌を塗って祈ると目の病気が治る」と書かれていました。誰かが味噌を塗ってお祈りしていたのでした!!きれいにしなくてよかったです。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2017年03月20日
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1964年の東京オリンピックの時に造られた漕艇場ですが、2020年の東京オリンピックでは使うことが出来ません!!
投稿日 2017年03月04日
総合評価:4.0
県立戸田公園には、漕艇場と競艇場があります。ここは1964年の東京オリンピックの時に造られました。2020年の東京オリンピックでは、この漕艇場は規格に合わないということで使えません。また両側には住宅や艇庫が並んでいるので拡張することも不可能とのことでした。したがって2020年には、お台場に新しいコースが造られることになりました。
中山道ウオーキングの途中にここを訪れました。確かに両側に住宅や艇庫が並び拡張は難しそうです。高校時代に、琵琶湖でボートを漕いだ経験のある私にとっては、水面を眺めていると、昔が思い出されました。- 旅行時期
- 2017年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2017年02月21日
総合評価:4.0
東京大学は元加賀前田家の上屋敷の跡に作られました。その前田家に文政10年(1827)十一代将軍「家斉」の娘である「溶姫」が嫁いでくる時に建てられた門が今も残っているのです。現在は国の重要文化財に指定されています。
選ばれた人しか入れない東京大学の門で、近寄ると威圧感を感じます。- 旅行時期
- 2017年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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「ほうろく地蔵」が、八百屋お七の罪業を救うため、熱した焙烙(ほうろく)を頭に被り、自ら焦熱の苦しみを受けています。
投稿日 2017年02月21日
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樋口一葉が幼少時に隣に住み、小説「ゆく雲」に書かれたお寺です。
投稿日 2017年02月21日
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投稿日 2017年02月21日
総合評価:4.0
本郷薬師堂の前に、矢印があって30m先に「十一面観世音菩薩」と書かれています。この矢印の方向に30m進むと、住宅地の中に垣根もなく墓地があって、その一角に「十一面観世音菩薩」が立っています。
説明板によると、このあたりには「真光寺」があって、太平洋戦争で焼失したが、この「十一面観世音菩薩」は罹災をまぬがれ、この地に残ったと書かれています。
「十一面観世音菩薩」は本来慈悲の面を基調に、時に応じ、場に従い、さまざまな顔を使い分け、人々を救済してくれることで、信仰に対象になっています。まさに戦災をまぬがれ、ここに残ったのは、その霊験でしょう・・・・- 旅行時期
- 2017年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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筆塚は、天満宮の泉水と調和して天満宮の風景に趣を添えています。
投稿日 2017年02月20日
総合評価:3.0
筆塚とは、寺子屋の師匠などをしのんで、教え子たちが建てた記念碑のことで、筆子塚とも言います。また、使い古しの筆を供養するために建てられた塚も筆塚と言います。
湯島天満宮の筆塚は「泉鏡花 筆塚」と彫られています。この筆塚は「婦系図」の作者である泉鏡花をしのんで昭和十七年に、里見 惇、久保田万太郎、岩田藤七らによって建てられたものです。
なぜ天満宮にあるのか?「婦系図」の舞台が、湯島天神だったからだそうです。天満宮の泉水と調和して、天満宮の風景に趣を添えています。- 旅行時期
- 2017年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2017年02月20日
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天守閣のみならず、天守閣の石垣や、木造で復元された天守門を見てください。
投稿日 2017年02月18日
総合評価:4.0
浜松城の天守閣は、望楼型3重4階、鉄筋コンクリート造の模擬城で、1958年(昭和33年)に作られたものです。この天守閣が昔と同じ形かどうかわかりませんが、石垣だけは昔のもので、自然石を上下に組み合わせた「野面(のづら)積み」とよばれているものです。
これに比べ、木造の天守門は、発掘調査で見つかった礎石や、19世紀の絵図などをもとに、2014年(平成26年)に復元されたものです。
城を観光した時は、天守閣に目を奪われがちですが、浜松城の場合は、石垣や天守門もしっかり見てください。- 旅行時期
- 2016年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0














































































