2025/10/23 - 2025/10/23
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kojikojiさん
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「雲崗石窟」の見学を終えた後は「大同」の市内へは戻らず、高速道路に入り「渾源」を目指します。周囲は黄土高原の荒涼とした風景の中に一面のトウモロコシ畑とコーリャン畑が続くだけです。「渾源」の観光は特に無いのですが、ジャッキー・チェンも立ち寄ったという「蔡家酒楼」というレストランで山西料理の昼食になります。料理は我々が着くタイミングで出そろい、すぐに食べることが出来ました。中国ツアーあるあるですが、やたら品数が多いのですが野菜炒めが多いのと、あまり人気のない川魚料理が必ず入っています。今回のツアーも年齢層が高く、我が家は比較的若い部類でしたが、野菜炒めが人気なのには驚きました。確かに中国の野菜は美味しいのですが。それと今回のツアーではレストランのビールがどこも20元と比較的良心的だったのも良かったです。北京のツアーでは40元なんて言われて2人で1本なんて日もありましたが、今回は1人1本と大盤振る舞いです。
食事の後は再び高速道路で移動して、「恒山旅客中心」というターミナルに向かいます。次の観光は「懸空寺」ですが、観光エリアとしては「恒山」という道教の五岳の1つが有名で、その中の一部に「懸空寺」があるといった位置づけのようです。道教の聖地でありながら「懸空寺」は仏教寺院だということです。五岳は陰陽五行説に基づき、木行=東、火行=南、土行=中、金行=西、水行=北の各方位に位置する5つの山が聖山とされ、方位から「東岳泰山」「南岳衡山」「中岳嵩山」「西岳華山」「北岳恒山」がこれにあたります。神話によると万物の元となった盤古という神が死んだとき、その五体が五岳になったと言われています。「懸空寺」は5世紀末の北魏後期に造営された仏教と道教と儒教の3つを一体化した独特の宗教の寺院です。「懸空寺」の名は「玄空閣」と呼ばれていたことに由来し、「玄」は道教、「空」は仏教の教義に由来し、断崖の途中にぶら下がる(懸けるの意味)ように建てられていることから現在の名に改められました。「三教殿」には仏教と道教と儒教の三開祖の釈迦・老子・孔子の塑像が一堂に並んでいて稀有な眺めといわれますが、遠くから眺めるだけで建物には入ることが出来ませんでした。これはここに来るまで知らなかったので残念です。李白の書いた「壮観」の文字を望みながら記念写真を撮って、この日の宿泊地である「五台山」に向かいます。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 船 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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「雲崗石窟」を出発したバスは再び「大同」の市内に向かって走ります。往路では反対側だった「十里河」とその向こう側にある「金華公炭鉱」という巨大な炭鉱の町が渡せました。。
雲岡石窟寺院群 寺院・教会
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この鉱山は1956年に開発され、回収可能な埋蔵量は15億トンにも及ぶそうです。一大炭鉱村が形成されていて、衣食住全てが揃った街があるとの説明でした。
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この鉱山で採掘された石炭はトラックに積み込まれ、「雲崗石窟」の近くを通って「北京」へと運ばれたために、一時期は「雲崗石窟」の石像が煤煙で真っ黒になってしまった時代もあったそうです。
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「大同」の町の中には戻らずに再び高速道路に乗って、「渾源」という町を目指します。ここは観光で立ち寄るのではなく、お昼を食べるだけに行くと説明がありました。
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最近の日本ではあまり見かけなくなった巨大な煙突と噴き出す煙を見ると、子供の頃の光化学スモッグ警報の声が思い出されます。
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何度か高速道路の料金所を通過しながらバスは進んでいきます。
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町中を抜けてしまうと周囲の風景は荒涼としてきます。広大な湿地帯は使い道は無さそうです。
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この風景を眺めていて、この辺りも「黄土高原」の一部なのだと感じました。黄土分布地を中心とする狭義の「黄土高原」は、東は太行山脈、西は烏鞘嶺、南は秦嶺山脈、北は万里の長城をそれぞれ縁とし、行政区域は山西省、河南省、陝西省、寧夏回族自治区、甘粛省に渡るようです。
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現在は森林がまばらな黄土地帯も、古代中国の時代には広く森林に覆われていたようです。気候の変化による原因もありますが、不断に続いてきた戦争による混乱、都市や要塞や長城の建設に使う木材の伐採、煉瓦製造用、金属精錬用、生活用の燃料にする樹木の乱伐、人口増加から来る過剰な農耕や放牧など不合理な土地利用により進行しているようです。
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昼食のレストランに向かうために高速道路を降ります。大同市内で食事にしてくれれば市内の観光も出来るのにと思います。
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日本の高速道路の料金所は特にデザインされているように思えませんが、世界の高速はデザインにお国柄が感じられて面白いです。
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黄土高原で採れる作物はトウモロコシが多いというのは車窓からの風景で感じられました。人間が食べるというよりは飼料としての役割が強いのだと積み上げられたトウモロコシを見ると感じます。
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地方に来るとこのオート三輪が威力を発揮すると思います。特に農村部ではこれがそのまま店になっていたりするのを見掛けます。
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「渾源」の町中に入ったようです。道端では野菜を売っている農家のおばさんが見えます。
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先に進むほどそんな露天は増えてきて、中国の人のバイタリティーを感じます。
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「渾源古城」とありますがそんな古鎮があるような雰囲気は感じられません。
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バスは「蔡家酒楼」という1軒のレストランの前で停車しました。ガイドさんの話しではジャッキー・チェンも食事に立ち寄ったことがあるということでした。
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2階に上がると9人掛けのテーブル2卓に料理が並べられていました。ガイドさんが電話をしているので熱々の料理がタイミングよく並んだようです。まずはビールの値段を確かめてから注文します。今回は1本20元だったので2本づつ注文していました。
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中国のツアーの場合、催行する参加者の人数は大抵が9の倍数になります。それは料理1皿の人数に起因するようです。つまり、円卓が何卓かということです。
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料理は昨晩食べたものと似たものが並んでいます。ただ料理はどれも美味しかったです。鶏肉とピーナッツと賽の目の野菜炒め。
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肉団子はイシイのミートボールを思い出しました。母が高校のお弁当によく入れてくれていました。母の味は妻がほとんど引き継いでくれているので本当にありがたいと思います。
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ツアーの参加者は年配の方が多く、豪華な料理よりもキャベツ炒めやレタス炒め、カリフラワー炒めが美味しいとおしゃっていました。
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トマトと卵の入った麺料理でジャガイモを使っているということでした。
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瓜かと思っていましたが、ガイドさんによるとズッキーニを炒めたものだそうです。優しい塩味でとても美味しいですが、中華料理としては初めて食べました。
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鶏肉と木耳と長ネギ炒めもポピュラーなようです。山西省の料理は辛すぎず日本人の口にはよく合うと思います。
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スープはどこでいただいてもちょっとパンチが足りない味でした。
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山西涼粉はじゃがいもでんぷんで固めた涼粉で、酸っぱくて辛いタレがかかっています。
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川魚を揚げ煮にした料理は日本人には合わないと思うのですが、中国のツアーでは必ず出てきます。今回も我が家はほとんど箸をつけませんでした。
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食事の後は再びマスに乗り込み次の目的地の「懸空寺」に向かいます。
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農村地帯を抜けると何十年んと変わっていないであろう風景に出会うことが出来ます。
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最近ではこのような壁にペンキ書きされたスローガンも見ることが少なくなってきました。
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「懸空寺」へは直接行くのではなく、まずは「恒山旅客中心」というターミナルでバスを降ります。ここで町が運行するシャトルバスに乗り換えるということです。ここでトイレを済ませておくことになります。
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ターミナル内のお土産物屋ではいろいろな種類の黒酢が売っていました。山西省は酢の醸造でも有名な土地だということです。
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往路のシャトルバスでは最前列の席に座ることが出来ました。「恒山旅客中心」の建物は現代的で巨大なのに驚きます。我々は「懸空寺」だけに行きますが、名前の通りここは「恒山」の観光の拠点でもあります。
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観光エリアとしては「恒山」という道教の五岳の1つが有名で、その中の一部に「懸空寺」があるといった位置づけのようです。道教の聖地でありながら「懸空寺」は仏教寺院だということです。
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五岳は陰陽五行説に基づき、木行=東、火行=南、土行=中、金行=西、水行=北の各方位に位置する5つの山が聖山とされ、方位から「東岳泰山」「南岳衡山」「中岳嵩山」「西岳華山」「北岳恒山」がこれにあたります。
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神話によると万物の元となった盤古という神が死んだとき、その五体が五岳になったと言われています。
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「恒山」が近づいてくると急峻な岩山が迫ってきます。
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直進すると「恒山」ですが、我々のバスは左折して「懸空寺」に向かいます。
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バスを降りた駐車場からの風景は三方を岩山に囲まれた谷のような場所でした。
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駐車場にはポツンと売店がありました。
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「恒山」は典型的な断層山で、層状に重なる断崖と緑豊かな地形が特徴です。東西に約150キロメートルにわたって連なり、108の峰々があると言われています。主峰である「天峰嶺」の標高は2016.1メートルです。
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「恒山」の場合は「層状に重なる断崖」が特徴とされており、断層の動きによって複数の地層がずれて隆起した結果、現在の景観が生まれたと考えられます。
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「恒山水庫」に接するような断崖に「懸空寺」があり、その背後の山には道観と呼ばれる道教寺院の伽藍が点在して、これが「恒山」と呼ばれるところのようです。
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「懸空寺」へのルートは簡単に案内されていましたが、実はここでガイドさんから説明があり、寺院までは行かずに展望台から眺めるだけとのことです。これには結構がっかりする人がいました。喜んでいたのは妻ぐらいでしょう。
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クラブツーリズムの案内には入場観光と書かれてありますが、添乗員さんのいない現地旅行会社へ丸投げのツアーなので、この後の「五台山」への移動時間を考えると見学できないと言われればそれ以上話しをしても無駄のようです。どう考えても日程に無理があると思います。
懸空寺 山・渓谷
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目の前に広がる断層の山塊はズレて落ちてきそうな圧迫感が感じられます。
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素の岸壁には巨大な文字が彫られてあります。こに文字についてガイドさんからの説明はありませんでしたので特に重要ではないのかもしれません。
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「禅」
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「佛」
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「和」
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背後の「恒山」の山塊と「懸空寺」の全部を入れるとかなり離れないと写真に納まりません。この辺りでガイドさんの説明を聞きました。
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「懸空寺」はわずか152.5平方メートルの敷地に、大小40余りの殿閣が建てられており、中国国内で唯一現存する仏教と道教と儒教の三教が合体した独特の寺院です。
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遠くから見ると「懸空寺」は木彫りの彫刻が千尋の絶壁に掛けられているように見え、最も高いところは地面から80メートル以上あり、千年の風雨にも倒れず、百回の地震にも耐え、その設計は奇巧です。
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「懸空寺」は元々は「玄空閣」と呼ばれ、道家の玄、仏家の空、楼閣の姿から名付けられました。寺院が翠屏峰の西側の断崖絶壁に懸かっているように見えることから、「懸」は「玄」と音が似ているため、「懸空寺」と呼ばれるようになりました。
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北魏時代に創建され現在まで1500年以上の歴史があります。398年の北魏天興元年に拓跋珪皇帝は平城(現在の大同市)に遷都し、宮殿、宗廟、社稷を建設しました。天師道長の寇謙之は仙逝する前に空中寺院を建設し、「上は霄客に延び、下は囂浮を絶つ」という遺訓を残しました。
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天師の弟子たちは場所を選んで設計し、資金を調達して三教合流の思想を巧みに空中寺院に反映させ、三教殿を寺院の最高所に建て、三教の教祖が同じ殿に仲良く暮らす世界を実現しました。
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その後は唐代、金代、明代、清代の各時代に「懸空寺」は修復されましたが、現存する建物は明清時代に修復されたものです。
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「懸空寺」は仏教、道教、儒教の三教が融合しており、三教思想が互いに融合することで「恒山」の「和」の文化の独特な魅力が反映されています。
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明代の詩人王湛初は「誰が高山に石を鑿き、虚空中梵宮を構えたのか。蜃楼は海上にあり、鳥道は雲中に没する。」と称賛しました。735年の唐の開元23年に詩人の李白は「太原」を遊覧した後に「恒山」に登り、金龍峡に入ると「懸空寺」が持つ奇しくも危険な建築に深く魅了されました。
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詩仙は詩を残しませんでしたが石崖に自ら「壮観」の2文字を書き記しました。興奮を抑えきれず「壮」の字の「士」の中に点を付け加えました。現在「壮観」の2文字は「懸空寺」の北側の岩壁に刻まれています。
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三峡下りの旅では各所で李白の詩を読み返しましたが、ここではこの文字に詩聖の想いを感じることとします。
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ガイドさんの展望台で写真を撮ってもらい観光は終わりになりました。
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黄芪は日本でいう黄耆(オウギ)のことです。黄耆には漢方薬として止汗、強壮、利尿作用、血圧降下等の作用があるようです。お茶として飲めるので2人とも高血圧な我が家にはちょうど良かったかもしれません。
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出口の近くには李白が壮観と描く姿がありました。
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李白の「夜宿山寺」の詩が書かれてあります。 「危楼高百尺 手可摘星辰 不敢高声語
恐惊天上人」は「百丈もありそうな高楼に登ると、手が届きそうな星々、深閑として声を呑み、その荘厳さに恐れを抱く」といった感じでしょうか。若い頃にギリシャのカランバカに宿泊し、メテオラの山塊を見上げながらこの詩を思い出したことがあります。 -
帰りもシャトルバスに乗り込んで「恒山旅客中心」に戻りました。
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「恒山旅客中心」からはツアーのバスに乗り換えてこの日宿泊する「五台山」に向かいます。車窓からは尾根筋に並ぶ狼煙台が見えました。狼煙(のろし)とは、物を燃やして煙や火を高く上げ、遠く離れた場所へ情報を伝える通信手段です。夜間は火が使われ、昼間は煙が使われました。「狼煙」という漢字は古代中国で狼の糞を混ぜて燃やすと煙がまっすぐ立ち上ると信じられていたことに由来します。
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ここからは「黄土高原」らしい風景が延々と続きました。
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浸食による特徴的な地形は「?(ユアン)」、「梁(リアン)」、「?(マオ)」と呼ばれます。どれも日本では使われない表現ですね。
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平らな台地の縁側では崖状の急斜面を成す地形が形成され、降水時期にはがけ崩れが頻発します。このため、大小さまざまな崩壊跡が随所でみられます。ギリギリの畑はどうやって耕すのか他人事ながら心配になります。
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どんどんと変化してゆく車窓の風景から目を離せません。
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農閑期には畑の中でも放牧が行われているようです。
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収穫後のトウモロコシの茎は燃料として使われるようです。そんな茎を山積みしたトラックはその姿かたちさえ分からない状態です。まるで走るミノムシのようです。
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バスが南の方向に向かい川筋に沿って走り出すと「五台山」に差し掛かったようです。
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「五台山」には川が1本しか流れていないとガイドさんから説明がありました。その川の名前は「清水川」という山西省五台県を流れる川で、滹沱河(こだがわ)の支流にあたります。「五台山」北西部の東台溝を源流とし、南へ向かって台懐鎮、金崗庫郷などを流れ、最終的には神西郷坪上村で滹沱河に合流します。全長は約113.2キロに及ぶそうです。
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今回の旅の出発の3日前に京都の清水で陶器店を営んでいた伯母が亡くなり、前々日の通夜式と翌日の告別式に参列してきました。川の名前を聞いてこれも何かの縁なのだろうかと思いました。
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その昔は「五台山」へあがる前にこの清水川で禊を行っていたそうですが、近代になって寺院の周囲にホテルや飲食店が出来ると川の水が汚れ、その習慣も廃れてしまったということです。
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清水川の上流部には中国四大仏教名山の1つであり、世界文化遺産にも登録されている「五台山」があります。「五台山」は文殊菩薩の聖地として古くから信仰を集めており、その名前は東西南北中にある5つの主要な台状の峰で構成されていることに由来しています。
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「五台山」は古くから「清涼山」とも呼ばれ、気候が寒冷で年間平均気温は2.2℃だそうです。特に冬は非常に寒く、1月は平均気温が-11.8℃にもなるという説明でした。
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高度が上がってくると10月下旬でありながらすでに降雪があったことが分かります。
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さらに登った峠では完全に雪が積もっていました。これで翌日の観光が出来るのだろうかと不安になります。自分が歩けるかよりも妻の安全が最優先です。
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峠から下ったところに「五台山北門」というゲートがありました。「大同」や「恒山」から見て「五台山」は南にあるので、北側からアクセスしています。
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バスは先にゲートをくぐり、我々はその横をパスポートを持って徒歩で「五台山」のエリアに入ります。入域料は1人135元でした。
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五台山緑岩帯は25億年前の海底火山の噴火と堆積作用によって形成されたもので、様々な金属鉱物と非金属鉱物が含まれています。
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こういった岩石の中にレアメタルが含まれているのでしょうか。現代の中国はそういったレアメタルでアメリカから護られているのだと感じます。
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日が落ちる前にこの日宿泊する「五台山花卉山荘」に到着しました。「恒山旅客中心
」からの3時間の移動を考えると最初から「懸空寺」には参拝する時間は無かったのだと思います。五台山 寺院・教会
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バスから降ろしたトランクを持ってロビーに向かいます。
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「五台山」の中心地には数多くのホテルが立ち並んでいましたが、その中でも郊外にありながら高級感のある雰囲気です。
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ロビーに会った地図を見ると北側にある「北門」から入って5つの峰の中心部の盆地に数多くの寺院が立ち並び、その寺院の間にホテルや飲食店が並んでいます。バスターミナルなどもこのホテルの近くにありました。
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しばらくガイドさんがチェックインするのを待って部屋に入りました。こんな山の中にも関わらず立派な部屋でした。
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低層のホテルなので、外の景色を望むことは出来ませんがとても良い部屋でした。冷蔵庫が無いのは山東省のホテルも含め、中国地方都市では普通のことです。
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お湯も豊富で温度も調節が可能だったので快適に使えました。ヘアドライヤーもありました。
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バスタブはありませんでしたが、空調もしっかりしていたのでシャワーで十分でした。
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夕食はホテル内のロビーの奥のレストランでした。翌日の朝食と昼食もこのレストランでいただきました。
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豚肉に衣を付けて揚げたものに餡を絡めた料理です。ビールが飲みたくなります。こんなホテルでもビールは20元とお手頃な値段でした。
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シンプルな豆腐の醤油煮込みのような料理。大豆を炒るためなのか中国の豆腐は少し香ばしい香りがします。
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うどんのような麺料理には白菜と湯葉、がんもどきが煮込まれています。こんな山間部の山西省でありながら細切りの昆布がアクセントになっています。
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豚の胃袋とセロリのような野菜炒めはシンプルな塩味です。
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細切りの豆腐と青菜のとろみのあるスープも薄い塩味で、もう少し味が濃くてもいいなと感じます。
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ここでもズッキーニと豚肉炒めがでました。
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昨晩も食べたカリフラワー炒めも、このレストランではトマトが一緒に炒められています。
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この山芋と黒木クラゲの料理はあっさりした塩味でとても美味しく、この後もいくつかのレストランで出されました。
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山西省名物の燕麦のせいろ蒸し麺で、「莜麺栲栳栳(ヨウミェンカオラオラオ)」という料理です。トマトと炒り卵を混ぜたチリソースをかけていただきます。この料理は初めて食べましたが、とても美味しかったです。
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夕食後は歩いて10分ほどの飲食街に出掛けてみました。レストランの間に土産物屋仏具などを売る店もいくつか並んでいました。
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一番奥にあったアクセサリーの店は細工も素晴らしかったのですが、妻は部屋で休んでいるので買い物は諦めました。赤サンゴやラピスラズリを組み込んだ銀製の魔荷車のペンダントトップが良かったのですが。
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