2025/12/23 - 2026/01/07
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kankonokiさん
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この旅行記のスケジュール
2026/01/01
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ピラミッドやアブシンベル神殿を一度は観てみたい。しかしハプシェスト女王葬祭殿で起こった非イスラム教徒への残酷なテロはその想いを封印し続けていた。最近二人の知り合いがエジプトへ行ったことで徐々に気持ちが緩和され遂にこの年末年始にその封印が解かれた。ギザ、アスワン、アブシンベル、ルクソールとゆっくり廻ると10日はかかる。出来ればナイル川クルーズもしたかったが観光シーズンは料金が高くて諦めました。その14はカルナック神殿を後にして驚き呆れるただの廃墟しかないムト神殿、コンパクトだが貴重な展示に出会えるルクソール博物館、大晦日、ハッピーニューイヤーと気球から観た初日の出など。熱気球からはルクソール西岸の見損ねていた観光地を空の上からゆっくり見学できました。最高でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 2.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 船 タクシー 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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カルナック神殿のスフィンクス参道からの入り口から出ました。プトレマイオス3世の門(別名:バブ・エル=アマラ門)、この門からは、ルクソール神殿へと続く約3キロメートルのスフィンクス参道が伸びています。
カルナック神殿 城・宮殿
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スフィンクス参道のすぐ脇で発掘作業を直で見学できました。
スフィンクス参道 史跡・遺跡
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1964年の航空写真、カルナック神殿(ほぼ中央)とチケット買ってしまったムト神殿(右上)にある。封鎖されてる第10塔門が通れればまっすぐムト神殿へと繋がってる
スフィンクス参道 史跡・遺跡
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全く読めない案内標識 これが観光客から大金巻き上げてる観光立国の真実です
スフィンクス参道 史跡・遺跡
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3kmほぼ直線でルクソール神殿へ続くスフィンクス参道
スフィンクス参道 史跡・遺跡
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ナイルメーターの案内
スフィンクス参道 史跡・遺跡
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ナイルメーター
スフィンクス参道 史跡・遺跡
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スフィンクス参道のカルナック神殿とルクソール神殿の中間にどっちも入れる入場券売り場があります。4km歩ければ片方のチケットで両方入れるのかも???
スフィンクス参道 史跡・遺跡
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ここからスフィンクス参道が出れました。ホテルに戻って10時まで食べれる朝食食べに帰ります。
スフィンクス参道 史跡・遺跡
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ロバさんの荷車
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ホテルの朝食 今日はオムレツ持って来た
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すぐに元に戻ってカルナック神殿のチケット売り場で買ってしまったムト神殿を見に戻ります。入場料払う施設は塀で囲まれてるわけですが、ここはちょっと土手に登れば中は見えますね。これ何?ただの廃墟じゃない。。。200ポンドよく取るな?
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2人のただのオッさんがチケットチェックしてくれてその流れで案内したそうだったけど、かたくお断りして1人で見学させてもらう。英語も通じないし気になってゆっくり見れないしチップ払わされるしいい事ないです。建物何にもないです。ここはムト神殿ではなく「ムト神殿跡」でしかない。なんでこれを有料200ポンドにできると思ったのか不思議。
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王の等身大像
アスワン産の花崗閃緑岩で作られており、元々はムト神殿の建設にも携わったアメンホテプ3世のために制作されました。しかしその後二度にわたって再彫刻され別の王の名が刻まれた。 -
神殿の柱 説明なし
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サクメト女神としてのムト神の特大像
ムト神殿のサクメト女神は、古代エジプト人にとって、世界と宇宙の日々の営みを司る太陽神として重要でした。彼女は時を定め、暦年を通して有益な要素と有害な要素の両方をもたらすことができました。例えば、健康と病気は彼女の指示の下にありました。当然のことながら、この女神を喜ばせることは、エジプト人にとって、そして豊かなナイル川と健康な人口が支配者への彼女の愛の証であると示そうとした王たちにとって重要でした。サクメトとして描かれたムトの大きな像は、より人間的なスケールで作られた数百体の像に付随する、このスケールで作られた数体の像の一つでした。これらの像はすべてアメンホテプ3世(BC1390年頃 - 1352年)の命により制作されましたが、その多くは碑文が刻まれておらず、後に他の支配者を識別するための象形文字が刻まれました。この像は、第22代ドマスティ朝のシェションク1世によって命名されました。これは像が最初に奉納されてから約500年後のことです。このようにして、シェションク1世はムトの世界への配慮を受け継いだのです。
この像は1896年にベンソンとゴーレイの探検隊によって発見されました。2013年秋、エジプトのアルジェリア研究センター(ARCE)は、この像の保存修復に関するフィールドスクールを実施しました。
ARCEは、古いセメントの補修材を取り除き、各部分を分解・洗浄し、石材を固め、部分を再組み立てしました。そして、新しい台座を含む人造石を使用して、失われた部分を製作しました。 -
廃墟 廃墟のムト神殿 金返せと心の声が…
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結構大きめのラムセス2世像らしきもの。ラムセス2世だけですこんな巨大な像造るのって
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いつか神殿再建されるといいですね。
ムト神殿の右奥にはラムセス3世の神殿があるようなのでそっちへ行ってみます。 -
ラムセス3世神殿
この神殿は、第20王朝(紀元前1186年頃~1155年)にラムセス3世によって建立されました。
神殿の中で最も保存状態の良い部分には、リビアとシリアに対する戦闘を描いた場面があり、西側の外壁に見ることができます。この神殿はアメン・ラーに捧げられていましたが、オシリスの礼拝堂も神殿内にありました。2002年、ジョンズ・ホプキンス大学の調査隊は、神殿の床下から、元の崇拝像の大部分がバラバラになっているのを発見しました。神殿の聖域に建てられていたであろうこの美しい像は、アメン・ラーがミイラに包まれた小さな像を抱いているラムセス3世を描いています。この像は組み立て・修復され、現在はルクソール博物館に展示されています。 -
こちらの方がムト神殿よりちょっとマシな感じです。ただしムト神殿のチケット買わないと見れないです。
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看板で注目すべきところとされたラムセス3世がリビアやシリアで戦っている図は左側の外壁にあるらしい。右側は主要な神様が描かれてようだ
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廃墟廃墟はもう飽きたし、出入り口に戻って遠回りして帰るのもたるいし、そこにいるオッさんにチップねだられるのもウンザリなので塀の壊れたところ登って脱出しました。既に蝿に付き纏われてるようなエジプト旅行ウンザリ気味。
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ルクソール西岸にはまだ行きたい所はいっぱいあるが、東岸にはあとはルクソール博物館くらいしか行きたい所なくなって来ました。ムト神殿の裏側から歩いて30分くらいでした。タクシー運転手と交渉するのも辟易ですし。
ルクソール博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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外人は400ポンド 約1320円くらい
ルクソール博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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入ってすぐの展示エリア
ルクソール博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ソベク神とアメンホテプ3世の二連像
この像は1967年にアルマント近郊の運河の改修中に発見されたもので、その美しさと保存状態の良さから博物館の「至宝」とされています。左がワニの頭を持つソベク神、右が第18王朝のファラオ、アメンホテプ3世。素材はアラバスター(方解石/カルサイト)の一枚岩。内側から光を放つような透明感があり、暗い展示室で非常に神秘的に見えます。ソベク神が王アメンホテプ3世に「生命の鍵(アンク)」を差し出しており、神が王に永遠の命と加護を与えている様子を表現しています。王のベルトや台座にあるカルトゥーシュ(名前を囲む枠)には、後のラメセス2世の名前に書き換えられています。ルクソール博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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トトメス3世(Thutmose III)の坐像
古代エジプト美術の中でも特に完成度が高い傑作の一つとして知られています。像は、石英ジオライトで彫刻され、1965年にヨルダン川西岸のトゥトモシス神殿で発見されました。素材は非常に硬く、磨くと深みのある光沢が出る硬砂岩。
「エジプトのナポレオン」とも称される武勲豊かな王ですが、この像では驚くほど穏やかで、若々しく端正な顔立ちをしています。頭部には、ファラオの象徴である縞模様の頭巾ネメスを着用しています。顎には、神聖さを表す付け髭が付いています。腰には、王専用の短いスカートであるシェンデトを纏っています。王の足元には「九つの弓」(Nine Bows)と呼ばれるシンボルが刻まれています。これは古代エジプトにとっての「伝統的な敵対勢力」を象徴しており、王がそれらを踏みつけて支配している=エジプトの秩序(マアト)を守っていることを示しています。ルクソール博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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第19王朝の女王タウセルト(Tausert)の石棺
材質は赤色花崗岩で、王家の谷、墓番号KV13(宰相バイの墓)で見つかった。「女王」にしてファラオとなったタウセルトは、古代エジプトでも数少ない女性のファラオとして君臨した人物です。元々はセティ2世の王妃でしたが、王の死後幼い王サプタハの摂政を経て最終的に自らファラオとして即位しました。
パネルには「Tomb of Bay(バイの墓)」から見つかったと記されています。バイはタウセルトを支えた有力な宰相でしたが、後に処刑されました。この石棺はもともと彼の墓にありましたが、後にタウセルトの王墓(KV14)に移され、最終的にはさらに別の王(第20王朝のセトナクト)によって墓そのものが乗っ取られるという激動の権力争いに巻き込まれた遺品です。
石棺の側面には、翼を広げた女神(イシスやネフティスなど)の姿が見えます。これは亡くなった者を守護し、再生を助けるための宗教的な意図が込められています。ルクソール博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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弓を射るアメンホテプ2世
アメンホテプ2世は、運動能力と戦士としての腕前を特に誇りとしていました。
この碑文には、銅の標的に矢を射る彼の姿が描かれています。碑文には、彼が常人よりもはるかに強いことを誇り、矢がパピルスのように刺さっているのは木製の標的ではなく銅製の標的を用いて練習したと記されています。また、この碑文のように自らの戦車を操り、力と射撃の腕前を披露できたことも非常に誇りに思っていました。ルクソール博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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カモス王(第17王朝)の第2石碑
1954年にカルナック神殿で発見されたもので、エジプト史上極めて重要な歴史資料として知られています。
外来民族ヒクソス(第15王朝)をエジプトから追い出し、国を再統一するための戦勝記録。当時のエジプトは、北をヒクソス、南をヌビア(クシュ)に支配され、カモスが治めるテーベ(現在のルクソール)はその間に挟まれていました。碑文には、ヒクソスの王アペピが南のクシュ王に宛てて「一緒にテーベを挟み撃ちにしよう」と送った密使を、カモスの軍が砂漠で捕らえたという事件が記されています。全38行にわたる美しいヒエログリフで、カモス王の勇猛さと軍事作戦の詳細が綴られています。この戦いはカモスの代では完全には終わりませんでしたが、彼の弟(または息子)であるイアフメス1世が後にヒクソスを完全に追放し、黄金期である「新王国時代」を築くことになります。ルクソール博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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イアフメス1世(Ahmose I)のミイラ
ヒクソスをエジプトから追放し、古代エジプト第18王朝の創始者で新王国時代という黄金期を切り開いたファラオのミイラ
発見場所: 1881年にデイ・アル=バハリの隠し場(DB320)で発見されました。ここは、墓荒らしから守るために後世の神官たちが王たちのミイラを集めて隠した場所です。非常に丁寧に包まれており、画像でもリネンの包帯がしっかり残っているのがわかります。調査の結果、彼は30代半ばで亡くなったと推定されています。首のあたりに深い傷があるなど、戦いの中で亡くなった、あるいは戦傷が原因で亡くなった可能性も示唆されています。説明パネルには、彼が約35歳で亡くなったことや、関節炎を患っていた可能性、そして彼が武力だけでなく、知略と戦略を駆使してエジプトを統一した偉大な指導者であったことが記されています。ルクソール博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ルクソールで発掘された様々な遺物が展示されている
ルクソール博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ラムセス2世の二重冠像
ルクソール博物館の中でもその美しさと保存状態の良さ(特に表情の豊かさ)で知られる傑作の一つです。
この像の主な特徴
二重冠(プスケント): 上エジプトの白冠と下エジプトの赤冠を組み合わせたもので、彼が全エジプトの支配者であることを象徴しています。
赤と灰色の花崗岩(グラナイト)で作られています。写真でも、冠の部分と顔・身体の部分で石の色味が異なっているのが見て取れますが、これは同じ岩塊の中にある色の変化を計算して彫られたものです。
ラムセス2世の像はエジプト全土に無数にありますが、この像は特に若々しく、穏やかで気品のある微笑みを浮かべているのが特徴です。ルクソール博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ラムセス3世像(新王国第20王朝、紀元前1184年から1153年頃)
午前中行ったムト神殿脇のラムセス3世神殿で発見された。 この彫像は黒色の硬い石(グラウワッケまたは閃緑岩)で彫られており、王は上下エジプト統一を象徴する二重冠(プスケント冠)と、王権と神性を表す付け髭を身につけています。黒い石はナイル川の肥沃な黒土を象徴し、死と復活、豊穣の神オシリスと関連付けられていました。ファラオが付け髭を着用するのは、生ける神としての地位を示すためであり、死後はオシリス神と一体化すると信じられていました。ルクソール博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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オシリス神としてのメンチュヘテプ3世像
この像は、古代エジプト第11王朝のファラオ、メンチュヘテプ3世を表しています。死者の神であるオシリス神の姿で表現されており、埋葬時の衣服をまとっています。頭には白い王冠(上エジプトの王冠)を被り、長いあごひげを蓄えています。死後の世界での復活と永遠の命を象徴する、古代エジプト初期のオシリス神像の一つですルクソール博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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アクエンアテン(アメンホテプ4世)の胸像
第18王朝の異端の王の像は、彼が伝統的な多神教を廃して唯一神アテンを崇拝した「アマルナ改革」期の独特な芸術スタイルを象徴しています。
• 面長な顔、厚い唇、細い目、そして少し突き出たお腹など、それまでの理想化されたファラオ像とは一線を画す、写実的かつ誇張された表現が特徴です。
• 持ち物: 手には王権の象徴であるヘカ(杖)とネケク(殻竿)を携えています。
• 二重冠: 上エジプトと下エジプトを統一する王の象徴である二重冠を被っています。
この像はカルナック神殿跡で見つかったものの一つですルクソール博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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タラタート石の壁
この壁面は、古代エジプト史上最も異色なファラオの一人、アメンホテプ4世(アクエンアテン)がカルナク神殿に建立したアテン神殿の壁を復元したものです。
アクエンアテンの死後、彼の宗教改革は否定され、その神殿はバラバラに解体されました。その石材は別の建築物の「中詰め石」として再利用されていましたが、現代の考古学者がそれらを1つずつ救出し、ジグソーパズルのように組み合わせてこの巨大な壁面を再現しました。
「タラタート」の由来: この小さな石材(約 52x26x24 cm)は、アラビア語で「3」を意味する「タラータ」に由来しています。石の長さが「3ハンドスパン(手のひら3つ分)」だったため、現地の作業員たちがそう呼んだのが定着しました。ルクソール博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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アマルナ様式のリアルな描写
伝統的なエジプト美術とは異なり、人々の日常生活や、王家の人間が食事をしたり供物を捧げたりする様子が非常に生き生きと、かつ独特のデフォルメ(細長い顔や突き出たお腹など)で描かれています。ルクソール博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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オシリス神の姿をしたアメンホテプ3世の像
時代: 新王国時代
素材: 赤色花崗岩(Red granite)
発見場所: ルクソール神殿
アメンホテプ3世が自分自身をオシリス神になぞらえて制作したものですが、後の時代にラムセス2世が自分の名前を刻み直して再利用したというエジプトの歴史においてよく見られる背景を持つ貴重な像です。ルクソール博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ホテルや街はニューイヤーパーティモード
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ビールで新年のお祝い
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朝4時に車の迎えが来て、ボートに乗って西岸へ渡る。これから熱気球に乗って2026年の初日の出と古代の遺跡を空から見に行きます。
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西岸ではワゴン車が待機してます
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ワゴン車で少し移動して下された広場
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暗い中作業が始まる
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初日の出が上がる
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大きなファンが回り、徐々に熱気球が膨らむ
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バーナーで熱されて少しずつ上げる
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ゴンドラに乗り込みテイクオフ
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空に上がる気球を見ているとなんかすごくいい気分になっていきます。
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上がった!初日の出と共に
「ハッピーニューイヤー!」 -
農村地帯を様々な気球が浮かび上がる
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ラムセウム 2日前に入れなかったけど上から見れた
ラメセウム(ラムセス2世葬祭殿) 建造物
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ハトシェプスト女王葬祭殿
ハトシェプスト女王葬祭殿 山・渓谷
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来た方向を振り返る
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アメンホテプ3世葬祭殿
メムノンの巨像 建造物
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メムノンの巨像
メムノンの巨像 建造物
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ゆっくり通過
メムノンの巨像 建造物
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空中浮遊感すごいです
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空から見るルクソール西岸最高です
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タドロス・アル・マシュレキ王子修道院 (Prince Tadros Al-Mashreki Monastery)
17世紀頃に建てられたコプト教関連施設、かなり遠いですね。行くには未舗装路を行かねばならないですがとても美しく、歓迎もされるそうです。 -
ラムセス3世葬祭殿 アモン神殿 (メディネ・アブー)
ラムセス3世葬祭殿 建造物
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段々近づく
ラムセス3世葬祭殿 建造物
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遺跡の真上を擦るように通過
まるで鳥になって飛んでいるようでした。ラムセス3世葬祭殿 建造物
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そしてランディング
実はランディングの時だけ事前に耐衝撃のインストラクションがあって中腰になって両手を掴まって着陸時の衝撃に備える姿勢を取るように指示されています。が、全く大事ないです。 -
すぐさま片付けが始まる。結構大掛かりで人手要るね。1万円強のツアー料金も仕方ないです。
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帰りはすぐに船着場に行き、東岸ではツアーコーディネーターがタクシーを止めて同じ方向の客と共に載せてくれてホテルまで帰されました。あの料金交渉の鬼が係のおじさんから50ポンド渡されて何も会話がありません。観光客舐めてるよね。
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今日の朝食はエジプトスタイルで
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3泊したジュエルルクソールホテル
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ナイルビューのバルコニーが良かった
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足早にチェックアウトしてタクシーアプリでタクシーを呼んで空港へ向かいます。タクシーは追加料金払わないとセキュリティチェックを通過してくれないので、ここで降ろされてターミナルまで歩きました。「おもてなし」のかけらもない観光産業ですね、エジプシャン!
ルクソール国際空港 (LXR) 空港
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ターミナル入るのに結構チェックが厳しい。エジプトで最悪のテロが起こった都市ですしね。
ルクソール国際空港 (LXR) 空港
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ターミナル内
これから昼の便でカイロに戻ります。その15に続くルクソール国際空港 (LXR) 空港
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