2025/12/23 - 2026/01/07
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kankonokiさん
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この旅行記スケジュールを元に
ピラミッドやアブシンベル神殿を一度は観てみたい。しかしハプシェスト女王葬祭殿で起こった非イスラム教徒への残酷なテロはその想いを封印し続けていた。最近二人の知り合いがエジプトへ行ったことで徐々に気持ちが緩和され遂にこの年末年始にその封印が解かれた。ギザ、アスワン、アブシンベル、ルクソールとゆっくり廻ると10日はかかる。出来ればナイル川クルーズもしたかったが観光シーズンは料金が高くて諦めました。その13は壮大なカルナック神殿、ルクソール博物館
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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日の出前に起きてカルナック神殿へと歩きます。ナイル川沿いの道を歩いていたらまるでギザの大ピラミッドにしか見えない置物があった。ルクソールナイル川ピラミッド=富士山芸者
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朝6時前、開場時間前にゲート到着
カルナック神殿 城・宮殿
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カルナック神殿600ポンド、懲りずにムト神殿200ポンドも合わせて購入 ただ、これは大失敗です。断じてお薦めできません。
カルナック神殿 城・宮殿
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チケット自動販売機 早朝だったからか反応しませんでした。一度外に出てチケット売り場に戻りました
カルナック神殿 城・宮殿
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古代エジプト人が「最も選ばれし場所」と的確に呼んだカルナック神殿は、最も重要な古代エジプトの寺院であり、これは中王国(紀元前2034~1650年)からローマ時代(紀元前30年~306年)へと2000年以上にわたる古代エジプトの歴史と建築を実に包括的に記録したものです。
後世の王は新しい神殿や礼拝堂を建設し、247エーカーに及ぶ既存の神殿を拡張して、神殿、像、オベリスクを建て、世界最大級の宗教複合施設の一つを築きました。 カルナック寺院はルクソールの東岸に位置し、私たちが「スフィンクス通り」と呼ぶ道でルクソール寺院とつながっています。
カルナックはアメン神の主要な信仰の中心地であったが、テーベの軍神モントゥ、アメン神の妻ムト、そしてその息子コンスなど、複数の神が祀られていた場所でもある。カルナックには、10の塔門を持つアメン大神殿をはじめ、モントゥ、ムト、コンス、オペト、ペタフといった数多くの建造物があり、その他にもトトメス2世のアクメヌ神殿(紀元前1458年頃 - 1425年)、アメンホトプ2世(紀元前1427年 - 1400年)、トトメス4世(紀元前1400年 - 1390年)、ラムセス1世(紀元前1279年 - 1213年)、ラムセス3世(紀元前1184年 - 1153年)といった王の神殿も数多くある。
カルナックには、アメン神、ムト神、コンス神の船を収めたセティ2世礼拝堂(紀元前1200年頃~1194年頃)をはじめとする礼拝堂群があります。神殿の中央には、アレクサンダー大王の異母兄弟ピリッポス・アリダイオス(紀元前323年~317年)の花崗岩の聖域があります。ハトシェプスト女王の赤い礼拝堂(紀元前1473年頃~1459年頃)に加え、野外博物館にはセンウセレト1世の白い礼拝堂(紀元前1956年頃~1911年頃)があります。
塔門と前庭を抜けると、世界的に有名な大列柱室へと入ります。134本の柱は高さ15~21メートルに達します。すぐ南には、神殿内で儀式を行う前に神官たちが身を清めた、きらめく聖なる湖が広がっています。トトメス1世(紀元前1504年頃~1492年)の2本のオベリスクのうち1本は、高さ約30メートルのハトシェプスト女王のオベリスクの近くに今も立っています。カルナック神殿 城・宮殿
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ビジターセンターにある模型
広大な敷地でT字型の配置である事を理解しやすい。カルナック神殿 城・宮殿
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こちらが入場ゲート セキュリティチェックとチケットのqrコードを読ませて入場です
カルナック神殿 城・宮殿
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ここの眺めはルクソールの見どころですね。対岸のハトシェプスト女王葬祭殿がカルナック神殿の正面に見える構図になっています
カルナック神殿 城・宮殿
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第二のセキュリティチェックゲートを通り過ぎてもまだ遠い広大なカルナック神殿
カルナック神殿 城・宮殿
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カルナック神殿第一塔門前のセティ2世のオベリスク
ここが神殿の港であった。カルナック神殿 城・宮殿
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カルナック神殿の第1塔門は、エジプトに残る塔門の中で最大の規模を誇ります。
幅: 約113メートル、高さ: 約43メートル(現在は崩落により少し低くなっていますが、完成すればそれ以上だったはずです) 厚さ: 約15メートルです
しかし、この塔門は未完成であることで有名です。通常、エジプトの神殿の壁面にはファラオの戦勝記念などの豪華な浮き彫り(レリーフ)が施されますが、この門の表面にはほとんど装飾がありません。なぜならここは最後に追加された門だからです。カルナック神殿は、内側から外側へと時代を下るごとに増築されていきました。この第1塔門は、エジプト末期王朝時代の第30王朝(紀元前4世紀頃)、ネクタネボ1世の時代に建設が始まったとされています。神殿の長い歴史のなかで、最も新しく、かつ最後に作られた主要な構造物の一つなのです。
建設の秘密がわかる「泥レンガの足場」
この塔門が未完成であったおかげで、現代の考古学者は「古代エジプト人がどうやって巨大な壁を作ったか」を知ることができました。門の裏側(第1中庭側)には、建設当時に石を積み上げるために使われた日干しレンガの足場(スロープ)が今も一部残っています。通常は完成時に取り除かれるものですが、工事が途中で止まったため、そのまま残されました。カルナック神殿 城・宮殿
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今日も西岸では熱気球が上がりだします。
カルナック神殿 城・宮殿
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セティ1世の礼拝所
第一塔門通ってすぐ左には、テーベの三柱神、アメン、ムト、コンスの聖なる船を安置するための保管庫として造られた。祭で使う。カルナック神殿 城・宮殿
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前庭 奥にはホルエムヘブが造った第二塔門と巨大な列柱室が続いてます
カルナック神殿 城・宮殿
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前庭の右側にはラムセス3世の神殿があります。セティ1世の礼拝所と同じくテーベの三柱神、アメン、ムト、コンスの聖なる船を安置するための保管庫となる神殿
カルナック神殿 城・宮殿
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ラムセス3世の神殿に入ります。古代では第一塔門のすぐ近くまでナイル川の港があってお祭りで三つの神の聖船が用いられた。
カルナック神殿 城・宮殿
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因みにその聖なる船の模型がビジターセンターで展示されてた。まるで神輿ですし、セティ1世礼拝所やラムセス3世神殿は御旅所そのものですね。多神教だし日本文化ってエジプト古代と共通性があったんですね。
カルナック神殿 城・宮殿
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ラムセス3世の神殿の前庭
通路の両側に並んでいるのは、ラムセス3世が冥界の神オシリスの姿に扮した立像です。腕を胸の前で交差させているのが特徴です。像の背後の壁や柱には、彼の戦勝記録や神々への献身を示すヒエログリフがびっしりと刻まれています。神殿は左右対称の構造が非常に美しいカルナック神殿 城・宮殿
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ラムセス3世神殿の至聖所
ここは神殿の中で最も神聖な場所であり、かつては限られた神官とファラオだけが入ることを許されていました。
この至聖所は、テーベ(現在のルクソール)の三柱神であるアメン神、ムト神、コンス神に捧げられています。3つの小部屋があり、それぞれに神々の聖舟(神像を乗せて運ぶ船)を安置するための台座が置かれていました。
古代エジプトの神殿構造の定石通り、入り口から奥(至聖所)に進むにつれて床が高くなり、天井が低く、そして暗くなるように設計されています。これは、至聖所が「世界の始まりの丘」であることを象徴しているためです。カルナック神殿 城・宮殿
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壁面には、ラムセス3世が神々に供物を捧げたり、香を焚いたりする儀式の様子が細かく刻まれています。当時の色彩が一部残っている箇所もあり、非常に神秘的な雰囲気です。
カルナック神殿 城・宮殿
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前庭 未完成の第一塔門の右側には建設用のスロープが残ったままです。
カルナック神殿 城・宮殿
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カルナック神殿群の中心、アメン=ラー神殿の入り口
第二塔門の側壁面には、戦勝記念や神々への捧げ物を描いたレリーフが残っています。奥に見える巨大な柱の列は、有名な大列柱室(Great Hypostyle Hall)への入り口付近です。134本もの巨大な円柱が並ぶ光景は圧巻です。手前の丸みを帯びたステラ(碑文石)は、王の業績などを記している。カルナック神殿 城・宮殿
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有名な大列柱室へと入ります。134本の柱は高さ15~21メートルに達します。ここが中央の身廊で、主身廊の両脇には、柱頭の芽が開いたパピルス柱が6本ずつ2列に並び、両側のクリアストーリー窓から光が差し込んでいました。
カルナック神殿 城・宮殿
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122本の柱頭の芽が閉じたパピルス柱は、天井の開口部から光が差し込む側身廊を支えていました。
カルナック神殿 城・宮殿
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第二塔門の壁画が朝陽に浮かび上がる
カルナック神殿 城・宮殿
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第二塔門の裏側や大列柱室の壁には巨大なレリーフが描かれている
カルナック神殿 城・宮殿
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列柱室から今来た道を振り返る。巨大な神殿に驚くばかりである
カルナック神殿 城・宮殿
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大列柱室を抜けると巨大なオベリスク:が見える。左屋側がハトシェプスト女王で右側がトトメス1世が建てたもの。これほど巨大な一本岩を切り出し、直立させた古代エジプトの技術力には圧倒されますね。
カルナック神殿 城・宮殿
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ハトシェプスト女王のオベリスク(左奥)
現存するエジプトの単一石オベリスクとしては最大級のもので、高さは約30メートル近くあります。女王の権威を象徴する、カルナック神殿の象徴的な建築物です。
• トトメス1世のオベリスク(右手前)
ハトシェプスト女王の父であるトトメス1世が建てたものです。カルナック神殿 城・宮殿
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第7塔門の像
対になって並んでおり、両脇の像は腕を胸の前で交差させる「オシリス神」のポーズをとっています。これは王が死後、神格化された姿を表す際によく用いられるスタイルです。カルナック神殿 城・宮殿
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第8塔門
• 建造者: 第18王朝の女性ファラオ、ハトシェプスト女王によって建てられました。
• 位置: 「第7塔門」の南側にあり、ルクソール神殿へと続くスフィンクス参道(南北のプロセス路)の一部を構成しています。
• 歴史的背景: 女王の死後、彼女の存在を消そうとしたトトメス3世によってレリーフが書き換えられたり、後にセティ1世やラムセス3世によって修復・追加装飾がなされたりしました。
カルナック神殿 城・宮殿
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塔門の前には、ハトシェプスト女王やトトメス2世、アメンヘテフ2世などの巨大な像が並んでいました。現在も一部が残っており、そのスケールの大きさを実感できます。この塔門には、新王国時代の神官や書記たちが残した古代の落書きや碑文が多く残っていることで知られています。これらは当時の人々の信仰や生活を知る貴重な資料となっています。毎年恒例の「オペト祭」(アメン神がルクソール神殿へ旅をする祭礼)の際、神輿を担いだ行列が通過する重要な拠点でした。
カルナック神殿 城・宮殿
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第8塔門と座像
• 第8塔門自体はトトメス3世によって建設が始まりましたが、後にハトシェプスト女王やアメンヘテプ2世などによって装飾や修正が加えられました。
• 大きな座像は、一般的にアメンヘテプ1世(またはトトメス3世)のものとされています。かつては南北に合計6体の像が並んでいましたが、現在はその一部が残るのみです。
• 像の背後にある塔門の壁面には、緻密なヒエログリフや王が神々に捧げものをする浮き彫り(レリーフ)が刻まれており、当時の宗教儀礼の様子を今に伝えています。カルナック神殿 城・宮殿
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第9塔門(Ninth Pylon)
現在は上部が大きく崩れていますが、古代エジプト史において非常に興味深い「秘密」を持っていた場所です。
1. 建立者と歴史
• この塔門は、第18王朝最後のファラオであるホルエムヘブによって建てられました。
• カルナック神殿のメインルート(東西)ではなく、ムト神殿へと続く「南北の参道(南北軸)」に位置しています。
2. この塔門が考古学的に有名な最大の理由は、その内部にあります。
• ホルエムヘブは、異端の王として知られるアクエンアテン(アメンホテプ4世)が建てた神殿を解体し、その石材(タラタートと呼ばれる小さな石のブロック)を第9塔門の詰め物(中身)として再利用しました。
• アクエンアテンの記憶を消し去るための破壊でしたが、皮肉なことに塔門の中に密封されたことで、当時の鮮やかな色彩や浮き彫りが現代まで非常に良い状態で保存されることになりました。
3. かつて塔門の中に塩分を含んだ水が入り込み、石材を劣化させたことが原因で、現在のような姿になっています。
• 20世紀に修復作業が行われた際、内部から数万個のタラタート・ブロックが発見され、それらをパズルのように組み合わせてアクエンアテン時代の壁画が野外博物館で一部復元されている。カルナック神殿 城・宮殿
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アメンホテプ2世の祝祭殿(セド祭殿)
この建物は、王の即位30周年を祝う「セド祭」のために建てられたもので、現在はカルナック神殿の第9塔門と第10塔門の間の中庭付近に復元されています。
もともとは別の場所にありましたが、後の王、ホルエムヘブなどによって解体され、別の建物の詰め物(再利用材)として使われていました。近代の考古学者たちがその破片をパズルのように組み合わせて、現在の位置に復元したものです。
• 写真に見える四角い柱(ピラー)には、アメンホテプ2世が神々から祝福を受ける様子や、ヒエログリフの碑文が刻まれています。
アメンホテプ2世は「スポーツマン王」としても知られ、弓矢や馬術に秀でていたと言われています。柱のレリーフを細かく見ると、彼の力強さを象徴する描写が見つかるかもしれません。カルナック神殿 城・宮殿
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アメンホテプ2世の祝祭殿
カルナック神殿といえば「大列柱室」の円柱が有名ですが、この祝祭殿(セド祭殿)は、写真にあるような四角い柱が整然と並んでいるのが大きな特徴です。柱の各面には、アメンホテプ2世がアメン・ラー神などの神々から祝福を受けたり、供物を捧げたりする姿が、非常に美しい浮き彫りで描かれています。カルナック神殿 城・宮殿
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アメンホテプ3世の幸運を呼ぶスカラベ
エジプトでは古来、スカラベは太陽神ケプリの象徴であり、再生や復活のシンボルとされてきました。この像の周りには以下のような言い伝えがあります。
• 反時計回りに7回まわる: 願い事が叶う、あるいは幸せになれると言われています。
• 3回まわる: 結婚運が上がる、あるいは子宝に恵まれるという説もあります。
この像はピンク色の花崗岩で作られており、もともとはアメンホテプ3世の葬祭殿にあったものが、後にこのカルナック神殿の「聖なる池」のほとりに移されました。カルナック神殿 城・宮殿
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トトメス1世のオベリスク
カルナック神殿 城・宮殿
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トトメス3世の座像
第18王朝のファラオで、「エジプトのナポレオン」とも称されるほど軍事的に優れた王として知られています。赤色花崗岩(レッド・グラナイト)で作られています。ネメス頭巾を被り、膝に手を置いた伝統的な王のポーズをとっています。
• 場所: ルクソールのカルナック神殿の内部、特に彼が建立した「祝祭殿(アハ・メヌ)」の近くなどで見ることができます。残念ながら、顔の一部や右腕が破損していますが、その堂々とした佇まいは当時の威厳を今に伝えています。カルナック神殿 城・宮殿
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トトメス3世の戦勝記念リスト(征服した都市のリスト)
一見すると、人の形をしたものが並んでいるように見えますが、よく見ると胴体が「卵型の枠(カルトゥーシュ)」になっています。これは捕虜を象徴しており、後ろ手に縛られた人物の頭と腕が描かれています。本来は王の名前を書く枠ですが、ここでは征服した外国の都市や地名がヒエログリフで刻まれています。つまり、これは「これらの都市(地名)を擬人化し、エジプト王に服従させた」ということを視覚的に表現した、古代の「戦績リスト」なのです。
このレリーフを刻ませたトトメス3世は、「エジプトのナポレオン」とも呼ばれる武功派のファラオです。メギドの戦いなどで勝利し、パレスチナやシリア方面の多くの都市を支配下に置きました。この壁一面に並ぶリストは、彼の軍事力の圧倒的なスケールを当時の人々に(そして神々に)見せつけるためのものでした。カルナック神殿 城・宮殿
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アメン神のツタンカーメンとムト女神
この一対の像は左側の古代エジプトの最高神であるアメン神(Amun)の模ったツタンカーメン像です。頭部にはアメン神を象徴する2本の高い羽がついた冠(ダチョウの羽)を被っています。カルトゥーシュはホルエムヘブによって書き換えが行われた
• 右側の像(女性): アメン神の妻であるムト女神(Mut)です。アイが奉納したといわれる。カルナック神殿 城・宮殿
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ハトシェプスト女王の赤い祠堂(Red Chapel)
カルナック神殿 城・宮殿
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神様への「献立表」
このグリッド(マス目)は、単なる日付だけでなく、いつ、どの神様に、何をどれだけ捧げるかという膨大なリストになっています。古代エジプトの王(ファラオ)にとって、神々に供物を捧げることは「世界の秩序(マアト)」を守る最も重要な任務でした。そのため、このように表形式で厳密に記録されました。マス目の中には、パン、ビール、牛の肉、ワイン、花など、供物の種類と数がヒエログリフで記されています。カルナック神殿 城・宮殿
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神に捧げられる膨大な種類の品々が整然と並べられています。
• 飲食物: パン、牛の肉、鳥(鴨やガチョウ)、果物、ワインやビールの入った壺などが象徴的に描かれています。
• 工芸品: 豪華な容器、宝石、布地、香油などの貴重品も見受けられます。
• 花: ロータス(蓮の花)は再生の象徴として、供物の山の上によく添えられます。
2. 構成と様式
• レジスター(段): 情報が横の段に分けて整理されており、まるで現代のカタログや在庫目録のような正確さを持っています。
• ヒエログリフ: 下部や各項目のそばには、その供物の名前や数量を示す聖刻文字が刻まれており、呪術的に「言葉にすることで、永遠にその供物が供給される」という意味が込められています。カルナック神殿 城・宮殿
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アッカ・メヌ(トトメス3世の祝祭殿)
カルナック神殿 城・宮殿
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アッカ・メヌ(トトメス3世の祝祭殿)の内部
この細い柱は、エジプトの「ナポレオン」とも称される武功派の王、トトメス3世が遠征中に使用した軍事用テント(天幕)の支柱を石で再現したものだと言われています。逆向きの柱頭: 通常の神殿の柱は上に向かって広がるデザイン(開花式など)が多いですが、ここの柱は上が細くなっており、テントのポールのような独特な造形をしています。写真の天井に見える青色は、まさにこの祝祭殿の保存状態の良さを物語っています。かつてはここが「夜空」に見立てられ、黄色い星が散りばめられていました。カルナック神殿 城・宮殿
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ラムセス2世神殿
カルナック神殿 城・宮殿
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ラムセス2世神殿から見た東門(ネクタネボ1世の門)
カルナック神殿 城・宮殿
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コンス神殿へ向かいます
カルナック神殿 城・宮殿
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Temple of Opet オペト神殿
とりあえずこっちを先に見に来ました。カルナック神殿 城・宮殿
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Temple of Opet オペト神殿
無料ですが、門番が鍵を持ってるので見たければチップが必要になります(ハー)。カルナック神殿 城・宮殿
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オペト神殿:壁画の主な内容
• 上段:オシリス神の復活
中央に横たわっているのはオシリス神です。その上を、翼を広げたハヤブサ(あるいはトビ)の姿をしたイシス女神が舞っています。これは、亡くなったオシリスをイシスが魔術によって一時的に蘇らせ、息子であるホルスを身ごもるという有名な神話の一場面を象徴しています。
• 下段:神々への献上
下段には、ファラオが列をなす神々(オシリス、イシス、ホルスなど)に対して供物を捧げ、儀式を行っている様子が詳しく描かれています。
天井にある小さな窓から光が差し込むように設計されている。カルナック神殿 城・宮殿
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右側の壁面には、王が神々に供物を捧げている様子が美しく残っています。
• 上段・中段: 王(プトレマイオス朝の王たち)が、アメン・ラー神やムート女神、テフヌト女神などの神々と対面している儀式的なシーンです。
2. 入り口(門)の意匠
中央の入り口の上部には、非常に特徴的な装飾があります。
• 有翼日輪(ゆうよくにちりん): 太陽円盤から左右に翼が広がるデザインは、保護と太陽神の力を象徴しています。
• ウラエウス: 日輪の両脇には、王権を守護する聖蛇(コブラ)が刻まれています。カルナック神殿 城・宮殿
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壁面には、プトレマイオス朝時代(紀元前4世紀~1世紀頃)に彫られた精巧な浮き彫り(レリーフ)が並んでいます。
• 名目上はオペト女神の神殿ですが、実際には太陽神アメン・ラーが死を経てオシリスと一体化し、再び若々しい姿で「再誕生」するための場所と考えられていました。
• 壁面には、王(プトレマイオス8世など)が神々に供物を捧げる儀式の様子や、神々の列が描かれています。色彩がわずかに残っている部分もあり、保存状態が良いのが特徴です。カルナック神殿 城・宮殿
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Temple of Khonsu コンス神殿
オペト神殿の東隣りに接しています。コンス神殿は、古代エジプトの神々の家族である「テーベ三柱神」の一柱、コンスに捧げられました。
• アメン神: 父(神々の王)
• ムト女神: 母
• コンス神: 息子(月の神)
コンスは「旅する者」という意味を持ち、月の運行を司る神として崇められていました。
2. 神殿の特徴と歴史
• 建設時期: 新王国時代の第20王朝、ラムセス3世によって建設が始まりました。その後、後の王たちや、プトレマイオス朝時代に至るまで装飾や改築が続けられました。
• 建築様式: 古代エジプトの「古典的な神殿様式」を完璧に備えていると言われています。塔門(入り口)、中庭、列柱室、そして一番奥に聖所という配置が非常にわかりやすく残っています。
• 碑文の重要性: 壁面には、ラムセス時代の終焉と、神官たちが権力を持ちはじめた時期(神官国家への移行期)の様子を示す重要な碑文やレリーフが多く残されています。
3. 写真に写っている場所の注目点
• 塔門(パイロン): 写真中央に見える巨大な壁が塔門です。かつてはここにも巨大な王の像や旗ざおが立てられていたはずです。カルナック神殿 城・宮殿
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コンス神殿(Temple of Khonsu)の列柱室
• 重厚な列柱(れっちゅう): 手前に見える巨大な柱は、新王国時代(第20王朝)の建築様式をよく示しています。柱身にはファラオ(ラムセス3世など)が神に供物を捧げる様子や、ヒエログリフが刻まれています。
• コンス神殿はカルナックの中でも比較的保存状態が良く、当時の「典型的なエジプト神殿」の構造(塔門、中庭、多柱室、至聖所)を学ぶのに最適な場所と言われています。
• ラムセス3世によって建設が始まり、その後のファラオたちや、第21王朝のヘリホル(神官王)によって装飾が完成されました。
• コンスは「旅する者」という意味を持ち、夜空を旅する月を象徴していました。また、病を治す癒やしの力を持つ神としても信仰されていました。カルナック神殿 城・宮殿
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巨大な円柱の上部を見てみると、青や赤のオリジナルの彩色がはっきりと残っています。数千年前の職人が塗った色がこれほど鮮明に見えるのは、非常に貴重な光景です。
• 柱には精巧なヒエログリフ(聖刻文字)や、神々に供物を捧げるファラオのレリーフが刻まれています。これらは歴史的な記録であると同時に、当時の信仰心を表しています。カルナック神殿 城・宮殿
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プトレマイオス3世の門(別名:バブ・エル=アマラ門)
この門はコンス神殿の前に位置しており、保存状態が非常に良く、レリーフの美しさで知られています。プトレマイオス朝の全盛期を築いたプトレマイオス3世エウエルゲテス(紀元前246-221年)によって建立されました。この門からは、ルクソール神殿へと続く約3キロメートルのスフィンクス参道が伸びています。カルナック神殿 城・宮殿
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壁面には王が神々に供物を捧げるシーンや、ヒエログリフがびっしりと刻まれています。特に上部の「有翼日輪(ホルス神の象徴)」の彫刻は、この時代の芸術の精巧さを象徴しています。
カルナック神殿 城・宮殿
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カルナック神殿のプトレマイオス3世の門からは、ルクソール神殿へと真っ直ぐ続く約3キロメートルのスフィンクス参道が伸びています。中間にチケット売り場があって出入りはちゃんと制限されています。
スフィンクス参道 史跡・遺跡
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ルクソール(エジプト) の旅行記
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旅行記グループ 初エジプト16日間
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