2024/04/27 - 2024/05/06
104位(同エリア120件中)
RiEさん
旅行5日目(5月1日)。
小雨がぱらつき降ったり止んだりする不安定な天候の中、1日かけて日向観光をする。
日豊海岸国定公園内にある長さ約5kmのリアス式海岸“日向岬“には、1500万年前の大規模な火山活動で流れ出た火砕流が冷え固まって出来た柱状節理が広がり、ダイナミックな景色が楽しめる。海から見た時に岬全体の形が馬の背に似ている“馬ヶ背“は強烈な海風が吹き抜けるけど、遊歩道先端の展望台からは荒々しい海と、約4.5kmの海岸線わたって続く柱状節理からなる絶景が広がっていて思わず息をのんだ。
巨大な岩礁が波の侵食によって上からの見ると十文字の形をしてる“願いが叶うクルスの海”を鑑賞した後は、天照大御神を御祭神とする古社“大御神社”と境内東奥にある洞窟の中に安置されている“鵜戸神社(龍宮)“を訪ねる。洞窟奥にある社付近から入口付近を眺めると角度によって昇り龍のシルエットが浮かび上がることから、古代日向の龍神信仰の痕跡はないかと考えられておりロマンを感じた。
最後に江戸から明治期にかけて港町として栄え、今も白壁土蔵や石畳などの町並みが残る“美々津重要伝統的建造物群保存地区”を散策し、ひっそりと佇む情緒に触れた。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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10:00過ぎにHOTELを出発したら11:00に日向に着いてしまったので、ブランチをしてから観光することに。
Google Mapを調べるとすぐ近くに宮崎県北部地域を代表するローカルチェーン店“天領うどん 新生町店”があり、ここが本店らしい。天領うどん 新生町店 グルメ・レストラン
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Menu。
取り扱いは現金のみで食券を購入して、入口すぐの受付で注文してから着席する。 -
【大根・すり身・牛すじ・白滝】各160円
レジカウンター横に並ぶおでんが美味しそうだったので追加注文した。
後で調べたら天領うどんにはマトンすじもあるらしいけど、この日は見当たらなくて残念。
【辛子高菜】120円
写真はないけど箸休めが欲しくて注文したところ、辛さは控えめで葉の食感がしっかりあって美味しかった。 -
座席は畳ベンチとカウンタータイプで、座席数は多いけどランチ前なのに半分くらい埋まっていた。
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【天領うどん】380円
夫が注文したのは釜揚げつけ麺の看板Menuで、甘さ控えめな薄味のあっさりしたつゆに浸す。 -
【肉うどん】640円
モチモチした麺はコシが無くて私好みの食感で、甘辛く味付けされた牛肉は柔らかくホロホロと崩れた。
合計:1660円。 -
車で少し移動して大分県中部から宮崎県北部まで約120kmに渡って延びる“日豊海岸国定公園“の一部である“日向岬”に到着すると、パラパラしていた小雨が止んで曇り空になっていたけど、かなり涼しくて寒暖差に弱い私は木陰に入ると肌寒さを感じるくらいだった。
駐車場から続く、林に囲まれた若干の高低差がある遊歩道を400m程歩いて行くと…日南海岸国定公園 自然・景勝地
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馬ヶ背の断崖絶壁に1.8m迫り出すようスケルトン素材で造られたテラス“馬ヶ背展望所スケルッチャ!“が姿を現し、高所恐怖症の夫は見た瞬間に「行かない」と拒否。
ちなみに6人まで同時に乗ることができる。馬ヶ背 自然・景勝地
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私は足元が透けていようが平気なのでズンズン進んでいくと、夫が「どんな感じ?」と聞くから引っ張ってみると変な声を上げていたけど、光の速さで写真を撮ったら限界らしく即戻ってしまった。
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イチオシ
スケルッチャ!の手摺からカメラだけ乗り出して撮影した“馬ヶ背の断崖絶壁”。
写真下の緑はテラス近くに生えていて、断崖絶壁のはるか下に打ち付ける波音だけが響き渡る光景は迫力満点だった。 -
イチオシ
馬ケ背は火山活動で形成されたリアス式海岸の一部で、両サイドに火砕流が冷えてできた柱状節理を一望できる。
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見えないけど断崖絶壁部分も柱状節理になっているようで、違ったアングルからテラス側も見てみたくなった。
打ち寄せる波は突起した岩の周りをグルンと周回して、また大海原へ戻っていく。 -
更に奥へ歩いて行くと、林というより森っぽく生い茂る木々に囲まれた遊歩道が突然開けて…
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日向岬の突端で遮るもののないから、日向灘の大パノラマが広がっていて思わず息を呑む。
強く吹き荒れる海風は鍔が広い私の帽子を掻っ攫おうとするので、片手で頭頂部を押さえながらカメラを構えるしかなかった。
遊歩道左手側は馬ヶ背展望所スケルッチャ!があり、入り組んだ海岸線と断崖絶壁が横から見ると連なって見えるから不思議。 -
柱状節理の岩肌は荒々しいのに、上部は緑が生い茂っていて大地の力強さを感じる。
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馬ヶ背右側はパッと見た感じはなだらかな岩肌だけど、ズームレンズでアップすると…
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規則性のある柱状節理の割れ目に美しさを感じた。
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岬全体が馬の背のように見えることから、馬ヶ背という名が付いた理由が実感できる遊歩道の先端付近。
舗装してあるけど高低差があり、小雨で足元が濡れて不安定なのに加えて、突風が吹き荒れるので戻るのも一苦労だった。 -
車で3分ほど移動して“クルスの海”へ。
馬ヶ背から行くと展望所を通り過ぎた所に小さな駐車場があり、観光名所がどっちの方向にあるか分からないのが不親切。クルスの海 自然・景勝地
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ここを訪れた人の願いや希望を届けるというクルスの鐘の後ろが、展望所になっている。
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巨大な岩礁が波の侵食により東西約200m・南北約220mにわたって裂けた結果、上からの見ると十文字=クルスの形をしており、岩の外にある小さな岩場とセットにすると「叶」という文字に見えることから、ここを訪れると願いが叶うと言い伝えられてきたスポット。
横から見下ろすと小さな岩場がギリギリ見えるくらいなので、もう少し高さのある展望所だったら良かったかも。 -
続いて訪れたのは日向岬の付け根にある伊勢ヶ浜隣に社殿を構え、天照大御神を御祭神とする古社“大御神社”。
江戸時代には日知屋城主:伊東氏ら歴代城主はもちろん、延岡藩主や天領役人などから厚い信仰を集め、日向のお伊勢さまと呼ばれている。大御神社 寺・神社・教会
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創建の年月は不明ながらも神社に伝わる古文書によると、その昔日向の国:高千穂に皇孫瓊瓊杵尊が天降した際にこの地を通過し千畳敷の盤石=さざれ石が広がる絶景の大海原を眺望して、天照皇大御神を奉祀し平安を祈念したのが創始と伝えられており、大御神社の社名は天照大御神の「大御」からいただいたとされているものの、本殿に残っている天保・安政年間から大正5年までの祈願木札には天照皇太神宮と記されているそう。
現在の社殿は1938年に全面改築されて神明造りが特徴で、高千穂地方の神社の境内木(杉材)が使用されている。 -
社殿脇に周ってみると柱状岩上に建っているのが確認でき、海大海原を見渡す絶景が広がっている。
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目立つ建物が社殿以外見当たらない大御神社の境内は、砂利敷きになっているせいか異様に広かった。
少し離れて見ると柱状節理と濃い緑が際立ち、美しい。 -
境内の端にある小さな山=ボウズ山まで何もないせいか酷く距離を感じるので、ボウズ山目指して前を歩く人がいなければそのまま戻っていたかもしれない。
2003年の秋までは社殿すぐ西側脇に神門があって境内地を二分していたそうで、その神門が白蟻による破損を受け建て替え検討していたところ、ボウズ山の際までが神社有地だからこの機に境内地拡張が試みられ、幅30m・奥行き100mの造成が行われ、それがこの砂利が広がる境内にあたる。
ボウズ山際の前まで工事を進めると、まるで生コンクリートを固めたようなブツブツした岩が出現したので専門家に見てもらったところ、国内最大規模のさざれ石群が発見されたとのこと。
さざれ石とは国歌「君が代」に歌われるあのさざれ石のことを指す。 -
今から約2千万年前の大御神社付近は大きな川の流れる浅い海岸平野で、その河口付近には大量の石ころが堆積し、小石が長い歳月をかけて凝固したものが1つの大きな岩の塊になり、やがてさざれ石になった。
注連縄が巻かれた最も巨大なさざれ石は周囲30m・高さ4mあり、瓊瓊杵尊が天降した際に大海原を眺望したのがこの神座(かみくら)とされていて、岩上は古代祭場だったことがわかっている。
神座前にある水窪は人工的な造りをしており、縄文時代の人々が龍神信仰をしていた古代遺跡とされ、渦巻状の壁面は龍を表しているそう。
底を覗いてみると直径1m程の卵型のさざれ石=龍神の霊(玉)が据えられていることからも、当時の龍神信仰を裏付けるものとの見解が看板に書いてあった。 -
Uターンして社殿を通り過ぎ、反対側から眺めると三代の亀岩(親・子・孫)の親亀が確認できた。
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境内東奥に位置する洞窟の中にある摂社“鵜戸神社(龍宮)“の入口。
日向鵜戸神社 寺・神社・教会
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道なりに歩いて行くと、海沿いに亀岩の子亀が姿を覗かせる。
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木々に囲まれひっそりとした参道を進んでいくと鳥居が見えた。
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この先はひと1人幅しかない岩肌に沿った1本道で、どんどん下に下がっていく。
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波音が近くなり、潮の匂いが強くなると大きな岩の裂け目が見えてきた。
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急階段を降りていくと高さ20m・幅8m・奥行き40mの岩窟入口が姿を現した。
ここから見ると奥は真っ暗。 -
私が見た限り照明器具など一切なく、洞窟入口から差し込む光だけを頼りに進むので明るい時間に行くのがベスト。
中央は砂地だけど、ゴロゴロ転がる大小様々な石が続くので、しっかり歩ける靴じゃないと危ない。 -
天井付近を見上げると表情豊かで驚かされる。
この岩窟上部の石の隅々が尖っていることからも、人の手によって掘り進められたものとされ、古代人の龍神信仰を感じさせた。 -
奥まで進むと足場が整えられ、そこに慎ましい鵜戸神社の社が鎮座していた。
鵜葺草葺不合命・・彦火瓊瓊杵命・彦火々出見命・豊玉姫命・塩筒大神の五柱を御祭神として奉祀している。 -
洞窟奥の社前から、洞窟入口付近を振り返るとこんな感じに見える。
でもこれでは龍神信仰になる要素が見当たらないので、少しずつ見る角度をズラしていくと… -
少し太った蛇になったけど、まだ龍には程遠い。
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手前の岩肌を利用して少しずつ絞っていったところ、昇り龍のシルエットが浮かび上がったので「おぉ!なるほど」と腑に落ちた。
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戻るときに足元を見たら、砂の参道が龍が這ったような跡に見えた。
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1人幅しかない1本道に戻る階段は高さがランダムで足が置ける場所も狭いため、GW直前の空いている時に訪れて良かった。
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警戒心が強いのに男性が好きなようで、男性にだけ擦り寄っていく駐車場にいたお喋りな猫。
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14:15に白壁土蔵や石畳などの町並みが残る美々津に到着。
趣ある景観を眺めながら駐車場やコインパーキングを探したけど、見当たらなくて日向市歴史民俗資料館で尋ねたところ、斜め向かいの建物前なら停めてOKと了承が貰えた。美々津町並 名所・史跡
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江戸から明治期にかけて港町として栄えた美々津は高鍋藩の交易港として栄え、廻船問屋が軒を連ねた面影が今も色濃く残り、一帯が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。
小雨が降ったり止んだりしていたけど、通りに面した広間などを開放して五月人形の展示が行われていた(2024年は5月12日まで開催)。 -
美々津の町並みでひと際目を惹くのが、各家に備え付けられている神武天皇御船出の様子を彫った素朴な郵便ポスト。
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耳川河畔に向かって歩いて行くと…
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美々津は神武天皇お船出の地として古事記に描かれた神武東征伝説が日本海軍の始めということらしく、神武天皇御進発の聖地=“日本海軍発祥の地“となり、1940年に宮崎県奉祝記念事業として立磐神社境内に建立されたそう。
先に言った者勝ち感は否めないけど、碑はかなり立派なだった。
日本海軍発祥の地の碑 名所・史跡
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神武天皇一行が船出した耳川河畔にある“立磐神社“は、苔むしていて独特の雰囲気が漂っていた。
神武天皇御東遷の際に美々津港より御船出するにあたり、航海の安全を祈念して海上の守護神:底筒男命・中筒男命・表筒男命の三神を奉斎したことにちなんで、第12代:景行天皇の御代に創祀された。立磐神社 寺・神社・教会
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参道を進んでいくと右側に小さな鳥居があり、周囲は腰高くらい玉垣が巡らせてあって立ち入れないようになっていた。
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中に祀られているのは神武天皇が座られたという「神武天皇御腰掛の岩」で、この岩自体が神武天皇の御神体として崇拝されている。
ちょっと腰掛けるには高さがある岩で、上部が凸凹しているように見えた。 -
御神木は樹齢300年とも400年とも言われている立派な楠の木で、根元が小山のように膨らんでいた。
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裂け目があったので覗いてみると、小さな赤い鳥居が納められているのが確認できる。
後で調べたところ、この洞は昔は子どもが中に入って遊べるほど大きかったけど、楠の木の成長に合わせて小さくなったそうで、思わずトトロの世界を想像してしまう。 -
御祭神は底筒男命・中筒男命・表筒男命・神武天皇で、2022年9月に社殿改修工事が完了したばかり。
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社殿奥に進んでみると小さな社が祀られていて、極太の柱状節理のような四角い岩が立っていた。
表面にはビッシリ苔むしていて、入口で感じた独特の雰囲気を色濃く感じたので退散。 -
美々津の町は上町・中町・下町の3本の通りによって形成されており、上町は高鍋藩の番所や殿様の御仮屋があったところで、中町は商人町として美々津の繁栄を支えた廻船問屋が軒を連ね、下町は海に面していることから船大工や漁師たちが多く暮らしていたそう。
その3本の通りを横切るようにツキヌケと呼ばれる大きな道が4本通っていて、火事が発生したとき飛び火しないよう防火の役割も担っていており、旧中町共同井戸が配置されていた。 -
ばんこと呼ばれる折りたたみ式の縁台(鯉のぼりが吊るされている下)や、虫籠窓の美しい格子のある家が残る美々津の町並みを歩きながら、石畳が敷かれた中町通りに戻ってきた。
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駐車スペースを教えてもらった“日向市歴史民俗資料館”は、市に寄贈された旧廻船問屋を復元した建物で貴重な資料が収蔵されており、河内屋に伝わる商取引関係の古文書や掛け軸をはじめとする歴史資料と、河内屋で使用されていた民具類や日向市内から採集された民俗資料に分かれている。
日向市歴史民俗資料館 美術館・博物館
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日向市歴史民俗資料館入館料:220円(現金のみ)。
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1855年に建築されたこの建物は2つの妻入り町屋が複合した広い間口と平入(玄関の位置)、厨子2階・大壁造を特徴とし、京格子と京都・大阪の町家造りを取り入れて箱階段なども見られる。
八幡丸・伊勢丸などの千石船を擁した美々津でも有数の豪商として繁栄を極めたそう。 -
河内屋で使用されていた道具の数々。
自由に見学出来るけど、希望すれば資料館スタッフによる説明を受けながら見学も可能。 -
土間から眺められるよう飾られた五月人形。
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トオリニワに面しているのは3部屋あって、中央に位置する兜が飾られた中の間から入室した。
正面奥の天袋に飾られているのは神棚。 -
まず向かって右側の部屋に入ってみる。
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開け放たれた障子の先には小さな庭があり、扉が開いている小さな建物は茶室になっていた。
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庭に面した部屋から振り返った室内の眺め。
3間続きになっているので障子を取っ払えば大空間として使用できるのが廻船問屋の建物らしさを感じるけど、衣桁には着物が展示されていて日常の匂いを感じるので、ここは生活の場として使用されていたザシキっぽい。 -
中町通りに1番近い突き当りの部屋まで行ってみると、押し入れに見立てた隠し階段が姿を現した。
建築当時はまだ武士社会だったため、町人が2階を造ることは武士を見下す行為として禁止されていた背景がある。 -
階段の足が置けるスペースは本当に狭くて、足のサイズが22cmの私の踵部分がはみ出る程なので、足の大きな人は爪先で上っていたのかも。
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2階に上がると、想像よりはるかに広い畳敷きが展開されていて驚く。
船大工が造った建物なので天井は船底を引っくり返したような船底天井になっており、やや低めだけど一般的な大人の男性が屈むほどではない高さが確保されていた。 -
開けられた障子から見下ろすと中の間で、この2階は神棚と同じ高さなのがわかる。
2階まで上がれる古い建物で、2階から1階を見下ろせることは時々あるけど、柵など何もないので注意しながら覗き込んだ。 -
隠し階段から上がったので薄暗い屋根裏部屋を想像していたのに立派な造りだし、窓からも十分な光が差し込むから室内が明るく、居室として十分活用できる印象。
建前上2階をつくるのを禁止されていたけど、河内屋程の財力や人脈があれば廻船問屋の物置的な役割として申請したのかも。 -
2階は中の間を迂回するようL字に板の間が伸びており、この正面に神棚があった。
小さな衝立が置かれているけど大きく開いており、こちらも遮るものは障子しかない。 -
庭に面した部屋の上は腰掛けるには少々高い畳の間になっていて、そこからしかアクセスできない中の間の上は神棚上にあたることから立入禁止になっていた。
板の間に渡された梁は、身長150cmの私がギリギリ頭をぶつけない高さなので、こちらの畳の間は天井が結構低め。 -
2階は建物を2つ並べたような造りをしているのが特に感じられ、もう1つの階段がある黒木晩石文庫が並べられた図書室へのアクセスは扉1枚分の幅しかなかった。
扉を通過するとすぐに階段があって眼下に馴染みのある光景が広がり、あの箱階段を降りていたこと気付き、トオリニワに出られた。 -
靴を履いてスタッフによる展示説明を再開してもらう。
トオリニワを突き当りまで進むと、昭和初期に神武天皇の神武東征を再現して手漕ぎの船で大阪まで行く事業が昭和初期に行われたそうで、その際に残された舟首船尾部分が飾られていた。
話を聞くだけでも気が遠くなりそうだけど、紡いできた神話や歴史とともに美々津があるのを肌で感じる。 -
トオリニワ突き当りまで一瞬屋外になり、さらに奥にスロープ付きの資料展示館が待ち構えていた。
美々津を出発したのが15:15なので僅か1時間の滞在。 -
1時間弱車で移動して延岡市内に戻ると、HOTELに戻る前に1903年創業の“千徳酒造”を訪ねる。
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焼酎王国と呼ばれる宮崎県唯一の清酒専門酒造会社で、夫がとても楽しみにしていたから、ドライバーを私にバトンタッチし試飲させてもらうことに。
試飲したいことを伝えると、冷蔵庫からこのテーブルにどんどん試飲用日本酒を用意してくれて… -
最初は5-6本だったのが勧め上手なこともあり、最終的に日本酒11本・へべす酒2本・梅酒1本を試飲させてもらった。
この酒蔵がすごいところは試飲はセルフで、お代わりもOKという太っ腹さ。
全般に濃厚な風味だけど、甘味や酸味が程よく効いたふくよかな味わいで、シリーズごとの味の違いが楽しめる。 -
気に入った日本酒2本と、日本酒ベースに造られたリキュールなら私も飲めるのでへべすのお酒1本を購入。
苦みがありスッキリした味わいのへべす酒は炭酸割りにするとスルスル飲めるから、結局この1本を1人で2日で飲み切ってしまった。
明日は宮崎ロードトリップのメイン観光と言っても過言じゃない高千穂/に行く予定。
続きは08へ。
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