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幾つかの渋滞に巻き込まれながらもバス移動は順調に進み、奇麗に飾られた馬車が行き交うようになると「ラージギル/Rajgir」も間もなくです。仏教的には王舎城(おうしゃじょう)と呼ばれ、古代インドのマガダ国の首都ラージャグリハの漢訳名です。釈迦が最も長く滞在し説法を行った仏教の重要な聖地の1つです。王舎城には新旧の城の遺跡があり、旧城は紀元前7世紀、新城は紀元前6世紀後半のビンビサラ王以後のものです。ビンビサラ王はマガダ国の国王であり、王舎城は当時強大な国の首都でした。釈迦の在世当時はマガダ国最大の都として栄えた。釈迦が最も長く滞在し、「法華経」を説く舞台である「霊鷲山(りょうじゅせん)」や「竹林精舎」、釈迦滅後に仏典の結集を行った「七葉窟」などがあります。ギッジャクータ(霊鷲山)、ヴェーバーラ(負重山)、イシギリ(仙人掘山)、ヴェープッラ(廣普山)、パンダヴァ(白善山)という5つの山に囲まれていますが、どのように観光するのかは到着するまで分かりませんでした。大きな駐車場でバスを降りるとたくさんの観光客が歩いています。その流れに沿って進むとロープウェイ乗り場がありますが、その脇の坂道を登り、その参道の途中から「ギッジャクータ(霊鷲山)」を望みます。展望台でもないところからなので正直ガッカリです。距離も離れているので肉眼でもスマホで写真を撮っても何だか分からないと思います。その後はバスで来た道を戻りますが、その途中で「ビムサラ・ジャイル」に立ち寄りました。釈迦より5歳年下のマガダ国王ビンビサーラ(頻婆娑羅)は有力な帰依者として今日まで知られ、「竹林精舎」を寄進したのもビンビサーラ王であり、釈迦が長い晩年を過ごされた「霊鷲山」への石段を造営したのもビンビサーラ王です。「観無量寿経」には「王舎城の悲劇」として伝えられていますが、ビンビサーラは息子アジャセに怨まれ、仏陀入滅の7年前に幽閉され獄中で餓死したとされる牢獄の跡です。続いて町中に戻り、「竹林精舎」も見学しました。残念ながら竹林の茸は枯れてしまい、現在のものはネパールより移植されたものだそうです。元々はカランダ長者(迦蘭陀)が所有する竹園で、ビンビサーラ王が伽藍を建立し、仏教教団に寄進したことで最初の寺院となりました。この竹林精舎は釈迦とその弟子たちが修行し、教えを広めるための重要な場所となりました。竹林精舎は釈迦が最も多く滞在し、経典を説いた場所の1つとされ、「天竺五精舎」の1つに数えられています。園内では中学生の社会科見学の一団と出会い、先生から声を掛けられ「子供たちと一緒に写真を撮ってもらえますか?」とインドではよくある話でした。地方都市ではまだ外国人は珍しく思われているようです。午前中の観光が終わり、「印度法華ホテル/Indo Hokke Hotel, Rajgir」で昼食になりました。陽射しも強く少し汗ばむほどだったので冷たいビールといきたいところですが、禁酒のビハール州ではコーラで我慢するしかありません。

トラピックス インド仏跡巡りの旅6日間(5)ラージギルの霊鷲山を望み、竹林精舎で地元の高校生と交流しHOKKE HOTELでノンアルランチ。

3いいね!

2026/02/20 - 2026/02/20

103位(同エリア102件中)

旅行記グループ 2026インド仏跡巡りの旅

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kojikoji

kojikojiさん

幾つかの渋滞に巻き込まれながらもバス移動は順調に進み、奇麗に飾られた馬車が行き交うようになると「ラージギル/Rajgir」も間もなくです。仏教的には王舎城(おうしゃじょう)と呼ばれ、古代インドのマガダ国の首都ラージャグリハの漢訳名です。釈迦が最も長く滞在し説法を行った仏教の重要な聖地の1つです。王舎城には新旧の城の遺跡があり、旧城は紀元前7世紀、新城は紀元前6世紀後半のビンビサラ王以後のものです。ビンビサラ王はマガダ国の国王であり、王舎城は当時強大な国の首都でした。釈迦の在世当時はマガダ国最大の都として栄えた。釈迦が最も長く滞在し、「法華経」を説く舞台である「霊鷲山(りょうじゅせん)」や「竹林精舎」、釈迦滅後に仏典の結集を行った「七葉窟」などがあります。ギッジャクータ(霊鷲山)、ヴェーバーラ(負重山)、イシギリ(仙人掘山)、ヴェープッラ(廣普山)、パンダヴァ(白善山)という5つの山に囲まれていますが、どのように観光するのかは到着するまで分かりませんでした。大きな駐車場でバスを降りるとたくさんの観光客が歩いています。その流れに沿って進むとロープウェイ乗り場がありますが、その脇の坂道を登り、その参道の途中から「ギッジャクータ(霊鷲山)」を望みます。展望台でもないところからなので正直ガッカリです。距離も離れているので肉眼でもスマホで写真を撮っても何だか分からないと思います。その後はバスで来た道を戻りますが、その途中で「ビムサラ・ジャイル」に立ち寄りました。釈迦より5歳年下のマガダ国王ビンビサーラ(頻婆娑羅)は有力な帰依者として今日まで知られ、「竹林精舎」を寄進したのもビンビサーラ王であり、釈迦が長い晩年を過ごされた「霊鷲山」への石段を造営したのもビンビサーラ王です。「観無量寿経」には「王舎城の悲劇」として伝えられていますが、ビンビサーラは息子アジャセに怨まれ、仏陀入滅の7年前に幽閉され獄中で餓死したとされる牢獄の跡です。続いて町中に戻り、「竹林精舎」も見学しました。残念ながら竹林の茸は枯れてしまい、現在のものはネパールより移植されたものだそうです。元々はカランダ長者(迦蘭陀)が所有する竹園で、ビンビサーラ王が伽藍を建立し、仏教教団に寄進したことで最初の寺院となりました。この竹林精舎は釈迦とその弟子たちが修行し、教えを広めるための重要な場所となりました。竹林精舎は釈迦が最も多く滞在し、経典を説いた場所の1つとされ、「天竺五精舎」の1つに数えられています。園内では中学生の社会科見学の一団と出会い、先生から声を掛けられ「子供たちと一緒に写真を撮ってもらえますか?」とインドではよくある話でした。地方都市ではまだ外国人は珍しく思われているようです。午前中の観光が終わり、「印度法華ホテル/Indo Hokke Hotel, Rajgir」で昼食になりました。陽射しも強く少し汗ばむほどだったので冷たいビールといきたいところですが、禁酒のビハール州ではコーラで我慢するしかありません。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
ホテル
3.5
グルメ
4.0
交通
4.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
20万円 - 25万円
交通手段
観光バス 徒歩 飛行機
航空会社
エアインディア
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行なし)
利用旅行会社
阪急交通社
  • 「ワット・ナヴァミンドラ・ダルミカラージ/Wat Navamindra Dharmmikaraj」というタイの寺院っでトイレをお借りした後は渋滞になることも無くスムーズにバスは走っています。日本人から見ると家をピンク色に塗るのはご法度に感じますが、ピンク色はインドにおいて健康や遊び心を象徴するとされて好まれています。

    「ワット・ナヴァミンドラ・ダルミカラージ/Wat Navamindra Dharmmikaraj」というタイの寺院っでトイレをお借りした後は渋滞になることも無くスムーズにバスは走っています。日本人から見ると家をピンク色に塗るのはご法度に感じますが、ピンク色はインドにおいて健康や遊び心を象徴するとされて好まれています。

  • ヒンドゥー教においてオレンジ色(サフラン色)は非常に神聖な色とされており、さまざまな意味を持っています。この色はヒンドゥー教そのものを象徴するとも言われています。オレンジ色は火を象徴し、肉体的な欲望や快楽を焼き尽くし、超越することを目指す知恵の火を意味します。サンニャーシと呼ばれる修行僧は知恵の火によって欲望を焼き尽くしたことを示すため、オレンジ色の衣を身につけています。

    ヒンドゥー教においてオレンジ色(サフラン色)は非常に神聖な色とされており、さまざまな意味を持っています。この色はヒンドゥー教そのものを象徴するとも言われています。オレンジ色は火を象徴し、肉体的な欲望や快楽を焼き尽くし、超越することを目指す知恵の火を意味します。サンニャーシと呼ばれる修行僧は知恵の火によって欲望を焼き尽くしたことを示すため、オレンジ色の衣を身につけています。

  • 左手に荒涼とした岩山が続き地図を見るとこの山並みが「ラージギル/Rajgir」まで続いているようです。

    左手に荒涼とした岩山が続き地図を見るとこの山並みが「ラージギル/Rajgir」まで続いているようです。

  • 岩山とヤシの木と菜の花畑と麦畑が延々と続いています。北インドでは寒暖差のある大陸性気候なので小麦の栽培に適していますが、南インドでは熱帯性気候になるので米の栽培に適しています。なので主食になる穀物も麦と米になります。

    岩山とヤシの木と菜の花畑と麦畑が延々と続いています。北インドでは寒暖差のある大陸性気候なので小麦の栽培に適していますが、南インドでは熱帯性気候になるので米の栽培に適しています。なので主食になる穀物も麦と米になります。

  • ブッシュの中に立つ煙突は以前はここにレンガ工場があったのだと感じさせます。

    ブッシュの中に立つ煙突は以前はここにレンガ工場があったのだと感じさせます。

  • 打ち捨てられた鉄橋もそのまま朽ち果てるのを待っているようです。2月のインド北部はさほど暑くもなく、乾季なので雨も降らないので旅行するにはいい季節です。

    打ち捨てられた鉄橋もそのまま朽ち果てるのを待っているようです。2月のインド北部はさほど暑くもなく、乾季なので雨も降らないので旅行するにはいい季節です。

  • なにか言われがあるのか、宗教的な意味があるのか菜の花畑の真ん中に塀に囲まれた木があります。気になります。

    なにか言われがあるのか、宗教的な意味があるのか菜の花畑の真ん中に塀に囲まれた木があります。気になります。

  • 菜の花畑をバックに頭に荷物を載せた女性が絵になります。

    菜の花畑をバックに頭に荷物を載せた女性が絵になります。

  • インドでは牛は大切にされますが、その中に水牛は含まれていません。コブ牛などの牛がシヴァ神の乗り物として神聖視されるのに対し、水牛は神聖とは見なされず、一部のヒンドゥー神話では水牛が悪や死の神ヤマと関連付けられることがあります。

    インドでは牛は大切にされますが、その中に水牛は含まれていません。コブ牛などの牛がシヴァ神の乗り物として神聖視されるのに対し、水牛は神聖とは見なされず、一部のヒンドゥー神話では水牛が悪や死の神ヤマと関連付けられることがあります。

  • 牛は神聖視され大切にされる一方で水牛は農耕や運搬など労働に使役されます。この社会的役割の違いはより深い文化的、宗教的な背景に基づいているようです。

    牛は神聖視され大切にされる一方で水牛は農耕や運搬など労働に使役されます。この社会的役割の違いはより深い文化的、宗教的な背景に基づいているようです。

  • ヒンドゥー教では犬が不吉な存在ではないとされ、シヴァ神の化身の随伴者として守護の象徴とされることもあります。狂犬病のリスクはありますが野良犬が多く、人々と共存している光景がよく見られます。店の入り口で昼寝している犬は店を守っていると考えられていると聞いたことがあります。

    ヒンドゥー教では犬が不吉な存在ではないとされ、シヴァ神の化身の随伴者として守護の象徴とされることもあります。狂犬病のリスクはありますが野良犬が多く、人々と共存している光景がよく見られます。店の入り口で昼寝している犬は店を守っていると考えられていると聞いたことがあります。

  • ヒンドゥー教ではネズミが神の使いとされているためネズミを捕る猫は好まれない傾向があり、仏教においては釈迦が猫のせいで命を落としたという言い伝えがあるために猫を嫌う人も多いと聞きました。

    ヒンドゥー教ではネズミが神の使いとされているためネズミを捕る猫は好まれない傾向があり、仏教においては釈迦が猫のせいで命を落としたという言い伝えがあるために猫を嫌う人も多いと聞きました。

  • インドをバスや鉄道で走っていて、野原に煙突が見えたらほぼ100%レンガ工場です。工場と言っても窯のある建物があるわけではなく、煙突の周りに粘土で作った乾燥したブロックを積んで、それ自体を窯に見立てて燃やし、煙は煙突から抜くという方法で焼成します。

    インドをバスや鉄道で走っていて、野原に煙突が見えたらほぼ100%レンガ工場です。工場と言っても窯のある建物があるわけではなく、煙突の周りに粘土で作った乾燥したブロックを積んで、それ自体を窯に見立てて燃やし、煙は煙突から抜くという方法で焼成します。

  • だんだんと岩山が近づいてきました。これから向かうギッジャクータ(霊鷲山)以外にヴェーバーラ(負重山)、イシギリ(仙人掘山)、ヴェープッラ(廣普山)、パンダヴァ(白善山)の五山があるのですが、どれがどの山なのかは分かりません。

    だんだんと岩山が近づいてきました。これから向かうギッジャクータ(霊鷲山)以外にヴェーバーラ(負重山)、イシギリ(仙人掘山)、ヴェープッラ(廣普山)、パンダヴァ(白善山)の五山があるのですが、どれがどの山なのかは分かりません。

  • 神聖視される牛ですが、道端に広げられた野菜を食べようとすると、棒を持った子供に追い払われていました。

    神聖視される牛ですが、道端に広げられた野菜を食べようとすると、棒を持った子供に追い払われていました。

  • 「シクロペアンの壁/Cyclopoan Wall」はインド考古学調査によって保護と維持されている世界遺産および国定記念物です。 ラジギール周辺に散らばる40キロの壁の残骸で、紀元前3年前にアジャトシャトルの治世中またはマウリヤの治世中に建設されました。ガイドさんの説明でほんの一周だけその壁を見ることが出来ました。

    「シクロペアンの壁/Cyclopoan Wall」はインド考古学調査によって保護と維持されている世界遺産および国定記念物です。 ラジギール周辺に散らばる40キロの壁の残骸で、紀元前3年前にアジャトシャトルの治世中またはマウリヤの治世中に建設されました。ガイドさんの説明でほんの一周だけその壁を見ることが出来ました。

  • 小さな町を抜けるとバスは山道に差し掛かり、白いゲートが見えてきました。

    小さな町を抜けるとバスは山道に差し掛かり、白いゲートが見えてきました。

  • ゲートには「多寶山仏舎利塔」の文字が読み取れました。反対側には「常在霊鷲山」と書かれてあります。この仏舎利塔は「ヴィシュワ・シャンティ・ストゥーパ/Viswa Shanti Stupa Rajgir」のことで、新仏教団体である日本山妙法寺によって世界中に建設された約80の平和塔の1つのようです。

    ゲートには「多寶山仏舎利塔」の文字が読み取れました。反対側には「常在霊鷲山」と書かれてあります。この仏舎利塔は「ヴィシュワ・シャンティ・ストゥーパ/Viswa Shanti Stupa Rajgir」のことで、新仏教団体である日本山妙法寺によって世界中に建設された約80の平和塔の1つのようです。

  • 「霊鷲山(りょうじゅせん)」は釈迦の在世当時ではマガダ国の首都だった王舎城(ラージャグリハ)の東北、ナイランジャナ(尼連禅河)の側にある小高い山とされていました。この山は長らくの間、場所も忘れられていましたが、明治36年の1903年に大谷光瑞が率いる第1次大谷探検隊が朝日に照らされたこの山を仏典上の霊鷲山と同一と確定したそうです。

    「霊鷲山(りょうじゅせん)」は釈迦の在世当時ではマガダ国の首都だった王舎城(ラージャグリハ)の東北、ナイランジャナ(尼連禅河)の側にある小高い山とされていました。この山は長らくの間、場所も忘れられていましたが、明治36年の1903年に大谷光瑞が率いる第1次大谷探検隊が朝日に照らされたこの山を仏典上の霊鷲山と同一と確定したそうです。

  • 大谷探検隊は20世紀初頭に日本の浄土真宗本願寺派門主だった大谷光瑞(第22代)が行った学術探検隊で、中央アジアに派遣した仏教伝来を探求した考古探検隊で、 シルクロード研究上の貴重な業績を挙げました。1902年から1914年(明治35年 - 大正3年)の間に前後3次にわたって行われています。

    大谷探検隊は20世紀初頭に日本の浄土真宗本願寺派門主だった大谷光瑞(第22代)が行った学術探検隊で、中央アジアに派遣した仏教伝来を探求した考古探検隊で、 シルクロード研究上の貴重な業績を挙げました。1902年から1914年(明治35年 - 大正3年)の間に前後3次にわたって行われています。

  • 大谷探検隊には非常に興味を持っていて、上野の「国立博物館 東洋館」や旅順の「旅順博物館」へも行きました。<br />国立博物館 東洋館:https://4travel.jp/travelogue/10756461<br />旅順博物館:https://4travel.jp/travelogue/10504974

    大谷探検隊には非常に興味を持っていて、上野の「国立博物館 東洋館」や旅順の「旅順博物館」へも行きました。
    国立博物館 東洋館:https://4travel.jp/travelogue/10756461
    旅順博物館:https://4travel.jp/travelogue/10504974

  • 駐車場でバスを降りた後はガイドさんに後についていきます。こんな籠屋さんがいるということは山を登るのかと思いました。妻はこういった駕籠舁(かごかき)に人気で、中国の龍背棚田や黄山では我が世の春のように声を掛けられまくっていました。残念ながらインドでは人気がありませんでした。

    駐車場でバスを降りた後はガイドさんに後についていきます。こんな籠屋さんがいるということは山を登るのかと思いました。妻はこういった駕籠舁(かごかき)に人気で、中国の龍背棚田や黄山では我が世の春のように声を掛けられまくっていました。残念ながらインドでは人気がありませんでした。

  • もっとも「霊鷲山(りょうじゅせん)」に登るわけでもロープウェイでパゴダのある山頂へ行くわけでもないようです。

    もっとも「霊鷲山(りょうじゅせん)」に登るわけでもロープウェイでパゴダのある山頂へ行くわけでもないようです。

  • 「霊鷲山」は釈迦が晩年に多くの説法をされた場所で、特に「「法華経」「大無量寿経」「般若経」などが説かれたことで知られています。多くの菩薩や弟子、四天王などが説法を聞いたとされ、マガダ国のビンビサーラ王もこの山道を歩いて説法を聞きに来ており、「ビンビサーラ・ロード」とも呼ばれます。

    「霊鷲山」は釈迦が晩年に多くの説法をされた場所で、特に「「法華経」「大無量寿経」「般若経」などが説かれたことで知られています。多くの菩薩や弟子、四天王などが説法を聞いたとされ、マガダ国のビンビサーラ王もこの山道を歩いて説法を聞きに来ており、「ビンビサーラ・ロード」とも呼ばれます。

  • 参道はお土産物屋で埋め尽くされていますが、あまり商売熱心ではなく、物売りも数珠や絵葉書を見せてくる程度です。

    参道はお土産物屋で埋め尽くされていますが、あまり商売熱心ではなく、物売りも数珠や絵葉書を見せてくる程度です。

  • ロープウェイで山頂まで行くと「霊鷲山」までは下っていくことが出来るようですが、このツアーには含まれていないようで、同じツアーの熱心な仏教徒の方々はガッカリしていました。

    ロープウェイで山頂まで行くと「霊鷲山」までは下っていくことが出来るようですが、このツアーには含まれていないようで、同じツアーの熱心な仏教徒の方々はガッカリしていました。

  • 山頂のストゥーパだけ望遠レンズで写真を撮っておきます。

    山頂のストゥーパだけ望遠レンズで写真を撮っておきます。

  • そしてこちらがお土産物屋の間から撮った「霊鷲山」です。200ミリの望遠レンズを4倍のデジタルズームをかけてこの程度なのでスマホでは南画か分からない写真になると思います。季節的にも木々に葉が少ないのも良かったです。

    そしてこちらがお土産物屋の間から撮った「霊鷲山」です。200ミリの望遠レンズを4倍のデジタルズームをかけてこの程度なのでスマホでは南画か分からない写真になると思います。季節的にも木々に葉が少ないのも良かったです。

  • 肉眼では全く確認できませんでしたが、山頂にはタルチョというチベットの五色の祈祷旗がたなびいているのが見えました。そして祈りをささげる僧侶の姿らしきものも確認できます。

    肉眼では全く確認できませんでしたが、山頂にはタルチョというチベットの五色の祈祷旗がたなびいているのが見えました。そして祈りをささげる僧侶の姿らしきものも確認できます。

  • 「奈良国立博物館」の「釈迦霊鷲山説法図」などを思い浮かべることが出来ればここまで来た甲斐があるやも知れませんが、妻にとっては何だか解せない観光だったようです。

    「奈良国立博物館」の「釈迦霊鷲山説法図」などを思い浮かべることが出来ればここまで来た甲斐があるやも知れませんが、妻にとっては何だか解せない観光だったようです。

  • 今回のツアーは全くお土産など買う時間も無さそうなので、ついついこんなバイクのショール売りなどにも目が留まってしまいます。

    今回のツアーは全くお土産など買う時間も無さそうなので、ついついこんなバイクのショール売りなどにも目が留まってしまいます。

  • この駐車場周辺には「ラージギル・サファリ/RAJGIR WILDLIFE SAFARI」や「竹林精舎」などもあるので、その間を移動するための馬車がたくさん停車していました。

    この駐車場周辺には「ラージギル・サファリ/RAJGIR WILDLIFE SAFARI」や「竹林精舎」などもあるので、その間を移動するための馬車がたくさん停車していました。

  • 残念ながらバスでの移動なので乗る機会はありませんでした。

    残念ながらバスでの移動なので乗る機会はありませんでした。

  • 車窓見学でしたが、「ジバカムラバーナ/Jivak Aamravan vihar」の前でバスは停車してくれました。これはビンビサーラ王に仕えていた有名な王医ジヴァカによってサンガに寄贈されたものです。ジヴァカはその場所に僧院を建てて僧団に寄贈しました。仏陀はデーヴァダッタ(提婆達多)によって傷つけられた後、この寺院で治療を受けたと言われています。

    車窓見学でしたが、「ジバカムラバーナ/Jivak Aamravan vihar」の前でバスは停車してくれました。これはビンビサーラ王に仕えていた有名な王医ジヴァカによってサンガに寄贈されたものです。ジヴァカはその場所に僧院を建てて僧団に寄贈しました。仏陀はデーヴァダッタ(提婆達多)によって傷つけられた後、この寺院で治療を受けたと言われています。

  • デーヴァダッタ(提婆達多)は釈迦の弟子の1人で釈迦の従兄弟に当たるといわれ、多聞第一で有名な阿難(アーナンダ)の兄、または耶輸陀羅(ヤショーダラー、釈迦の后)の兄弟とする説が一般的です。

    デーヴァダッタ(提婆達多)は釈迦の弟子の1人で釈迦の従兄弟に当たるといわれ、多聞第一で有名な阿難(アーナンダ)の兄、または耶輸陀羅(ヤショーダラー、釈迦の后)の兄弟とする説が一般的です。

  • 仏教教団の分派形成と釈迦殺害を試みた悪業の報いを受けて、生きながら地の底(地獄)に引きずり込まれたとされます。7世紀にインドを訪れた玄奘三蔵の「大唐西域記・巻十」には、提婆達多が生きながら地獄に堕していった穴がインドに残っていたと報告しています。

    仏教教団の分派形成と釈迦殺害を試みた悪業の報いを受けて、生きながら地の底(地獄)に引きずり込まれたとされます。7世紀にインドを訪れた玄奘三蔵の「大唐西域記・巻十」には、提婆達多が生きながら地獄に堕していった穴がインドに残っていたと報告しています。

  • 小学生の頃に見たテレビ番組に「愛の戦士レインボーマン」というものがあり、主人公はインドの山奥で提婆達多という150歳の仙人のもとで修行するというくだりがあり、主題歌の中にもその歌詞がありました。<br />https://www.youtube.com/watch?v=k2TB8cihA-A&amp;list=RDk2TB8cihA-A&amp;start_radio=1<br />

    小学生の頃に見たテレビ番組に「愛の戦士レインボーマン」というものがあり、主人公はインドの山奥で提婆達多という150歳の仙人のもとで修行するというくだりがあり、主題歌の中にもその歌詞がありました。
    https://www.youtube.com/watch?v=k2TB8cihA-A&list=RDk2TB8cihA-A&start_radio=1

  • 続いて立ち寄ったのが「ビンビサーラ・ジェイル/Bimbisar Jail」です。ビンビサーラは紀元前543年に15歳で王位に就き、ハリヤンカ朝を築き、後にパータリプトラの都市となる村の要塞化によってマガダ国の基礎を築きました。

    続いて立ち寄ったのが「ビンビサーラ・ジェイル/Bimbisar Jail」です。ビンビサーラは紀元前543年に15歳で王位に就き、ハリヤンカ朝を築き、後にパータリプトラの都市となる村の要塞化によってマガダ国の基礎を築きました。

  • 仏典によればビンビサーラ王は悟りの前に初めて仏陀に会い、その後は重要な弟子となり、特定の仏教経典では重要な役割を果たしました。彼は仏教の教えにおける悟りの段階であるソタパンナを得たと記録されています。

    仏典によればビンビサーラ王は悟りの前に初めて仏陀に会い、その後は重要な弟子となり、特定の仏教経典では重要な役割を果たしました。彼は仏教の教えにおける悟りの段階であるソタパンナを得たと記録されています。

  • 仏教によればデーヴァダッタ(提婆達多)の影響でビンビサーラは紀元前493年頃に息子のアジャタシャトルによってこの場所に幽閉されました。その後、暗殺されたとも自殺したとも伝えられています。

    仏教によればデーヴァダッタ(提婆達多)の影響でビンビサーラは紀元前493年頃に息子のアジャタシャトルによってこの場所に幽閉されました。その後、暗殺されたとも自殺したとも伝えられています。

  • 現在は何も残されてはいませんが幽閉されたビンビサーラ王はここから「霊鷲山」を望むことが出来たのだろうかと思いました。

    現在は何も残されてはいませんが幽閉されたビンビサーラ王はここから「霊鷲山」を望むことが出来たのだろうかと思いました。

  • ガイドさんの話しを聞いていると猿がやってきました。インドでは顔の黒いハヌマーンラングールが多いですが、ここではニホンザルに近い種類のサルでした。少し前のニュースでインドで猿がスマートフォンを盗んで高い所に登ってしまい、返してもらうには近くで近くにいる男からジュースを買って与えないとならないというものがありました。

    ガイドさんの話しを聞いていると猿がやってきました。インドでは顔の黒いハヌマーンラングールが多いですが、ここではニホンザルに近い種類のサルでした。少し前のニュースでインドで猿がスマートフォンを盗んで高い所に登ってしまい、返してもらうには近くで近くにいる男からジュースを買って与えないとならないというものがありました。

  • 猿が人間を雇っていると考えられる行為ですが、そのサルと同じ種類だと気が付きました。母親ざるのようで子ザルに木を取られていて悪さはしないでどこかへ行ってしまいました。

    猿が人間を雇っていると考えられる行為ですが、そのサルと同じ種類だと気が付きました。母親ざるのようで子ザルに木を取られていて悪さはしないでどこかへ行ってしまいました。

  • 遺跡を掃除している男性は奥さんと子供を連れていましたが、こちらはいくばくかのお金をガイドさんから受け取って嬉しそうに去っていきました。そんなことで子供たちを養っていけるのでしょうか。

    遺跡を掃除している男性は奥さんと子供を連れていましたが、こちらはいくばくかのお金をガイドさんから受け取って嬉しそうに去っていきました。そんなことで子供たちを養っていけるのでしょうか。

  • バスは山を下りて「ラージギル/Rajgir」の町に入ってきました。公園かと思ったところは火葬場のようでした。インドでは死を日常の一部と捉え、オープンに火葬が行われるようです。ヒンドゥー教徒は輪廻転生を信じているため、お墓は作らないそうです。確かにバスで走っていてもお墓らしきものは見掛けませんでした。

    バスは山を下りて「ラージギル/Rajgir」の町に入ってきました。公園かと思ったところは火葬場のようでした。インドでは死を日常の一部と捉え、オープンに火葬が行われるようです。ヒンドゥー教徒は輪廻転生を信じているため、お墓は作らないそうです。確かにバスで走っていてもお墓らしきものは見掛けませんでした。

  • 町中にも馬車の駐車場があったので「竹林精舎」はもうすぐなのだと分かります。

    町中にも馬車の駐車場があったので「竹林精舎」はもうすぐなのだと分かります。

  • サトウキビのジュース売りは個人でいろいろ搾り機を工夫しているのが面白いです。この人はこれくらいの本数を持ってこないと商売にならないほど売れるのでしょう。沖縄で飲んだジュースの味が思い出されます。

    サトウキビのジュース売りは個人でいろいろ搾り機を工夫しているのが面白いです。この人はこれくらいの本数を持ってこないと商売にならないほど売れるのでしょう。沖縄で飲んだジュースの味が思い出されます。

  • 「竹林精舎/+Phra Ovadapatimokkha Dhammacetiya」は仏教で建てられた最初の精舎とされます。迦蘭陀竹林(からんだちくりん)ともいい、「天竺五精舎」の1つでもあります。

    「竹林精舎/+Phra Ovadapatimokkha Dhammacetiya」は仏教で建てられた最初の精舎とされます。迦蘭陀竹林(からんだちくりん)ともいい、「天竺五精舎」の1つでもあります。

  • 精舎(しょうじゃ)とは仏教の修行者である比丘が住む施設や寺院、僧院を指します。サンスクリット語のヴィハーラ(Vihara)を漢訳した言葉で、「精進する者たちの舎宅」という意味があります。

    精舎(しょうじゃ)とは仏教の修行者である比丘が住む施設や寺院、僧院を指します。サンスクリット語のヴィハーラ(Vihara)を漢訳した言葉で、「精進する者たちの舎宅」という意味があります。

  • 「天竺五精舎」はこの「竹林精舎(ちくりんしょうじゃ)」以外に先ほど言った「霊鷲山」にあった「鷲嶺精舎(じゅれいしょうじゃ)」、日本でも有名な「祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)」、「獼猴江精舎(みこうこうしょうじゃ)」、「菴羅樹園精舎(あんらじゅおんしょうじゃ)」を指します。

    「天竺五精舎」はこの「竹林精舎(ちくりんしょうじゃ)」以外に先ほど言った「霊鷲山」にあった「鷲嶺精舎(じゅれいしょうじゃ)」、日本でも有名な「祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)」、「獼猴江精舎(みこうこうしょうじゃ)」、「菴羅樹園精舎(あんらじゅおんしょうじゃ)」を指します。

  • 社会科見学に来ていた地元の中学生を引率している先生から「学生たちと一緒に写真を撮ってくれませんか?」と声を掛けられました。これはインドのアルアルですが、悪い気はしないので一緒に記念写真です。

    社会科見学に来ていた地元の中学生を引率している先生から「学生たちと一緒に写真を撮ってくれませんか?」と声を掛けられました。これはインドのアルアルですが、悪い気はしないので一緒に記念写真です。

  • 大きな都市では声を掛けられることは少なくなりましたが、地方都市ではまだ外国人は珍しいのですよとガイドさんが教えてくれました。スリランカのスーパーでも小さな子を連れたお父さんが「息子があなた方と写真を撮りたいと言っています。」なんて声を掛けられたこともありました。

    大きな都市では声を掛けられることは少なくなりましたが、地方都市ではまだ外国人は珍しいのですよとガイドさんが教えてくれました。スリランカのスーパーでも小さな子を連れたお父さんが「息子があなた方と写真を撮りたいと言っています。」なんて声を掛けられたこともありました。

  • 王舎城(ラージギル)にある「竹林精舎」は迦蘭陀(カランダ)長者が所有していた竹園で、当初は尼犍子(ジャイナ教)に与えていましたが、長者が仏に帰依したことでこれを仏教の僧園とし、頻婆娑羅(ビンビサーラ)王が伽藍を建立したといわれます。

    王舎城(ラージギル)にある「竹林精舎」は迦蘭陀(カランダ)長者が所有していた竹園で、当初は尼犍子(ジャイナ教)に与えていましたが、長者が仏に帰依したことでこれを仏教の僧園とし、頻婆娑羅(ビンビサーラ)王が伽藍を建立したといわれます。

  • 「転法輪印(てんぽうりんいん)」は仏像の印相(手の形)の1つで、釈迦が人々に教えを説いている様子を表しています。 別名「説法印」とも呼ばれます。

    「転法輪印(てんぽうりんいん)」は仏像の印相(手の形)の1つで、釈迦が人々に教えを説いている様子を表しています。 別名「説法印」とも呼ばれます。

  • 中国だとパンダのゴミ箱をよく見掛けますが、インドでカバなのはなぜでしょう?単に口が大きいということでしょうか。子供の頃の自宅からの最寄り駅にはペンギンのゴミ箱があったのを思い出しました。

    中国だとパンダのゴミ箱をよく見掛けますが、インドでカバなのはなぜでしょう?単に口が大きいということでしょうか。子供の頃の自宅からの最寄り駅にはペンギンのゴミ箱があったのを思い出しました。

  • こちらには仏陀遊行像がありました。タイでよく見られる姿ですが、歩く姿は亡くなった母の摩耶夫人に説法するために三十三天に昇った仏陀が、地上へ降りてくる場面をあらわすともいわれます。

    こちらには仏陀遊行像がありました。タイでよく見られる姿ですが、歩く姿は亡くなった母の摩耶夫人に説法するために三十三天に昇った仏陀が、地上へ降りてくる場面をあらわすともいわれます。

  • 池の周りを1周したら再び学生たちと再会したのでまた写真を撮りました。彼らの目を見ているとこれからのインドは発展していくだろうなと思えてきます。「竹林精舎」よりも学生たちとの出会いが思い出になりました。

    池の周りを1周したら再び学生たちと再会したのでまた写真を撮りました。彼らの目を見ているとこれからのインドは発展していくだろうなと思えてきます。「竹林精舎」よりも学生たちとの出会いが思い出になりました。

  • これで午前中の観光は終わり、お昼を食べるホテルに向かいます。基本的にインドのツアーでは朝ご飯と夕ご飯は宿泊したホテルで、お昼ご飯は移動途中にあるホテルのレストランを利用することがほとんどです。

    これで午前中の観光は終わり、お昼を食べるホテルに向かいます。基本的にインドのツアーでは朝ご飯と夕ご飯は宿泊したホテルで、お昼ご飯は移動途中にあるホテルのレストランを利用することがほとんどです。

  • トーマス・リートフェルトのレッドアンドブルーチェアを思い出させるような、デ・ステイルの要素主義(エレメンタリズム)を体現したような床屋です。床屋のおやじのシャツまでがデザインと一体化しています。

    トーマス・リートフェルトのレッドアンドブルーチェアを思い出させるような、デ・ステイルの要素主義(エレメンタリズム)を体現したような床屋です。床屋のおやじのシャツまでがデザインと一体化しています。

  • 同じ色のペンキはいろいろな所で使いまわされているようです。昼間っから大の大人が店先に数珠つなぎで何をしているのでしょう。

    同じ色のペンキはいろいろな所で使いまわされているようです。昼間っから大の大人が店先に数珠つなぎで何をしているのでしょう。

  • 広場の中央には井戸が1つありました。西インドの乾燥地帯のグジャラート州やラジャスタン州に残る階段井戸(Step Well)はいつか見に行ってみたいと思っています。

    広場の中央には井戸が1つありました。西インドの乾燥地帯のグジャラート州やラジャスタン州に残る階段井戸(Step Well)はいつか見に行ってみたいと思っています。

  • 給水塔もすでに遺跡の一部になってしまったように見えます。水道がどれほど普及しているのか分かりませんが、いくつもの給水塔を見る機会がありました。

    給水塔もすでに遺跡の一部になってしまったように見えます。水道がどれほど普及しているのか分かりませんが、いくつもの給水塔を見る機会がありました。

  • この日の昼食は「竹林精舎」近くの「印度法華ホテル/Indo Hokke Hotel, Rajgir」でした。

    この日の昼食は「竹林精舎」近くの「印度法華ホテル/Indo Hokke Hotel, Rajgir」でした。

  • 真っ赤なサンタンカ(山丹花)がきれいに咲いていました。

    真っ赤なサンタンカ(山丹花)がきれいに咲いていました。

  • このホテルは1984年にエア・インディアと法華クラブが共同で日本人のインド仏跡参拝のお客のため、「セントール法華ホテル」の名称で開業されたようです。その後、法華クラブが会社更生法の適用を受けて経営が変わっています。全館が煉瓦造りなのは仏跡地を構成する史跡が煉瓦造りなので、その文化的要素を継承したものだそうです。

    このホテルは1984年にエア・インディアと法華クラブが共同で日本人のインド仏跡参拝のお客のため、「セントール法華ホテル」の名称で開業されたようです。その後、法華クラブが会社更生法の適用を受けて経営が変わっています。全館が煉瓦造りなのは仏跡地を構成する史跡が煉瓦造りなので、その文化的要素を継承したものだそうです。

  • 法華クラブというと京都駅の正面にあるホテルが一番に思い出されます。まさかインドにまで来て法華クラブにゆかりのあるホテルに来るとは思いませんでした。ホテルの中にはレストラン以外にショップもあり、食事の後はみなさんかなり買い物をされていました。

    法華クラブというと京都駅の正面にあるホテルが一番に思い出されます。まさかインドにまで来て法華クラブにゆかりのあるホテルに来るとは思いませんでした。ホテルの中にはレストラン以外にショップもあり、食事の後はみなさんかなり買い物をされていました。

  • ここでもお酒は飲めないのでコーラをいただきます。1本150ルピーと良心的な値段の範疇でしょうか。

    ここでもお酒は飲めないのでコーラをいただきます。1本150ルピーと良心的な値段の範疇でしょうか。

  • ビュッフェスタイルの料理は全てインド料理ですが、日本人の口にも会うような味付けになっているような気がしました。

    ビュッフェスタイルの料理は全てインド料理ですが、日本人の口にも会うような味付けになっているような気がしました。

  • 料理はどれも美味しいのでおかわりまでしていただいてしまいました。少し遅れて同じ阪急交通社のツアーも入ってきました。

    料理はどれも美味しいのでおかわりまでしていただいてしまいました。少し遅れて同じ阪急交通社のツアーも入ってきました。

  • バスの車内でガイドさんからお茶の販売があり、ここではサンプルとしてマサラ・チャイの試飲ができました。魯山人の葡萄文の写しの湯呑みでインドでマサラ茶を飲むとは思いませんでした。

    バスの車内でガイドさんからお茶の販売があり、ここではサンプルとしてマサラ・チャイの試飲ができました。魯山人の葡萄文の写しの湯呑みでインドでマサラ茶を飲むとは思いませんでした。

  • 「ラージギル/Rajgir」の町は非常に活気が感じられます。

    「ラージギル/Rajgir」の町は非常に活気が感じられます。

  • 少しはこんな町中で1時間でも自由時間にしてくれたらありがたいのですが、そんなことはツアーではありえないことです。

    少しはこんな町中で1時間でも自由時間にしてくれたらありがたいのですが、そんなことはツアーではありえないことです。

  • ウォルト・ディズニーのアニメーション映画「シリー・シンフォニー」の一話「三匹のこぶた」を思い出します。木の家はありませんが、積み上げられた藁の家とレンガの家を見てどんなことを思い出しました。

    ウォルト・ディズニーのアニメーション映画「シリー・シンフォニー」の一話「三匹のこぶた」を思い出します。木の家はありませんが、積み上げられた藁の家とレンガの家を見てどんなことを思い出しました。

  • きれいに毛を刈られたばかりの羊が草を食んでいます。

    きれいに毛を刈られたばかりの羊が草を食んでいます。

  • 延々と並ぶカジャ(Khaja)を売る店先には山積みされた揚げ菓子が積み上げられています。これだけの量が1日で売り切れるのだろうかと心配になるほどの量です。カジャはかつてのマガラ王国の菓子で、「ラージギル」の名物なのだそうです。仏陀がラージギルからナーランダへ向かう途中にシラオ・カジャを通った際に捧げられたという話も残っておりそうです。

    延々と並ぶカジャ(Khaja)を売る店先には山積みされた揚げ菓子が積み上げられています。これだけの量が1日で売り切れるのだろうかと心配になるほどの量です。カジャはかつてのマガラ王国の菓子で、「ラージギル」の名物なのだそうです。仏陀がラージギルからナーランダへ向かう途中にシラオ・カジャを通った際に捧げられたという話も残っておりそうです。

  • 我々のバスも午後は次の立ち寄り先である「ナーランダ マハーヴィハーラ (ナーランダ大学)/Nalanda University」「ナーランダ僧院/Nalanda Mahavihara)」へと向かいます。

    我々のバスも午後は次の立ち寄り先である「ナーランダ マハーヴィハーラ (ナーランダ大学)/Nalanda University」「ナーランダ僧院/Nalanda Mahavihara)」へと向かいます。

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