2026/02/19 - 2026/02/19
29位(同エリア103件中)
kojikojiさん
- kojikojiさんTOP
- 旅行記1851冊
- クチコミ1217件
- Q&A回答73件
- 3,665,366アクセス
- フォロワー174人
この旅行記スケジュールを元に
「デリー空港ターミナル2」を午後2時35分に出発したエア・インディアAI1731は午後4時5分に「ガヤ国際空港」に到着予定でしたがそれぞれ1時間ほど遅れて到着になりました。預入れ荷物のターンテーブルの中には造花の菩提樹の木が植えられていたのが仏教の聖地に来たと感じさせます。迎えのバスになりますが、時間が遅くなったので予定に入っていた釈迦が沐浴したという「尼連禅河(ニーラージャナー川)」と「スジャータ村(Sujata)」は翌日に行くことになりました。このまま「マハーボデイー寺院/Mahabodhi Temple」に向かうと思ったらこれも違ってホテルへ行くということです。「日本寺/Indosan Nipponji」の南側にある「ブッダガヤ・リージェンシー・ホテル/Bodhgaya Regency Hotel」がこの日の宿泊地です。ロビーに入るとタガという白いシルクの布を首にかけてくれます。ウェルカムドリンクのコーラに一息ついた後は部屋に入りしばらく休憩が出来ました。午後6時40分に再集合した後はホテルの前から大きめの3輪タクシーに4人づつ分乗して「マハーボデイー寺院」に向かいます。お寺の近くに着くと物乞いの子供や物売りのおじさんがどっと押し寄せてきます。この辺りはインドの中でも貧困の州のようですが、菩提樹の葉をパウチしたものが10枚で100ドルって、中国人と間違えられているようです。ガイドさんがチケットを買いに行っている間にも赤ん坊を抱えた少女がお金をねだり、菩提樹や数珠を売りに来たり…。入り口周りにはスマホの預かり所や靴の預かり所がありました。この寺院は電波を発する機器やプラスチックの袋やペットボトルなどの持ち込みは禁止されています。何故かカメラやビデオは持ち込めるのですが、カメラの持ち込み料金は100ルピーでした。この件は調べればわかることですが、旅行会社から説明は無いのでスマホしか持ってこなかった方の多くは「一番写真を撮りたかったのに。」という声が上がっていました。セキュリティを通る際は持ち物検査もあるので余計なものは持ってこないようにホテルを出る際に注意がありました。寺院の手前にはレセプションと書かれた建物があり、ここで靴を脱いで裸足になりました。高台から階段を下って寺院に向かいますが、途中からは参拝の長い列が出来ていました。ここへは夜に参拝に来るのが良いのだと賑わう境内を見てそう思いました。釈迦牟尼の生涯で悟りの達成に関連する四大聖地の1つとされ、古い煉瓦構造の建築様式の1つで、9層からなる52メートルの高さの建物です。参拝の後は時計回りに進み、裏側の菩提樹を見上げるとスリランカの「スリー・マハ菩提樹」を思い出しました。その木は紀元前3世紀にインドのアショーカ王の王女サンガミッタがブッダガヤの菩提樹の分木をここに運び、デーワーナンピヤ・ティッサ王が植樹したとされる聖なる木で、現存するこの木よりも何代か古い木でした。菩提樹の周りで葉をくれるというおじさんと話をしている間に妻ともはぐれて1人になってしまいまいました。一度レセプションに戻ってみますがまだここへは来ていません。出口にも行ってみますが姿はなく、レセプションで待つことにしました。戻り道には延々と摩尼車が並んでいるので両親は母方の祖父母や伯父や伯母を思い出しながら六字大明呪オンマニペメフン(唵嘛呢叭咪吽)を唱えると涙が出てきました。レセプションにいるとツアーの皆さんが戻ってきて無事合流出来ましたが、釈迦が悟りを開いた地で迷子になるというのは笑えない話しです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エアインディア
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
「ガヤ国際空港/Gaya International Airport」にはちょうど1時間遅れての午後5時に到着しました。
インディラ ガンディー国際空港 (DEL) 空港
-
ターンテーブルの前で荷物が流れてくるのを待っていると立てられた造花の木の葉が菩提樹だと気が付きました。こんなところにもブッダガヤの近くにも来たのだと感じさせます。
-
空港の建物を出るところにはタクシーのカウンターがあり、行き先を告げると金額を提示され、支払いした領収書を持って指定されたタクシーに乗るというプリペイドスタイルだということが分かります。
ガヤ空港 (GAY) 空港
-
「オートリキシャ」のドライバーからも「タクシー?」と声が掛かりますが、ツアーのバスに向かいます。個人旅行だとここから金額交渉とか楽しめるのですが、そんなことも多少煩わしく思える年齢になってしまいました。
-
ここからベナレスまではこのバスに乗っての移動になります。大型のバスに20人ほどなので1人2席は使えます。皆さん乗り降りが安易な前方を好まれますが、我が家は一番後ろの席に座ります。インドのバスは前方にエンジンを積んでいるので、追突されない限り後方の方が安全に思えます。
-
この日はフライトが1時間遅れたので予定にあった釈迦が沐浴したという「尼連禅河(ニーラージャナー川)」と「スジャータ村(Sujata)」は翌日に行くことになりました。
-
ガヤではよグリーンとイエローの「オートリキシャ」とは違ったタイプのものが多く走っていました。インドは3回目なのですが、ツアーで来ているのでこれに乗ることはまだありません。
-
大きなトランクを持って空港から街なのか最寄りのバス停まで歩いている人も見掛けました。空港にはバスは乗り入れていないので大変だろうなと思います。
-
空港周辺はきれいに整備されていたので、デリーとは違ってずいぶんきれいな町だと思いましたが、それはほんの一瞬のことだけでした。
-
ソヴィエト製のT-55戦車が置かれてありました。世界で最も量産された戦車とも言われ、開発から70年経った現在でも現役で使用している国もあるようです。デリー空港のMig-27といい、インドとロシアは長年にわたり緊密な関係を築いてきのだと感じます。特に安全保障面での協力が深く、インド軍はロシアからの兵器輸入に大きく依存しています。
-
空港からの道を抜けるとガヤの町の中に入ったと分かります。デリーの街を闊歩する牛たちよりも丸々として肌艶もよくて健康そうな感じがします。
-
マルチ・スズキ(Maruti Suzuki )はスズキのインドにおける乗用車生産販売子会社です。1970年頃のインドでは環境の不備もあり、陳腐化した自動車が高コストで製造されていました。この状況の中で当時の首相インディラ・ガンディーの次男で自動車好きだったサンジャイ・ガンディーは国民車構想を抱き、マルチ (MARUTI LIMITED) を設立しました。
-
1982年3月にインド政府の一行が合弁候補との交渉のため来日して自動車メーカーを回りましたが、当時の日本の自動車メーカーの海外進出は米国一辺倒で、トップが最初から最後まで応対したのは唯一鈴木自動車工業の鈴木修社長だけだったというのは有名な話です。
-
「マルチ」とはインドの風の神「マールティ 」から来ているそうです。バスの車窓から行き交う車を見ていてもスズキの車の多いことには驚くと共に日本人として少し誇らしくも思えます。
-
車やバイクを買える人がいる一方でこんな風に牛と一緒に住むという暮らしが当たり前のように混在しています。
-
インドの中でも最も貧困な州がこのビハール州で、農業や鉱業などの伝統的な産業は依然として低賃金で労働集約的な産業構造となっているそうです。州の耕地面積はインドで3番目に広く、ライチ、グアバ、マンゴーなどの果物や、米、小麦、サトウキビなどの穀物が盛んに栽培されています。
-
ロードサイドには真新しい巨大な脱穀機が並べられていました。中古のトラクターを売っている店も多く見られました。
-
ブッダガヤの文字を見るといよいよ来たなという高揚感が胸の中に湧き上がってきます。特に熱心な仏教徒でもありませんが、これまでアンコール・ワット、ボロブドゥール、ミャンマーのパガン、スリランカの数々の寺院などを参拝してきました。
-
それぞれの仏教寺院では母が父のために大量に書き残した般若心経を納めてきたこともありました。社共は残り少なくなってしまったので今回は持ってきませんでしたが、外祖父の形見の菩提樹の数珠は持って来ています。
-
オート三輪の後方はサトウキビの搾り機になっていて動力も連動しています。
-
デリーでも数多く見られたお菓子を売る屋台はここにもありました。繋がった袋菓子は釣り針のようにお客を惹きつけるようです。店の外に並べてあっても盗難に遭わない工夫でもあるのだろうなと感じます。
-
30分ほどで「印度山日本寺/Nippon Ji Temple」の南側に接する「ブッダガヤ・リージェンシーホテル/Bodhgaya Regency Hotel」に到着しました。
印度山日本寺 寺院・教会
-
ロビーに入るとホテルの方が歓迎を意味する白いタガを首に掛けてくれました。この日の予定は一度チェックインして部屋に入った後に再集合して「マハーボデイー寺院/Mahabodhi Temple」を参拝するということでした。もっともこれは元々の予定だったようで、日が落ちてから参拝するのが良いようです。日程表にはそのようなことは書かれていません。
-
ツアーの方が一番右側の人と一緒に写真を撮ろうとしたら全員がポーズを取ったのには笑いが起こりました。ここでもウェルカムドリンクはコーラとファンタオレンジでしたが、喉が渇いていたので美味しかったです。
-
阪急交通社から全く情報が無かったのがガヤからパトナまでがビハール州に当たるのでアルコールの持ち込みも飲酒も禁止されているということです。我々は前のツアーに参加した方からの情報があったので初日のデリー分だけお酒を持って来ていました。前のツアーでは免税店で買ったお酒までホテルの人にあげたそうです。
-
部屋は広めのツインルームでしたが、全体的に少しくたびれた感じがします。
-
必要なものは揃っているので特に問題なく滞在できました。冷蔵庫はありませんが、冷やすべきアルコール類は持ち込みも禁止なので、昨晩のデリーですでに飲み切っています。
-
部屋にはミネラルウォーターが備えてあり、これはどこのホテルにもあるので助かります。それ以外にバスでは毎日1本水が貰えるので別に買う必要はありません。ガイドさんからは歯を磨く際にもミネラルウォーターを使うように指示されます。インドの水道水は殺菌のために塩分を含んでいるので少ししょっぱいです。
-
お菓子類も部屋に置かれているのでこれは翌日のバスの移動用に確保しておきます。翌日のバス移動では踏切を渡るのに1時間以上の渋滞になるという情報もいただいていましたが、実際にその通りになりました。
-
ここでもトイレにはハンドシャワーがありました。お尻を洗うためのウォシュレットです。使用済みのトイレットペーパーは備え付けのカゴに捨てなければなりません。
-
洗面台は少し小さいので2人では洗面道具を置くには手狭でした。タオルはここでも少しくたびれていました。
-
午後6時20分に再集合した後は4人づつ「オートリキシャ」に分乗して「マハーボデイー寺院/Mahabodhi Temple」に向かいます。
-
ホテル到着時にガイドさんから「マハーボデイー寺院」の見学についての注意がありました。靴を脱いでの見学になることと、スマホやタブレット、アップルウォッチなどの電波を発する機器の持ち込みが出来ないと伝えられます。
-
これは地球の歩き方などのガイドブックやネットで調べれば分かることですが、阪急交通社からの説明はありません。ほとんどの方がスマホしか持って来ておらずため息が聞こえてきます。このツアーは熱心な仏教徒の方の参加も多く外観の写真も撮れないのかと…。
-
「オートリキシャ」はそんなに急がなくてもと思うようなスピードでガタガタ道を爆走します。我々を送り届けた後はまた順番待ちでホテル前に並ぶ必要があるのでしょう。道中にはアンティーク店なども点在しているので飾られたタンカ(Thangka)が気になってしまいます。
-
どこだか分からないくらい町中で降ろされたのでガイドさんの到着を待ちます。今まで乗る機会の無かった「オートリキシャ」に思いがけずに乗ることが出来て楽しかったです。帰りも乗ることが出来るのは分かっているので楽しみはもう一度あります。
-
この「オートリキシャ」を製造しているテラモーターズ Terra Motors) は日本の電気自動車製造会社で、二輪や三輪車などの製造と販売を行っています。インドにも支社があります。スタイリッシュなデザインが気になったので調べてみました。
-
ガイドさんが到着するまでココナッツを売って小銭を稼ごうと思いましたがお客は誰も通りませんでした。
-
世界中どこでも見掛けるI LOVEマークがブッダガヤにもありました。この明かりを頼りにおばあさんが店開きしようと準備中でした。
-
薄暗い道端では寺院へのお供え用の花を売る人も多いので、足元を気にしないと踏んでしまいそうになります。
-
入場した後の最後の寺院に入る際は靴を脱がなければならないので、入り口の近くには無料の靴預かり所があります。返却する場合はいくばくかのチップを求められるようですが、インドを旅していれば喜捨は当たり前のような行為だと思えます。
-
靴以外にも持ち込めないスマホなどを預かる場所もあります。預けている間に充電してくれるかどうかは分かりません。
-
インドでのお供えによく用いられるオレンジ色の花は主にマリーゴールドです。ヒンディ語では「ゲーンダー・フール」と呼ばれています。「マリーゴールド・ホテルで会いましょう(The Best Exotic Marigold Hotel)」というジョン・マッデン監督の映画は好きで何度も観ています。
-
入口に置かれた一対の石塔の上部のデザインは仏教において車輪は「法輪(ほうりん)」と呼ばれ、釈迦の教えとその広がりを象徴し、鹿は「鹿野苑(ろくやおん)」と呼ばれる釈迦が初めて説法を行った場所に由来します。
-
輪の中心が世界の中心で8本のスポークは悟りへの8つの過程を示し、全体の円は仏陀の教えの完璧さを表し、この8つのスポークは「八正道」を意味するとも言われています。
-
チケットを買っているガイドさんを待っていると物乞いの子供たちが集まってきます。これまで旅してきたインド各地とビハーラ州は貧富の差が大きいことを感じさせます。お金を与えてもそれは彼らの両親が取り上げてしまうのであろうことは分かっています。こんな生活から抜け出せることを祈ります。
-
ガイドさんから写真撮影用のチケットを受け取って寺院の敷地内に向かいます。ここから先へは物乞いなどは入ってきません。菩提樹の葉をケースに入れたものを売る人もいて、10個100ドルなんて値段を吹っかけてきますが誰も買いません。
-
ここはまだ靴を履いたままでも大丈夫です。外の喧騒が亡くなったので少しほっとした気分になります。
-
ここでも外国人の男女とインド人の男女、そして僧侶のレーンに分かれていました。空港並みのセキュリティチャックがあり、手荷物はX線に掛けられ、ボディチェックもあるのでスマホなどは持ち込めなさそうです。カメラとチケットもチェックされました。
-
セキュリティを抜けた突き当りにレセプションと書かれた建物があり、ガイドさんに促されて中に入ります。ここで靴を脱いで部屋の中に預けることが出来ました。
-
その脇にあるゲートから中は靴を脱がなければなりません。ミャンマーやスリランカでは靴下もダメで、灼熱の焼けた岩やタイルの上に歩いたことが思い出されます。あまりの熱さに砂の上に飛び降りたら砂の方が熱くて悲鳴を上げた妻の声がリフレインします。
マハーボディ寺院 (大菩薩寺) 寺院・教会
-
シャーキヤ( Sakya)は釈迦の出身部族であるシャーキヤ族やその領国である、シャーキヤ国を指す名称で、「釈迦」はシャーキヤを音写したものです。釈迦の父であるガウタマ氏のシュッドーダナはコーサラ国の属国であるシャーキヤのラージャで、母は隣国コーリヤの執政アヌシャーキャの娘マーヤです。マーヤーは出産のための里帰りの途上のカピラヴァストゥ郊外のルンビニで子を産みます。
-
仏教の教義では釈迦は六道輪廻の中で善行を積み神々の住む天界(兜率天)に転生していましたが、成道のため現世に降下することにし、白象に化して母マーヤの胎内に宿り、産みの苦しみを与えないためマーヤの産道を通らず右の脇腹より生まれ出たとされます。そして生誕した釈迦は七歩歩いて右手で天を指し、左手で地をさして「天上天下唯我独尊」と宣言したといいます。
-
釈迦が出家を志すに至る過程の説話に四門出遊の故事があります。釈迦が初めてカピラヴァストゥ城から外出したとき、最初の外出では老人に会い、2回目の外出では病人に会い、3回目の外出では死者に会いました。この出来事を契機として、人身は永遠ではなく病や老いを経て死に至り、この世は苦に満ちていると感じました。4回目の外出では1人の沙門に出会い、生・老・病・死を超越した生き方を知り、出家の意志を持つようになります。
-
父のシュッドーダナは釈迦の警護も兼ねてのちの五比丘となる5人の沙門を同行させました。その後6年の間に様々な苦行を行ない、断食修行でわずかな水と豆類などで何日も過ごしました。断食修行により釈迦の心身は消耗し、骨と皮のみのやせ細った肉体となっていきます。しかしスジャータの施し「乳粥供養」を得たことで過度の快楽が不適切であるのと同様に、極端な苦行も不適切であると悟って釈迦は苦行をやめます。
-
村娘のスジャータから乳粥の布施を受け、体力を回復してピッパラ樹の下に坐して瞑想に入り、釈迦は正覚(悟り)に達してこの世界の真理を体得し仏陀になったとされます(成道)。悟り得た釈迦は六神通を体得しました。 紀元前約530年に僧として放浪している釈迦牟尼がガンジス川支流の森の岸に着いて、悟りに達したその位置を示すために造られたのがこの寺院です。
-
寺院の正門にあたる「トーラナ」は一説には日本の鳥居の原型ともいわれ、日本の宗教文化に及ぼした影響を窺い知ることができます。塔門を潜ると厳かな気持ちになってきます。
-
仏教には「四大聖地」と呼ばれる4つの聖地があり、仏陀の生涯の重要な事跡に関わる場所とされ、大般涅槃経によれば、滅(死)の直前に自ら指定したといいます。 生誕所としてのルンビニー、悟りを開いた成道所であるここブッダガヤ、初めて説法を行った初転法輪所のサールナート、入滅したとされる涅槃所のクシーナガラです。今回の旅ではブッダガヤとサールナートへ行くことになっています。
-
大塔は五堂形式と呼ばれる主塔の四方に小塔がある形式で、主塔は煉瓦造りの表面は漆喰で仕上げられています。壁面には小型の仏陀坐像を収めた壁龕や浮彫が施されています。紀元前3世紀頃にアショーカ王が小さな舎を建てたのが始まりとされ、現在の姿は7世紀頃に大寺院の姿となりました。この寺院は古代インドの塔状仏教寺院の唯一の遺構として重要とされています。
-
長い列に並んで参拝の順番を待ちます。これまでアジアの数々の国々で著名な仏教寺院を参拝してきましたが、ようやくここへたどり着けたという気持ちが湧き上がってきます。可愛がってくれた外祖父母や伯母や伯父、両親も亡くなった現在にここへ来るのは必然だったような気もします。
-
大塔の内部にある狭い本堂には黄金色に輝く大きな釈迦牟尼像が安置されています。この像は釈迦が悟りを開いた姿を表し、「降魔印(ごうまいん)」という印相を結んでいます。これは瞑想を妨げる悪魔マーラを退ける際に示した大地を指さすポーズです。多くの巡礼者が像の前でひざまずき、熱心に祈りを捧げています。
-
堂内は撮影禁止なので離れた場所から撮った写真を拡大したのでうまくは写せませんでした。順番が来て手を合わせ亡くなった親族の顔を思い出します。
-
大塔の周りを時計回りに進みます。仏教において敬意を示す対象の周囲を時計回りに巡る「右繞(うにょう)」という礼法があります。これは古代インドに起源を持ち、仏教と共にアジア各地に広まりました。京都の「仁和寺」の「輪蔵」を見学した際には寺の僧侶に反時計回りさせられたのには驚いたことがあります。
-
右繞は尊敬する人物や聖所に対し、常に右肩を向けて周囲を時計回りに巡ることを指します。多くの場合これを3度繰り返す「右繞三匝(さんぞう)」という形で行われます。竹の足場を白い木綿布で結んでいる技術に驚きました。
-
大塔を半周まわると菩提樹の巨木が見えてきました。そこはいかにも聖地といった雰囲気で、ここだけが厳かな空気が流れているように感じます。このシチュエーションを見て、以前に妻と旅したスリランカの旅を思い出しました。
-
紀元前3世紀に仏教を信仰したアショカ王の王女がスリランカ中北部のアヌラーダプラに若木を移植しました。マハーボディー寺院によると1880年ころ暴風雨で倒壊したためにアヌラーダプラから若木を運び、再移植したのが現在の木とされるそうです。
スリランカ・アヌラーダプラ:https://4travel.jp/travelogue/11243762 -
アヌラーダプラでは落ちてきた菩提樹の葉を拾って母へのお土産にしました。ここでも葉が落ちてこないか注視していましたが、我々には仏陀のご加護は無いようです。
-
菩提樹の下にある砂岩の金剛宝座があるのですが、現在は囲われてしまっていて中をうかがうことは出来ません。金剛座とは金剛石(ダイヤモンド)のように堅固で壊れない座所のことで、釈迦が悟りを開いたブッダガヤの菩提樹下を金剛座と呼びます。
-
このような囲いが出来たのはオーム真理教の麻原彰晃がブッタガヤを訪れた際に無断で菩提樹の下に歩み入り勝手にそこに座ってしまったからです。それ以来、菩提樹の周りにはこのような柵が作られ、誰も容易に近づけない場所になってしまいました。
-
おじさん1周しようとしたところで1人のおじさんが声を掛けてきて菩提樹の葉を手渡してきました。多分小銭を欲しいというのだろうと思ったので「お金はないよ。」というと「明日もう一度来ないのか?」「明日はもう戻ってこれないんだ。」というと葉の束を手渡して去っていきました。
-
そしてこのやり取りをしている間にガイドさんや妻からはぐれてしまいました。釈迦が悟りを開いた場所で迷子になりさ迷えるなんてシャレになりません。
-
一度塔を周ったところで階段を戻り、レセプションに入りましたがまだ誰も戻っては来ていませんでした。階段の上の回廊を逆回りすれば合流できるかとかなり歩いてみましたが見つかりませんでした。これは動いていても仕方ないのでレセプションで待つことにします。
-
戻りかかる回廊には摩尼車がずらりと並んでいるのでその全部を回しながら六字大明呪のオンマニペメフン(唵嘛呢叭咪吽)を唱えると涙が出てきました。その涙は亡くなった親族へのものなのか妻と離れ離れになったからかは分かりません。ただ、迷子にならなければこの摩尼車を回すことは出来なかったので釈迦の思し召しだったのではないかとも思えました。
-
レセプションの前に立っていると妻と合流することが出来ました。同じツアーの女性は2度目のブッダガヤで、前にも菩提樹の葉を掘ろうことが出来たそうです。今回は尼さんが何枚かの葉を持たせてくれたのでその中の1枚をくださったようです。
-
合流で来た後は靴を履いて見学はまだ続きました。寺院の周りを再び時計回りに進むと大塔はカラフルなライトアップの色が刻一刻と変化していきます。
-
マハーボディ寺院の南側に広がる緑豊かな美しい池が「ムチャリンダ池」です。手前にある石柱は「アショーカの柱/Pillars of Ashoka」と呼ばれるものです。これは移設されたものですが、北インド各地にあり、もっとも有名なのはこの後に行くサールナートのものです。
-
伝説によれば釈迦が悟りを開いた後の6週目にこの池のほとりで瞑想していると激しい嵐が襲いました。そのとき池に棲む蛇の王(龍王)ムチャリンダが姿を現し、その巨大な体を7回とぐろ巻きし、7つの頭で傘のように広げて雨風から釈迦を守ったと言われています。
-
池の中央にはその伝説を表現した蛇に護られる仏陀の像が建てられています。穏やかな水面に映る寺院や空と静かに佇む仏陀の像は、喧騒から離れて心静まる絶好のスポットです。周囲にはたくさんの「仏旗」がたなびいていてちょっと邪魔なくらいです。
-
釈迦は悟りを開いた後の7週間にわたりこの周辺の7か所で瞑想を続けたと伝えられています。これらの場所は「七聖地」として寺院内に保存されています。
アニミサ・ローチャナ・チャイティヤは 悟りを得た菩提樹を1週間、瞬きもせず感謝の念を込めて見守った場所です。ラトナガラ・チャイティヤは宝石で造られた家とされ、ここで釈迦は教え(法)について深く思索したとされています。 -
菩提樹の木の周りではまだまだ祈りが続いているようです。夜間の参拝は祈りだけで終わってしまうので、日中にもう一度来て寺院内をゆっくり歩いてみたいと思いました。
-
今回の旅は妻が「もうインドには行きたくない。」 というのを無理に連れてきてしまいましたが、妻なりに思うこともあるようで一身に祈りを捧げていました。
-
帰りも「オートリキシャ」に乗ってあっという間にホテルまで戻ってきてしまいました。この後の夕食が無ければ1人で歩いて戻りたいくらいでした。
-
ホテルの中にはインドらしいお土産物屋があり、仏教に関わる数珠や仏像やタンカも売っていました。タンカは近くに住むチベット人が描いたものだということでした。
印度山日本寺 寺院・教会
-
タンカはネパールを旅した際にやはりホテル内にあったアンティークショップで何枚か買い求めていましたが、もう少し買いたいと思っていました。1枚140ドルということでしたが、クオリティはかなり高かったです。あとは値段交渉でいくらになるか考えておきます。
-
一度部屋に戻って荷物を置いて1階のレストランで夕食になります。既に午後8時を過ぎているのでお腹はペコペコです。ピジャール州はアルコールを飲めないのでコカコーラをいただきました。1本150ルピーなので300円ほどです。あまりに喉が渇いていたので3本飲んでしまいました。
-
ビュッフェスタイルの夕食ですが、料理はどれも美味しかったです。チャーハンに焼きそばをベースに数種類のカレーや野菜を揚げたフリットなどが並んでいます。
-
モモと呼ばれるインドの餃子や野菜コロッケなど何回もおかわりしてしまいまいs田。テーブルには無料の水も置かれてありますが、ガイドさんから絶対に飲んではダメですと言われています。昔イスタンブールの水道水を飲んでいてA型肝炎になって前身の皮膚が剥けたことがあるので素直に従います。
-
バスタブのカランからはお湯が出ますがシャワーに切り替えると水しか出ません。バスタブの外にあるカランを使うと床は水浸しになってしまいます。考えた挙句に大きなタライをバスタブの中に入れて、お湯を溜めて風呂に入ることが出来ました。これは部屋によってさまざまで、普通にシャワーが使えた部屋もあったようです。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2026インド仏跡巡りの旅
-
前の旅行記
トラピックス インド仏跡巡りの旅6日間(2)クトウーブミナールとフマユーン廟を見学してデリー空港のKFCのチ...
2026/02/19~
デリー
-
次の旅行記
トラピックス インド仏跡巡りの旅6日間(4)ニーラージャナー川を渡り、スジャータ村の市場を抜けて乳粥供養の地...
2026/02/20~
ブッダガヤ
-
トラピックス インド仏跡巡りの旅6日間(1)羽田空港ですったもんだの末に評判のよろしくないエア・インディアに...
2026/02/18~
デリー
-
トラピックス インド仏跡巡りの旅6日間(2)クトウーブミナールとフマユーン廟を見学してデリー空港のKFCのチ...
2026/02/19~
デリー
-
トラピックス インド仏跡巡りの旅6日間(3)エア・インディアでガヤ国際空港に至り、ブッダガヤの夜のマハーボデ...
2026/02/19~
ブッダガヤ
-
トラピックス インド仏跡巡りの旅6日間(4)ニーラージャナー川を渡り、スジャータ村の市場を抜けて乳粥供養の地...
2026/02/20~
ブッダガヤ
-
トラピックス インド仏跡巡りの旅6日間(5)ラージギルの霊鷲山を望み、竹林精舎で地元の高校生と交流しHOKK...
2026/02/20~
ブッダガヤ
-
トラピックス インド仏跡巡りの旅6日間(6)遥かなる玄奘三蔵法師の旅の最終目的地であったナーランダ佛教大学の...
2026/02/20~
パトナー
-
トラピックス インド仏跡巡りの旅6日間(7)初転法輪の地サルナートのダメーク・ストゥーパとムルガンダ・クティ...
2026/02/21~
パトナー
-
トラピックス インド仏跡巡りの旅6日間(8)ヴァラナシのラディソンホテルのスイートに驚き、夜のガンジス河でア...
2026/02/21~
バナーラス (バラナシ)
-
トラピックス インド仏跡巡りの旅6日間(9)夜明け前のバナラシの町を走り抜け、ガンジス川の河岸のガートに長年...
2026/02/22~
バナーラス (バラナシ)
-
トラピックス インド仏跡巡りの旅6日間(10)ガンジス川の日の出をボートの上から眺め、西岸に並ぶガートと沐浴...
2026/02/22~
バナーラス (バラナシ)
-
トラピックス インド仏跡巡りの旅6日間(11)ガンジス川の光景に圧倒された後はチャイで一息ついて、ホテルに戻...
2026/02/22~
バナーラス (バラナシ)
-
トラピックス インド仏跡巡りの旅6日間(12)バナラシ国際空港からデリーへ戻り、エア・インディアのヴィスタラ...
2026/02/22~
デリー
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2026インド仏跡巡りの旅
0
88