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元カニ族さんのトラベラーページ

元カニ族さんのクチコミ(24ページ)全479件

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  • 米軍岸根部隊が駐留する「岸根キャンプ」が、1972年に返還されて、公園として整備されました

    投稿日 2015年04月02日

    岸根公園 港北・長津田・青葉

    総合評価:4.0

    「岸根公園」は太平洋戦争の後、米軍岸根部隊が駐留する「岸根キャンプ」となっていましたが、1972年に返還され、公園として整備されました。
    公園内の池は、生態系を考慮してコンクリート護岸を自然風護岸にして、滝やせせらぎ、観察デッキ、休憩所、浮島が配置されています。
    広々とした芝生広場があり、多くの家族ずれでにぎわっています。

    旅行時期
    2015年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 駅舎の周りには、港北ニュータウンの住宅や、マンションが広がり、乗降客も年々増えて続けています

    投稿日 2015年04月02日

    仲町台駅 港北・長津田・青葉

    総合評価:4.5

    2面2線の地上駅で、綺麗な大きな駅舎です。
    駅舎の周りには、港北ニュータウンの住宅や、マンションが広がっています。
    乗降客も年々増えて続けています。
    商業地として発展している「センター北」や「センター南」に比べ、静かに発展している駅といえます。

    旅行時期
    2015年02月
    施設の快適度:
    4.5

  • 当初は「新横浜北」の名前でしたが、新幹線と交差する「新横浜」と間違える人が多いので、現在の名前になりました。

    投稿日 2015年04月02日

    北新横浜駅 港北・長津田・青葉

    総合評価:4.0

    開通前の計画段階での仮称は「南新羽」でしたが、「新横浜の名前を使用したい」という地元の要望により、新横浜の北に位置することから「新横浜北駅」と命名されました。
    しかし、あざみ野方面からの乗客が新横浜駅と間違えて下車する事態が多発したため、現在の「北新横浜」に変更されました。

    駅舎は都市計画道路の宮内新横浜線の上下線に挟まれた地上部という珍しい位置にあります。
    また、駅前に大きなショッピングセンター「エスポット」があります。

    旅行時期
    2015年02月
    施設の快適度:
    4.5
    バリアフリー:
    4.0

  • 中山駅は、JR横浜線と横浜市営地下鉄のグリーンラインが交差する重要な駅です。

    投稿日 2015年04月02日

    中山駅 (神奈川県) 港北・長津田・青葉

    総合評価:4.0

    中山駅は、JR横浜線と横浜市営地下鉄のグリーンラインが交差する重要な駅です。

    中山駅の南口には緑区役所に通じる道路がありますが、細くていつも渋滞しています。
    新たに北口が開発され、渋滞解消に役だっています。

    旅行時期
    2015年02月
    施設の快適度:
    4.0
    バリアフリー:
    4.0

  • 泉の森公園の近くの旧大山街道沿の高い階段の上にある木造づくりの非常に風格のあるお寺です

    投稿日 2015年04月02日

    西鶴寺 大和

    総合評価:3.5

    西鶴寺は、泉の森公園の近くの旧大山街道沿の大和斎場入口交差点にあります。
    日蓮宗のお寺で、高い階段の上にある木造づくりの非常に味のあるお寺です。

    本堂の脇に「矢倉沢往還」の石碑が建っていますが、旧大山街道を進んで行くと、国道246号で、行き止まりになってしまいます。


    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    3.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 「下鶴間不動尊」の赤い旗が並んだ急な石段の右下に上半身が壊れた不道明王像があります。

    投稿日 2015年04月02日

    下鶴間不動尊 大和

    総合評価:4.0

    下鶴間ふるさと館を出て小さな川を渡ると右に 「下鶴間不動尊」の赤い旗が並んだ急な石段があります。石段の右下に不道明王像がありますが、上半身は傷んで崩れています。
    石段の上の本堂があります。その隣は鶴林林です。

    下鶴間不動尊の「だるま市」が、縁起物のだるまを地元でも購入できるようにと昭和35(1960)年から始められ、毎年「初不動」の1月28日に開かれています。

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    3.0

  • 大山街道と滝山道の交差点に赤い鳥居の日枝神社(山王神社)あります。

    投稿日 2015年04月02日

    日枝神社 (大和市) 大和

    総合評価:3.5

    大山街道と滝山道の交差点に赤い鳥居の日枝神社(山王神社)あります。
    赤い鳥居は、平成16年十一月に諏訪神社が奉納したものです。

    その前に真新しい矢倉沢往還の石碑や、笠塔婆型の庚申塔や、青面金剛立像があります。
    庚申塔は傷んでおり、上部の像はなくなっています。

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    3.0

  • 境川の近くの大山街道と、八王子街道の交差点にあります。

    投稿日 2015年04月02日

    観音寺 大和

    総合評価:4.0

    観音寺のホームページに次の観音寺の縁起が書かれています。

    観音寺の本尊は、慈覚大師御作の十一面観世音菩薩です。
    宝暦年間(1751年から1763年まで)にこの寺の法印宥仁阿闍梨の夢の中に瀬谷村の中屋敷の高橋是右衛門家に伝わる十一面観世音菩薩があらわれ、自らを観音寺に奉安せよとのお告げを受けました。同じお告げは是右衛門にもありました。

    深見村の有力なる篤志家小林九兵衛は、大施主となり当寺の境内にお堂を建立ました。
    また、当時の地頭江原公も供養料として米を寄進しました。

    その後、大火が地域を焼き寺も炎上したが、観音堂だけが不思議にも火難を免れました。人々は大変喜び、寺号を今の観音寺と改めました。

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.5
    人混みの少なさ:
    4.5
    見ごたえ:
    4.0

  • 境川の支流の目黒川西の、矢倉沢往還沿いの台地にあます。

    投稿日 2015年04月02日

    鶴林寺 大和

    総合評価:4.0

    鶴林寺は境川の支流の目黒川西の矢倉沢往還沿いの台地にあます。
    この寺は、「風土記稿」によれば「宝亀山寿翁院と号す。浄土宗鎌倉光明寺末 開山は貞山覚智と云う。本尊弥陀を安す。鐘楼には享保二年寿鋳造の鐘を掛く。」とあり、寺の創建は永禄12年(1569)となっています。

    境内に鶴間學校の碑があります。

    旅行時期
    2015年04月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    3.0

  • 下鶴間ふるさと館には、市指定重要文化財の旧小倉家の母家と土蔵が復元されています。

    投稿日 2015年04月02日

    大和市下鶴間ふるさと館 大和

    総合評価:5.0

    下鶴間ふるさと館には、市指定重要文化財の旧小倉家の母家と土蔵が復元されています。母家は安政3(1856)年に建築されたもので、宿場の商家建築として神奈川県内でも数少ない建物です。土蔵は前身建物の古材を用いて大正7(1918)年に再建された商家の付属建築で、一般の袖蔵といわれています。

    建物前の道路には高札場が復元され、中にはには井戸なども復元されたいます。
    母家の中にはいろいろ展示されており、上がってみることが出来ます。
    また、江戸時代の鶴間村のジオラマもあります。

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    5.0

  • 昭和46年鶴間熊野神社新築の折に熊野神社内殿をもらい受け、日枝神社の内宮殿として安置されました。

    投稿日 2015年04月01日

    日枝神社 (鶴間) 町田

    総合評価:3.0

    鶴間郷土誌(井上茂留著)には

    日枝神社(山王権現)。  祭神:猿田彦命

    日枝神社は、かって、井上惣太郎家の産土神であった。惣太郎家の祖・俗称下の紺屋全盛の時代、鬼門除けに勧請したものと伝えられる。明治の地租改正の時国有となった。
    惣太郎家の所有であった証左としてこの境内地の周囲の殆どが惣太郎の後継である井上宗重家の所有地であり、明治の土地台帳にも明記されている。

    昭和46年鶴間熊野神社新築の折に熊野神社内殿をもらい受け、日枝神社の内宮殿として安置した。宮殿にある紋章は笹に根竹。

    とあります。

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    3.0

  • 1860(万延元)年3月3日、井伊家上屋敷を出て江戸城に向かう井伊直弼一行が、水戸・薩摩の浪士に襲われる事件の舞台になった所です。

    投稿日 2015年04月01日

    皇居外苑 丸の内・大手町・八重洲

    総合評価:4.5

    時は幕末。1860(万延元)年3月3日、季節外れの雪の日の朝、井伊家上屋敷を出て江戸城に向かう井伊直弼一行が、ここで水戸・薩摩の浪士に襲われる事件がありました。「桜田門外の変」です

    この日、午前8時、登城を告げる太皷が江戸城中から響き、それを合図に諸侯が行列をなし桜田門をくぐって行きました。尾張藩の行列が見物客らの目の前を過ぎた午前9時頃、図の井伊家上屋敷の赤い門が開き、直弼の行列が門を出ました

    井伊家上屋敷から桜田門までは約400m。行列は総勢60人ばかりで内堀ぞいに進み、桜田門外に差し掛かった所で、水戸藩の脱藩浪士17名と薩摩藩士1名に襲われました。
    雪で視界が悪く、彦根藩護衛の供侍たちは雨合羽を羽織り、刀の柄、鞘ともに袋をかけていました。このため不意の襲撃に応戦できず、井伊直弼や多く供侍が命を落としました。

    旅行時期
    2015年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 江戸時代に井伊家の上屋敷、明治期には参謀本部、戦後衆議院に移管され憲政記念館になりました。

    投稿日 2015年04月01日

    衆議院憲政記念館 霞ヶ関・永田町

    総合評価:4.0

    説明板に「この地の由来」として、

    室町時代の末期、太田道灌がよんだ「わが庵は松ばらつづき海近くふじの高根を軒端のぞ見る」という歌の松原に一角に連なっていたこの地は、江戸時代のはじめ、加藤清正が居住し、寛永年間に井伊家居所となり、明治初頭に及んだ。開国の難衝にあたった井伊直弼もここに住んでいた。
    明治以降、弾正台ついで参謀本部の所在地となった。
    この地にあるに日本水準原点は、明治24年に設けられた。
    昭和27年、この地は衆議院に移管され、35年 憲政の功労者尾崎行雄を記念して ここに浄財で記念館が建設された。

    と書かれています。

    旅行時期
    2015年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    5.0
    コストパフォーマンス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    展示内容:
    4.0

  • 町田街道の一里塚の頂上に造られた小さな神社です。

    投稿日 2015年04月01日

    御嶽神社 (鶴間) 町田

    総合評価:4.0

    御嶽神社は、通称「大塚」と呼ばれている高さ10メートルほどの丘の頂上にあります。
    明治中期に火難・盗難除けを祈願して作られました。
    この丘は、旧大山街道と町田街道の交差点近くにありますが、その位置から町田街道の一里塚と考えられています。

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 大山街道沿いにある浄土真宗のお寺で、本堂にある聖徳太子立像は町田市の指定文化財です。

    投稿日 2015年04月01日

    圓成寺 町田

    総合評価:3.5

    大山街道沿いにある浄土真宗のお寺です。
    本堂にある聖徳太子立像は、室町時代後期に造られたももで、町田市の指定文化財になっています。
    境内には、大きな桜やいちょうがあり緑が多く、春にはお花見が出来ます。

    毎月28日 常例法座があります。
    ボーイスカウト町田6団・ガールスカウト東京都126団として、月2~3回 日曜日例会が開催されています。

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.5
    見ごたえ:
    3.5

  • 塔身部に、「宝篋印陀羅尼経」という経典を納めた供養塔です。

    投稿日 2015年03月29日

    石塔坂の宝篋印塔 港北・長津田・青葉

    総合評価:4.0

    一切の災難から免れることを願う供養塔です。
    塔身部(塔中央の梵字を刻んだ部分)に、「宝篋印陀羅尼経」という経典を納めたことから、この名前が付きました。
    基壇の上に台石、塔身、笠石、相輪を乗せて構成されています。

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 旧大山街道沿いにある真宗のお寺で、石段を上がった境内は、大山が良く見える好展望地です。

    投稿日 2015年03月29日

    市ヶ尾竹下地蔵堂 港北・長津田・青葉

    総合評価:4.0

    「市ヶ尾竹下地蔵堂」は旧大山街道沿いにある真宗のお寺で、江戸中期に建てられました。
    千日の托鉢によって建てられたため「千日堂」ともいわれています。
    江戸時代に始まった念仏講は、現在でも地元の人たちが続けています。

    地蔵堂に上がる石段の下には、庚申塔などの石造物がたくさん並んでいます。
    一体一体のお地蔵さんにこ小袋の煎餅などのお菓子や、お花が供えられています。

    石段を上がった境内は、大山が良く見える好展望地です。

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 霊泉・不動の滝といっても小さな滝で、旧大山街道沿いにあります。

    投稿日 2015年03月26日

    不動の滝 / 老馬鍛冶山不動堂 港北・長津田・青葉

    総合評価:4.0

    旧大山街道沿いにある小さな滝です。
    説明板には、雨乞い、喘息、風邪などに霊験があると書かれています。
    飲めることにはなっていますが、飲まない方が良いでしょう。

    すぐ隣にある階段を登ると、老馬鍛冶山不動堂があり、その隣の稲荷社があります。

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    景観:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.5
    バリアフリー:
    4.0

  • 庚申塔には三猿「見ざる」「言わざる」聞かざる」が彫られています。

    投稿日 2015年03月26日

    荏田下宿 庚申塔 港北・長津田・青葉

    総合評価:4.0

    「庚」「申」は、十干十二支を60の組み合わせにした50番目に当たります。
    60の組み合わせですから、60日(年)ごとに回ってきます。

    60日ごとの庚申の夜に、人体から抜け出した虫が、天帝に悪行を告げて人の命を縮めるという中国の道教の教えに由来しています。
    このため、この虫が抜け出すのを阻止するために、みんなで集まって、夜、眠らずに過ごします。これを「庚申講」「庚申会」「庚申待」などとよんでいます。

    江戸時代から明治にかけて願い事が叶うとされて、多くの庚申塔が作られました。
    庚申塔の下方に三猿「見ざる」「言わざる」「聞かざる」が彫られるのが一般的です。

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    4.0

  • いろいろな桜のミニ標本並木です。

    投稿日 2012年10月01日

    平瀬川 登戸・新百合ヶ丘

    総合評価:5.0

    川崎市宮前区菅生の「蔵敷(ぞうしき)交番前」近くに「平瀬川」が流れています。
    小さな川ですが、両岸にいろいろな桜が植えられています。
    桜にはその名前とともに寄贈した人や団体の名前、桜の性質・特徴などが書かれてあり、桜のミニ標本並木です。
    いろいろな桜が植えられていますから、ソメイヨシノが咲く4月上旬から、遅咲きの八重桜の4月下旬まで、桜の勉強をしながら、楽しむことが出来ます。

    いろいろな桜を、その標識とともに紹介します。

    写真は平瀬川にかかる浄水場通りの橋の西側たもとの満開の「ヤエベニシダレザクラ」と「イチヨウ」です。

    旅行時期
    2012年04月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    5.0
    景観:
    5.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    バリアフリー:
    5.0

元カニ族さん

元カニ族さん 写真

4国・地域渡航

9都道府県訪問

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元カニ族さんにとって旅行とは

50~60年前の私の学生時代、ザックをかついで、全国を旅行して回る若者達がいました。彼らを「カニ族」といいました。私もカニ族になって、全国を旅行して各地の社会を見ようとしました。北は北海道、利尻・礼文・知床半島から南は奄美大島・徳之島・沖永良部まで歩きました。旅行は当時の私にとって社会を知る勉強でした。
上のプロフィール写真は、1961年7月、私がカニ族となって最初に北海道旅行した時の礼文島での姿です。当時のザックはキスリングザックといい横に長く、後ろから見た歩く姿がカニのように見えたので、カニ族と呼ばれたました。
当時、海外旅行は夢のまた夢でした。

海外に行きたくて、貿易商社に就職し、ようやく海外出張、海外駐在などで海外に行くことが出来ました。会社時代、旅行は国内・海外を含め、仕事の一環で、自由な海外旅行は、休暇が取れず不可能でした。

退職して何度か自由な海外旅行をしましたが、現在の老いたカニ族は、体力的にも限られた小さな旅行しかできません。しかしその旅行を歴史的、文化的、社会的に色づけして、内容の濃い旅行にすることはできます。「元カニ族」の精神を忘れずに、老いてもカニ族を続けようと思っています。加えて旅行で歩くことが健康の維持に役立てばしめたものです。

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

北海道 知床半島

大好きな理由

学生時代、羅臼から定期船に乗って、知床岬まで往復しました。
定期船は知床半島で夏の間、昆布採りの人々に物資を輸送、人の往来のための船でした。定期船が洋上で停まり、陸に向かってマイクで「〇〇さん!お客さんです」、「〇〇さん!荷物が届いています」などというと、陸から小舟が近づいてきて、荷物の受け渡し、人の乗り降りがありました。
往時の知床半島の厳しい景色と、のどかな人々の生活が、今も脳裏に焼き付いています。

行ってみたい場所

現在4の国と地域に訪問しています

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