2025/04/07 - 2025/04/07
55位(同エリア154件中)
ポポポさん
この旅行記スケジュールを元に
防府市は長州藩の海軍局が置かれた場所である。
私が最初に訪れたのは桑山公園。桑の山は三田尻(防府市三田尻)に屯所を置いた諸隊の御楯隊が訓練を行っていた場所である。
ここには桑山招魂場があり、下関攘夷戦争から戊辰戦争に至る戦争で死亡した隊士が祀られている。
この場所から旅行記を始めたい。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今回は幕末長州藩の海軍局が置かれていた三田尻(現在の防府市)を訪れた。
場所は時節柄桜が満開の桑山公園。桑山公園は市民の憩いの場で桜の名所である。
普段は山の中腹にある広場は車両の乗り入れが禁止されているが、桜のシーズン中は駐車場として市民に開放されている。桑山公園 公園・植物園
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桑山公園の桜は約700本。その大多数は市民の記念樹として植樹された桜である。
幕末の諸隊のうち御楯隊は三田尻(現在の防府市)を駐屯所とし、桑山は彼らの調練場であった。
明治になると御楯隊に縁が深い桑山に招魂場が設けられた。ここには御楯隊の他に整武隊や遊撃隊などの隊士の墓碑がある。 -
桑山総合案内図。
案内図によれば山の中腹にある広場はふれあい広場。ここに招魂魔場、諸隊の墓碑、護国神社がある。
なお山の頂上には頂上広場や展望広場があり、市民の憩いの場となっている。 -
ふれあい広場の景色。中央の鳥居はこの場所が招魂場であり、隊士たちは神と祀られている神域のため設けられているのである。
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招魂場に建てられいる護国神社。
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防府市護国神社の説明文。
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護国神社の右側裏手にあるのが御楯隊総督「御堀耕助」の墓。
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墓の側に立てられている御堀耕助の説明。
長州藩の勤王の志士として全国的には名が通ってはいないが、正義派諸隊御楯隊の総督として内訌戦や四境戦争芸州口の戦いで活躍。
若干26歳で長州藩の参政となり、藩のかじ取りの一翼を担うようになった。
明治2年藩命により欧州視察に向かったが病気のため一旦帰国、再度欧州に向かい帰国したが症状が悪化し31歳の若さで亡くなった。 -
ここは桑山公園のふれあいの広場。
ここに招魂場や諸隊士の墓碑がある。 -
招魂場や諸隊の墓碑の案内板
桑山招魂場に祀られているのは、三田尻(防府市)に屯所を置いた御楯隊や第二次長州征伐後の編成で御楯隊と鴻城隊(山口市の諸隊)が合併した整武隊の隊士の墓碑である。 -
御楯隊の説明
総督は大田市之進(後の御堀耕助)、幹部は山田顕義、品川弥次郎、野村靖など松下村塾の門下生で結成された諸隊である。
御堀耕助は松下村塾の門下生では無いが、尊王攘夷運動のさなか門下生らとの交流が生まれ、親しくなった門下生らと御楯隊を結党した。 -
御楯隊の墓碑。
中央の背の高い墓碑は徳久蘇八(正七位陸軍大尉、病死)である。周囲の墓と比べると立派で新しいので子孫が墓を建て替えたものと思われる。 -
御楯隊の墓碑。
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御楯隊の墓碑
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御楯隊の墓碑の一角に御楯隊総督「御堀耕助」の墓があった。
御堀耕助の墓は桑山招魂場の一角にあるが、この他にもう1基の墓があるので後程紹介したい。
墓の規模からすると、こちらの墓は御堀耕助の分骨墓と思われる。 -
招魂場の鳥居。
招魂場に祀られた隊士達は神と祀られているため、この様に入口に鳥居がある。 -
招魂場にある「桑山招魂場碑」
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桑山招魂場碑の説明
碑の毫額は当時の陸軍大将仁親王。撰文は陸軍中将山田顕義。
桑山招魂場は三田尻(現在の防府市)に屯所を置いた御楯隊と海軍将士が図りこの地に下関攘夷戦争から戊辰戦争までに戦病死した諸隊士の遺骨を埋葬した場所である。
碑の銘は山田顕義が作成した。
山田顕義は吉田松陰門下生で最年少。吉田松陰からその才能を愛され立志の目標が書かれた扇を与えられた。
第二次長州征伐後は整武隊の総督となり、鳥羽伏見の戦いでは1000名の長州軍の指揮官として伏見口で参戦、1万人の幕府軍を蹴散らした。この時西郷隆盛から「用兵の才、神の如し」と賞賛されている。
以後薩長東上軍第一陣の指揮官・参謀として活躍。五稜郭の戦いでは榎本武揚率いる幕府軍に手こずる黒田清隆が率いていた新政府軍の別動隊として江差北部に上陸、大きく迂回して五稜郭の北部から榎本軍を急襲し形勢を逆転した。
以後新政府軍は五稜郭を各方面から包囲、函館市街が陥落すると榎本軍は降伏して戊辰戦争は終結した。 -
桑山招魂碑。
山田顕義の銘が刻まれている。 -
整武隊の招魂場入口にある鳥居。
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招魂場の碑。
これより奥の広場に整武隊の墓碑がある。 -
整武隊墓碑の説明
整武隊は長州征伐後の兵制改革で山口市の鴻城隊と合併した。総督には山田顕義が就任。
鳥羽伏見の戦いでは長州軍の主力として参戦。この戦いを皮切りに山田顕義が率いる東上軍の第一陣として会津戦線や函館戦で活躍した。
招魂場に埋葬されているのは蛤御門の戦い(禁門の変)から長州内の内訌戦い、第二次長州征伐、戊辰戦争で亡くなった方々である。 -
埋葬されている墓は63基。
前後2列で整然と並んでいる。桑山招魂場では最も多くの墓が祀られていた。 -
整武隊墓碑。
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整然と並ぶ整武隊士の墓碑。
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桑山招魂社道の道しるべ。
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桑山招魂場の左奥にある諸隊の墓碑
護国神社の左側、一番手前にあるのが干城隊等墓碑。
干城隊は萩藩上級武士176人で構成された諸隊で総督は福原駒之進、頭取は松下村塾門下生で後に参議となる前原一誠である。
下級武士や農民・町人階級で編成された諸隊とは一線を画し、上級武士で構成された長州藩諸隊の中では異質な諸隊であった。
河合継之助率いる長岡藩との熾烈な戦いを演じた北越戦線では奇兵隊と共に新政府軍の主力部隊として活躍した。
しかし明治維新後御親兵を薩長土の藩兵から出すことになり、長州藩では上級武士の干城隊から優先的に御親兵が決められた為、他の諸隊の隊士は藩の処置に反発し脱退騒動が起こった。 -
中央のひときわ高い墓碑は「本藩(萩本藩)騎士(騎兵)沓屋兵衛」。
戊辰戦争で戦死。戦死場所は書かれていないが北越戦線だと思われる。 -
次は遊撃隊。
遊撃隊は来嶋又兵衛が蛤御門の戦い(禁門の変)で率いた長州藩最強の諸隊。
池内蔵太など土佐勤皇党の残党が加わり蛤御門の戦いに参戦した。
禁門の変で来嶋又兵衛が戦死すると石川小五郎が総督となり長州内訌戦では革新派として戦い、勝利した。
第二次長州征伐では芸州口の戦いでは御楯隊、岩国藩兵と共に長州軍の主力として戦い、強大な幕府軍を大竹(広島県大竹市)から押し返している。
墓碑の中には遊撃隊軍監所幾太郎の墓碑もあった。
所幾太郎はすでに旅行記で説明済みであるが蘭方医で井上馨の命の恩人である人物。惜しくも陣中で病死した。 -
遊撃隊士の墓碑。
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軍監所幾太郎の墓碑。
所幾太郎の墓は山口市吉敷にある。今でも吉敷地区の人々が丁重にお墓の守をされている。 -
長州藩海軍関係墓碑の説明
招魂場の南端の一段高い場所に長州藩海軍関係墓碑がある。
現在の防府市には長州藩海軍局が置かれていた。海軍局があった場所は、元々長州藩の御船蔵があった場所である。
歴代藩主は参勤交代の時、萩城から萩往還を歩いて三田尻(防府市三田尻)にあるお船蔵まで街道を進み、そこからはお船蔵にある御座船で瀬戸内海を航行して大阪に上陸、そこから陸路を江戸まで進んで行った。
幕末その御蔵が海軍局となったのである。海軍力を強化できたのは7代藩主毛利重
就が創設した「撫育方」(現在の特別会)があったからである。
この資金を使って長州藩は武力の近代化を行ったのである。
高杉晋作が元治元年12月長府功山寺で挙兵した時、海軍局には軍艦3隻が駐留していた。高杉は決死隊を募って海軍局を急襲、無血で海軍局を占領した。
墓碑は下関攘夷戦争で戦死した7人の海軍兵士と俗論党によって処刑された2人の海軍重鎮者。 -
前列2名の墓碑は山田亦助と松島剛蔵。
共に長州藩には必要な逸材であったが禁門の変後に政治の実権を握った俗論党によって野山獄に投獄された。
高杉晋作が功山寺で挙兵の方が萩に伝わると、俗論党はそれに呼応して暴動が起こることを恐れ、野山獄に投獄されていた7人の正義派重鎮を切腹もしくは斬首した。
これを甲子殉難十一烈士という。そのうちの2名がこの二人である。 -
山田亦助の墓碑。亦助は藩政改革を断行し8万千貫目(現在の価格で1400億円)もの大借金を返済した家老村田清風の甥で、後に陸軍中将・司法大臣となる山田顕義の叔父である。
長州藩の重鎮で海防の実務において中心的な役割を果たした。贈正四位。 -
松島剛蔵の墓碑。
楫取素彦の実兄である。若いころから尊王攘夷運動に身を投じ高杉晋作や久坂玄瑞らと松陰門下と御楯組を結成。
説明文で御楯隊と記述されているがこれは間違い。御楯隊は諸隊で長州藩の軍隊であり、総督は御堀耕助である。結成された時期も異なる。
高杉らと英国公使館焼き討ち事件に参加。初代長州藩海軍総督となる。
第一次下関攘夷戦争では軍艦庚申丸に乗船しアメリカ商戦、フランス艦、オランダ艦に砲撃を浴びせて逃走させた。
しかし、その後米艦ワイオミング号の猛烈な反撃を受けて庚申丸は他艦と共に沈没。松嶋はフランス陸戦隊と陸上戦で戦うが負傷し、禁門の変後俗論党によって野山獄に投獄され切腹させられた。
贈正四位。 -
長州藩海軍関係墓碑
後列は下関攘夷戦争における海軍関係の戦傷死者の墓碑。 -
桑の山の中腹には桑山公園として多数の桜が春先には咲き誇る。
その数約束700本。そのほとんどがソメイヨシノで防府市民からの寄贈である。
防府市民は記念樹として桜の木をこの山に植樹してきた。主に退職記念や結婚記念、喜寿や古希などの記念樹が多い。
個人の記念樹が多いが、中には金婚式や銀婚式など夫婦で記念植樹されている桜もあった。
桜のシーズンになると山の中腹から山頂にかけて一斉に桜が開花し、見事な景色を見ることができる。
防府市観光局のHPでは700本と記述されていたが、実際に訪れてみると1000本以上はあるのではないかと思われる。 -
桑山公園の桜
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ここは子供たちの遊具が有るわんぱく広場。
この時は分からなかったのだが、桑山の麓の防府市共同墓地にある野村望東尼の墓に行く最短ルートがこの広場の側にあった。 -
この公園のソメイヨシノは見事。
山口市にある一の坂川の桜や岩国の錦帯橋の桜も見事だが、この公園は桜の巨木が多いので満開時の華やかさや豪華さは比べようがないのではないかと思う。
訪れた時、桜すでに満開を過ぎていてどの桜も散り急いでいたが、桜吹雪もこれまた風情があった。 -
桑山公園の桜。
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桑山公園の桜。
風で散った桜の花びらが遊歩道に降り注ぐ。 -
桑山公園の桜。
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桑山公園の桜。
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桑山公園遊歩道沿いの桜。
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この辺りの桜は散り急いでいるようだった。
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桑山公園の桜。
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桑山公園中腹にあるスケートスペースに隣接した駐車場。
この駐車場の付近には枝垂桜があり、ここの桜も美しい。 -
桑山の道路沿いのソメイヨシノ。
ここは道路の両側に桜が植えられており、道の両側から桜の枝が伸びる様はまるで桜のトンネルのようであった。 -
桜のトンネルを別方向から見る。
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右手の桜は枝垂桜。
桑山公園で枝垂桜が見れるのはこの場所のみ。ここの枝垂桜も防府市民の祈念植樹だった。 -
枝垂桜は満開。
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サクラのトンネルを目線を高くして見ると、このような景色になる。
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枝垂桜は豪華で見事。
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こちらは一面枝垂桜。
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こちらの桜はソメイヨシノ。
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枝垂桜の共演。
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桑山公園の枝垂桜。
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ここもあそこも枝垂桜。
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青空をバックにした枝垂桜は美しい。
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桑山公園の枝垂桜。
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桑山公園の枝垂桜。
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枝垂桜は美しい。
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鳥が羽根を広げたかのような姿の枝垂桜。
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上記の枝垂桜を少しアップしてみた。
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枝垂桜が美しさを競っている。
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植樹されてまだ間がない枝垂桜。
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こちらはソメイヨシノ。
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訪れた時期が遅くなり、ソメイヨシノはすでに散り始めていた。
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こちらのソメイヨシノは桜の葉が目立つ。
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でも数が揃っているのでまだまだ花見には十分だった。
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この枝垂桜は枝全体が左に傾き、本当に枝垂かかるような桜だった。
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枝が皆左側に傾いている。風の影響でこうなったのかな。
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斜面に咲く枝垂桜。
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桑山公園の枝垂桜。
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今回はここまで。
次回は防府市にある女優夏目雅子さんが眠る大楽寺や野村望東尼終焉の地等をご紹介します。
訪問下さり有り難うございました。
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