2024/09/15 - 2024/09/15
65位(同エリア140件中)
kojikojiさん
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「チャンドラギリ(Chandragiri)」から「バクタブル(Bhaktapur)」までは45分ほどのバスの移動でした。ここでは「町役場(Bhaktapur Municipality)」の駐車場にバスを置いて「ダルバール広場(Durbar Square)」まで歩きます。広場への入り口のゲートでは再びガイドさんがチケットを買う間待つことになります。その間にATMでキャッシングしましたが、ガイドさんが両替してくれるのも空港での両替もほとんどレートは同じでした。US20ドルか3,000円で4600Rsといった感じです。ツアーでは最低でも食事で飲むビール代は必要になってきます。ネパールのツアーで使うレストランはアルコール類が高いのであっという間に現金が無くなってしまいます。広場に面した「55の窓を持つ宮殿( 55 Window Palace)」の前でバクタプルの歴史についての説明を聞きます。そして黄金の門から旧王宮の「タレジュ寺院(Taleju Temple)」に向かいますが、寺院内はヒンドゥー教徒以外は入れないということと、寺院のファサードは写真の撮影は出来ません。その奥にある沐浴場の「ラアエク池(Laayeku Pond)」を見て同じルートで表に出ます。「ハリハルナラヤン寺院(Harihar Narayan Temple)」と「ファシデガ寺院(Fasidega Temple)」を抜けて先に進みますが、この辺りから2015年4月25日の影響を受けた建物や倒壊したままの寺院などを見掛けることが多くなります。かなり修復は進んでいますが、まだ財力などの問題で先の長い都市もあるように思えます。「トウマディー広場(Taumadhi Square)」まで来ると巨大な「ニャタポラ寺院(Nyatapola Temple)」が出迎えてくれます。ここで20分ほど自由時間になり寺院の上まで登ることが出来ました。寺院の素晴らしさと共に上からの景色の美しさにも驚かされました。「バイラヴナート寺院(Bhairavnath Temple)」の脇道をさらに進むと下町らしいレンガ造りの町並みが続きます。こんな通りを彷徨い歩きたくなりますが、先頭を行くガイドさんに遅れないように先を急ぎます。その途中で「ズーズー・ダウ(jujudhau)」というこの地の名物のヨーグルトの店にも立ち寄りました。素焼きの器に入った冷たいヨーグルトはかなり堅めですが甘くておいしいです。バクタプルは陶器の町でもあり、この地で造られた素焼きの器も素朴で素敵です。ガイドさんによるとネパールでは素焼きの陶器は1度使ったら使いまわすことは無いということです。これはインドでもチャイなどを飲む素焼きの陶器は使い捨てでした。凝ったいないので記念にもらってきました。最後に「ダッタトラヤ寺院(Dattatraya Temple)」のある広場の見学があります。ちょうど夕日の時間帯になったので寺院が輝いてみました。寺院の裏にある「孔雀の窓」も見ましたが、この路地には木工品の店などが並んでいて、ここを素通りしなければならないのはつらかったです。無情にもバクタプルの観光はこれで終わり、日が暮れる前に「クラブヒマラヤ・ナガルコット・リゾート(Club Himalaya Nagarkot by ACE Hotels)」を目指します。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- キャセイパシフィック航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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「バクタブル(Bhaktapur)」に到着し、バスは「町役場(Bhaktapur Municipality)」の駐車場に停車しました。
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ネパールも町には「パティ(Pati)」と呼ばれる東屋があります。町役場の前にもそんな小さな建物がありました。
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公共の休憩所の一種である「パティ」は巡礼者や旅行者、商人に休憩を提供するために町や村に建てられました。また地元の人々が集う場所としても使用されています。「パティ」は通常は個人や宗教団体などの寄付で建てられるようです。
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ここには大きな沐浴場のような施設もありました。瓦葺の屋根の上には一面に草が生えているのが面白いです。最近はエコの観点から建物を冷やす効果で草を植えることがありますが、そこからは最も遠いところにあるような気がします。
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町役場の裏側にはツーリストインフォメーションがあり、ここでトイレをお借りしてから観光に移ります。ツアーあるあるですが、男性のトイレはあっという間に終わりますが、女性が全員終わるまでしばらく待つことになります。
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その間に目パールのレンガ建築のディテールを見ておきます。
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ここで使われているレンガは通常の長方形のもの以外にも細いレンガも組み込まれているようです。壁の厚さはかなりあるので積み方にも工夫があるようです。驚いたのは単純に積み上げられただけでセメントの目地が無いということです。これまでもたくさんのレンガ建築を見てきまいsたが、その美しさは目地が無いということだと気が付きました。
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目地が無いということで、美しい彫刻の施された窓とレンガの組み合わせが映えるのだと思います。ツーリストインフォメーションには日本語のパンフレットがあったので全員分を貰って配りました。
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インフォメーションには「サパルSaparu)」または「ガイ・ジャトラ(Gai Jatra)」と呼ばれる祭りの写真も展示してありました。ネパールのバサ語では「Sa」は牛、「Paru」はヒンドゥー教の暦体系では2週間の初日と訳されます。この祭りは子供たちが牛の格好をしていることからこのように呼ばれています。ネパール語ではガイ・ジャトラ(牛のカーニバル)として広く知られています。
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祭りの期限は17世紀のプラタープ・マッラー王によって、彼の10代の息子チャクラヴァルテンドラ・マッラの早すぎる死を悼み悲しみました。王は息子の来世を願い、悲しみに暮れる女王や愛する人を亡くした人々の家族を元気づけるためにこの伝統を始めました。
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「バクタブル(Bhaktapur)」からもヒマラヤの山や阿がきれいに見えるのだと知りましたが、1時間ほどの観光時間しかないので、寺院や街並みを見るくらいの余裕しかありません。
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「インドラヤニ寺院(Indrayani Temple)」は「ダルバール広場」に向かう石段の下にありました。ネパールではルンティ・アジマ(Lunti Ajima)として知られるインドラヤニは「アスタマトリカ(Astamatrika)」という八大母神の一柱とされます。
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小さい寺院ですが宇宙の力を得るシャクティ・ピタ(shakti pitha)の場所とされます。 ルンティ・アジマは多くの子供たちが飢えているときに肉を振る舞ったことで知られるため、伝統的に低いカーストの子供たちに非常に人気があります。ここでも巨大な菩提樹が祠を潰しそうです。
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ここから緩やかな石段を登っていきます。石段を歩きたくない妻はスロープを歩いていますが、バイクがスピードを出して登るので危ないです。
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立派なゲートを潜ると「バクタブル(Bhaktapur)」の旧市街に入るのだという実感が湧いてきます。
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ここでも料金所があり、ガイドさんが全員分の料金を払いに走ります。
ダルバール広場 広場・公園
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入場料は外国人は1人15ドル又は1,800Rsです。SAARCと呼ばれるアフガニスタンとバングラデシュ、ブータン、インド、モルディブ、パキスタンとスリランカの人と中国人は500Rsとのことです。
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ガイドさんを待っている間に近くにあったATMで5,000Rsほどキャッシングしておきます。何しろ1日のビール代だけで1,600Rsから2,000Rsくらいは見ておかないとなりません。
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現金の両替所もあり、1円が0.93Rsなのでキャッシングしてもほとんどレートは変わらないようです。
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ガイドさんから「ツーリスト・エントランス・パス」を貰って、ライオンゲートの中に入ります。
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入った広場が「ダルバール広場(Durbar Square)」で、カトマンズ市内に続いて2つ目の広場になります。
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カトマンズやパタンの広場と違い、街の北側に位置しており、より重要な「トウマディー広場(Taumadhi Square)」と通路によって繋がっています。1934年のビハール・ネパール地震によって甚大な被害を受けたため、他都市のものよりスペースが広いそうです。
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まだ新しいレンガ建築の建物ですが、組み込まれた窓枠の美しさは群を抜いています。ネパールの木工技術の高さを感じます。面白いのは通常であればレンガ面に木部を被せて隙間を見せないようにすると思うのですが、ここでは同じレベルで納めています。
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嵌め殺し窓の円形の開口に組み込まれた子牛の美しさにも見とれてしまいます。
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分かりやすい地図がありました。ツーリストバス駐車場からこの広場に入り、次の広場を抜けて東に進み、町を出たところでバスに乗るということです。
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「ウグラチャンディ像(Ugrachandi)」はダルバール広場で見られる最も美しい彫刻の1つです。この彫刻からは独特の雰囲気が漂っています。悪魔を倒すときの表情や武器を持った両手の特徴や胸の前で結んだカリリハスタムドラ(Karirihasta mudra)の印は注目に値します。
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ウグラチャンディはその特徴からこの地域では「激怒の女神」として知られています。ウグラは「厳しい」を意味し、チャンディは「怒った女性神」を指します。この像はシヴァの獰猛な顕現であるバイラヴァ(Bhairava)のウグラバイラヴァを描いています。これらの像はバクタプルの中世の傑作とされています。
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周辺の建物と陣の教会は曖昧で、これだけ近いとレストランへのお客の出入りの妨げにならないかと心配になります。
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苔生して草が生えた屋根からそびえる尖塔が不思議な雰囲気を醸し出しています。
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「ケーダールナート寺院(Kedaranatha Temple)」はマッラ時代の王であるブパティンドラ・マッラがこの寺院を建てました。寺院には合計5つの尖塔があり、そのうち4つは小さな尖塔は東西南北の4つの方向を向いています。祠堂の中にはシヴァ神の像が祀られています。
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「ナショナル・アートミュージアム(National Art Museum)」の建物は地震の後の修復が行われていないようで、このような倒壊止めの支柱で支えられていました。内部の見学をする時間も無いのが残念ではありますが、この中に入るのもはばかれます。
国立美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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アジアにおける獅子像は中国文化の守護獅子によって伝播されたものであると考えられています。獅子は常に一対で置かれ、それは雌は陰と雄の陽を表しています。雄の獅子は繡球を持つ姿で描かれることが多いです。雌は基本的に同じですが、左足の下に子がいて、生命のサイクルを表しています。象徴的には雌の獅子は内部に住む人々の生きた魂を保護し、雄は外部の物質要素を保護します。雌は口を閉じ、雄は開いていますが、これは神聖な言葉「オーム」の発音を象徴しています。ネパールの獅子像は少し違った要素があり、ミャンマーやラオスに近いものを感じました。
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「ハヌマーン(Hanuman)」
変幻自在の体はその大きさや姿を自在に変えられ、空も飛ぶ事ができます。ヒンドゥー教の聖典ともなっている叙事詩「ラーマーヤナ」では、猿王スグリーヴァが兄ヴァーリンによって王都キシュキンダーを追われた際にスグリーヴァに付き従い、後にヴィシュヌ神の化身であるラーマ王子とラクシュマナに助けを請います。インドネシアやスリランカ、カンボジアを旅しているといろいろな所で出会う神です。中国に渡ると孫悟空となり、日本でも知られています。 -
「ヒランヤ・カシャプ(Hiranya Kasyap)を殺すナラシンハ(Narshinha)」
ヴィシュヌの化身の1つに獅子頭人身の姿があり、ナラシンハと呼ばれます。この神話は「ヴェーダ」にはなく、「プラーナ(古譚、神々の伝説集成)」に描かれています。ヴィシュヌが獅子の姿になって、ブラフマ神から特別の力を授けられて増長したヒランヤ・カシャプを殺す話が伝えられています。ヒランヤ・カシャプは「獣にも人にも殺されない」と定められていたので、ヴィシュヌは「獣でも人でもないもの」に化身しました。アジャンタ第16窟の回廊にも腹を裂くナラシンハの姿がありました。ヴィシュヌに腹を裂かれたヒランヤ・カシャプはヴェーダ後期に勢力のあった宇宙万物の創造神ブラジャーパティ(Prajapati)の息子です。 -
これらの像はブーパティーンドラ・マッラによって注文されたことは1706年のアクシャヤ・トリティヤに設置された台座の碑文に残されています。彫像についてブーパティーンドラ・マッラが像を彫った職人の手を切り落とし、他の王国で再現できないようにしましたが彼は自分の足でバイラヴァ像を彫り続け、その後は足も切り落とされたという伝説が残っています。3つの都市間で激しい競争があったのは事実ですが、職人の手足が切り落とされたという歴史的な記録はないそうです。
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カトマンズの「ダルバール広場」は祭りの前の慌ただしさがありましたが、バクタプルの「ダルバール広場」は静けさに包まれています。
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「ブーパティーンドラ・マッラ王の石柱」
「ゴールデンゲート」の前にはブーパティーンドラ・マッラ王がお祈りをしている像が上に乗った石柱が建っています。ネパールの石像の中では最もすばらしいと言われる石像です。 -
「ブーパティーンドラ・マッラ(Bhupatindra Malla)」はバクタプル・マッラ朝の君主で、1698年に新たな王宮マーラティ・チョークを建設し、正門にはナラシンハとハヌマーンの像が建てられました。外交面ではカトマンズ・マッラ朝とパタン・マッラ朝の内紛に介入し、カトマンズを打ち破りました。
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かつてネパール全土を統治していたヤクシャ・マッラ王は彼の財産を4つに分割しまし、それらを彼の3人の息子と1人の娘の手に渡しました。皇太子のラヤ・マッラ、ラナ・マッラ、ラトナ・マッラ、そして王女はそれぞれバクタプル、バネパ、 カトマンズ、ラリトプルを手に入れました。ブーパティーンドラ・マッラはバクタプルを手に入れたラヤ・マッラの子孫にあたります。偉大な建築家で芸術愛好家と見なされており、その治世はバクタプルの文化的な最高点とされます。
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「ヴァッサラー・ドゥルガー寺院(Nrtya vatsala temple)」はスリヤントラの形で設立されたドゥルガーのタントラシャクティの寺院です。2015年4月の地震以前は中に入ることが出来なかったようです。
Vatsala Durga Temple 寺院・教会
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全部で9つの尖塔があり、小さな祠堂には女神の像が納められています。
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寺院の前には大きな鐘があり、伝説によると鐘が鳴ると犬がクンクンと鳴いて吠えるそうです。1721年にブーパティーンドラ・マッラ・マッラ王が寺院の改修の際に設置したものです。
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なにかの撮影のようで、カメラマンの立つ先には豪華な衣装を着た女性の姿がありました。
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クマリの衣装と化粧を真似たような姿でした。クマリは外出する時にきらびやかな衣装を着て、額から鼻筋にかけて赤い化粧をし、額には人工的に「第3の目」がつけられます。
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「55窓の宮殿 (55 Window Palace)」
1427 年にヤクシャ・マッラ王の統治期間に建造された入口を含め55の窓がある3層の建物です。それぞれの窓には緻密な彫刻が施されており、ネワール建築の傑作であると言われています。55 Window Palace (旧王宮) 史跡・遺跡
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この宮殿は17世紀にブーパティーンドラ・マッラ王によって再建されましたが、完成したのはバクタプル・マーラ朝最後の王であるジャヤランジット・マーラの治世中の1754年でした。
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現在でもこの宮殿は冠婚葬祭の際にバクタプルの王宮として使われています。1階と2階を隔てるコーニスの音楽ラーガの147のミニチュア彫刻が示すように、音楽を目的で建てられました。
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「ゴールデンゲート」の前で説明がありました。この奥の「タレジュ寺院(Taleju temple)」の建物を反時計回りに進んだ寺院のファサードの写真は撮ってはいけないと注意がありました。そして寺院はヒンドゥー教徒でなければ入れないということです。それ以外の沐浴場などの撮影は出来ます。
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「ゴールデンゲート」は旧王宮への入口として1745年にランジット・マッラ王によって造られました。ネパールでは「ルンカー・ドゥワカー(Lunkah Dhwaka)」として知られるこの見事な門は、ネパールで最も美しい金属加工の例のとみなされ、伝説によるとこの門はかつて純金で作られていたと伝わります。
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門の上には翼を広げたガルーダをシンボルとしたトーラン(Toran)が設けられており、ナーガ(蛇)が下向きに流れています。 ガルーダの下には10本の腕を持つ4つの頭を持つタレジュ(Taleju)の神がマッラ王室の守護神として機能しています。 人々は門に描かれた他の2つの重要な神であるバイラブとカーリーに敬意を払っており、どちらも赤いティッカで飾られています。
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女神タレジュ・バワニ(Taleju Bhawani)は14世紀にティルハのカルナータ王ハリシハ・デーヴァ王によってカトマンズ渓谷に持ち込まれましたが、王は1325年にイスラム教徒の軍隊によって王国から追放されました。ハリシハは女神タレジュを据え、タレジュはマッラ王家の女神となりました。
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「ガルーダ(Garuda)」はインド神話に登場する神鳥で、カルラあるいはスパルナとも呼ばれます。仏教では迦楼羅(かるら)あるいは金翅鳥(こんじちょう)と呼ばれ、仏を背負って三世、宇宙、世界を飛ぶとされます。
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「マカラ(Makara)」はインド神話に登場する怪魚で、ガンガー及びヴァルナの乗り物(ヴァーハナ)であり、愛神カーマは「マカラを旗標とするもの」という異名を持ちます。カーマのシンボルであるマカラは門や装身具の装飾に用いられ、象やワニのように尖った鼻を持ち、とぐろ巻く尾を持つ怪魚や、ワニとライオンの合成獣として表現されます。水を操る力を持つため、マカラの棲むとされる川や湖、海といった場所(マカラーヴァーサ)が崇拝の対象となりました。
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「ゴールデンゲート」を潜ると右手には「55窓の宮殿 (55 Window Palace)」の入り口の扉があり、門を護る像が並んでいます。
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さらに奥に入ると「旧王宮」と「タレジュ寺院(Taleju Temple)」の建物が続きます。右に折れた先には寺院のファサードがありますが、そこにある見事な木造建築は写真撮影が出来ません。さらに寺院の中にもヒンドゥー教徒以外は入ることが出来ません。
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寺院の奥には王室の浴場「トゥシャ・ヒティ(Tusha Hiti)」があり、どの向こうには「シル・マハデヴァ寺院」の塔が見えます。
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「スンダリ・チョーク(Sundari Chowk)」の隣には宗教的、文化的に重要な意味を持つ静かな貯水槽の「ナーグ・ポカリ(Naag Pokhari)」があります。この長方形の池は蛇神ナーグを祀っており、保護と浄化の力があると信じられています。
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ヒンドゥー教には多くの伝説があり、ヘビの崇拝の重要性について語られている民間伝承があります。叙事詩「プラーナ」と「マハーバーラタ」によると宇宙の創造主であるブラフマー神の孫であるカシャパはプラジャパティとダクシャの2人の娘であるカドルとヴィナタと結婚しました。その後カドルはナーガの種族を産み、ヴィナタはアルナを産み、アルナは太陽神スーリヤの御者となり、ヴィシュヌの運び手となった大鷲ガルーダも産みました。
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この給水口のデザインはマカラになっていました。よく見るとマカラの口からはヤギか牛のような動物が頭を出しています。
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「ダルバール広場」の見学を終えて次の「トウマディー広場(Taumadhi Square)」に向かいます。道端には地震で破壊されたまま放置されている寺院の建物が遺されていました。
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細い路地は2つの広場を結ぶ観光客が歩くルートなので両脇の店はほとんどすべてがお土産物屋でした。
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普通のお土産物屋であれば素通りしてもあまり気にならないのですが、タンカの工房となるとそうはいきません。ツアーの最後尾を歩いていますが、このままフェイドアウトしたい気持ちになります。
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ここまで2泊した「ゴカルナ・フォーレスト・リゾート(Gokarna Forest Resort)」のショップではチェプー(Chhepu)とカラツァクラ(Kalaczakla)の描かれた曼荼羅と普通の曼荼羅の2枚を買い求めていましたが歩くのが遅くなってしまいます。
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「タンカ(thang ka)」はチベット仏教の仏画の掛軸の総称で、主にチベットで作られたものを指しますが、チベット仏教を信仰するモンゴルや中国でも製作されます。ネパールの掛軸は通常ポーバーと呼ばれます。典型的なものは綿布を白土で塗りつぶして表面を平滑にして顔料で絵を描きます。
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ようやく「トウマディー広場(Taumadhi Square)」までやってきました。ネパールで最も高いパゴダスタイルの「ニャタポラ寺院(Nyatapola Temple)」といくつかの寺院があります。
トウマディー広場 広場・公園
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ネワール寺院は通常塔の形で建てられ、屋根は階段状になっています。木製のパネルで支えられたこれらの柱は一般的に神々、神話上の生き物の彫刻で飾られています。
ニャタポラ寺院 寺院・教会
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寺院に安置されている5段の石像、5つの階層、5つの台座、33段の階段、108本の支柱、360本の添え木の数はすべてタントリズムにおいて重要な役割を果たしています。
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タントリズム世紀から7世紀頃に仏教を含めたインドの諸宗教にみられる宗教的潮流の総称で仏教ではこれを密教と呼びます。儀礼化された教義の実践を通じて解脱(げだつ)や超自然的能力が獲得されると説いています。
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この寺院には強力なタントラの女神であるシッディ・ラクシュミ(Shiddhi Laxmi)が安置されています。女神は悪霊やネガティブな力を追い払う力を持っていると信じられており、守護者としての役割を果たしていました。
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彼女は怒りに満ちた女神ドゥルガー(Durga)の1つの化身を表しているため、ドゥルガーのさまざまな浅浮き彫りが寺院の入り口とその側面に取り付けられています。
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この寺院は上まで上がることが出来て、自由時間が15分ほどあったので登ってみることにします。ほとんどの方は下で見上げているだけで、もちろん妻も最初から登る気はありません。
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ドゥルガー(Durga)はヒンドゥー教の女神で、その名は「近づき難い者」を意味します。デーヴァ神族の要請によってアスラ神族と戦い、シヴァ神の神妃とされ、パールヴァティーと同一視されました。
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外見は優美で美しいが実際は恐るべき戦いの女神とされます。額の中央に3つ目の眼があり、10本あるいは18本の腕にそれぞれ神授の武器を持っています。虎もしくは獅子に乗る姿で描かれます。
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石段を上がったところからの広場の眺めは絶景で、天気が良ければ周囲の雪山の姿も見えたのだと思います。
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寺院の祠堂の扉は閉じられていて、中に納められた像の姿を見ることは出来ません。
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トーラン(Toran)と呼ばれる欄間彫刻にはガルーダ(Garuda)と蛇族の王ナーガ(Naga)がドゥルガー(Durga)を護るように配されています。
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ナーガ(Naga)はインドや南伝仏教圏においては純粋に蛇として描かれることが多く、東南アジアのインド文化圏では頭が7つある姿で描かれます。釈迦が悟りを開く時に守護したとされ、仏教に竜王として取り入れられて以来、仏法の守護神となっています。法華経の会座に列した八大竜王はインド神話でも有名なナーガの王ナーガラージャ(Naga-raja)です。
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寺院の回廊で同じツアーの方に写真を撮っていただきました。妻がいてもなかなか自分の写真を遺すことが無いので記念になりました。
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ここから眺める「バイラヴァナート寺院( Bhairavanath temple)」ととても美しい姿を見せてくれました。本尊はシヴァの化身の1つであるバイラヴァ(Bhairava)です。バイラヴァは「恐怖すべきもの」という意味で、破壊神シヴァの恐怖や不穏な側面を象徴しています。多くの場合は憤怒の表情をしており、この寺院のバイラヴァは怒ったトラの姿をしているそうです。
Bhairavnath Temple 寺院・教会
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ネワール様式で建てられたこの寺院には三重に設けられた屋根の上からドバジャ(Dhvaja)と呼ばれる帯がぶら下げられています。これは神が降臨する道筋を示すシンボルで、古代インドの戦争において軍隊の戦旗として使われた道具でもあるようです。
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ヒンドゥー教徒の信心深さは数日旅をしただけでも良く分かりました。生活の中に習慣として組み込まれているように思えます。
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この寺院の衣装も不思議なものでした。これまでインドネシアやインドで見てきた寺院との違いを感じますが、詳しく分からないことが多くてもどかしいです。トーラン(Toran)にはチェプー(Cheppu)という怪物の姿があります。昨日購入した曼荼羅もこのチェプーを描いたものでした。
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古代のカトマンズ盆地は巨大な湖でした。全能のマンジュシュリー(文殊菩薩)はこの地を気に入り、新しく町を造ろうと考えて湖に住むナーガ族などは立ち去ることを余儀なくされます最後に残ったのが残ったのがチェプーでした。マンジュシュリーと水から出る姿を見ないと約束させます。しかしマンジュシュリーは途中で目を開けて半身を見てしまいます。そのためチェプーの姿は半身で描かれることが多いようです。
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広場には巨大な木製の車輪が積み上げられていました。バクタブルでも昨日のカトマンズのダルバール広場で見た山車が気見立てられるのかもしれません。クマリはカトマンズのロイヤル・クマリが有名ですが、ネパール国内各地の村や町にも多数存在し、ローカル・クマリと呼ばれています。
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「トウマディー広場(Taumadhi Square)」の見学が終わると、次に向かう「タチュパル広場(Tachupal Square)」まで歩くことになります。
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カトマンズではこのような町中を歩くことが無かったのでバクタプルの町は非常に魅力的に感じます。
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ツアーの一番最後尾を歩いているのでガイドさんに聞くことが出来ませんでしたが、時期的にも「インディラ・ジャトラ(Indra Jatra)」の祭りの一環ではないかと思えました。
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旅先で野菜を買うことはあまりありませんが、新鮮で美味しそうなことは分かります。ホテルで食べた野菜も子供の頃に食べたものを思い出しました。
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途中で一休みになりました。ツアーの方がガイドさんにヨーグルトを食べたいと言ってくれたようです。この店はガイドさんのおすすめでした。
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ズーズーダウ(Juju Dhau)というバクタプルの名産のヨーグルトです。冷たく冷やしたものが1カップ50円くらいで食べられます。上の薄い膜はチーズケーキのようになっていて、その下は濃厚なヨーグルトです。写真を撮る間もなく妻は半分くらい食べてしまいました。
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器はバクタプルで有名な素焼きの陶器に入れられています。近くにはポッタリー広場があり、そこで造られたものだと思います。インドでもネパールでも素焼きの陶器は使い捨てと考えられています。口をつけた素焼きの陶器を使いまわすことが無いので、インドではチャイのカップを幾つももらってきました。ここのカップももちろんもらってきました。
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お揃いのダカ・トピ (Dhaka topi) という帽子を被ったおじさんたちが可愛らしいです。この帽子はネパールの山岳民族やインドグルカ族の男性の間で広く使用される帽子の一種で、マヘンドラ王の在位中に普及しました。国家の誇りを象徴するものとしても用いられ、国家公務員は民族衣装の一部としてネパーリ・トピを身に着けています。記事は先日買ったランチョンマットと同じダッカ織りです。
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ネパールの町中にはおびただしい数の祠があり、いろいろな神々が祀られています。その祠の周りには人々が集まり、人の集まるところには商いが生まれていきます。ここは神の住む家なのか八百屋なのか曖昧になっています。
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この建物の白い扉は獅子の像が置かれていることからも何かの神を祀っているのだと思います。その横はやはり八百屋となっていました。
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「タチュパル広場(Tachupal Square)」に入りました。だいぶ日が傾いてきた時間帯で、寺院の建物の赤いレンガが余計に赤く染まっています。
タチュパル広場 広場・公園
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「ダッタトラヤ寺院(Dattatraya Temple)」はサンニャシ(僧侶)であり、ヒンドゥー教の神として崇拝されているダッタトラヤ(Dattatraya)を祀っています。彼はヒンドゥー教の3人の神であるブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの化身であり、集合的にトリムルティとしても知られています。
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この寺院はもともと15世紀にダルマサラまたは公共の休憩所の一種であるサッタルとして設立されました。おそらくヤクシャ・マッラまたは彼の息子ラヤ・マッラによってシヴァの禁欲主義者のためのレストハウスとして建てられました。
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石柱を中心に左右対称に広がる寺院は非常に美しい姿を見せてくれます。
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ダルバール広場の石柱も美しかったですが、個人的にはこちらの石柱の方が美しく思えました。
ダッタトラヤ寺院 寺院・教会
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キューポラの上段の窓から広場を見下ろす「ヴィシュヌ化された」ダッタトレーヤの木製の像はカトマンズのシヴァ・パールバティー寺院で見られる同様の覗き込むモチーフを反映しているようです。
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寺院は正式にはダッタトレーヤに捧げられていますが、ダッタトレーヤの神性のヴィシュヌ様式の側面が強く見られます。ヴィシュヌの法螺貝と円盤は入り口の外の柱に取り付けられています。
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ヴィシュヌの乗り物である金色のガルーダは寺院の前の高い柱の上に取り付けられています。
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インド神話ではヒンドゥー教の主神ヴィシュヌの第2の化身とされるクールマ(Kurma)がいます。石柱を背負う姿は中国の伝説で龍が生んだ9頭の神獣「竜生九子」の1つの贔屓のように思えました。重きを負うことを好むといわれ、そのため古来石柱や石碑の土台の装飾に用いられることが多く、諺の「贔屓の引き倒し」はここから来ています。つまり、贔屓を引くと上に乗った石柱や碑が倒れるということです。
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広場にはガルーダの石柱と相反するように獅子とコブラを乗せた柱も立っていました。「ビムセン寺院(Bhimsen Temple)」は「ダッタトラヤ寺院(Dattatraya Temple)」と対峙するように建てられています。
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このままこの広場で火が暮れるまで座っていたいと思いました。
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ネパールには「パティ(Pati)」と呼ばれる東屋があります。街の重要なパブリックスペースである広場にヒティという水場である井戸や、仏教寺院、ヒンドゥー寺院という複数の宗教の祈りの場があり、その隣にパティが位置しています。
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街の人たちが資材を提供したり建設の手となるなど各々が可能な方法でこの空間の建設に参加し、当事者意識を持って維持している空間です。ここにはヒティに水汲みに来てくつろぐ人、新聞を読みに来る人、手仕事に集まる人などさまざまな情景があり、人々の生活の一部を担っていると感じられます。
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近くの建物の窓にはブーパティーンドラ・マッラ王の姿が見えました。
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広場の見学が終わった後は1本の路地に入って行きます。
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路地にはいくつかの木彫の仮面を造る店があり、職人さんが製作している姿も見えました。非常に精巧に掘られており、木彫りの状態でも魅力ありますが、彩色されたものも素晴らしいです。ツアーでなければと思う後悔の一瞬です。
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それ以外にも紙製品の店などもあるようでした。
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欲しかったのがこの4面の操り人形でした。ガネーシャやバイラヴァ神やハヌマーンの面が4つ付いています。操り人形には興味があり、チェコでもいくつか買い求め劇場にもいくつか行きました。ミャンマーに至っては貸し切りで劇場で鑑賞し、操り方まで教わりました。
チェコの操り人形:https://4travel.jp/travelogue/10563108
ミャンマーの操り人形:https://4travel.jp/travelogue/10944093 -
路地に入って見に行ったのはこの「孔雀の窓(Peacock Window)」でした。確かに他には見ることのない見事な彫刻でしたが、20分くらい自由時間が欲しかったです。
孔雀の窓 史跡・遺跡
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「タチュパル広場(Tachupal Square)」の見学を終えるとバクタプルの観光も終わりました。再び路地を抜けて迎えのバスが来る場所に向かいます。
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西日の中をぶらぶらを歩きますが、市井の人々の暮らしが垣間見られて良かったです。
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それにしても野菜を売る店の多さには驚かされます。
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ネパールの背負いかご「ドコ(Doko)」を見たのはこの時ぐらいでした。おでこに掛けている紐が「ナムロ(Namlo)」で、背負うよりもこのやり方の方が運びやすいそうです。
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ネパールの国民食を「ダルバートタルカリ」と言い、言葉の意味はダル(豆スープ)バート(米飯)タルカリ(野菜のおかず)です。夕食は1日の中でも重要なようで、これらの野菜も夕食で食べられるのでしょう。
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迎えに来たバスに乗って、この日から2泊する「クラブヒマラヤ・ナガルコット・リゾート(Club Himalaya Nagarkot by ACE Hotels)」を目指します。
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