2026/06/11 - 2026/06/14
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この旅行記のスケジュール
2026/06/11
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バスでの移動
シエナーーーーーフィレンツェ
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Trattoria La Tana
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イフラッテリーニ
2026/06/12
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イルカントッチ
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Edoardo il Gelato Biologico
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オブラーテ図書館
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この旅行記スケジュールを元に
シエナからフィレンツェに戻り、残り三日間過ごしました。
1995年以来の訪問で、再訪したのはウフィッチ美術館と
サン・マルコ修道院だけで
あとは当時行けなかった所をゆっくり巡る事が出来ました。
フィレンツェは何度行っても行き尽くせないほどの文化財があり
歴史の詰まった美しい街でした。
フィレンツェの旅行ではユーユさんの旅行記を参考にさせて頂き
充実した時間が過ごせました。
ありがとうございました(*^-^*)
※旅行記では、同じ場所を何度も通るたびに写真を撮っているため、重複を防いで投稿写真枚数を減らせるよう、同一の場所ごとにまとめて記載しています。そのため、時系列順ではなく、別々の日に撮影した写真が混ざっている場合があります。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
6月11日 (フィレンツェ5日目)
シエナ(10:10)のバスでフィレンツェ(11:25)に戻ってきました。
ホテルは同じくホテル エグゼクティブで、荷物を預けに行ったら
すぐ部屋に入れてくれました。エグゼクティブ ホテル ホテル
-
部屋はL字型になっていて、以前より少し広くなりました。
-
この日の昼食は【Trattoria La Tana】さん。
ちょうど和食が恋しくなる頃なので、楽しみにしていました。
予約をしていないので開店時間の12時半と同時に入りました。 -
日本人の御夫婦のお店です。
元々イタリアンのお店なのですが、日本食が主になったのかな。
よく解っていませんが、お値ごろな和食ランチがいただけます♪ -
決まった定食以外にも、その時々のメニューもあります。
名古屋御出身のオーナーさんなので、味噌カツ定食や
ひつまぶし などもあります。 -
夫は しょうが焼き定食。 しょうがは おろしたてのようで、
風味が良く、これまで食べたしょうが焼きの中で
一番美味しかったそうです。
私は 味噌カツ定食。 名古屋の味噌カツの味です♪
現地の肉なので 日本のトンカツより肉質は少し硬いですが、
とても満足しました。
フィレンツェ在住や勤務されている日本人、
フィレンツェの人も 常連のようでした。 -
現存する世界最古の薬局
『サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局』に入って -
少し店内を見学。
-
かつての修道院の建物が利用されている店内は
とてもエレガントでした。サンタ マリア ノヴェッラ薬局 専門店
-
サンタ・マリア・ノヴェッラ教会
サンタ マリア ノヴェッラ教会 寺院・教会
-
サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局は
この教会の「医療・調剤部門」として誕生しました。 -
今回は教会へは入りませんでした。
-
ヴェッキオ宮殿へ。
ヴェッキオ宮殿 城・宮殿
-
正面入口に向かって左側に立つミケランジェロ作 『ダヴィデ像』
正面入口に向かって右側に立つバンディネッリ作
『ヘラクレスとカクス』 -
『ヘラクレスとカクス像』の後ろの、宮殿の角の石壁に
ひっそり刻まれた横顔は、
「ミケランジェロの落書き」と云われています。
壁に背を向け、後ろに手をまわして 見ずに描いたと云われていて
本当なら凄いわ。 -
ダヴィデ像 (レプリカ)
-
ヴェッキオ宮殿に入ってすぐの中庭。
-
もともとフィレンツェ共和国の政庁舎だったので
フィレンツェ市の赤い百合と
コジモ1世が16世紀にこの宮殿をメディチ家の居城に改築したので
メディチ家の丸玉の紋章が飾られています。 -
中央にはダ・ヴィンチの師、ヴェロッキオ作
『イルカを抱くプット』が置かれています。(レプリカ)
メディチ家別荘にあったものを、コジモ1世の命で
この中庭の噴水の上に飾られることになりました。 -
更に奥へ
-
アンナ・マリア・ルイザ・デ・メディチの像
メディチ家直系・最後の子孫。
彼女は「美術品をフィレンツェから持ち出さず、世界中の人々に公開すること」を条件に、代々の膨大な美術コレクションを市に寄贈しました。フィレンツェを「芸術の都」として今に残した最大の功労者だそうです。 -
ヴェッキオ宮殿に入ってすぐの中庭中央の噴水の上に飾られた
『イルカを抱くプット』のオリジナルも展示されています。 -
かつて、この五百人広間でダ・ヴィンチと、ミケランジェロが、
向かい合う壁画を競作しました。 -
ダ・ヴィンチは絵の具を乾かす実験に失敗して途中で断念。
-
ミケランジェロは下絵を完成させた直後にローマへ呼び出され、
双方とも完成しないまま失われました。 -
コジモ1世の命により、ヴァザーリが壁画と天井画を
描いたそうです。
秘密の回廊を造った人です。 -
五百人広間の外に出ると
サンタ・クローチェ聖堂や -
遠くにミケランジェロ広場が見えました。
-
トルナブオーニ通りにある『Procacci 1885』で
気になっていた黒トリュフペーストのパニーニを購入。
今まで見てきた 大きなパニーニではなく、
具材がトリュフなのでミニサイズです。
トリュフ風味が口に広がり、あっという間に食べてしまいます。プロカッチ イタリアン
-
美味しいものをよく知っていらっしゃる
ユーユさんが訪れられた『I Fratellini』でもパニーニを購入。
夕食はホテルで済ませました。
とても美味しかったです。 -
6月12日 (六日目)
サン・マルコ修道院(サン・マルコ美術館)へ。 -
画家であり修道士であるフラ・アンジェリコの
フレスコ画が多く残っています。 -
15世紀の修道院の建物をそのまま利用した美術館で、
コジモ・デ・メディチ(老コジモ)が寄進・再建したので
設計図を観る老コジモも描かれています。 -
15世紀のフィレンツェで活躍した銀行家で、フィレンツェ共和国の
事実上の支配者としてメディチ家の黄金期の基礎を築いた人です。 -
ほとんどがフラ・アンジェリコの作品ですが、
かつて修道士たちが食事をしていた「小食堂」の壁一面に
描かれたフレスコ画『最後の晩餐』は、
ミケランジェロの師、ギルランダイオが描きました。 -
ユダの足元に描かれた猫は「裏切り」のシンボルとして
描かれています。 -
修道院の静けさと、フラ・アンジェリコの
優しい絵が好きなので、再訪しました。 -
階段を上がった先に見える『受胎告知』が印象的です。
サン マルコ美術館 (修道院) 博物館・美術館・ギャラリー
-
2階は 修道士の小部屋が並び、その一つひとつの部屋に
修道士たちの瞑想や祈りのために描かれたフレスコ画が
残されています。 -
窓も無い部屋は、屋根から漏れる明かりだけ。
-
1つだけ小さな窓がある部屋もあります。
修道士たちは ただただ祈る日々を送っていたようです。 -
小さな僧房の中でも、一番広い部屋は階段付きの二部屋。
老コジモが瞑想のために使っていた専用の部屋だそうです。 -
昼食は、夫のリクエストで『ランプレドット』です。
サンタンブロージョ教会の地区は、観光客が少なく
地元民がのんびり過ごす姿が見られるエリアです。
私達が一番よく訪れたのは、このエリアでした。 -
モツのバーガー、ランプレドット。
私は食べられないので、近くで買ったパンを
食べました。トリッパ ランプレドット ポッリーニ 地元の料理
-
ヴェッキオ橋は何度か渡っているものの、
写真を撮っていなかったので日中に歩くと人がいっぱいでした。
フィレンツェ最古の石造アーチ橋です。 -
橋の中央付近は開けていて、
ルネサンス期の金細工師・彫刻家
ベンヴェヌート・チェッリーニの胸像が置かれ、
アルノ川が一望できます。 -
もともと肉屋や革製品店が立ち並ぶ普通の橋でしたが、
コジモ1世の命によって「ヴァザーリの回廊」が
橋の上に作られました。 -
彼の三男、フェルディナンド1世の時代に悪臭や衛生上の問題から、
貴金属・宝石店へと入れ替えられ、現在も橋の両側に小さな店舗が
ぎっしりと連なっています。 -
ヴァザーリの回廊はヴェッキオ橋からサンタ・フェリチタ教会の
正面を通り、聖堂内の専用バルコニーへ接続しています。
メディチ家の人々は市民の前に姿を現すことなくミサに参列し、
そのままピッティ宮殿まで安全に移動できました。 -
イチオシ
サンタ・トリニタ橋からヴェッキオ橋がよく見えます。
ヴェッキオ橋 建造物
-
イチオシ
サンタ・クローチェ聖堂
サンタ クローチェ聖堂 寺院・教会
-
聖堂内には、イタリア・フィレンツェの歴史に名を残した
偉人たちの墓や記念碑がズラリと立ち並んでいます。 -
祭壇
-
上:ガリレオ・ガリレイ
下:ダンテ
ダンテはフィレンツェを追放された後、北イタリア諸都市を
転々とし、最終的にラヴェンナで生涯を終えました。
ラベンナはダンテの遺骸をフィレンツェに返さなかったので
記念碑となっています。(お墓はラブヴェンナにあります。) -
ミケランジェロ
89歳の時にローマで亡くなり、
遺体はフィレンツェに運ばれ
ここで眠っています。 -
上:ロッシーニ
パリで亡くなりましたが、後に遺骨がこの聖堂へと移されました。
下:レオナルド・ダ・ヴィンチ
晩年フランスに渡り、同地のアンボワーズ城に埋葬されていますが、
その功績を顕彰する記念の彫刻パネル(銘板)が設置されています。 -
聖堂から中庭へ出て『パッツィ家礼拝堂』へ。
-
1478年、フィレンツェの貴族パッツィ家が、
ライバル関係にあるメディチ家の兄弟を殺害して
政権を奪おうとした暗殺未遂事件が起きました。
日曜日、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂で
ミサが行われている最中、暗殺が決行されました。 -
兄は負傷しながらも逃げて助かりましたが
弟は19箇所も刺され、即死しました。
兄を殺害できず、政権奪取に失敗し、市民の怒りを買った
パッツィ家の一族は処刑・追放され、滅亡しました。
生き延びたメディチ家の兄ロレンツォは市民からの支持を得て、
「豪華王」としてフィレンツェ黄金期を築きました。 -
パッツィ家は財産没収・家紋や名前すら抹消されましたが、
この礼拝堂は修道院の重要施設であり、ブルネレスキ設計の
優れた芸術品として評価されていたため取り壊しを免れました。
ただし、パッツィ家を示す紋章や痕跡はすべて消し去られています。 -
修道院の出口に近い場所に、ナイチンゲール記念碑が
ひっそりと建っています。
英国人の両親がフィレンツェ滞在中に彼女が生まれたため、
「フローレンス」と名付けられました。
ミケランジェロをはじめ、偉人達が眠るこの聖堂に、
フィレンツェゆかりの偉大な功績を称えて設置されたものです。
(遺骸は英国にあります) -
フィレンツェのお祭りである 地区対抗の古式サッカーを
数日後に控えて、スタジアム建設工事の横で
地域の人達の壮行会が始まっています。
この日の夕食は、いつものご飯と味噌汁・梅干しで済ませました。 -
6月13日 (フィレンツェ七日目)
-
イチオシ
早朝のドゥオーモにやって来ました。
この建築群は、本当に美しいです。 -
着工は1296年
丸屋根の完成まで140年かけて建築されたそうです。
初めの設計者はアルノルフォ・ディ・カンピオ。
その後ジョットが跡を継ぎましたが、鐘楼の建築を進めたので
ファサード(正面)は未完のままでした。ドゥオーモ (フィレンツェ) 寺院・教会
-
現在のファサードになったのは、19世紀に入ってからでした。
設計者はエミリオ・デ・ファブリス。
中央に、子供を抱くマリア様。その横に12使徒が並んでいます。
一番上は 父なる神(神様)だそうです。
その下はフィレンツェの著名人が並び、ダ・ビンチだけ
認識できました。 -
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(ドゥオーモ)
正面(ファサード)の真向かいに立っている建物は、
サン・ジョヴァンニ洗礼堂。 -
サン・ジョヴァンニ洗礼堂の東側の扉
(ドゥオーモの正面玄関と向かい合っている面)は
「天国の門(天国の扉)」のレプリカです。
このレプリカは、日本人が寄付したそうで、
文化財の保護に貢献されて、すごいわ。 -
レプリカも、とても精巧です。
-
サン・ロレンツォの青空市場を通って
フィレンツェ中央市場へ向かいます。セントラルマーケット 市場
-
開店してすぐに入った為、まだ仕込み準備の最中です。
豚肉のかたまりを丸めてローストした
ポルケッタ。 -
お客さんも まだ少ないです。
市場の中でも、ペットを連れてOKです。 -
ビスッテカ・フィオレンティーナ(Tボーンステーキ)の肉や
モツ関係が売られています。 -
内陸の丘陵地帯なので、ウサギ肉も売られています。
ウサギは鳥肉屋さんにありました。
お顔はペーパーで隠されていました。
子供の頃、どうしてウサギは一羽二羽と数えるのか
不思議でしたが、イタリアも鳥類と同じイメージなのかな? -
ハムとチーズ
-
野菜と果物
-
お魚は、イワシの様なもの、サーモン・サバ・
サンマの様な魚もありました。 -
1階は市場ですが2階はフードコートです。
まだテーブルは余裕で空いています。 -
ハムとチーズの盛り合わせ
オープンサンド
ケーキ -
サラダ
ランプレドット
ライスコロッケ
見ているだけで楽しいです。 -
この日でフィレンツェは最後なので、
夫がもう一度 ランプレドットが食べたいと言い
1階の行列が出来るお店に行きました。
サンタンブロージョ教会近くのお店の方が好みだったようです。
(個人の感想です) -
ランプレドットは、私は食べられないので
2階のフードコートへ。
あっという間にテーブルが埋まっています。
落ち着いて食べるには、朝一番か中途半端な時間が良いようです。 -
何とか席を見付けて、私も評判が良かったパスタ屋さんで
オーソドックスなミートソースを注文。
う~ん。。。私には麺が粉っぽくて完食出来ませんでした。
(個人の感想です) -
中央市場近くのメディチ家の菩提寺『サン・ロレンツォ聖堂』
の裏手にある『メディチ家礼拝堂』へ。 -
アンナ・マリア・ルイーザ・ディ・メディチ
メディチ家直系、最後の子孫です。
ヴェッキオ宮殿にも像がありました。 -
地下室(クリプタ)
コジモ1世の墓などがあります。
(画像には写っていません) -
『君主の礼拝堂』
-
旧約聖書と新約聖書が描かれています。
メディチ家礼拝堂 寺院・教会
-
トスカーナ大公の6つの棺がありますが
地下聖堂に埋葬されている為、中は空なんだそうです。 -
メディチ家の紋章
-
この空間は、メディチ家がトスカーナ大公としての威厳を
示す為の廟でした。
実際は当時の人々の目に触れなかった地下室(クリプタ)で
眠っています。 -
『新聖具室』
ミケランジェロが建築設計から内部の彫刻群まで一括して
手掛けました。 -
聖母子とメディチ家の守護聖人
両側の守護聖人以外はミケランジェロの作品です。
この像の下には、
ロレンツォ豪華王と弟ジュリアーノの墓があります。
パッツィ家による暗殺で逃げ延びた兄と、暗殺された弟の二人です。 -
ヌムーリ公 ジュリアーノの墓 (ロレンツォ豪華王の三男)
兄のロレンツォは、暗殺された弟を偲び、
自分の三男に 弟と同じ『ジュリアーノ』と名付けました。
足元には 夜の像(左) と 昼の像 (右) が配されています。 -
ウルビーノ公 ロレンツォの墓 (ロレンツォ豪華王の孫)
暴君だったため、暗殺されたそうです。
足元には 黄昏(左) と 曙(右) が配されています。
夜・昼・ 黄昏・曙 の4体の像は、ミケランジェロ広場の
ダビデ像(レプリカ)の足元にもレプリカが配されています。 -
この新聖具室にはミケランジェロが約2ヶ月間
隠れていた『秘密の場所』がありますが
見学は非常に狭き門となっています。
『サン・ロレンツォ聖堂』と『メディチ家礼拝堂』には
多くの歴史的空間が凝縮されています。 -
中央市場とメディチ家礼拝堂の近くにある
『Il Cantuccio』でカントッチという
トスカーナ地方の伝統的な硬焼きのアーモンド焼き菓子を購入。
とても硬いクッキーですが、ここのは そんなに固くなく
美味しかったです。 -
ドゥオーモの真ん前にある『Edoardo il Gelato Biologico』
1つ1つコーンを焼いているそうで、店内に入ると
とても良い香りがします。 にもかかわらず、
カップにしてしまって大失敗。 何を考えていたのか?
赤ワインのジェラートは美味しかったです。 -
ドゥオーモから近い
-
オブラーテ図書館へ。
-
ここに来るのは3回目。
ストをしていて、営業していませんでした。
こういった公の機関でもストをするのがイタリアらしい。
最後に入れて良かったわ。 -
回廊が素敵な建物です。
-
最上階(2階/日本式の3階)に上がると
学生が勉強していました。
窓が無いのでドゥオーモのクーポラがよく見えます。 -
皆 思い思いの場所で過ごしています。
-
こんな景色が見える図書館、
羨ましいです。 -
奥に一般の人も利用できるオープンなカフェがあります。
地元の方に人気で、この日はグループの予約が入っていました。
座った席ではあまり景色が見えなくて残念でしたが
全体には素敵な景色が見られたので満足しました。 -
フィレンツェ最後の夕食は一週間ぶりの
Trattoria Armandoに再訪しました。
年齢的にも、もう大きなステーキは食べられないので食べ納め。
美味しくいただきました。
撮り忘れたサラダを加えて、二人分です。 -
日中は日差しが強く、暑かったので
長く滞在した割には あまり動けていなかったですが
行きたかった所へは全部行けたので大満足です。
翌日はドイツへ移動するので、荷造りをして
早々に寝ました。トラットリア アルマンド イタリアン
-
6月14日
フィレンツェからフランクフルトへ移動しました。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 万歩計さん 2026/09/26 23:35:05
- 暮らしように過ごしたフィレンツェ
- ポテさん、こんばんは。いいね👍を1番を押せて、何だか宝くじに当たった気分です。
暮らすようにゆっくり過ごされたフィレンツェ。きっと思い出深い旅になったでしょうね。せっかちな私には出来ない旅です。歴史的な説明もしっかりしていて、改めて勉強になりました。地元の暮らしを知るには市場に行くのが一番で、グルメ情報も興味深かったです。
引き続いてのドイツ編も楽しみにしています。
万歩計
- ポテのお散歩さん からの返信 2026/09/27 00:45:34
- Re: 暮らしように過ごしたフィレンツェ
- 万歩計さん こんばんは。
早々に旅行記を見て下さった上に、
コメントまで頂き、ありがとうございます(^^)
要領が悪いので、ゆっくり予定をこなすのが精一杯です(^-^;
街の中の 観光に必要な所は歩き尽くしたのですが
何度も行けないので むりをしてでもオルチャ渓谷へ
行っておけば良かったと 思う事があります。
観光地には行けるのですが、その先の小さな町や村にこそ
その国の景色があるので、万歩計さんの様な 細やかな旅に
憧れています。
サンジミニャーノへのバスの乗り換えが不安で
シエナだけ行く事にしたヘタレなので、無理ですね(^-^;
いつも旅行記を見て下さり、ありがとうございます(*^-^*)
ポテ
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