明石DSさんへのコメント一覧(5ページ)全69件
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中国人にも見られているんですね。
http://www.cchere.com/article/1307681
こんなブログがありました。
「偶然」って書かれているけど、文章からはそんな気がしませんでした。
こま -
ありがとうございました!
はじめまして。
07年の7,8月に家族でハノイに行っていました。2週間もいたのに、旧市街にほとんど住んでいて、観光らしいことは皆無に近い…という旅でした。で、今、ベトナム料理の店を製作中です。案に行き詰まり、参考にと写真を探していて、こちらに参りました。
「最初につっこんだ戦車」とか、「米軍の残骸」とかという言葉を歩き方で見ていて行きたかったので、すごくうれしく?拝見しました。次回行ったときには見に行きますが、こちらで拝見して、さらに行きたくなりました。
明石DSさんも、次回は旧市街に泊まって、歩き回ってください。たぶん、そういうのが楽しいタイプの方だと・・・。
ありがとうございました。 -
新年好!
爆竹声声辞旧歳,紅灯閃閃迎新年,
春聯戸戸迎新春,喜気洋洋迎新年,
笑語声声迎新春,新的一年多好運!
たくさん、たくさんのおめでとう!!
今年も宜しくお願い申し上げます!!
こま2008年01月01日12時03分返信する新年好!
こまちゃん
明けましておめでとうございます。
いつも素晴らしい旅行記に
内容豊富な北京便りを楽しませて頂いています
http://blog.so-net.ne.jp/chinaart/2007-10-01
今は、日本で年越しのようですが
2008年は北京オリンピックもあり
「火筆画」も一躍脚光を浴びるのだろうと思います
益々のご活躍を祈っています。2008年01月01日17時51分 返信する -
ごぶさたしております
相変わらず精力的に旅行記をアップされており、感服いたします。ところで、昨年ミャンマーを旅行された際、空港からホテルへのアテンドをしたPLGのティンさんですが、お母さんが亡くなったそうです。ご冥福をお祈りしたいと思います。
ひとまずご連絡まで。
ただ、亡くなったのが2005年だというのです。ちょっと話が合わないなあと思うのですが。まあ、ミャンマー人の話はつじつまが合わないことが多いので...。2007年11月06日06時30分返信するRE: ごぶさたしております
ハイペリオンさん
ティンさんの名前を聞き懐かしく思い出しました。
初めてのミャンマーで初めて出会ったのがティンさんでしたから・・・。
上品で知的で小柄なティンさんの健気な生き様に
ミャンマーの厳しい現状が伺えました
私がミャンマーでティンさんに会ったのは2006年10月18日です。
その時にはすでにお母さんが亡くなっていましたから
2005年に亡くなったと言うのは、私が聞く限りつじつまが合っていると思います
今年はスーレーバゴダ付近で日本人カメラマンが殺されたりで、
ミャンマーを思い出すことも多かったです
思い掛けないティンさんの便りを聞き嬉しかったです
今朝、ハノイ・シェムリアップの旅から戻って来ました
帰国してからがいつも大変です(笑)
ありがとうございました。
2007年11月06日16時46分 返信する -
往復ピークトラムでしたか。。。
帰りは、ピークタワー傍のカフェ前から出ている「15C」線のバスに乗られたら良かったかも知れません。(2階建てのバスです)
香港島の新旧世界の犇めき具合を、2階の窓から見据える事が出来るので、
こまの香港行きの目玉にしています。
行き着く所は埠頭近く。途中でも降りられます。
一つ手前で降りれば、地下鉄の駅前なので空港へはすぐです。
こま達は、大抵九龍から船で広州番禺へ帰るので、バスの終点から
フェリーで尖沙咀へと渡ります。
今、パスポート更新中。
京都駅ビルに移った旅券センターへ行ってきました!(ここは初めてです)
来月初めに上海へ飛び、用事を済ませてから広州経由で香港です。
また、マルチビザを取りに出掛けてきます。
こまRE: 往復ピークトラムでしたか。。。
帰りは、ピークタワー傍のカフェ前から出ている「15C」線のバスに乗られたら良かったかも知れません。(2階建てのバスです)
香港島の新旧世界の犇めき具合を、2階の窓から見据える事が出来るので、
こまの香港行きの目玉にしています。
行き着く所は埠頭近く。途中でも降りられます。
一つ手前で降りれば、地下鉄の駅前なので空港へはすぐです。
こま達は、大抵九龍から船で広州番禺へ帰るので、バスの終点から
フェリーで尖沙咀へと渡ります。
今、パスポート更新中。
京都駅ビルに移った旅券センターへ行ってきました!(ここは初めてです)
来月初めに上海へ飛び、用事を済ませてから広州経由で香港です。
また、マルチビザを取りに出掛けてきます。
2007年06月27日08時10分 返信する -
明石DSさんこんにちは、arfaと申します。
戦のあったのは結構すごい山の中だったんですね。保山から龍陵は見つかりましたが拉孟陵・騰越は地図で見つけられなかったです。
インパール作戦の撤収支援ということで行われた作戦でしょうが、インパールのアラカン山脈にも匹敵するような険しい山地での戦闘はさぞ、辛いことだったろうと思います。
私も今日、アマゾンで古山高麗雄さんの3部作を注文し読んでみるつもりです。
今年のGWですから同じ頃に雲南省に行かれてて私とはまったく環境の違う旅をされてたんですね。RE: 明石DSさんこんにちは、arfaと申します。
arfaさん
書き込みありがとうございます。
拉孟というのは、地図にはないですね。
字が違うラモウという集落が昔も今もあるようなのですが、確認できなかったです。
多分、道を聞いた集落、食事をした所がそうだと思うのですが・・・。
拉孟守備隊との戦いは、あの一帯ということで
陣地も各所に別れていたようです。
標高が1500〜2000米くらいの場所に陣地を構築していたようです。
保山からテン緬公路を走って龍陵に向かうと、まず怒江、そして恵通橋、そして拉孟守備隊の陣地跡
それから、龍陵、そのまま真っ直ぐ西に走ると日本軍の師団司令部のあった芒市に至ります。
騰越というのは騰衝(Teng Chong)zという町です
「地球の歩き方」にも紹介されています
私が日本占領時代の名前で騰越と書いていますが
騰衝という町で、地図にもあり、和順郷とか、火山が近くにあり温泉地もあるようです。
インパールの撤収支援ということもあって、孤軍奮闘、援護ナシでのほぼ全滅まで耐久戦を戦ったようです。
拉孟守備隊の交通壕・散兵壕のような壕が縦横に今も残っていました。
是非、機会があれば訪れてください。
2007年06月17日00時20分 返信する -
沢山笑わせて戴いております。(*^ー^*
後半、何故かウケるシーン多すぎです。
三輪車も面白かったし、煙草踏んだのも、烏魯木齊空港のパフェ(?)も、
そして、この虹橋からの「調子の良い司机」の98元も。
ボラれてまんがな!
空港からのお調子者年配運転手、こんなん多いんですよ〜。
良く、一緒に笑いながら、最後に一発嚇かしてやります。(^ー^
こま
PS:
上海豫園の絵描きさんや切り絵の人たち、9割方は爺ぃの知り合いですヨ♡ -
漢族と維吾爾語
の、ミックス会話を堪能したい場合は、是非南新疆(南疆)の西部まで
足を伸ばしてみて下さい。
こまちゃん旅行社のイベントに参加する‥って言うのもいいかも!
(‥って、そんなモンありません)
喀什(カシュガル)や莎車(ヤルカンド)に居る漢族は、殆ど維吾爾語を話します。
会社に居る人の、少なくとも半数以上が維吾爾人なので。
しかも、彼ら同士になっても「説漢語太麻煩,換个維語吧」となっちゃう
んです(^^;
→http://4travel.jp/traveler/chinaart/album/10105545/
この時の晩餐は、みんな爺ぃの同級生か同窓生です。しかもみんな漢族
なのに維語での会話でした。一人も維吾爾人が居ないのに…です。(;_;
お陰で、クニクニさんにも通訳出来ず、2人でニコニコしているしか
有りませんでした。(T_T
こま



