2026/02/22 - 2026/02/22
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kojikojiさん
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「ダシャーシュワメード・ガート/Dashashwamedh Ghat」に着くとガイドさんが手配した大型のボートが待っていてそれに乗り込みます。そこへお供え用の花を籠に乗せた女性がやってきます。人々はプージャ(Puja)と呼ばれる願かけをしながら、花飾りや灯籠を流すのですがここまで来てプージャをしないのも心残りなのでろうそくの周りに花が盛られたものを2つ購入します。これは1個10ルピーなので迷うほどの値段でもありません。ボートでは皆さん後方に集まって前方には座らないので我々2人だけが占有してしまったような感じになります。まずは川上方面に進んでいくので右舷にはたくさんのガートが並んでいるのが見えます。その中に「久美子の家/Kumiko Guest House」の文字を見つけました。1982年頃にインド・バラナシに開業したというカリスマ日本人宿「久美子ハウス」で、その頃発行された「地球の歩き方インド」にも記載されていたのを思い出しました。46年経った今もバラナシで営業を続けているのだと時の流れを感じました。この辺りまで来ると周囲はだいぶ明るくなってきて、ボートは下流に向かって方向を変えます。対岸には巨大な砂州があり、明るくになるにつれて掘っ立て小屋やボートが見えてきます。ガイドさんによるとこちら側の河岸には建物を建てないように決められているようです。それは景観を守るためのルールのような物らしいです。この辺りで貰ったマッチでろうそくに火を灯してガンガーの中に花を浮かべて手を合わせます。ボートの縁から水面まではかなり高さがあり、女性だと水面に置くのはちょっと難しく投げてしまうと火は消えてしまいます。昇ってくる朝日を眺めながら亡くなった親族のことなどを思い出してしまいますが、これはこの年齢になってこなければ感じることのできない想いだなとも思います。朝日が差し込んでくるガートで沐浴する人々の姿を眺めているとたくさんの丸太を積んだ「マニカルニカー・ガート/Manikarnika Ghat」が見えてきます。ここはヒンドゥー教徒の人にとっては大切な場所で、ガンジス川で遺灰を流すことで輪廻転生からの解脱を信じているため、最高の幸福だと考えられています。特にこのガートは人気があるようで、人々は亡くなることが分かるとこの近くで死ぬのを待ったりするそうです。またヒンドゥー教では純粋性という観念から子どもは罪が少ない存在と見なされて火葬による浄化が不要と考えられます。死後すぐにガンジス川に流されることで魂が次の生へとスムーズに移行すると信じられています。
また、未婚の女性、感染症患者、ヘビに噛まれて亡くなった人などにも適用されるとガイドさんが教えてくれました。手漕ぎボートがやってきてガンジス川の水を入れる容器や鈴などを売っています。1個200ルピーと足元w見たような値段ですが、この機会を逃したら後で後悔しそうなのでいくつか買い求めました。1時間ほどのクルーズでしたが、この年齢になったここへ来て良かったとつくづく感じました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス 船 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エアインディア
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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「ダシャーシュワメード・ガート/Dashashwamedh Ghat」に着くとガイドさんが手配した大型のボートが待っていてそれに乗り込みます。そこへお供え用の花を籠に乗せた女性がやってきます。ここまで来て花を流さないのは考えられないので2つ買い求めました。
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1つは我が家のために、1つは妻の家族のためにです。10個くらい売れたところで女性は船をポンポン渡って去っていく姿に「義経の八艘飛び」を思い出しました。
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フラワー・ディヤ(Flower Diya)の真中には固めた蝋に芯が刺さり、その周りを花で飾られています。おまけでマッチを1つ付けてくれました。
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ボートは静かに出港していきますが、途端に居並ぶガート(ghat)が視界に入ってきます。ガートは南アジアの多くの地域にみられる池や川岸に設置された階段状の親水施設のことで水にまつわる場所を神聖視するヒンドゥー教徒の沐浴や葬礼の場として用いられます。
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始めてインドを意識して、いつかは行ってみたいと思ったのは20代になったばかりの頃で、目的もないままに分厚い「地球の歩き方」を買った記憶があります。
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それっきりインド熱は収まってしまい、実際に行くことになったのは40年以上経ってのことになりました。90年代になって友人から沢木耕太郎の「深夜特急」3冊をプレゼントされ、その中のインドで体調を崩す辺りは自分の旅に重なることもありました。
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沢木耕太郎は女性専用の宿で介抱されますが、ナポリの連れ込み宿でそこの女性に介抱されたことがありました。ウイーンからヴェネツィア、その後イタリア半島を下る旅で1カ月を過ぎる頃でした。1人旅で心細かったのと早朝にチェックインした宿が夜になったらネオンが灯って驚いたことは今でも覚えています。
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「ダルバンガー・ガート/Darbhanga Ghat」は美しい建築と精巧な彫刻、そしてガンジス川の壮大な眺望で知られています。ヴァラナシで最も神聖なガートの1つとされ、多くの人々が聖なる川で沐浴したり、儀式を行ったりするために訪れます。
ダルバンガー ガート 観光名所
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「サルヴェシュワー・ガート/Sarveshvar Ghat」はサルヴェシュワル寺院があったことから呼ばれていました。ビハール州出身の有名なレスラーのバブア・パンディにちなんでパンディ・ガートとも呼ばれ、ドービー・ガートでは洗濯屋たちが伝統的な方法で衣類を洗う姿を見ることができるようです。
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近くの建物には「久美子の家」と書かれています。ここは伝説的なバックパッカーの宿で、「地球の歩き方インド」の初期の頃の本にも掲載されていました。もう40年以上前から営業されています。結婚されて1度だけ出産で日本に戻りましたが、近所の医師に留守を委ねたら居座られて3か月分家賃を払ったとか、伝説は数多いようです。
クミコ ハウス (久美子の家) ホテル
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何故か皆さんボートの後方に座っているので前方に座るのは我々2人だけでした。旅行記には極力他の方が写らないようにしているので助かるのではありますが。
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ガンジス川の西岸はまだ夜明けの太陽光線が届いていない場所もあります。昼と夜の境界線はターミネーターと呼ばれていて、この線が地表をなでて進んでいく速さが夜が明けるスピードです。35年ほど前に夜明け前のイタリアのバーリからナポリへ行く列車に乗ったことがありました。朝霧の中を列車のスピードに合わせたように夜が明けていく光景を見たことがあります。
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「ラージャー・ガート/Raja Ghat 」は1720年に古くからあったガートをラオ・バラジ王が大幅に改修しました。その後1780年から1807年にかけてアムリット・ラオ・ペシャヴァが石張りにして4つの寺院を建てました。
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日が昇りつつあるので皆さん沐浴を始めるようです。多くのヒンドゥー教徒にとって沐浴は身体を洗う以上に過去や現在の罪・悪業や「穢れ」を洗い流し、魂を清める宗教的行為と理解されています。
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朝夕にガートと呼ばれる沐浴場の階段から川に入り、祈りやマントラを唱えながら水を浴びる姿が見られます。
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「クシェメシュワール・ガート/Kshemeshvar Ghat」の頂上にはシヴァ神に捧げられたクシェメーシュワラ・マハデーヴ寺院の祠があります。1958年にウッタル・プラデーシュ州政府が改修を行いました。
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狭い範囲ですが2つのガートに分かれています。右が「ケダル・ガート/Kedar Ghat」左が「ヴィジャイナガル・ガート/Vijaynagar Ghat」です。この寺院はケダレシュワル神(シヴァ神)にちなんで名付けられ、このガートにはシヴァ神に捧げられた有名なケダレシュワル寺院があります。
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このツアーでバスの車窓から何度もブリーフの広告を見ることがありました。その理由が今わかったような気がします。
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沐浴するにはいろいろ道具がないとならないみたいです。観光客だけでなくインドの人もフラワー・ディヤ(Flower Diya)を流すのですね。
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寺院の屋根の上のヒンドゥーの神々に朝の光が当たり始めました。中央の祠には雄牛のナンディに乗ったシヴァとパールヴァティーの姿があります。右には孔雀に乗ったスカンダ(カルッティケーヤ)です。孔雀が悪や毒を食べて浄化すると考えられることから、スカンダも「邪悪を打ち倒す力」を象徴します。左には親しみを感じるガネーシャの姿もあります。
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「ヴィジャイナガル・ガート/Vijaynagar Ghat」ケダラ・ガートの下部は1890年にヴィジャヤナガラム王によってプッカ(高地)とされ、南インド建築様式の小さな宮殿建築も建設されてガートとして開発されました。これがヴィジャヤナガラム・ガートと呼ばれる理由になっています。
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「ハリシュチャンドラ・ガート/Harishchandra Ghat」は火葬場ガートの1つです。
古くから「死者を荼毘に付し、魂をガンジスに還す場所」として、宗教的にとても重要なエリアとされています。このガートではほぼ一日を通して人々が火葬されています。観光地というより「生活と信仰の現場」という雰囲気が強い場所です。 -
ヴァラナシの河岸火葬では火葬そのものに決まった公的料金表があるわけではなく、必要な薪の量と質、売り手や仲介する人との交渉、儀式をお願いする僧侶や関係者へのお布施、遺族の経済状況や希望によって変わるそうです。
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最低限のとても簡素な火葬であれば、数千ルピーから行われることが多いとされる一方で、サンダルウッドなど良質な薪をたくさん使い、儀式も手厚く行う場合はは合計で数万ルピー規模になることもあるようです。
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ボートはこの辺りまでガンジス川をさかのぼると船首の方向を変え始めます。明るくなってきたガンジス川の東岸の砂州にテントが張られているのが見えてきました。ここにも巡礼者が滞在しているのでしょうか。
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11月から3月にかけての乾季の冬から春ごろは雨が少ないためガンジス川の水位が下がり、東岸の砂地が広く露出するようです。西岸に並ぶガート側から見ると、対岸に白っぽい砂地が長く帯状に続いて見え、観光のベストシーズンとされます。
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いつの間にかたくさんのボートがガンジス川に浮かんでいます。
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刻一刻と明るくなるにつれて風景はどんどん変化していくので目が離せません。この光景を忘れないためにも目を凝らし、シャッターを押し続けています。
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先ほど買い求めたフラワー・ディヤ(Flower Diya)に火を灯しました。
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1つは妻の親族のためのものです。
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船縁から水面まではかなりの高さがあり、落とすとバラバラになりそうなので身を乗り出します。同じツアーの方でも投げてしまい、火が消えてしまったものも多かったです。
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既に亡くなった祖父母や両親、母の兄や姉たちのことを思い出して手を合わせます。20代でインドへ来ようと考えたこともありましたが、60代になって大切な人を無くしてから来たのが良かったのかもしれないと思いました。
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妻の親族は義母くらいしか思い出に残る人はいませんがこちらにも手を合わせておきます。
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手漕ぎボートが1艘こちらに向かってきます。すぐに物売りの舟なのだろうということは想像できました。
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彼らの売り物はガンジス川の水を入れる金属の容器や鈴のようなものでした。1個200ルピーなので400円ほどと強気な値段ですが、いくつか買うと言っても値引きはしてくれませんでした。自宅用に1つと京都の祖父母用と昨年亡くなった伯母のためにも求めました。ついでに絵葉書10枚セット100ルピーと散財しました。
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ガンジス川の水はおじさんが汲んで蓋を閉めてくれました。妻の持っていたジップロックに入れて持ち帰ることにします。
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今回のガイドさんと記念写真を撮りました。
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同じツアーの方にもシャッターを押していただきました。妻が先に亡くなったら遺灰を少し持って1人でここまで来ようと思いました。6歳違いなのでどちらが先になるかは微妙ですが…。
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東の霞んだ空にこの日の太陽が昇ってきました。この霞が朝霧なのか大気汚染なのかは70年代の東京で育った人間には違いが分かりません。排気ガスと光化学スモッグ注意報の中で何も感じませんでした。
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ただ、この日の出はこの世のものとは思えない美しさを感じました。今まで世界各地で朝焼けや夕日を眺めてきましたが、心に残る光景の1つになりました。
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一番古い日の出の思い出は6歳の時に父とキャンプをしながら旅した陸中海岸でのことでした。海面から昇る太陽の縁が陽炎で歪み四角く見えたのですが、それをクレヨンで描いたら父に、「太陽が四角いわけないだろうと。」笑われたことを覚えています。
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「星の王子さま」を初めて読んだときに、大人には「帽子」にしか見えないけれど、子どもにはちゃんとゾウとヘビの姿が見えるというくだりには胸打たれました。大人になると見えなくなるものはあると思います。
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沢木耕太郎の「深夜特急」は何度も読み返しましたが、大沢たかおのテレビドラマ版も嫌いではありませんでした。個人的には恋人役の松嶋菜々子が会いに来てしまうところは好きではありません。
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そのテレビ番組の主題歌が井上陽水の「積み荷の無い船」で、今回の旅の途中でも何度も聴いていました。
https://www.youtube.com/watch?v=p8KnpmJcQ04 -
「Shri Baba Vishwanath corridor」ここは川側からカシ・ヴィシュワナート寺院への入り口です。カーシ・ヴィシュワナート寺院はシヴァに捧げられたヒンドゥー教の寺院で12の「ジョーティルリンガ聖地」の1つです。
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シヴァ伝説によるとかつて創造の神ブラフマーと保存の神ヴィシュヌが自分たちの優位性を巡って争ったとされています。議論を解決するためにシヴァは3つの世界を貫く巨大で無限の光の柱、ジョーティルリンガとして現れました。ブラフマーとヴィシュヌはそれぞれ光の柱を上昇し、また降りてどちらかの方向の光の終わりを見つけることを決めまたといいます。
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子供の頃に読んだ諸星大二郎の「孔子暗黒伝」の中に「梵天の塔」の記載があったことを思い出しました。インドのガンジス河の畔のヴァラナシに、世界の中心を表すという巨大な寺院があり、そこには青銅の板の上に長さ1キュビット、太さが蜂の体ほどの3本のダイヤモンドの針が立てられている。そのうちの1本には天地創造のときに神が64枚の純金の円盤を大きい円盤から順に重ねて置いてあります。これが「ブラフマーの塔」で、司祭たちはそこで昼夜を通して円盤を別の柱に移し替えています。(小さい円盤の上に大きな円盤は置けないというルールがあります。)そして、全ての円盤の移し替えが終わったときに、世界は崩壊し終焉を迎えるというものです。
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「シュリ シッディ ヴィニャーヤク寺院/Shri Siddhi Vinayak Temple」は周囲のコンクリート建築の中に伝統的な石造建築が現れて異様な雰囲気を感じさせます。
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この辺りのゲストハウスに数日滞在してこの生と死を感じる空間に身を置いてみたい気持ちになってきます。
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「シンディア・ガート/Scindia Ghat」ヴァラナシのシンディア・ガートはマニカルニカ・ガートの近くにあります。沈みつつある傾斜したシヴァ寺院の姿が印象的です。このガートは1830年に建てられましたが、建設当初から全体が地下に沈み続けているようです。
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「ガンガ・マハル・ガート/Ganga Mahal Ghat」は1830年にナラヤン朝によって建設されました。「ガンガ・マハル」という宮殿があったためにこの名前で呼ばれるようになりました。
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ガートの背後には数々のヒンドゥー寺院が立ち並び、それぞれ違った神が祀られているのでしょう。圧倒的な迫力に息が詰まりそうに感じてきます。
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「シュリ タラケシュワル マハデヴ寺院/Shri Tarkeswar Mahadev Temple」は簡単な基礎の上に建っていますが、崩れないのか心配になってきます。そしてその下のガートにはたくさんの人の姿があります。
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「マニカルニカー・ガート/Manikarnika Ghat」は聖なる河岸(ガート)の中でも最も神聖な火葬場の1つです。ヒンドゥー教では死はカルマの結果によって刻まれた別の人生への入り口と考えられています。人間の魂は解脱に達し、ここで火葬されると輪廻の輪廻を断ち切ると信じられています。
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このガートはヒンドゥー教の女神サティのイヤリングにちなんで名付けられており、ヒンドゥー教徒はこのイヤリングがここに落ちたと信じています。河岸にはたくさんの丸太が積み上げられ、火葬の準備が整えられています。
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ヒンドゥー教の信者にとってここで火葬されることは最高の喜びで、自分の死期が近づいた人はここまで来て死を待つそうです。また家族に連れられてくる人も多いそうです。マニカルニカ・ガートはバラナシで最も古いガートの1つで、5世紀のグプタ朝の碑文にも言及されています。
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これで有名なガートが集積されたところを1周した感じで、ボートは出発地点の「ダシャーシュワメード・ガート/Dashashwamedh Ghat」に向かいます。
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言葉には表せない清々しい気持ちになりました。子供の頃から親族が無くなるということに自らが耐えられるだろうかずっと心配でしたが、それを乗り越えて妻と2人でここへたどり着いたような気がします。
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我々もあのボートの人々のようにヴァラナシの風景の一部になっているのだろうと思います。
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約1時間のクルーズを終えて戻ってくるとガートは沐浴する人たちで混雑しています。インド各地以外にも近隣諸国のヒンドゥー教徒の人にとっては精緻なので巡礼者も多いのでしょう。
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混沌とした中にも暗黙のルールがあるインドの不思議さを改めて感じました。
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友人のガイドさんやこれまで香港や澳門やヨーロッパでもガイドさんの多くは「インド人は集合時間を守らない。注意すると30分遅れただけなのにと逆切れする。」と評判がよろしくないのですが、インドに身を置くとそんなことは全く感じられません。
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ようやくガートまで戻りました。さすがに2月のガンジス河で沐浴をしようという気持ちにはなりませんでした。
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