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2025年7月8日(火)、コモンズBの残りの国々のパビリオンについて、訪問順に。入口前には万博会場内に7ヶ所にあるポケモン立体像の一つのカビゴン像があった(下の写真)。カビゴンはいねむりポケモンの一種で、黒と白を基調にした、まん丸に太った大きな怪獣のような外見。<br /><br />とてつもない食欲の持ち主で、1日に400kgは食べないと気が済まない。同時に極めてぐうたらな性質で、基本的に食べるか寝るかしかしない。胃袋の消化液はとても高性能で、毒であろうが、カビが生えていようが、腐っていようが、トゲだらけであろうがお構いなしで、腹痛も起こさない。<br /><br />中に入ると最初はタンザニア。東アフリカ中央部、インド洋に面した共和制国家で、正式にはタンザニア連合共和国(Jamhuri ya Muungano wa Tanzania)。イギリス連邦加盟国。法律上の首都は内陸中央部のドドマ(Dodoma)に1996年になったが、実質的な首都機能は未だ沿岸部のダルエスサラーム(Dar es Salaam)にある。行ったことない。<br /><br />国名はタンザニアの元となった大陸部のタンガニーカ共和国(Jamhuri ya Tanganyika)と島嶼部のザンジバル王国(Usultani wa Zanzibar)の名前に、かつてアフリカ南部で栄えたアザニア文化(Azania)の名前を複合して1964年に命名されたもの。タンガニーカはスワヒリ語で「水が集まる場所」を意味し、ザンジバルはアラビア語で「黒い人の港」を意味する。<br /><br />面積は約95万平方kmで、国の面積リスト30位。人口は約6400万人で、国の人口リスト23位。公用語はスワヒリ語と英語だが、国語はスワヒリ語でほぼ全国民に通じる。通貨はタンザニア・シリング(TZS)。日本との時差は6時間(遅れ)。サマータイムは採用してない。<br /><br />大陸部のタンガニーカは19世紀末にドイツ領東アフリカ(Deutsch-Ostafrika)の一部となるまでは多数の部族社会が存在していた。島嶼部のザンジバルは8世紀頃からイスラム勢力下となりムスリム商人による黒人奴隷貿易の拠点として繁栄したが、19世紀末にはイギリスの保護領となる。<br /><br />第一次大戦でドイツが敗れたため、タンガニーカもイギリスの委任統治領となるが、1961年に英連邦王国の一国として独立、ザンジバルも1963年にイギリス連邦の一員たるザンジバル王国として独立。しかし、両国ともすぐに共和国に移行し、1964年に合併してタンザニア連合共和国となった。<br /><br />アフリカ大陸の最高峰のキリマンジャロ(Kilimanjaro)があり、その名を関したキリマンジャロコーヒーは有名。セレンゲティ国立公園(Serengeti National Park)は大人気。治安も周辺国に比べるといいと云われるが、日本の比ではない。<br /><br />クイーン(Queen)のボーカリストだったフレディ・マーキュリー(Freddie Mercury;1946年9月生れ、1991年11月没)はザンジバルのストーン・タウン(Stone Town)生れ(1964年にイギリスに移るまで、ほとんどはインドで育つ)。<br /><br />パビリオンでは動物をモチーフにしたティンガティンガ絵画をはじめ、タンザニアが原産の貴重な宝石であるタンザナイトの展示や、伝統衣装や革製品、織物といった手仕事の美しさが紹介され、紅茶・コーヒーの試飲体験も出来る。<br /><br />続いてソマリア。アフリカ中央部、アラビア半島の南に突き出したアフリカの角と呼ばれる部分にある連邦共和国で、正式にはソマリア連邦共和国(Jamhuuriyadda Federaalka Soomaaliya)。首都はモガディシュ(Muqdisho)。ここも行ったことない。治安悪いしね。<br /><br />国名は民族名を表す「ソマリ」にラテン語で国を意味する接尾辞が組み合わさった言葉。「ソマリ」の語源は、牧畜国であることからソマリ語の「乳を搾る」を意味する「Soo Maal」という説があるが確かではない。<br /><br />面積は約64万平方kmで、国の面積リスト45位。人口は約1200万人で、国の人口リスト78位。公用語はソマリ語で、全土で国語として使用されている。通貨はソマリア・シリング(SOS)。日本との時差は6時間(遅れ)。サマータイムは採用してない。<br /><br />19世紀にヨーロッパ列強が進出するまでは氏族を基盤とした地域的な支配と交易が中心で、国としてのまとまりはなかった。19世紀後半に北部がイギリス、南部がイタリアの保護領となり、1960年にイギリス領ソマリランドが独立し、その数日後にイタリア信託統治領ソマリアと統合する形でソマリア共和国が誕生。しかし、その後も内戦が続き、2012年に現在の連邦共和国が成立したが、国内は統一状態とは云えない。<br /><br />メインパビリオン内の展示はサッカー一色。 写真にはないが、ワールドカップの優勝トロフィーのレプリカも置かれていたりする。いや、ソマリア代表チームの話って全く聞いたことないが・・・ ユースチームの育成に期待しているらしい。頑張れ!<br /><br />アイランドエリアには世界的シェフのサルバトーレ・クオモ(Salvatore Cuomo)が手がけるCASA CUOMO CAFE(カーサ・クオモ・カフェ)が出店。ソマリアと連携して“食” を通じてアフリカ地域の生産者の収入向上や持続可能な経済発展など支援に取り組んでいる。<br /><br />提供される主な商品は、アフリカ産のバニラやカカオなど、現地で丁寧に育てられた食材の美味しさを最大限に引き出すジェラート。牛乳などでかさ増しをせず、果物や素材そのものを「まるごと頬張る」ような、濃厚で満足感のある味わいを作り出している。って、食べてないけどね・・・<br /><br />次はパラグアイ。南米大陸中央南部に位置する共和制国家で、正式にはパラグアイ共和国(República del Paraguay)。首都はアスンシオン(Asunción)。2017年に1泊だけだが、アスンシオンに観光に行ったことがある。<br />https://4travel.jp/travelogue/11548884<br /><br />国の紹介は上記の旅行記で書いたので、パビリオンについてのみ書く。パビリオンのテーマは「IKIGAI(生きがい)」。伝統工芸品であるニャンドゥティ(Ñandutí)や先住民アートや伝統工芸品が展示されている。ニャンドゥティはグアラニ語でクモの巣を意味し、木枠に張った布に放射状に糸を刺し、まるでクモの巣のような繊細な模様を織り込んでいくレース編み。アイランドエリアの天井から吊るされた球体作品は風船のように膨らませた応用作品。<br /><br />続いてドミニカ共和国(Republica Dominicana)。カリブ海の大アンティル諸島のイスパニョーラ島の東側2/3を占める共和制国家で、首都はサントドミンゴ(Santo Domingo)。2020年に1泊2日で行ったことがある。<br />https://4travel.jp/travelogue/11604363<br /><br />ここも国の紹介は上記の旅行記で書いたので、パビリオンについてのみ書く。展示でインパクトがあるのはカーニバルの衣装。左端の青いのは悪魔のイメージで、右端のピンクのは豚をイメージしたもの。左右には伝統的な工芸品も並べられている。<br /><br />次はザンビア。アフリカ大陸南部に位置する共和制国家で、正式にはザンビア共和国(Republic of Zambia)。イギリス連邦加盟国。コンゴ民主共和国、タンザニア、マラウイ、モザンビーク、ジンバブエ、ナミビア、アンゴラ、ボツワナの8カ国に囲まれた内陸国。首都はルサカ(Lusaka)。行ったことない。<br /><br />国名はアフリカで4番目に長いザンベジ川に由来。ザンベジ(Zambezi)はトンガ語(Chi Tonga)で「偉大な」を意味。ザンベジ川はザンビア北西部に源を発し、一旦アンゴラを流れた後ザンビア西部を南下し、ナミビアとジンバブエ国境を東に流れ、モザンビークに入りインド洋のモザンビーク海峡に注ぐ。ジンバブエとの国境途中には世界三大瀑布の一つ、ヴィクトリア滝(Victoria Falls)がある。<br /><br />面積は約75万平方kmで、国の面積リスト38位。人口は約1800万人で、国の人口リスト64位。公用語は英語だが、地域別に各民族の言葉が用いられている。通貨はザンビア・クワチャ(ZMW)。日本との時差は7時間(遅れ)。サマータイムは採用してない。<br /><br />19世紀まではバントゥー(Bantu)系民族の王国が点在しているだけだったが、1880年代以降、ヨーロッパ列強によるアフリカ分割が進み、ポルトガルとイギリスがこの地域の領有権を争ったが、イギリスが勝利し1889年にイギリス南アフリカ会社(British South Africa Company)を設立、1894年に統治権を認められ、1911年にイギリス保護領北ローデシア(Northern Rhodesia)となる。<br /><br />その後、1924年にはイギリス直轄領となり、第二次大戦後の1953年に南ローデシア(現在のジンバブエ)、ニヤサランド(現在のマラウイ)と共にローデシア・ニヤサランド連邦(Federation of Rhodesia and Nyasaland)に改編される。しかし、1963年にこの連邦は崩壊、翌年北ローデシアはザンビアとして独立した。独立後は一党制の社会主義政策が取られが、1991年に複数政党制へ移行した。<br /><br />展示は彫刻やビーズ、布などの民芸品がメイン。民族楽器の展示も。メインパビリオンの立派な鳥の羽は国鳥のサンショクウミワシのもの。すごく立派。<br /><br />次はベナン。西アフリカ、大西洋のギニア湾(ベナン湾)に面した共和制国家で、正式にはベナン共和国(République du Bénin)。南北に長く、ナイジェリアとトーゴに挟まれているが、北西側はニジェール、ブルキナファソと国境を接している。憲法上の首都はポルト・ノボ(Porto-Novo)だが、実質上はその西側に接するコトヌー(Cotonou)。この辺りは全く行ったことない地域。<br /><br />国名はかつて東隣りの現在のナイジェリアに12世紀から19世紀末まで存在したベニン王国(Benin Empire)に由来しているが、地理的にも歴史的にもつながりは全く無い。長期間に渡って存在したアフリカ人の国で、16世紀から17世紀にかけてベニン帝国と呼ばれるほどの強力な勢力を誇ったことから、植民地主義的なアイデンティティから脱却する意図で命名された。大西洋ギニア湾うち、ベナンから東のナイジェリア、西のトーゴ、ガーナが面する部分がベナン湾と呼ばれていることも関連している。<br /><br />面積は約11万平方kmで、国の面積リスト99位。人口は約1200万人で、国の人口リスト76位。公用語はフランス語だが、フランス語が話せる人は国民の約1/3で、地域別に55の民族の言語が話されている。通貨はCFAフラン(XOF)。日本との時差は8時間(遅れ)。サマータイムは採用してない。<br /><br />17世紀に入り現在のベナン南部にダホメ王国が建国され、ヨーロッパ商人との奴隷貿易を主な収入源にして銃火器を輸入、18世紀を通して周辺の国を軍事的に攻撃して繁栄したが、19世紀末にフランスに征服され、フランス領西アフリカに組み入れられる。<br /><br />第二次大戦後の1958年にフランス共同体内の自治共和国となり、1960年にダホメ共和国(République du Dahomey)として独立。1972年からは社会主義路線を標榜し中国に近づき、1975年にベナン人民共和国に改名するが経済運営に失敗し、1990年に1党独裁を放棄、共和国となり現国名に改称した。<br /><br />パビリオンではベナンが発祥の地とされるブードゥー教や上述のダホメ王国に関する展示や湖畔都市ガンビエ、パンジャリ国立公園などの紹介もされている。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.31605913629051926&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />コモンズBの他のパビリオンに続く

大阪 夢洲 大阪・関西万博 コモンズB(1)(Commons-B,Expo 2025,Yumeshima,Osaka)

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2025/07/08 - 2025/07/08

3829位(同エリア3994件中)

旅行記グループ 大阪・関西万博2回目

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ちふゆ

ちふゆさん

2025年7月8日(火)、コモンズBの残りの国々のパビリオンについて、訪問順に。入口前には万博会場内に7ヶ所にあるポケモン立体像の一つのカビゴン像があった(下の写真)。カビゴンはいねむりポケモンの一種で、黒と白を基調にした、まん丸に太った大きな怪獣のような外見。

とてつもない食欲の持ち主で、1日に400kgは食べないと気が済まない。同時に極めてぐうたらな性質で、基本的に食べるか寝るかしかしない。胃袋の消化液はとても高性能で、毒であろうが、カビが生えていようが、腐っていようが、トゲだらけであろうがお構いなしで、腹痛も起こさない。

中に入ると最初はタンザニア。東アフリカ中央部、インド洋に面した共和制国家で、正式にはタンザニア連合共和国(Jamhuri ya Muungano wa Tanzania)。イギリス連邦加盟国。法律上の首都は内陸中央部のドドマ(Dodoma)に1996年になったが、実質的な首都機能は未だ沿岸部のダルエスサラーム(Dar es Salaam)にある。行ったことない。

国名はタンザニアの元となった大陸部のタンガニーカ共和国(Jamhuri ya Tanganyika)と島嶼部のザンジバル王国(Usultani wa Zanzibar)の名前に、かつてアフリカ南部で栄えたアザニア文化(Azania)の名前を複合して1964年に命名されたもの。タンガニーカはスワヒリ語で「水が集まる場所」を意味し、ザンジバルはアラビア語で「黒い人の港」を意味する。

面積は約95万平方kmで、国の面積リスト30位。人口は約6400万人で、国の人口リスト23位。公用語はスワヒリ語と英語だが、国語はスワヒリ語でほぼ全国民に通じる。通貨はタンザニア・シリング(TZS)。日本との時差は6時間(遅れ)。サマータイムは採用してない。

大陸部のタンガニーカは19世紀末にドイツ領東アフリカ(Deutsch-Ostafrika)の一部となるまでは多数の部族社会が存在していた。島嶼部のザンジバルは8世紀頃からイスラム勢力下となりムスリム商人による黒人奴隷貿易の拠点として繁栄したが、19世紀末にはイギリスの保護領となる。

第一次大戦でドイツが敗れたため、タンガニーカもイギリスの委任統治領となるが、1961年に英連邦王国の一国として独立、ザンジバルも1963年にイギリス連邦の一員たるザンジバル王国として独立。しかし、両国ともすぐに共和国に移行し、1964年に合併してタンザニア連合共和国となった。

アフリカ大陸の最高峰のキリマンジャロ(Kilimanjaro)があり、その名を関したキリマンジャロコーヒーは有名。セレンゲティ国立公園(Serengeti National Park)は大人気。治安も周辺国に比べるといいと云われるが、日本の比ではない。

クイーン(Queen)のボーカリストだったフレディ・マーキュリー(Freddie Mercury;1946年9月生れ、1991年11月没)はザンジバルのストーン・タウン(Stone Town)生れ(1964年にイギリスに移るまで、ほとんどはインドで育つ)。

パビリオンでは動物をモチーフにしたティンガティンガ絵画をはじめ、タンザニアが原産の貴重な宝石であるタンザナイトの展示や、伝統衣装や革製品、織物といった手仕事の美しさが紹介され、紅茶・コーヒーの試飲体験も出来る。

続いてソマリア。アフリカ中央部、アラビア半島の南に突き出したアフリカの角と呼ばれる部分にある連邦共和国で、正式にはソマリア連邦共和国(Jamhuuriyadda Federaalka Soomaaliya)。首都はモガディシュ(Muqdisho)。ここも行ったことない。治安悪いしね。

国名は民族名を表す「ソマリ」にラテン語で国を意味する接尾辞が組み合わさった言葉。「ソマリ」の語源は、牧畜国であることからソマリ語の「乳を搾る」を意味する「Soo Maal」という説があるが確かではない。

面積は約64万平方kmで、国の面積リスト45位。人口は約1200万人で、国の人口リスト78位。公用語はソマリ語で、全土で国語として使用されている。通貨はソマリア・シリング(SOS)。日本との時差は6時間(遅れ)。サマータイムは採用してない。

19世紀にヨーロッパ列強が進出するまでは氏族を基盤とした地域的な支配と交易が中心で、国としてのまとまりはなかった。19世紀後半に北部がイギリス、南部がイタリアの保護領となり、1960年にイギリス領ソマリランドが独立し、その数日後にイタリア信託統治領ソマリアと統合する形でソマリア共和国が誕生。しかし、その後も内戦が続き、2012年に現在の連邦共和国が成立したが、国内は統一状態とは云えない。

メインパビリオン内の展示はサッカー一色。 写真にはないが、ワールドカップの優勝トロフィーのレプリカも置かれていたりする。いや、ソマリア代表チームの話って全く聞いたことないが・・・ ユースチームの育成に期待しているらしい。頑張れ!

アイランドエリアには世界的シェフのサルバトーレ・クオモ(Salvatore Cuomo)が手がけるCASA CUOMO CAFE(カーサ・クオモ・カフェ)が出店。ソマリアと連携して“食” を通じてアフリカ地域の生産者の収入向上や持続可能な経済発展など支援に取り組んでいる。

提供される主な商品は、アフリカ産のバニラやカカオなど、現地で丁寧に育てられた食材の美味しさを最大限に引き出すジェラート。牛乳などでかさ増しをせず、果物や素材そのものを「まるごと頬張る」ような、濃厚で満足感のある味わいを作り出している。って、食べてないけどね・・・

次はパラグアイ。南米大陸中央南部に位置する共和制国家で、正式にはパラグアイ共和国(República del Paraguay)。首都はアスンシオン(Asunción)。2017年に1泊だけだが、アスンシオンに観光に行ったことがある。
https://4travel.jp/travelogue/11548884

国の紹介は上記の旅行記で書いたので、パビリオンについてのみ書く。パビリオンのテーマは「IKIGAI(生きがい)」。伝統工芸品であるニャンドゥティ(Ñandutí)や先住民アートや伝統工芸品が展示されている。ニャンドゥティはグアラニ語でクモの巣を意味し、木枠に張った布に放射状に糸を刺し、まるでクモの巣のような繊細な模様を織り込んでいくレース編み。アイランドエリアの天井から吊るされた球体作品は風船のように膨らませた応用作品。

続いてドミニカ共和国(Republica Dominicana)。カリブ海の大アンティル諸島のイスパニョーラ島の東側2/3を占める共和制国家で、首都はサントドミンゴ(Santo Domingo)。2020年に1泊2日で行ったことがある。
https://4travel.jp/travelogue/11604363

ここも国の紹介は上記の旅行記で書いたので、パビリオンについてのみ書く。展示でインパクトがあるのはカーニバルの衣装。左端の青いのは悪魔のイメージで、右端のピンクのは豚をイメージしたもの。左右には伝統的な工芸品も並べられている。

次はザンビア。アフリカ大陸南部に位置する共和制国家で、正式にはザンビア共和国(Republic of Zambia)。イギリス連邦加盟国。コンゴ民主共和国、タンザニア、マラウイ、モザンビーク、ジンバブエ、ナミビア、アンゴラ、ボツワナの8カ国に囲まれた内陸国。首都はルサカ(Lusaka)。行ったことない。

国名はアフリカで4番目に長いザンベジ川に由来。ザンベジ(Zambezi)はトンガ語(Chi Tonga)で「偉大な」を意味。ザンベジ川はザンビア北西部に源を発し、一旦アンゴラを流れた後ザンビア西部を南下し、ナミビアとジンバブエ国境を東に流れ、モザンビークに入りインド洋のモザンビーク海峡に注ぐ。ジンバブエとの国境途中には世界三大瀑布の一つ、ヴィクトリア滝(Victoria Falls)がある。

面積は約75万平方kmで、国の面積リスト38位。人口は約1800万人で、国の人口リスト64位。公用語は英語だが、地域別に各民族の言葉が用いられている。通貨はザンビア・クワチャ(ZMW)。日本との時差は7時間(遅れ)。サマータイムは採用してない。

19世紀まではバントゥー(Bantu)系民族の王国が点在しているだけだったが、1880年代以降、ヨーロッパ列強によるアフリカ分割が進み、ポルトガルとイギリスがこの地域の領有権を争ったが、イギリスが勝利し1889年にイギリス南アフリカ会社(British South Africa Company)を設立、1894年に統治権を認められ、1911年にイギリス保護領北ローデシア(Northern Rhodesia)となる。

その後、1924年にはイギリス直轄領となり、第二次大戦後の1953年に南ローデシア(現在のジンバブエ)、ニヤサランド(現在のマラウイ)と共にローデシア・ニヤサランド連邦(Federation of Rhodesia and Nyasaland)に改編される。しかし、1963年にこの連邦は崩壊、翌年北ローデシアはザンビアとして独立した。独立後は一党制の社会主義政策が取られが、1991年に複数政党制へ移行した。

展示は彫刻やビーズ、布などの民芸品がメイン。民族楽器の展示も。メインパビリオンの立派な鳥の羽は国鳥のサンショクウミワシのもの。すごく立派。

次はベナン。西アフリカ、大西洋のギニア湾(ベナン湾)に面した共和制国家で、正式にはベナン共和国(République du Bénin)。南北に長く、ナイジェリアとトーゴに挟まれているが、北西側はニジェール、ブルキナファソと国境を接している。憲法上の首都はポルト・ノボ(Porto-Novo)だが、実質上はその西側に接するコトヌー(Cotonou)。この辺りは全く行ったことない地域。

国名はかつて東隣りの現在のナイジェリアに12世紀から19世紀末まで存在したベニン王国(Benin Empire)に由来しているが、地理的にも歴史的にもつながりは全く無い。長期間に渡って存在したアフリカ人の国で、16世紀から17世紀にかけてベニン帝国と呼ばれるほどの強力な勢力を誇ったことから、植民地主義的なアイデンティティから脱却する意図で命名された。大西洋ギニア湾うち、ベナンから東のナイジェリア、西のトーゴ、ガーナが面する部分がベナン湾と呼ばれていることも関連している。

面積は約11万平方kmで、国の面積リスト99位。人口は約1200万人で、国の人口リスト76位。公用語はフランス語だが、フランス語が話せる人は国民の約1/3で、地域別に55の民族の言語が話されている。通貨はCFAフラン(XOF)。日本との時差は8時間(遅れ)。サマータイムは採用してない。

17世紀に入り現在のベナン南部にダホメ王国が建国され、ヨーロッパ商人との奴隷貿易を主な収入源にして銃火器を輸入、18世紀を通して周辺の国を軍事的に攻撃して繁栄したが、19世紀末にフランスに征服され、フランス領西アフリカに組み入れられる。

第二次大戦後の1958年にフランス共同体内の自治共和国となり、1960年にダホメ共和国(République du Dahomey)として独立。1972年からは社会主義路線を標榜し中国に近づき、1975年にベナン人民共和国に改名するが経済運営に失敗し、1990年に1党独裁を放棄、共和国となり現国名に改称した。

パビリオンではベナンが発祥の地とされるブードゥー教や上述のダホメ王国に関する展示や湖畔都市ガンビエ、パンジャリ国立公園などの紹介もされている。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.31605913629051926&type=1&l=223fe1adec


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