2024/04/27 - 2024/05/06
3454位(同エリア4881件中)
RiEさん
旅行9日目(5月5日)。
今日は天気が良いので予定通り、10:00にHOTELを出発して日南・串間方面を目指す。
まずは1658年に飫肥藩の鎮守として第3代飫肥藩主:伊東祐久公が鵜戸神宮から勧請し建立された“榎原神社”では、八ッ棟造りと呼ばれる複雑に入り組んだ屋根の朱塗り御本殿を見ることが出来た。
13:30前に日南海岸国定公園の最南端に位置する“都井岬”へ。
都井岬一帯には江戸時代の高鍋藩が放牧したのが始まりで、国の天然記念物に指定されている日本の在来馬の御崎馬が棲息しており、都井岬550ヘクタールはすべて馬の住処になっていて、在来馬の中で唯一半野生の状態で棲息しているから、大地と暮らす馬の生き生きした姿を間近で見られる。
ドライブがてら移動して社殿の創建が今から約1300年前の708年と伝わる“御崎神社”を訪れると、太平洋に突き出した都井岬最先端に奉祀されていて約3000本のソテツが自生していて、荒々しく打ち寄せる波音が響く南国ムード溢れていた。
都井岬の断崖に立つ真っ白な“都井岬灯台”は九州で唯一上ることが可能な灯台で、緑豊かな山々と日向灘を一望でき大パノラマを満喫した。
最後に立ち寄った日南にある“祇園神社”は元々あった洞窟奥に新たな洞窟を掘って1924年に御本殿が洞窟の中に建てられており、天井から垂れている大岩「八岐大蛇」はまるで巨大な龍の顔の顔に見えることから、龍神が顕現された姿と言われており迫力があった。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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宮崎から1時間15分ドライブをして日南にある“榎原(よわら)神社”へ。
1658年に飫肥藩の鎮守として第3代飫肥藩主:伊東祐久公が、1658年に鵜戸神宮から勧請し建立された神社で、古くは榎原大権現と称されていたものの、1868年に神仏分離令が出された後は榎原神社と改称している。
まず目を惹くのは1816年に建立された2階建ての立派な楼門。
高さ約11m・横幅約7m・奥行き約4mあり、1階の上に高欄の回廊を巡らせている。榎原神社 寺・神社・教会
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中央が参拝者用の通用門で両側2間にそれぞれの仁王像を配置して、その上部に随神像が安置されており、和様式+禅宗様式+折衷様式が用いられているのが特徴。
元々あった寺院境内に建てられたこともあり、神仏習合の名残が色濃いことから貴重な文化財としての価値も高いそうで、向かって左の口を閉じている吽形像は赤い目をした仁王像だった。 -
右側の口を開けている阿形像は青い目をしていて、左右で対照的な色をしているのが興味深く、こちらに話しかけてきそうな愛用ある顔立ちをしていた。
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楼門をくぐるとすぐ右側に、高さ11.41mの1842年に建立された鐘楼見える。
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この鐘楼も楼門同様に神仏習合の象徴的な建物で、下階は黒板張りの袴腰のどっしりした安定感が感じられるのに、見上げると上階2層は細部にこだわりが詰まった躍動感ある雰囲気で面白い。
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楼門から真っすぐ進んでいくと境内正面に見えるやや小さな社は摂社の桜井神社で、御本殿は鐘楼と同じ並びにある。
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現在の御本殿は1707年に建てられたもので、八ツ棟造りと呼ばれる複雑に入り組んだ屋根を持つ。
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御祭神は天照大神・天忍穂耳尊・彦火瓊瓊杵尊・彦火々出見尊・鸕鶿草葺不合尊・ 神日本磐余彦尊の6柱。
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1674年に創建された摂社“ 桜井神社”は、榎原神社創建を進言した神女:内田萬寿姫が祀られていて、21歳の時に鵜戸山参りをした後に神女となったと言われており、数多くの霊験を顕わしてシャーマン的な存在となって一般庶民から飫肥藩主まで信望を受けていたそう。
桜井神社社殿正面には珍しい伊勢海老の彫刻(海老茶色)が施されている。 -
桜井神社の隣は末社になっていて、榎原神社御本殿左側にある霊社でも萬寿姫が祀られていた。
ランチは道の駅 串間で食べる予定だったのに満車でとても停められそうにないので、GW初日同様に近くのスーパーを探してフードコートで済ませた。 -
13:20に日南海岸国定公園の最南端に位置する“都井岬”に到着。
入口には駒止めの門と名付けられた御崎馬が外へ出ないようゲートが設けられており、野生馬保護協力金として車1台につき400円を支払う。都井岬 自然・景勝地
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すると、パンフレットと御崎馬の親子ステッカーが貰えた。
出産シーズンは3月-8月だけど特に4-5月はよく生まれることから、仔馬のことを春駒と呼ぶのだそう。 -
駒止めの門から1kmほど走ると1番近い駐車場があるので、車を停めて道路を挟んだ背後の丘を目指す。
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御崎馬とその繁殖地は国の天然記念物に指定されていて、都井岬550ヘクタールはすべて馬の住処になっているけど、ここ小松ヶ丘は御崎馬がよく草を食べにくる場所なので遭遇率が高くて人気がある。
見上げると馬の周りに人が集まっているけど想像以上に高く、丘の傾斜がキツいので随分遠くに感じた。
緑豊かな草原に見えるけどは、至る所に馬糞が落ちているから足元に注意しながら上っていく。 -
御崎馬は現存する全部で8種いる日本在来馬の1つで、高鍋藩:秋月家によって現在の串間に設置された藩営牧場の1つが御崎牧=現在の都井岬にあたり、1697年の開設以来今日まで周年放牧で飼育されて繁殖も自然にまかされている。
1953年に国の天然記念物に指定されており在来馬の中で唯一、半野生の状態で棲息している。
御崎馬は体長・体高ともに130cm程度の中型馬で、毛色は主に鹿毛と青毛が中心でこの3頭も栗毛をしていた。
奥の2頭に比べて小柄で細身の馬はもしかしてまだ仔馬? -
仔馬らしき小柄な馬はスタスタ歩いて私の前を通り過ぎ、ドサッと芝に寝転がってズルズル滑り落ちていくから吃驚したけど、このウットリした表情から察するに背中が痒いのだと思う。
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何度か繰り返すとムクッと起き上がって…
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少し離れたところで無心に草を食べ始めた。
眼下には日向灘の壮大な景色が広がっている。 -
イチオシ
馬たちの脚を見ると、傾斜のキツさがわかる1枚。
この丘には時々身体を持っていかれそうになるほど強い海風が吹くので、高い場所にいる馬たちも必死で踏ん張っている。 -
中央付近の草が生えてない1本道だけが平地になっていて、それ以外は丘陵。
トレッキングシューズだから私もしっかり踏ん張れるけど、普通のスニーカーだったら風で簡単によろけていたかもしれない。 -
馬たちに近いと、草を食い千切るブチッ!と音が聞こえてくる。
ちなみに春-夏はこの小松ヶ丘などの草地で数頭の群を作って過ごす御崎馬たちも、秋-冬は雑木林などに移動して茎葉を食べて過ごすそうで、ちょうど良い季節に訪れることが出来た。 -
尻尾が痒いのか器用に身体を捻る。
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午前中は曇りがちだったけど晴れてきたお陰か、周辺の山々や日向灘が遠くまで一望でき、駐車場に停めた車たちはオモチャのように小さく見えた。
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この辺りで唯一の平地になっている1本道で休んでいたら、馬たちも歩きやすいところが良いらしく、あの2頭が後ろから歩いてきた。
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どこに避難しようか迷っていたら、馬たちは揃って足元の草を食べ出して私に時間をくれたので、その穏やかさに驚かされる。
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ちなみに馬の視界は350℃もあるそうで、正面を向いたまま自分の後ろ脚まで見えるから、蹴られないように馬が進んでシッカリ距離を保ててからこのアングルで撮影した。
正面や横からだと気づきにくいけど、御崎馬も在来馬の特徴といわれる鰻線があるものが多く見られ、この馬は後ろからだと鰻線の象徴の、たてがみから尻尾まで背骨に沿って伸びる濃い毛色筋が確認できた。 -
ゆっくり丘を下りて、車で次の目的地へ。
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小松ヶ丘からしばらく馬の姿は無かったけど、柵の入口で子供たちが集まっていたので路肩に停めて行ってみると…
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柵で仕切られた平地で馬が数頭過ごしていて水飲み場もあり、左の小さな馬はウトウトしていて今にも寝そうな雰囲気。
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周りは丘陵に囲まれているけど、先程の小松ヶ丘のような雰囲気じゃなくて、背の高い草が目立つと思っていたら、写真中央付近に毛色が濃い青毛の姿があった。
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子どもたちが車に乗り込もうとすると中にいた馬たちがゾロゾロついてきて、1人の男の子を気に入っていたらしく、洋服の端を咬んで引き留めていたので凄く慌てていた。
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車が去ると小走りで車道まで出てきて名残惜しそう。
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馬が飛び出てくるかもしれないからゆっくりめに走行するのがルールだけど、草が青々と生い茂る季節は移動する必要がないのか、この先で御崎馬うを目撃することは無かった。
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都井岬の最先端に奉祀され、周辺には周辺は約3000本のソテツの自生林がある“御崎神社”へ。
真っ白な一の鳥居のバックには碧い海が見えるので、入口から南国ムード全開。都井岬 御崎神社 寺・神社・教会
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海に向かってゆるやかな石段を下りて行く。
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階段が途中で右に曲がるところで視界が開け、海側に突き出た芝生広場のような場所が見えた。
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階段の両端はソテツに囲まれていて、このソテツは「都井岬ソテツ自生地」として国の特別天然記念物に指定されている。
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先程見えた芝生広場に到着。
ベンチの後ろは傾斜があり、大きな石がゴロゴロしていて足元が不安定だった。 -
海手前の柵ギリギリまで行ってみると荒々しく打ち寄せる波が押し寄せ、帽子が飛ばされそうなほど強い風が吹き荒れる。
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御崎神社の社殿創建は708年6月と伝えられており、1873年5月都井神社に合祀された後も旧社殿への参拝が絶えなかったため、1880年2月に鹿児島県庁より許可が出て旧社殿へ還座された歴史がある。
この鳥居と祠は拝殿だそうで… -
御本殿は海を挟んだ前方の崖の中腹に鎮座しており、どうやってあの場所に造ったんだろうと思うくらい険しい場所に安置されていた。
御祭神は航海の安全を守る綿津見三神の上津綿津見神・中津綿津見神・底津綿津見神。 -
灯台へ向かうため高台まで移動する途中に馬肉を扱う飲食店があったけど、この繁殖地は国の天然記念物に指定されているので、牧場で焼き肉を食べるのとは訳が違うから悪趣味だなと思いつつ、駐車場に車を停めて坂道を上っていく。
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正面に見える白亜の灯台が“都井岬灯台”で、九州で唯一の参観可能な灯台だから協力金1人:300円(PayPay可)を払って中へ。
都井岬灯台 名所・史跡
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入ってすぐ右側にある建物は都井岬灯台資料展示室になっており、都井岬に関する事だけじゃなくて灯台についてのパネル展示も行われていた。
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都井岬灯台は1929年5月に起工して同年12月に完成・初点灯され、陸屋根として周囲に欄干を設けており現役で活躍している。
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灯台の中に入ると螺旋階段が続き…
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内部構造を間近で見ることが出来た。
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欄干に出ると車を停めた駐車場が見えたけど、さっきまで晴れ渡っていたのに分厚い雲が空を包み込んでいた。
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緑豊かな山々と日向灘が一望できる。
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階段に戻ろうとしたら、展望台みたいなのが見えるので行ってみると…
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灯台からの景色の方がきれいだったけど、灯台を眺めるにはちょうど良かった。
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来た道を戻る途中に立ち寄った“都井岬観光交流館PAKALAPAKA“。
種類は少ないけど土産物販売とVRコーナーがあり、ドリンクやソフトクリームを販売するブースだけが異様な行列を作っていたので、トイレだけ借りることに。都井岬観光交流館パカラパカ グルメ・レストラン
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16:00前に日南海岸線の南端に位置する“道の駅 なんごう“で休憩する。
ここは亜熱帯作物支場内に建てられた道の駅だそうで、南国風植物に囲まれてた。道の駅 なんごう 道の駅
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季節のフルーツなどを直売する特産品コーナーには美味しそうな果物が並んでいるけど、包丁がないし量も多いので購入が難しいのが残念。
レストランや軽食のテイクアウトコーナーが入っている建物は、先程のPAKALAPAKA同様に行列が出来ていて、狭い建物で身動きが取れない程だったのに、向かいに建つ銘菓などの土産物ばかりを取り扱う建物は空いていたお陰でゆっくり見れた。 -
建物の海側には道路に沿うようにウッドデッキテラスが設けられており、道路を挟んだ目と鼻の先にある日南海岸の景色が楽しめる。
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16:40に朱色の鳥居が目を惹く“祇園神社”に到着したけど、駐車場は3台分しか無いためタイミングが悪いと停められないかも。
歩道や車道がある位置よりも低い場所にあり、御本殿が洞窟の中に建てられている。祇園神社 寺・神社・教会
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石段を下りて行くと洞窟入口があり、奥は真っ暗で見えない。
この位置からでもわかるけど洞窟の左右端が弧を描いたようになっていて、洞窟内から入口を振り返ると角が生えた龍神のシルエットが浮かぶことから、祇園精舎の守護神:牛頭天王(スサノオノミコトと同一視される神)とも言われている。 -
ここは元々自然にあった洞窟を龍神信仰の対象とし、龍穴と名付けて龍神を祀っていたそうで、1924年に日南の油津に赴任した宮崎鉄道管理所長:星野氏により、洞窟の奥に新たに洞窟を掘って社殿が建てられたことから始まる。
往路は左側の参道を真っすぐ進んでいくけど、参拝後の帰路は別ルートを通るので右側に見える岩の裂け目のようなところから出てくる。 -
洞窟内に入ると冷んやりとした空気に包まれ、天井からはポタポタと雫が垂れ下がってくるし、両壁は大きな岩が続いていて厳かな雰囲気が漂う。
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赤い欄干の橋を通過すると参道の右上部に…
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龍神:八岐大蛇の岩が姿を現した。
写真で見ると同化して分かりにくいけど、天井から垂れた大岩なので実物は結構迫力があり、瞳の部分はやや茶色がかっていて口を開いた龍に見える。 -
御本殿手前には左側に龍神様=八岐大蛇・右側に水神様=ミズハノメノミコトが祀られている。
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御祭神はスサノオノミコトと、妻のクシナダヒメ。
コンパクトな朱色の社がボンヤリ浮かび上がる光景は妖艶さが感じられた。 -
参道は御本殿前で右に折れるので、振り返ると御本殿全体を見ることが出来る。
御本殿が置かれている場所は30名の石工により掘られた人工洞窟部分で、立入禁止柵奥には階段が造られていて上に伸びていた。 -
参道に沿って進んでいくと、明かりが灯る付近でカーブがかった緩やかな坂になっていて、地面が濡れて滑りやすいので注意しながら歩いて行く。
薄暗いけど不思議と怖さはなかった。 -
その先は1924年の竣工時に発見された長さ33m・幅2m・高さ3mの小洞窟になっていて、龍の寝床と呼ばれている。
通路両脇には水が湧いているので水量が多い時は完全に浸かってしまうこともあるそう。
本当は通路から屋外に出る瞬間に見えるという昇り龍のシルエットが見たかったけど、外国人観光客が通路を占拠して撮影に夢中になっていたので撮ることが出来ず心残りになった。
明日は旅行最終日だけど朝から雨天予報なのが残念。
続きは13へ。
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