2026/07/15 - 2026/07/19
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binchanさん
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清水で最も多くの時間を割り当てた見どころです。
ちょっと長くなりますが、遺跡と文化園區について最初に説明しておきます。
(文化園區のパネル展示内容より)
1937年(日本時代)、ここに神社が作られ、神主が石器や陶器を収集。
1943年、日本の学者が正式に発掘を行い「牛罵頭遺址」を発見。
1955年、台湾人によって遺跡の年代や代表的な文化層について調査。
1957年、ここに軍隊の駐屯地を設置。
1972年、中部の新石器時代を正式に牛罵頭文化と命名。
1997年、軍隊の駐屯地廃止。
2001年、発掘で大量の器物が発見される。
2002年、文化局により縣定古蹟となり、牛罵頭遺址文化園區が計画される。
2005年、軍の駐屯地が移転し園區整備が開始。
2010年12月25日、台中縣と市の合併により台中市定遺址となる。
2013年2月、牛罵頭遺址界牆剥取物が一般古物に指定。
2014年7月、園區全面開業。
牛罵頭遺址では「牛罵頭文化」以外の、様々な時代の文化遺跡も発見されています。古い方から、大坌坑文化(約5000~4000年前)、牛罵頭文化(約4500~3400年前)、營埔文化(約3400~2000年前)、番仔園文化(約2000~350年前)です。
大坌坑文化は、現在の台湾原住民と継続性のある先史文化の中で最も古い部類に入るもので、台湾の広い範囲に分布しています。これ以前の旧石器文化は、現在の台湾原住民との直接のつながりがないとされています。
牛罵頭文化は新石器時代中期を代表する文化で、台湾中部に広く分布しています。この遺跡から名付けられてはいますが、ここだけが牛罵頭文化なのではありません。
金属器後期の營埔文化・番仔園文化は、現在の原住民族がそれを継承しており、遺跡はこの地域の平埔族(拍瀑拉族や巴宰海族など)のものである可能性が高いとされています。番仔園文化は最上層にあるため神社や軍営建設により大きく損なわれています。
(台湾では土器のことも「陶器」と呼ぶので、文中ではすべて陶器と表記しています。また台湾では遺跡を「遺址」と書くので、固有名詞では「遺址」を使っています。)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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7月18日土曜日、朝から清水區を観光しています。
これから牛罵頭遺址文化園區を2時間くらいかけて見る予定です。牛罵頭遺跡文化園区 散歩・街歩き
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非常に複層的に歴史を感じることができる場所です。
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10:06
芝生の広場は清水神社の境内であり、軍隊の訓練場であった場所。その下に数千年に及ぶ人々の暮らしの跡があるのです。 -
園内図
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園の入口には軍営時代の崗哨が残っています。ここに兵隊さんが立って見張っていたんですね。
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八號棟
事務室や警備室として使われていて、授乳室や飲水機が設置されているとのこと。 -
奥に見える石垣、その説明が下の写真です。
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場所によっては日本語の説明があって助かります。
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ちょっと遠いですが、奥に見えるのが水塔。給水設備ですね。
その前に横たわっているものの説明が下の写真。 -
疑似遺址聚興駁坎
聚興という遺跡で見つかった石積みを固定してここに移設してあるそうです。元の場所での保存ではないため「疑似」と呼ぶのだそう。營埔文化後期から番仔園早期にかけてのもの。(AIに聞いた内容含む) -
接近してみるとこんな感じ。説明がなければ何だかさっぱりわかりません。
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列冊遺址惠來界牆
このほかにも「疑似遺址頭家厝界牆」「列柵遺址南勢坑界牆」と言った説明書きはあるのですが、それがどこにあるのかわからない。 -
よくよく見まわしてみると、周囲に横倒しになっている壁(牆)のようなものとか、
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こうやって立ててある壁がそれらしい。発掘地からはぎ取って、何かで保護してここに保存してあるのです。どれも集落の境界を示す石垣のようですが、こうして見る限りではただのコンクリートの塊に見えます。
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七號棟
文献室だそうですが内部見学はできません。
建物は駐屯地時代のものと思われます。 -
一號棟
こちらは内部見学できます。
手前にあるのは神社時代の燈籠。 -
清水街の文字が見えます。
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一號棟に入って見学。
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考古学と歴史の資料館で、台中付近の発掘品や歴史文献が展示してあります。
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旧石器時代の発掘品。台湾中西部には珍しいそうです。
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新石器時代中期の牛罵頭文化の陶器(複製品)。細縄目がついているのが特徴。真ん中の「三連杯」もこの文化に独特のもの。
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金属器時代の營埔文化の黒陶(複製品)。
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番仔園文化(金属器時代)清水中社遺址の発掘品。骨はレプリカ。
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発掘道具や記録も展示されていました。
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歴史時代に入り、オランダによる記録。
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清代の書類。
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日本時代の書類。
これらが民國時代の軍官舎に展示されているという、悠久の時空旅行が楽しめる場所でした。 -
館内はこんな感じです。人が少なくて涼しい!
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南勢坑史前遺址文化層
台中市沙鹿區の平埔族拍瀑拉(Papora)族の遺跡の一つ。今から1000~400年前のもの。 -
その遺跡からはぎ取ってきた地層を展示しています。
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地層を何かで固めて、層の違いが分かるように紐で印がつけてあります。
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「灰坑」の断面で、陶器を焼くために掘られた穴だそう。陶器の焼窯としては二度利用されており、陶器片や木炭、燃え痕が二層あります。そのあとはゴミ捨て場として使われ、貝殻や動物の骨、食べ残しが層となっています。
定住生活をし、農耕が主で漁労採集も行っていたことがわかるそうです。 -
地下チョウ(石+周)堡入口及戦備水池(地下壕入口と貯水池)
説明書きはあるものの、周りには何もありませんでした。多分草で隠れているんでしょう。 -
崗哨
こちらにも入口があったんでしょうか。 -
TP深坑現地展示
遺跡発掘のテストピット。「現地展示」ということは実際にここを掘ったんですね。 -
日本語の説明がありました。
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実際の発掘現場。
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深坑現地展示場の近く、六號棟(左)はトイレです。
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四號棟を見学します。
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考古遺跡、歴史、文化、観光、自然など清水について広く紹介する展示室。内容割愛。
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隣の五號棟。こちらも展示室です。
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先史時代とそれにつながる平埔族の暮らしについて展示しています。
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石器の展示ボックスにあるボタンを押すと、床にその使い方が照らし出されるといった仕掛けもありました。
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館内にも地層の剥ぎ取り面が移設されています。これはここの遺址のもので、上から現代文化、營埔文化、牛罵頭文化と重なっています。ガラス繊維とエポキシで固定してあるのだそうです。
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牛罵頭文化の埋葬施設。この集落では、棺の方向は南西に20~30度、頭は南向きで統一されているとのこと。
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ここからはこの地の平埔族の歩みについて。
オランダが制定した〔貝+菐〕社(為政者側が決めた特定の貿易商としか取引できず、競争原理が働かない買い手有利の制度)によって平埔族が苦しんだという話。大肚王国という原住民族の族際連合が一時期存在したという話。漢人の移入によって生活が圧迫されついには「大甲西社事件」という反乱に至った話、など。 -
大甲西社事件は雍正9年(1731年)に起こった道卡斯族による反乱で、清の官庁が襲われ官吏や兵も殺傷されました。清軍はそれをすぐには平定できず動乱は長引いたものの、最終的には原住民族同士を反目させるという手段でこの乱を鎮めました。その影響で大肚王国は消滅してしまったとのこと。(写真の内容ではありません)
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原住民族のファッション。顔の位置を合わせて撮影すると、この服をまとっているような写真が撮れるんでしょう。
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このほか、農業や食事に関するパネル展示もありましたが割愛。
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入口にあった注意書き。蜂とか蛇に気をつけなさいって。
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大きなガジュマルの樹。木陰は気持ちいいけれど、蜂とか蛇とか出たら嫌だなあ。
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この先に觀景台があるらしい。
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まあ、こんな感じだろうなと思ったけど、来ないわけにはいかない。
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二號棟
こちらも展示館になっています。 -
ここは考古遺跡がどういうものなのか、どのように発掘調査するのかということが展示されています。
これは台湾全土の遺跡層を示した図。
旧石器時代と新石器時代の間に一万年くらいの空白があり、その後大坌坑文化がほぼ台湾全域に現れて、それ以降は地域ごとに分化しています。 -
これは牛罵頭遺址の文化層を示したもの。下にある層ほど古い文化です。
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各時代の発掘品。
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牛罵頭文化の陶器。
この時代は赤や褐色の陶器が多く、少量ながら玉器も発見されており、その産地が台湾東部であることから、当時から交易が行われていたことがわかるのだそうです。 -
營埔文化の黒陶。
この時代は灰黒色の陶器が多く、紋様の種類が牛罵頭文化に比べると多様になっているとのこと。 -
番仔園文化の高床式住宅。
番仔園文化では鉄器が存在していたため、石器の出土は少ないとのこと。この文化の特徴の一つである俯身葬は台湾では珍しいそうです。
このほか、年代特定方法や昔の気候、周辺の地質についても展示がありました。 -
発掘ごっこコーナーで夢中になる子供。いいですね。
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二號棟前の円形の区画。おそらく清水神社本殿があった場所。
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その両脇に小さな石が敷き詰められた「卵石地坪」という遺構があります。説明は下の写真で。
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上の写真は1968年に敷かれたエリア。軍人さんが自分の経験を活かしてコツコツ敷いたらしいけど、すごい技術ですね。
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手前には階段と狛犬があり、神社の雰囲気が残っています。
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そして軍の司令台もあります。
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狛犬の基台には「祝皇紀二千六百年」と刻まれているというので、さすがに中華民國軍が使っていた時代には撤去されてたんでしょうね。
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三號棟
拍瀑拉文化基地とあるので、中が見学できるのかと思ったらセミナールームでした。ちょうど子供たちのワークショップが行われていましたよ。 -
こちらのカフェでお昼でも食べようかな~、と気軽に入ったら。
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予約でいっぱい。13:30まで無理ですとのこと。(予約制の店でした)
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というわけでドリンクをテイクアウト。バナナやドラゴンフルーツが入ったスムージーで120元(約636円)。生き返るおいしさと冷たさ!
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最後の見学ポイントは神社の柵。
とお~くにうっすら見えるのがそれ。かなり草に埋もれてます。歩くのが面倒で遠くから撮ったのではなく、そこまで入れないようになってたんですよ。
11:26、見学終了。なかなか順調です。
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