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大安寺は、聖徳太子が建てた熊凝精舎が始まり。官寺の百済大寺、高市大寺、大官大寺へと引き継がれ、奈良に移って大安寺に。南都七大寺のひとつであり、東大寺や興福寺と並ぶ大寺だったという歴史はかなり輝かしいものがありますね。 今の境内は、当時からするとかなり小さくなっていますが、少し歩いたところにかつて東西2基の七重塔が建っていた跡もあるので、なんとかその壮大さの一端は感じられると思います。 今回は、秘仏、馬頭観音菩薩立像の公開。諸悪を食べつくし、災厄を除くとされる仏ということで、見ようによってはその表情とか秘めたパワーを感じるものでした。ただ、圧巻は讃仰殿に安置されている楊柳観音立像など7体の木彫仏。後世修復された部分も多いようですが、やはり奈良期のもの。立体曼荼羅風の雰囲気があって、これも往時の隆盛を偲ぶには必見ではないかと思います。
東側中腹に壮大な寺院を持つ。
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小辺路は「こへち」と読むのが正しいようだ。「こへじ」では変換されなかった。果無集落という元々は人家があったが村だが、今はどうやら一軒だけが住んでおられるようだ。「はてなし」という名前はいつごろから、どういう理由の命名だったのか尋ねる機会もなかったのは残念。果てがないほど遠い山の上などという意味だったのだろうか。平たい石ではない凸凹の岩で作った階段があるので怖かったが、熊野古道という名前にふさわし場所だと思いました。
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創建は901?22(延喜年間)年と伝えられています。1336(延元元)年、後醍醐天皇の勅願寺とされた寺。天皇没後、楠木正行が大阪四条畷の戦いに出陣前、鏃で記した辞世の歌が堂の扉(宝物殿に保存)に残ります。森のなか、静寂につつまれた境内には正行一行の髷塚もあります。宝物殿に安置されている蔵王権現像は、鎌倉時代中期、1226(嘉禄2)年の作で、役行者が山上ヶ岳山上で感得した蔵王権現の忿怒の姿をみごとに表現しています。
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奈良市にある西の京の薬師寺の前身にあたる寺の跡。天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気回復を祈願して、天武9年(680年)に建立に着手。完成しないうちに天武天皇が崩御したので、持統天皇がその遺志を継いで完成させました。平城遷都に伴い本薬師寺となり、現在は小堂と礎石や土壇が残っています。
本薬師寺跡について、橿原市のHPにHPには、以下のような説明がなされている。 「天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒を祈って建立した寺院です。 南から中門、金堂、講堂が一直線に並び、金堂の前面には東西に二つの塔(東塔・西塔)が置かれる双塔式の伽藍配置で、これは新羅との交流を示しています。 藤原京から平城京に遷るとともに薬師寺も移されたため、後に平城京薬師寺と区別するため本薬師寺と呼ばれ、今日もその名で親しまれています。」 近鉄畝傍御陵前駅を東に500mほど進むと、少し分かりにくいが右手に樹木の茂みがあり、そこを右手に入っていくと個人宅の庭のようなところに遺跡のようなものを見つけた。 跡で調べてみると、そこは白鳳山醫王院の境内ということらしい。奥の方に写真のような石碑が建っていた。また、その境内には、伽藍の遺構のうち金堂の礎石の一部と言われているものが残っていた。 さらに、そこをぐるっと回って田んぼのあぜ道を東に進むとまた樹木の茂みがある。その中には、本薬師寺の東塔の礎石の一部があった。 その礎石の西側に見える小さな山は『畝傍山』と呼ばれる山で、香具山や耳成山とともに「大和三山」と呼ばれている山の一つ。大和三山の中では最も高い標高(199.2m)の山で、登山口からは30分余りで登れるそう。 元の道に戻ろうと、東塔から田んぼのあぜ道を歩いていると対面から少し我々よりも年配の方が歩いてこられ、どうやら地元の方らしく、すれ違ったときに以前この辺りを発掘調査されていたことや、東塔跡の少し西に土が盛り上がったところがり、そこに西塔跡があるということを教えてくださった。 教えに従って、田んぼのあぜ道を戻り、こんもりと盛り上がったところに上ってみると、話の通り(本薬師寺の)西塔の礎石跡があった。
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奈良県には橿原市今井町、宇陀市松山、五條市五條新町という三つの重要伝統的建造物群保存地区があります。 宇陀市松山重要伝統的建造物群保存地区は、安土桃山時代、地元の有力者、秋山氏に代わって豊臣秀長が入部すると秀長の家臣によって、宇陀松山城の城下町として再整備されたのがベース。秀長は建物の間口の広さに応じて課される税を免除して、有力な商人を誘致したため、間口も奥行きも広い町家の街並みができたとされています。確かに、間口の広い家が多いように感じました。
久米仙人ゆかりの寺。推古天皇の勅願により用明天皇の皇子、聖徳太子の弟である来目皇子によって建立されました。創建のきっかけは、7歳の時に眼病を患った来目皇子が、この地で治癒祈願し全快した御礼だったとされ、本尊の薬師如来像にお願いすると眼病に霊験があるとされています。境内にある多宝塔は重要文化財に指定されています。
橿原神宮を参拝する途中で立ち寄りました。神宮の一の鳥居近くに建つ、聖徳太子の弟来目皇子が創建したと伝わる寺です。久米の仙人伝説でも知られる寺です。幼いころの来目皇子が失明し、薬師如来に祈願したところ平癒しました。のちに推古天皇の眼病全快の御礼に来目皇子が創建しました。本尊は薬師如来の真言宗寺院です。木造瓦葺屋根の本堂を中心にした建物の周りに雪柳がきれいに咲いていました。境内に重要文化財の多宝塔や鐘楼、虫塚があります。桜は開花したばかりで、雪柳に癒されました。参拝する人が少なく静かでした。
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訪れたのが3月下旬だったので、きれいな棚田は見られませんでしたが、その代わり菜の花と桜が見られました。自転車で回ったのでゆっくりと思う存分景色を堪能できました。青々とした稲が育ったらどんなに美しいことか。次回はぜひその時期に来たいと思います。
吉城川沿いにある日本庭園で,深い林の中に母屋がたち,若草山を借景にした杉苔の庭園が広がっている。【料金】 大人: 250円 団体割引(20名以上)220円 高校生: 250円 団体割引(20名以上)220円 中学生: 120円 団体割引(20名以上)110円 小学生: 120円 団体割引(20名以上)110円 その他: (入園料免除対象者)・小学生未満・身体障害者、知的障害者、精神障害者及びその介助者・外国人観光客(長期滞在者及び留学生等を含む)・観光ガイド及び添乗員(単独での入園者、研修のための入園者は除く)※証明書類の提示が必要です。
たまたまこの日は無料でした。無理ではない日もあるようなんですが、聞き漏らしました。この日は紅葉もひと段落していたためか、ゆっくり楽しめました。とても手入れの行き届いた日本庭園で、苔の元気が良くてびっくりしました。黄色い千両をはじめて見ました。また季節を変えて元気なうちに訪れたい場所です。
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もともとは遊郭だった建物だそうです。三階建ての木造建築でとても立派な建物でした。入場料は無料で、中に入るとビニール袋を渡されます。そのビニール袋に靴を入れて、建物の中を自由に見て回れるようになっていました。ちょうど雛祭りの季節だったので、お雛様がいくつも並べてありました。大和郡山の見どころの中でも特に良かった場所でした。
国営飛鳥歴史公園5地区の施設や催し物の案内をはじめ、飛鳥地方の史跡や歴史を立体模型や映像を用いて紹介しています。誰にでも分かりやすい「飛鳥歴史アニメ」、タッチパネルコンピュータで見る「飛鳥百景」など、飛鳥探訪の出発点となる施設です。
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宇陀川の対岸の石英安山岩に彫られた弥勒菩薩の磨崖仏は日本最大級。春の境内にはしだれ桜が見事に咲き誇り、対岸の弥勒菩薩との取り合わせは非常に美しい。
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841年に狩猟と伐採が禁止されて以来、春日大社の聖域として保護されてきた原始的状態を維持する照葉樹林。特別天然記念物に指定され、春日大社と一体で世界遺産に含まれています。
聖徳太子の創建と伝わる寺院で、格調高い宿坊としても有名。護摩堂に安置されている聖徳太子坐像は南北朝時代の作。庭園の群芳園は千利休が作庭し、細川幽斎が改修したといわれています。吉野山西側をのぞむ池泉回遊式の借景庭園で、大和三庭園のひとつ。
聖徳太子の創建と伝わる寺院で、格調高い宿坊としても有名だそうです。私の目当ては庭園。群芳園と名付けられた庭園は千利休が作庭し、大和三庭園の1つにもなっているとのこと。拝観料400円を払い庭園へ。いや~期待以上の美しさでした。池のほとりに立つ枝垂れ桜も満開。いいものが見れました。
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石州流茶道の祖片桐石見守貞昌が寛文3年に創立した寺で、庭園がみごと。大和平野の眺めもよい。
奈良県大和郡山市小泉町に建つ臨済宗大徳寺派の寺院。石州流茶道の祖・小泉藩主片桐石見守貞昌(石州)が父・片桐貞隆の菩提として寛文3年(1663)に創建、寺名は父の法名から採られた物。重要文化財の農家風外観の書院や茶室が有り、枯山水庭園は国の名勝・史跡です。落ち着いた雰囲気に包まれた茶人創建の寺です。
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奈良大阪の境をなす生駒山地の主峰。稜線沿いにはドライブウェイがあり、山頂には生駒山上遊園地があります。
斉明天皇の飛鳥川原宮跡に建てられていた大寺の跡。大理石の礎石を残す土塀の美しい寺。
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金魚コレクション展示や藍染体験コーナーあり。【料金】 2020年7月1日から入館無料となりました。
奈良・三条通りからやすらぎの道へ、そしてその道沿いの北左側にある「漢国神社」にやってきました。創建は推古天皇元年(593)で大神君白堤を祀ったのが始まりと伝わっています。境内には室町時代の初めに中国から渡来し日本に初めて饅頭を作った林浄因を祀る林神社があります。お饅頭の形をした石物が置かれ、饅頭や菓子の祖神の神社として業界の信仰があるようです。そう~ここだったのね。
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