2025/12/23 - 2026/01/07
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kankonokiさん
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この旅行記スケジュールを元に
ピラミッドやアブシンベル神殿を一度は観てみたい。しかしハプシェスト女王葬祭殿で起こった非イスラム教徒への残酷なテロはその想いを封印し続けていた。最近二人の知り合いがエジプトへ行ったことで徐々に気持ちが緩和され遂にこの年末年始にその封印が解かれた。ギザ、アスワン、アブシンベル、ルクソールとゆっくり廻ると10日はかかる。出来ればナイル川クルーズもしたかったが観光シーズンは料金が高くて諦めました。その6はアスワンのフィラエア島のイシス神殿に行こうとしますが、予備知識不足で結構苦労してしまいます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 2.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- 上海航空 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ヌビア博物館から次はイシス神殿へ向かいます。
ヌビア博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ヌビア博物館からはinDriveですぐにタクシーがつかまりました。タクシーで行くと直前のチェックポイントで軍人の様ななりをした人物に20ポンド巻き上げられた。領収書くれたからオフィシャルなんだろうが、こう言った行為は気分が悪い。イシス神殿の入場料は何千円も取るのにこの行為になんの意味がある?
イシス神殿 城・宮殿
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ここでは550ポンドで十分でした。神殿屋上のパノラマについては後でお話しします。
イシス神殿 城・宮殿
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入場ゲートを通ったら視界が開けて桟橋でした。そのまま人の流れに乗って渡し船に乗ろうとすると船頭に止められあっちの船に乗れと言われ、言われるままに乗ると大きな船で我々2人だけを相手にシステムを説明し始めます。往復で1時間待っててやるから900ポンド払えと言ってます。話にならんとすぐに降りて途方に暮れます。入場券1100ポンド払ったのに、あと900ポンド払わないと1100ポンドが無駄になるという。エジプト人の観光客相手の連中は真面目に働かずに待っているというサボリ時間を労働としたい連中ばかりで呆れ果てる。渡し船なんだから、行きも帰りも片道料金を徴収して休まずせっせと働けば効率的なのに、20人も乗れる船に2人しか乗せずに1時間半の間に一往復しかしないで生きてくのが幸せなのだろうか???アホとしか思えません。
イシス神殿 城・宮殿
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私達が途方に暮れてれいると台湾から来た若者が声をかけてくれました。彼は事前にここのシステムを予習しており。船頭相手に我々含めて5人で500ポンドで往復チャーターしたいと交渉します。船頭曰く同乗はダメだ、値段は900ポンドだとサボリでもペイする世界に我々を引き込もうと頑張ります。私がもう一人中国人を見つけ、6人600ポンドで行ってくれることとなります。二度と行くかエジプト!
イシス神殿 城・宮殿
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そうは思うものの、一度船が漕ぎいでれば爽快感はハンパないですね。エジプトの自由旅行は何しろ気分悪い!
イシス神殿 城・宮殿
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こんなに沢山の客待ちの中からどうやってこの船頭にまた会えるのか心配になって証拠写真をパチリ。
イシス神殿 城・宮殿
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ただ待ってないでこの1時間の昼寝時間も働こうよ
イシス神殿 城・宮殿
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上陸すると広大なイシス神殿が広がります。船着場から左方向へ進むとネクタネボ一世のキオスクがありますのでそこから見学しました
イシス神殿 城・宮殿
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ネクタネボ1世のキオスクの概要
建物はフィラエ島で最も古いモニュメントの一つです。第30王朝のネクタネボ1世(紀元前380年~362年頃)によって着工されました。その約100年後、プトレマイオス2世フィラデルフォス(紀元前285年~246年頃)によって修復されました。もともとはフィラエ島の南西の角にありましたが、プトレマイオス8世から12世の時代(紀元前170年~51年頃)に移設されました。現在は、アスワン・ハイ・ダム建設に伴う水没を避けるため、近隣のアギルキア島の対応する位置に移されています。
特徴としてはハトホル柱には隣接する「イシス神殿の誕生殿(マンミシ)」と同様に、柱の頭部には愛と音楽の女神ハトホルの顔が彫られています。神殿の入り口付近に位置し、儀式の際に神像を乗せた聖なる舟を一時的に安置する「休憩所(キオスク)」としての役割を果たしていました。イシス神殿 城・宮殿
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柱の頭部には、愛と美の女神ハトホルの顔が彫られています。これは「ハトホル柱」と呼ばれる、このキオスクの大きな特徴です。
イシス神殿 城・宮殿
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上エジプトの白冠や上下エジプトの二重冠を被ったネクタネボ1世が、神々に対して供物を捧げたり、儀式を行ったりしている場面です。左の壁上部には、エジプトの王権を象徴するウラエウス(直立したコブラ)が並んでおり、太陽円盤を伴う翼のある円盤も見えます。右奥に見える柱の頭部には、愛と美の女神ハトホルの顔が彫られています。これは「ハトホル柱」と呼ばれる、このキオスクの大きな特徴です。このキオスクはイシス神殿の船着き場からすぐの場所にあり、奥には神殿の第1塔門へと続く列柱廊が広がっています。このキオスクはもともと、イシス女神の聖なる舟(バーク)を休めるための場所、あるいは儀式の待合所として使われていたと考えられています。
イシス神殿 城・宮殿
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左側に立っているのがネクタネボ1世です。神々(中央に座るハトホルやイシス、背後に立つ神など)に対して、香炉や供物を捧げている典型的な儀式の場面が描かれています。王の頭上にある楕円形の枠(カルトゥーシュ)には、彼の即位名「ケペルカラー」や誕生名「ネクトネベフ」が刻まれています。壁上部には、エジプトの王権を象徴するウラエウス(直立したコブラ)が並んでおり、左右に見える柱は、上部に植物(パピルスやハス)のモチーフが施された、この時代特有の装飾的なスタイルです。
ネクタネボ1世は、エジプト人の血を引く最後から2番目のファラオとして、建築事業に非常に熱心だったことで有名です。イシス神殿 城・宮殿
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この神殿は、エジプト神話の女神イシスに捧げられたもので、「ナイルの真珠」とも称される非常に優美な建築物です。
もともとは隣のフィラエ島にありましたが、アスワン・ハイ・ダムの建設による水没から守るため、1970年代にユネスコの手によって現在のアギルキア島へ石を一つずつ解体して移築されました。ここは、古代エジプトの多神教信仰が最後まで残った場所の一つです。壁面には紀元後394年の日付を持つ最後と言われるヒエログリフ(聖刻文字)の刻印が残っています。写真に見える柱の形は、古代エジプト伝統のロータス(蓮)やパピルスを模したものですが、時代的にはプトレマイオス朝(ギリシャ系)からローマ支配下にかけて完成されたため、ギリシャ・ローマのデザインが融合した独特の華やかさがあります。イシス神殿 城・宮殿
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列柱廊の壁にはレリーフが
イシス神殿 城・宮殿
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長い列柱廊
イシス神殿 城・宮殿
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振り返り
イシス神殿 城・宮殿
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ファラオ(王)が両手に「ヌ」と呼ばれる丸い壺を持って差し出しています。これは神に対してワインや聖水、あるいは牛乳を献上する儀式を表しています。ファラオは神と人間を繋ぐ唯一の存在であり、神殿の壁画に描かれる王は、神の加護を得るために供物を捧げ、世界の秩序(マアト)を維持する義務を果たしています。彼は「プスケント(二重冠)」を被っており、これは上エジプトと下エジプトの両方を統治していることを象徴しています。王の頭上や周囲にある囲み(カルトゥーシュ)には、このレリーフを刻ませた王の名前が記されています。フィラエ神殿はプトレマイオス朝時代(ギリシャ系王朝)に大きく発展したため、ここにはプトレマイオス○世といった王の名が刻まれている可能性が高いです。縦の列には神からの祝福の言葉(「汝に永遠の命を与えん」など)や、王が行っている行為の説明が書かれています。
イシス神殿 城・宮殿
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第一塔門と豪華なパピルス柱
手前の柱には、神々に捧げ物をする王(ファラオ)の姿やヒエログリフが鮮明に残っています。奥に見える第一塔門の巨大な壁面には、イシス女神やホルス神の巨大なレリーフが彫られており、当時の信仰のスケールを感じさせます。フィラエ神殿はプトレマイオス朝時代(ギリシャ支配期)に完成したため、エジプト古来のデザインにギリシャの影響が加わった、非常に装飾的で美しいスタイルが特徴です。イシス神殿 城・宮殿
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描かれている神々:
• イシス女神: この神殿の主神です。頭の上に牛の角と日輪(太陽)、または椅子(玉座)を載せている姿で描かれます。
• ホルス神: イシスの息子。ハヤブサの頭を持つ姿で、王権の象徴として描かれています。
• ハトホル女神: 愛と美の女神。イシスと似ていますが、耳が牛の形をしていたり、独特の髪型で区別されることがあります。
王が神々の前に立ち、香や花、あるいはマアト(秩序の象徴)などを捧げることで、エジプトの平和と繁栄を願う供物奉納の儀式が描かれています。上部に見える四角い穴は、後世(キリスト教徒が住み着いた時代など)に別の用途で開けられたり、梁を渡すために利用されたりした痕跡であることが多いです。イシス神殿 城・宮殿
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上の続き、右側に当たります
イシス神殿 城・宮殿
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第一塔門 まだルクソール行ってないのでその大きさとレリーフに感動です。ルクソールは先に行ってはダメですよ。ただここはプトレマイオス朝のものが主流なのでまだ美しい状態ではあります。
イシス神殿 城・宮殿
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側面までこのサイズ、このクオリティ!
イシス神殿 城・宮殿
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ここはナイルメーターというナイル川の水位を計測する施設ですが、下に降りても階段しか見えずに鍵がかかってます。
イシス神殿 城・宮殿
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ハドリアヌスの門
最後のヒエログリフが書かれている事で有名イシス神殿 城・宮殿
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どうやらこの壁画の部分が紀元394年に描かれた部分の様ですが
イシス神殿 城・宮殿
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北側の壁のその部分を探す
イシス神殿 城・宮殿
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ありました。最後に記されたヒエログリフ
西暦394年8月24日に刻まれた、日付が判明している中では世界で最後となるヒエログリフの碑文は、イシス神殿の神官エスメト・アコムという人物が刻んだものです。
それ以降、ヒエログリフを読み書きできる人は絶え、1822年にシャンポリオンが解読するまで、約1400年もの間、この文字は「失われた謎の記号」となってしまいました。
当時、キリスト教の普及により古代エジプトの宗教や文字は急速に失われていきましたが、ナイル川の奥地にあるフィラエ神殿(イシス女神の聖域)では、最も遅くまで伝統が守られていました。イシス神殿 城・宮殿
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神殿の中に入ってみます。
イシス神殿 城・宮殿
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保存状態のいいレリーフがあります。
イシス神殿 城・宮殿
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至聖所(しせいじょ)
この空間には、古代エジプトの信仰と歴史が凝縮されています。
• 中央の石の台座
中央にぽつんと置かれているのは、かつてイシス女神の聖なる舟(バーク)や像を安置していた花崗岩の台座です。碑文にはプトレマイオス3世とその妃ベレニケの名が刻まれています。かつてはこの上に、金製の女神像を収めた豪華な厨子(ずし)が置かれていました。
• 壁面のレリーフ
周囲の壁には、びっしりと神話の場面が彫られています。イシス女神が夫オシリスを復活させる場面や、息子ホルスを育てる様子など、儀式的な意味を持つ重要なレリーフが並んでいます。イシス神殿 城・宮殿
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精巧なヒエログリフやレリーフ(浮き彫り)が神殿全体に残されているのがここの大きな特徴です。
上段左側: 王(ファラオ)が立っており、両手で小さな器(またはお供え物)を神に捧げています。王の頭上には、その名前を記したカルトゥーシュ(楕円形の枠)が見えます。
• 上段右側: 玉座に座った神(おそらくホルス神またはオシリス神)が描かれています。神は手に権威の象徴である「ワス杖」と、生命の象徴である「アンク」を持っています。
• 下段: 同様に王が神(ここでは冠の形からイシス女神や他の神々)に拝謁している場面が繰り返されています。
2. ヒエログリフ(象形文字)の意味
人物の周囲を埋め尽くしている縦書きのヒエログリフは、主に以下のような内容を記しています。
• 王の称号と名前: 「上下エジプトの王」「ラーの息子」といった定型句。
• 神の言葉: 神が王に対して「私はあなたに数百万年の治世と、すべての生命、健康、力を与える」といった祝福のメッセージ。
• 儀式の説明: 「~を捧げる儀式を行う」といった、その場面で行われている具体的な行為の説明。イシス神殿 城・宮殿
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フィラエ神殿やエドフ神殿に見られる形式の柱には、非常にユニークで象徴的な特徴がいくつかあります。
この柱の最も目を引く部分は、上部の柱頭(キャピタル)です。古代エジプトでは、ナイル川周辺に自生する植物を模したデザインが多用されました。この画像のデザインは、パピルスの花が開いた状態を模した開花式パピルス柱頭、あるいは複数の植物を組み合わせた「複合式柱頭」(プトレマイオス朝時代に流行)の一種です。パピルスは「下エジプト」の象徴であり、生命や再生を意味していました。柱の長い胴体部分(シャフト)にも、エジプト独自の工夫が施されています。柱の表面全体に、王(ファラオ)が神々に供物を捧げる場面や、聖なる文字であるヒエログリフがびっしりと刻まれています。これは単なる装飾ではなく、神殿の儀式や神話を記録する「物語る壁」としての役割を持っていました。 ギリシャ建築の「エンタシス」と同様に、視覚的な安定感を与えるために中央部がわずかに太く作られていることがあります。巨大な天井の重さを支えるため、非常に太く、どっしりとした造りになっています。柱の底には、円形の土台が置かれています。これは湿気から柱を守る実用的な面と、大地から植物が生えてくる様子を表現する芸術的な面の両方を持ち合わせています。イシス神殿 城・宮殿
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200ポンドの別料金で上がらせてもらえるルーフからの眺め。ただここに上がるには番人に鍵を開けてもらう必要があり番人が勝手にそのままガイドをしてくるので、結局200ポンドだけでは済まなくなります(苦笑)。正直ここに上がってもそんなに価値を感じません。
イシス神殿 城・宮殿
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屋上の小部屋にあったレリーフ
上下の段(レジスター)に分けて解説します。
1. 上段:座した神々の列
最も高い位置にある段には、玉座に座った神々が並んでいます。左から右へ、エジプトの主要な神々が並び、それぞれが権威の象徴である杖(ワス杖)と生命の象徴(アンク)を持っています。頭の上にそれぞれの神を特定するシンボル(例えば、イシス女神なら玉座、ホルス神ならハヤブサの頭や二重冠など)が描かれています。
2. 中段:中央のメインとなる段には、当時の王(ファラオ)が神々と対面している様子が描かれています。左端に立つ王が、右側に並ぶ神々に対して、ワイン、香、あるいは「マアト(真理・秩序)」の象徴などを捧げています。これは王が地上に秩序を保ち、神々の加護を得るという宗教的な正当性を示す重要なテーマです。
3. 下段:一番下の段には、特徴的なマークが並んでいます。アンク(Ankh): 「生命」を意味する象徴。ワス(Was): 「権威」や「支配」を意味する杖。ジェド柱(Djed): 「安定」を意味し、オシリス神の背骨とも言われます。
これらが交互に、あるいは連続して並ぶことで、王権と生命の永続的な安定を願う呪術的な意味を持たせています。イシス神殿 城・宮殿
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神殿の壁面に設けられた排水口
古代エジプトの神殿において、こうした排水設備には実用性と宗教的な意味の両方が込められています。
上部の横長の石板(まぐさ石)に彫られているのは、翼のある太陽円盤(ベーデティ)です。太陽神ラー(ホルス・ベーデティ)を表し、邪悪なものが神殿内に侵入するのを防ぐ「魔除け」の役割を持っています。円盤の両脇にはコブラ(ウレウス)が彫られており、王権と神聖な守護を象徴しています。
中央の窪みと足元の溝は、神殿の屋根や内部から雨水を外へ逃がすためのものです。エジプトは乾燥していますが、たまに降る猛烈な雨から砂岩の建物を守るために排水システムは不可欠でした。また神殿の聖域から流れ出る水は「聖なる水」とみなされることもありました。この排水口の周囲に刻まれたヒエログリフや浮き彫りは、そこを通る水さえも神聖な儀式の一部であったことを示唆しています。両脇の柱状の部分には、この神殿を建立・修復したプトレマイオス朝の王(ファラオ)が神々に供物を捧げる姿や、神々を讃える言葉がびっしりと刻まれています。イシス神殿 城・宮殿
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第2塔門
この塔門は、神殿の象徴であるイシス女神に捧げられた神聖なエリアへの入り口です。
右側の大きなレリーフはプトレマイオス12世が、敵を打ち据え、エジプトの神々(イシス、ホルス、ハトホル)に勝利を捧げている伝統的な場面が描かれています。右下の丸い碑文は、当時の王による寄進や土地の境界など、歴史的に重要なテキストが刻まれている貴重な遺物です。イシス神殿 城・宮殿
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誕生殿(マンミシ)
第一塔門の背後にあるこの場所は、女神イシスが息子ホルスを産んだことを祝うための聖域で、古代エジプト神話における「母性と復活」の象徴的な場所です。写真中央から右側の壁にかけて、神々が並んでいる姿が見えます。ここには、ホルス神の誕生や、それを見守る神々の儀式的なシーンが描かれています。右側に見える柱頭(ハトホル柱)のデザインは、愛と音楽の女神ハトホルの顔が彫られているのが特徴イシス神殿 城・宮殿
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ローマ皇帝が「エジプトのファラオ」として振る舞うために、その名前がヒエログリフで音写されて刻まれています。
• ハドリアヌス (Hadrianus):
エジプト風に「ハドリアヌス・カエサル」といった形で記されています。ハドリアヌスはエジプト文化に非常に強い関心を持っており、ここ以外にも彼が神々に献納を行う姿が数多く彫られています。
周辺には、ハドリアヌスだけでなく、アントニヌス・ピウスやマルクス・アウレリウス、ルキウス・ウェルスといった後の皇帝たちのカルトゥーシュも見られます。
名前の読み方のヒント
カルトゥーシュの中をよく見ると、以下のような記号が並んでいるのが見えるかもしれません:
• 「葦の穂」(イ)
• 「手」(ト/ド)
• 「口」(ラ)
• 「折った布」(ス)
これらを組み合わせて、外国人の名前である「ハドリアヌス」を音で表現しています。
このカルトゥーシュは、単なる王の署名ではなく、「ローマ皇帝であってもエジプトの神々の前では伝統的なファラオとして振る舞う」という当時の政治的・宗教的な融合を象徴する非常に貴重な資料です。イシス神殿 城・宮殿
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神殿の第一塔門から第二塔門へと続くエリアの誕生殿(マンミシ)付近
太い柱や通路の両脇の壁には、王(ファラオ)が神々に供物を捧げる儀式の場面がびっしりと刻まれています。特に左の柱にある、上エジプトを象徴する王冠を被ったファラオの姿は、プトレマイオス朝時代の力強さを感じさせます。
左上に見える柱の頭の部分はハス(パピルスの場合もある)をモチーフにした装飾が施されています。これはエジプト建築の伝統的なスタイルで、神殿全体を「世界の始まりの湿地」に見立てる意味があります。イシス神殿 城・宮殿
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ハトホル神殿
イシスの偉大な神殿を除けば、ハトホル神殿はフィラエの最も重要な聖域です。 女神ハトホルは、フィラエの第二の主要な神であり、エジプトで最も重要な女神の一つです。 彼女は母性の原則を体現しています。太陽神ラーの娘として、「遠い女神」です。イシス神殿 城・宮殿
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ハトール神殿は、柱と屏壁を備えた入口キオスク、プロナオス、そして現在破壊されている本殿建築(ナオス)から構成されています。 その装飾はプトレマイオス6世、プトレマイオス8世、プトレマイオス12世(紀元前2世紀および1世紀)およびアウグストゥス王(紀元前30年~紀元後30年)に遡りますが、未完成のままです。 1世紀後半以降、入口キオスクは、ハトール神殿周辺の後期古代建築や基礎に部分的に再利用された緩いブロックから完全に再建されています。 これらのブロックのうち、特に壁枠のブロックやハトールの柱頭は、現在寺院の隣に保管されています。
イシス神殿 城・宮殿
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トラヤヌスのキオスク
このエレガントな構造物は、イシス大神殿の東に位置し、フィラエ遺跡の中で最も象徴的なものです。 それは、スクリーン壁と壁枠でつながれた14本の柱からなる長方形の構造物です。
それは、最初のローマ皇帝であるアウグストゥス(紀元前30年~紀元後14年)の統治初期に建てられたと考えられています。 この建造物は寺院が造られた際には神の船の礼拝堂として機能していた可能性が高いですが完成はしませんでした。
寺院内で完成した二つの情景は、南側のスクリーン壁の内側に位置しています。 これらのシーンは、ローマ皇帝トラヤヌス(西暦98~117年)が神殿の儀式を執り行う様子を示しており、そのためトラヤヌスのキオスクとして知られています。イシス神殿 城・宮殿
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フィラエ神殿の配置図
イシス神殿 城・宮殿
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ヒエログリフを意匠にした日除けはいいですね
イシス神殿 城・宮殿
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もうそろそろ雇った船頭との約束の時間ですので船着場に戻ります。お土産物屋が少しある
イシス神殿 城・宮殿
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フィラエ神殿ともお別れして
アスワンダム 自然・景勝地
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小腹が空いてのでお昼にしました。
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言われるままに注文して奥の席に通してもらった
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inDriveで90ポンドで帰れたが、運転手はinDriveへの仲介手数料逃れのために遠くに停まって私を5分も歩かせ、契約を不成立にするという不正を働く。エジプト人とんでもない詐欺師だらけで呆れる
ハピ ホテル ホテル
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