2025/12/23 - 2026/01/07
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kankonokiさん
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この旅行記のスケジュール
2025/12/28
この旅行記スケジュールを元に
ピラミッドやアブシンベル神殿を一度は観てみたい。しかしハプシェスト女王葬祭殿で起こった非イスラム教徒への残酷なテロはその想いを封印し続けていた。最近二人の知り合いがエジプトへ行ったことで徐々に気持ちが緩和され遂にこの年末年始にその封印が解かれた。ギザ、アスワン、アブシンベル、ルクソールとゆっくり廻ると10日はかかる。出来ればナイル川クルーズもしたかったが観光シーズンは料金が高くて諦めました。その8はアスワンからタクシーでコムオンボ神殿、エドフ神殿を訪ねてルクソールに向かいます。コムオンボ神殿とエドフ神殿に行くのは普通はクルーズ船で行くか、アスワンかルクソールからの日帰りツアーで行くのが普通ですが、アスワンからルクソール間の移動過程で立ち寄るのが効率的なのではないかと思い調べると、当初考えていた鉄道がとても不便で値段が高く、快適なクルーズ船は更に高価。なんとかタクシーを見つけて辿り着くことを画策しました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 2.5
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 2.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス タクシー 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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アブシンベル神殿から帰った朝3時起きの長い一日の昼下がり、アスワンで移動ATMって初めて目撃しました。
オベリスク ナイル ホテル アスワン ホテル
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タクシーアプリinDriveでエドフまで1800EPGで行ってもらう事に成功して待ち合わせの時間まで45分あったのでスークまで昼飯の調達に来ました。なんとかチキンサンドを買えました。
アスワン マーケット 市場
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タクシーは約束の時間前に来てた。真面目そうな運転手でよかった。ただエドフまでの途中コムオンボ神殿によってもらおうと交渉すると意外にも道が全く違ってよると2倍時間がかかるからと渋られてしまいました。アスワンとエスナ乗継ぎ間に高速道路が西側にあってそこを通って行くのが早いとは知らなかった。なんとか双方納得のいく金額を積み増して行ってもらいます。結構な出費にやや残念でした。
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1時間ほど幹線道路を北上してコムオンボ手前で左手に曲がってしばらく行くとサイーダ ファティマ アル ザフラ モスクが見えて通過した。
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無事コムオンボ神殿近くに到着。運転手に40分ほど待ってもらって遺跡へ徒歩で行く事になりました。何故か駐車場まで行ってくれません。エジプトあるあるの謎です。
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コムオンボ神殿のチケット売り場 見つけ難いとこに。案内標識不親切なのもエジプトあるあるです
コム オンボ神殿 城・宮殿
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チケット売り場の価格。エジプト人の11倍強!知らない方が良かった。
コム オンボ神殿 城・宮殿
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ゲートとパイロン
この壮大な門は寺院敷地へと通じており、有名なクレオパトラ6世の父であるプトレマイオス12世(紀元前80~51年)によって建てられました。 その西翼は、寺院の前庭の前部と同様に、ナイル川によって浸食されました。 門の東翼については、現在でも建築的および装飾的な特徴を保っています。壁画にはプトレマイオス12世がソベクとハトールシュなど、幅広い神々に儀式を行い、供物を捧げる様子が描かれています。コム オンボ神殿 城・宮殿
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ゲートから見たコムオンボ神殿
コム オンボ神殿 城・宮殿
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コム・オンボ神殿のユニークな点は2つの神様のために2列並立構造で造られています。
• 右側:豊穣と創造の神、ワニの姿をしたセベク
• 左側:天の神、ハヤブサの姿をしたホルス(ハロエリス)
入り口も通路も、すべてが2つずつ並んでいる珍しい構造です。コム オンボ神殿 城・宮殿
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円柱群
古代エジプトの神殿において、柱は単なる支柱ではなく、原初の海から生え出た植物を象徴しています。この神殿の柱の頭の部分は、パピルスや蓮あるいはそれらを組み合わせた複雑な植物文様で飾られています。柱ごとにデザインが異なっており、プトレマイオス朝時代の華やかで装飾的なスタイルが反映されています。コム オンボ神殿 城・宮殿
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こちら側(南側)はソベックの聖域へ通じる軸上にあります。 列柱室には5本の柱が2列あり、ファサードのスクリーン壁からはもう1列の5列が現れます。 形状が植物の形に由来する柱頭は、巧みに実行されています。
コム オンボ神殿 城・宮殿
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並んでいる特徴的な図像
• アンク(Ankh): 輪のついた十字架のような形で、生命を意味します。
• ウアス杖(Was-sceptre): 直線の杖で、権威や支配を象徴します。
• ジェド柱(Djed pillar): 背骨のような形で、安定を意味します。
これらが組み合わさることで、王や神が「永遠の生命と安定した支配」を持っていることを示しています。
2. 各シンボルの下の方にある、ボートのような半円形の上に神やシンボルが乗っている図像は、ヘブ(Heb)という記号で、「祭典」や「祝祭」を意味します。神々が祝祭の器の上で讃えられている様子を描いています。
3. 壁画の途中に埋め込まれている白い大理石のプレートは、近代(19世紀末)にこの神殿を修復・保護したエジプト考古局(Service des Antiquités de l'Égypte)による記念碑です。「1893年に修復された」といった内容のフランス語が刻まれており、ナポレオン以降のフランスとエジプト考古学の深い関わりを感じさせる歴史の跡です。コム オンボ神殿 城・宮殿
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外側の列柱室
古代エジプトの神殿の列柱室は、内部のより神聖な領域が始まる場所です。 このホールの屋根や側壁の大部分は現在失われていますが、かつては薄暗い部屋として意図されており、唯一の光は天井近くの狭い隙間から差し込んでいました。
外側にある列柱室は、プトレマイオス12世(紀元前80~51年)の統治期間に建設されました。 それは二つの入口からアクセスできます。南側(右側)はソベックの聖域へ通じる軸上に位置し、北側(左側)はハルウェル(ホルス・ザ・エルダー)の軸上にあります。 ホール自体には5本の柱が2列あり、ファサードのスクリーン壁からはもう1列の5列が現れます。 形状が植物の形に由来する柱頭は、巧みに実行されています。コム オンボ神殿 城・宮殿
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プトレマイオス朝時代の王がセベク神に供物を捧げたり、祝福を受けたりしている場面
ワニの頭を持つ姿で描かれ、ナイル川の豊穣と、王の守護を司る強力な神として崇められていました。この神殿は紀元前2世紀頃に建設されました。当時の人々は、ナイル川に生息する本物のワニをセベクの化身として神殿内で飼育しており、それらのワニのミイラも隣接する「ワニ博物館」で見ることができます。コム オンボ神殿 城・宮殿
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セベク神側の列柱室
コム オンボ神殿 城・宮殿
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左側のホルス神を祀る列柱室
コム オンボ神殿 城・宮殿
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祭暦の説明
神々を喜ばせるためには、すべての儀式を時間通りに執り行うことが不可欠でした。そのため、多くの神殿には、祭典やその他の宗教行事のリストが、日付と執り行うべき儀式とともに収められています。いわゆる祭暦は、コム・オンボ神殿だけで数多く見ることができます。古代エジプトの暦は、4ヶ月からなる3つの季節で構成されていました。これらは農業サイクルと密接に結びついており、洪水期のアケト、生育期のペレト、収穫期のシェムと呼ばれていました。
第一横殿に刻まれた祭暦からの以下の抜粋は、祭暦の内容をよく表しています。「アケト月3日、28日:オンボスに住むハトホルの祭典。ホルスとハトホル(の像)を出現させる。すべての儀式を執り行う。29日目は前庭で休息し、アケト月4日、2日目まで休む。」コム オンボ神殿 城・宮殿
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古代エジプトの暦は、現代の私たちが使っている暦のルーツの一つと言われています。
• 3つの季節: 1年を「アケト(増水期)」「ペレト(播種期)」「シェム(収穫期)」の3つに分けていました。
• 1ヶ月30日: 1ヶ月を10日ごとの3つの週に分け、合計30日としていました。
• 1年365日: 30日×12ヶ月(360日)に、年末の5日間の「付加日(神々の誕生日)」を足して365日としていました。
2. レリーフの読み方
写真の右側の方に注目すると、**「縦棒(I)」や「丸(○)」**などの記号が並んでいるのが見えるかと思います。
• 丸(○): 「日」を表します。
• 縦棒(I): 「1」を表します。例えば、丸の下に縦棒が3本あれば「3日」という意味です。
• 内容: 日付の横には、その日に行われる祭事の内容や、神々に捧げるべき**供物(パン、ビール、牛など)**がヒエログリフで細かく記されています。いわば、神殿の「年間行事予定表」兼「お供えリスト」のようなものです。コム オンボ神殿 城・宮殿
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インナーホールと2つの聖域
寺院の中心部は、紀元前2世紀にプトレマイオス6世王によって建てられました。 内側の多柱式ホールの向こうには、献げ物が献げられたと考えられる三つの前室があります。 それぞれに二つの扉があり、寺院の二柱の神それぞれに一つずつあります。
前室の一つの天井は、装飾や元の色彩の多くが残っております。 青い空を背景に星が見られ、白い王冠をかぶったハゲタカの模様と、赤い王冠をかぶったコブラ頭のハゲタカが交互に見られます。 これらはそれぞれ、上エジプトと下エジプトの守護女神であるネクベトとワジエトを表しています。
寺院の奥端には、最も神聖な二つの部屋、すなわち聖域があります。 南側はソベックに捧げられ、もう一つはハルワーに捧げられています。 それぞれの中心には黒い花崗岩の断片があります。 これらは、かつて彼らの祭祀像が収められた神々の神殿が安置された台座です。 秘密の部屋は、かつて儀式用具が保管されていた聖域の下と、現在は消滅した壁内の空間に位置しています。コム オンボ神殿 城・宮殿
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内列柱室の入り口
レリーフには、プトレマイオス朝時代の王(ファラオ)が、神々に対して供物を捧げたり、神々から祝福を受けたりする場面が描かれています。
• 浄化の儀式: 王が両脇を神々に囲まれ、頭から「アンク(生命の象徴)」や「ウアス(権力の象徴)」を水のように注がれて清められている場面がよく見られます。
• 王権の正当化: 神が王の頭に冠を載せたり、手を引いたりしている描写は、「この王は神に選ばれた正当な統治者である」ことを示しています。コム オンボ神殿 城・宮殿
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ハロエリス(大ホルス)側の内列柱室
コム オンボ神殿 城・宮殿
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井戸
神殿の北側に位置するこの円形の井戸は、ローマ時代(紀元前30年~紀元後395年)に遡り、深さは16メートルで、螺旋階段が下がっています。この井戸から水を汲むこともできましたが、主な役割は階段の段差から洪水位を測ることでした。
これは非常に重要でした。灌漑用水路を事前に計画し、それに応じて掘削することが可能になっただけでなく、農業生産性を予測し、それに基づいて課税額を設定することも可能になったからです。
この井戸は、同じくローマ時代に遡る、より小さな別の井戸と繋がっています。ここから水が汲み上げられ、神殿職員の日常的な用水から宗教的な目的まで、様々な用途に使用されました。
この小さな井戸は、さらに近くにある長方形の階段状の浄化池と繋がっており、祭司たちはこの浄化池で儀式の清めを行っていました。コム オンボ神殿 城・宮殿
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ナイロメーターは単なる計測用の井戸としてだけでなく、セベク神の化身としての聖なるワニを飼育する場所としても使われていたという説があります。かなり深い円筒形の構造をしています。内側の壁にはらせん状の階段が刻まれており、神官がその階段を降りて水位を正確に読み取っていました。
神殿はナイル川のすぐ脇に建っているため、この井戸の底から川へとつながる地下トンネルが掘られています。川の水位が上がると、サイフォンの原理で井戸の中の水位も上がる仕組みになっていました。
古代エジプトにおいて、ナイル川の水位を知ることは国家の予算を決めることと同じでした。水位が最適: 「今年は豊作になるぞ!」と判断され、農民への税金が高くなる。水位が低い: 「凶作で飢饉になるかもしれない」と予測され、税金が免除または軽減される。コム オンボ神殿 城・宮殿
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出生館(コプト語で「mammisi」)
ここは、寺院の主神の子の誕生が祝われ、彼らの祭祀を取り巻く儀式が行われた場所です。 ここと同様に、出生館は通常、正面に位置し、直角に位置する小さく独立した寺院です。
その西半分は残念ながらナイル川によって浸食されています。 内部の前室にある興味深いシーンは、王が二人の神と共に船に乗っている様子を描いています。様々な鳥や水生植物に囲まれ、ミン・アムン・ラ・カムテフに面しています。コム オンボ神殿 城・宮殿
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夕陽に染まるコムオンボ神殿の全景
コム オンボ神殿 城・宮殿
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外科用器具の壁画
ローマ皇帝アントニヌス・ピウスとマクリヌス(西暦138年~218年)の統治期間に彫られた可能性が最も高く、描かれている医療用および外科用器具には、メス、ノコギリ、フック、鉗子、鱗、スポンジ、そして様々な血管が含まれています。
左側にいる皇帝は、王座に座した神の前でひざまずいており、上半身欠けているが恐らく大ホルス神です。 これは、この壁画が左(北)側に位置し、そして大ホルス神がコム・オンボ寺院で医学と関わっていること、そしていくつかの文献が彼を医師の長と呼んでいることによって裏付けられています。
皇帝が提示しているものは保存されていないものの、文献はそれがウェッジャット(ホルス)の眼であったことを明確に示しています。ウェッジャットは、古代エジプトの信仰において負傷していたホルスの眼を指しますが、その後修復されました。 これにより、秩序の回復と混沌の打倒の完璧な象徴となりました。 ここでの二つのウェッジャットアイは、上エジプトと下エジプトを表しています。 王は、復元され、損傷のない二つのウェジャットアイを神々に献上することにより、彼らに強大で統一されたエジプトを提供しています。コム オンボ神殿 城・宮殿
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壁画の彫り方は、背景を削り取って像を浮き出させる陽刻(Raised Relief)という技法で、保存状態が非常に良く、当時の高い彫刻技術を今に伝えています。
壁画には、ファラオ(王)が神々から祝福を受ける儀式の様子が描かれています。
• 左端に立っている大きな人物はファラオです。左手に権威の象徴であるワス・セプター(Was-scepter)、右手に生命の象徴であるアンクを持ち、力強い歩幅で進む姿が描かれています。ファラオの前に立っているのは、エジプトのハトホル女神と大ホルス神でこのシーンは、南北が統一されたエジプトの支配者として、神々から永遠の生命と支配権を授けられていることを意味しています。コム オンボ神殿 城・宮殿
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夕陽をバックにした背後から見た神殿
漫画『ジョジョの奇妙な冒険 』において、ポルナレフが妖刀アヌビス神と戦った場所としても有名で、ファンの間では聖地巡礼のスポットとなっています。コム オンボ神殿 城・宮殿
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ファラオの威光を示す征服された国や都市のリスト
描かれている人物たちは、手を後ろで縛られた捕虜の姿をしています。彼らの体の下半分(お腹のあたり)が楕円形の枠(カルトゥーシュ)になっており、その中に征服した地名や部族名がヒエログリフで刻まれています。これは一種の「勝利の記録」であり、ファラオが支配下に置いた異国のリストです。エジプトの神殿の外壁には、このように「外敵を打ち倒し、秩序を守る王」の姿を強調する意図でよく描かれます。
よく見ると、髪型や髭の形が微妙に異なっています。これは、シリア、パレスチナ、リビア、ヌビアなど、それぞれの民族の特徴を表現しようとしたためです。コム オンボ神殿 城・宮殿
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夕暮れの美しい景色
コム オンボ神殿 城・宮殿
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コムオンボ神殿の南の側面にある石棺
かつてセベク神の化身として飼育されていたワニが死ぬと、ミイラにされ石棺納められて埋葬されました。
神殿のすぐ隣にはワニのミイラ博物館があり、そこで見事に保存されたミイラや、それらを納めていた石棺の数々を見ることができます。コム オンボ神殿 城・宮殿
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コム・オンボ神殿
コム・オンボという名前は、アラビア語の「クム」(塚)と「オンボ」(これは最終的に古代エジプトの都市名ヌブト(黄金の都市))に由来しています。この都市の神殿は、ワニの神セベクとハヤブサの神ハルウェル(大ホルス)の二柱の神に捧げられています。
新王国時代(紀元前1550年頃~1069年)に遡る以前の神殿の証拠が見つかっていますが、現在の建造物はギリシャ・ローマ時代(紀元前332年~紀元後395年)に建立され、記録に残る最古の王名はプトレマイオス6世(紀元前180年~紀元前145年)です。装飾の大部分はプトレマイオス12世(紀元前80年~紀元前51年)によって完成されました。この神殿は独特な設計で、2柱の神に捧げられており、柱廊を貫く2本の平行な軸状の通路が、それぞれ2つの聖域につながっています。南軸は、水、洪水、植物と関連づけられた豊穣の神であるソベクの神であり、妻のハトホルと息子の月神コンスと共にここで崇拝されていました。北軸は、オシリスとイシスの息子でハルウェルの姿をしたホルスの神です。彼は、妻の「完璧な伴侶」タセネトノフレトと、息子の「二つの国の主」パネブタウィと共にここで崇拝されていました。コム オンボ神殿 城・宮殿
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アスワンを拠点としたナイル川沿いの歴史的スポットの広がりを一目で把握できるようになっている地図
切りかけのオベリスク、フィラエ神殿、アスワン・ハイ・ダム、ヌビア博物館、セント・シメオン修道院(砂漠にある古いキリスト教の修道院)、貴族の墓(Cemetery of the Nobles / Qubbet El-Hawa): ナイル西岸の丘にある古代の墓群、エレファンティネ島周辺、エドフ神殿や、エル・カブ(El-Kab)など、ルクソール方面へ向かう途中にある遺跡。南部にはアブ・シンベル神殿、カラブシャ神殿(Kalabsha Temple)、ワディ・エス・セブア神殿(Wadi el-Sebua Temple)など、ダム建設による水没から救われた遺跡群などコム オンボ神殿 城・宮殿
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ナイル川の向こうに落ちる夕陽
コムオンボ神殿はすぐ横に船着場があり、クルーズ客船で訪れるには最適な立地コム オンボ神殿 城・宮殿
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クロコダイル博物館
遺跡の北側に併設されたコムオンボ神殿で祀られたワニのミイラや棺などソベック神を中心に展示コム オンボ神殿 城・宮殿
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ワニのミイラ
コム オンボ神殿 城・宮殿
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ソベック神の像
コム オンボ神殿 城・宮殿
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奉納石碑
パネルの説明によると、これらの石碑は以下のような目的で作られました。
• 奉納品: 神殿や、神聖なワニが埋葬された墓地に捧げられました。
• 祈願と感謝: 自分の願いを神に伝えたり、願いが叶ったことへの感謝を表したりするために建立されました。
• 刻まれた内容: 寄贈者の名前、職業、そして神への短い祈りの言葉が刻まれるのが一般的です。コム オンボ神殿 城・宮殿
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ミイラの展示
コム オンボ神殿 城・宮殿
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館内の展示
コム オンボ神殿 城・宮殿
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ピアイ(Pia)という神官とその息子イイ・ヘブネフ(Iy-hebnef)によって奉納された石碑
石碑は3つの段(レジスター)に分かれており、当時の信仰の様子が詳しく描かれています。
• 上段:聖なる木の下の神々
ワニの頭を持つソベク神と、「そよ風の主(Mistress of the Breeze)」と呼ばれる女神が、聖なるイマの木(シカモアの一種)の下に座っています。その前で、神官ピアイが香を焚き、息子が祈りを捧げている場面です。
• 中段:家族による礼拝
玉座に座るソベク神に対し、ピアイを先頭に、その妻や母親など家族一同が供え物を持って行列を作っている様子が描かれています。
• 下段:ヒエログリフの銘文
最下部には、ソベク神への祈りと、奉納者であるピアイの家族を保護し、恩恵を与えてくれるよう願う文章が刻まれています。コム オンボ神殿 城・宮殿
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運転手との約束の時間になったので神殿を離れて戻ります
コム オンボ神殿 城・宮殿
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これからエドフのホテルへ向かいます。エドフ神殿は明日早朝に行く予定です。その9に続きます
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