2024/04/27 - 2024/05/06
4128位(同エリア4875件中)
RiEさん
旅行7日目(5月3日)、前編。
3泊した延岡を離れる前に「和田越の決戦」で大敗北を喫した西郷隆盛軍が逃れた際に立ち寄った、ゆかりの家を資料館として整備した“西郷隆盛宿陣跡資料館”を訪ねると、軍議の模様を再現したマネキンが当時の緊迫した様子を感じさせた。
東九州自動車道に乗って宮崎方面を目指す途中、宮崎県のほぼ中央に位置し南北4.2km・東西2.6kmに及ぶ日本最大級の古墳群として知られる“西都原古墳群”を訪れ、古墳群で唯一開口した横穴式石室をもつ円墳珍しい構造をした「鬼の窟」を内部見学出来た。石室の隙間からポタポタ滴る水滴が多くて奥まで進めなかったけど、古墳を覆う青々とした緑が息衝いているのを感じさせてくれる。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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青島で購入した青島ういろうを朝食代わりにしようと思い、開封してみると…
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上白糖の白と黒糖の黒が各5切れずつ入っていて、5切れがみっちり繋がっていたので手で裂きながら食べた。
素朴で昔懐かしい味がして美味しい。 -
10:00過ぎにチェックアウトを済ませて出発し、延岡を離れる前に行きたいという夫たっての希望で、20分ほど離れた場所にある“西郷隆盛宿陣跡資料館”へ。
今日は薄曇りの穏やかな天候でやや涼しく過ごしやすそう。
駐車場が広いのに空いていると思ったのも束の間、結構人気の観光スポットらしく次々に人がやってきた。西郷隆盛宿陣跡資料館 美術館・博物館
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延岡は西南戦争の最後の和田越の決戦の地であり、西郷隆盛にゆかりがあることで知られている。
和田越の決戦に敗れた西郷隆盛は北川町俵野へと逃れ、旧児玉熊四郎邸を本陣として宿陣したのがこの場所にあたり、この地で最後の軍議を開いて解散布告令を出して薩摩軍を解散させ、各地から参戦して共に戦ってきた諸隊も同時に解散や降伏し、事実上の西南戦争をここで終結させた。
薩摩軍最後の本陣となった旧児玉熊四郎邸は、1933年に南州翁寓居跡として県の史跡に指定された後、当時のままの民家を保存して西郷隆盛宿陣跡資料館として整備されている。 -
建物向かって右側には「軍服償却の地」と案内板が出ていた。
西郷隆盛は終結させた日に重要書類と共に、当時は日本に1着しかなかった明治天皇から拝受の陸軍大将の軍服を焼却したそう。
天皇家に陸軍大将の軍服を返却し、反乱軍の将としてのケジメをつけたと言われている。 -
1872年に建てられたという建物に入ってみると、刀と銃が展示されていた。
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見学は土間からになるけど、マネキンによって最後の軍議の場面が再現されている。
この席で西郷隆盛は半年間に渡る労をねぎらい、感謝の言葉を述べて、薩軍解散布令をしたので解散した。 -
奥は決戦の流れを詳しくパネル展示している。
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一旦外に出て2階建ての資料館へ。
1階の1番目立つ場所に飾られているのは焼いた軍服のレプリカで、当時の陸軍大将は西郷隆盛のみだったそう。 -
2階へ上がると西郷家の家系図や西郷隆盛愛用の遺品・ゆかりの品々、西南戦争の資料などが展示されている。
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モノクロ写真による場所や建物の紹介があり、豊富な資料に圧倒された。
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鉄砲・小銃弾・大砲の弾薬が並べられた展示スペース。
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東九州自動車道に乗って宮崎方面へ移動し正午過ぎに西都に到着したけど、GW初日だったので目的地にしていた道の駅は満車で停められなかったため、ショッピングモールのフードコートでランチを済ませて13:00過ぎに“西都原古墳群”へ。
午前中は涼しかったのに太陽が顔を出したので、日陰がない古墳群は恐ろしく暑い上に西都原古墳群は非常に広いから、夫が目星を付けていたところをピックアップしていった。
ただ、横穴墓と地下式横穴墓が融合した珍しい古墳「酒元ノ上横穴墓群」は閉館しており、後で調べたら改修中だったのが残念。西都原古墳群 名所・史跡
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西都原古墳群 44号
モサモサと小山が生い茂っていて可愛らしい。 -
西都原古墳群 45号
44号を左に進むと通路正面に見え、44号よりも大きいけど高さは無い。 -
西都原202号墳(姫塚)
西都原古墳群最終段階の前方後円墳で、後円部墳頂に木棺直葬と推定される2基以上の墓壙があり、墳長50mを超え盾形の周堀が廻る。
大正期の調査では鉄刀・刀子・鉄鏃・須恵器坏が出土した。 -
西都原古墳群の周囲には畑が点在しており農作物をつくっているだけじゃなく、毎年7月中旬-8月中旬にかけて約100万本ものヒマワリが咲き誇るそう(2024年度は中止の告知が出ていた)。
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西都原206号墳(鬼の窟古墳)
6世紀末葉-7世紀初頭に造られた円墳で、古墳群で唯一開口した横穴式石室を有しており、古墳群最後の首長墓と考えられ、墳径は東西36.4m・南北33.6mあり、遠くからでも存在感抜群の巨大さに圧倒される。鬼の窟 名所・史跡
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墳丘と石室は築造当時の形状に復元整備後、公開されているので階段を上がってみる。
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人が歩ける幅があり1周出来るようになっていて、青々とした緑に包まれた様子に古代の息吹を感じた。
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左から正面に視線を移すと、正面に墳丘がドッシリ構えている。
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右側の方が分かりやすいけど墳丘周囲には内堀と外堀の二重の周堀と、その間に2mを越える高い外堤が存在する。
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木花咲耶姫を見初めた鬼が婚姻を許してもらうため、一夜で岩屋=窟を造ったものの姫の父神に約束を反故にされたという、切ない鬼の伝承が残されて以後、この周辺では巨大墳墓が造られなくなったのだそう。
意外と入口までのアプローチが長くて、草も生い茂っているので吸い込まれていくような気分になった。 -
入口は私でも屈む必要があって低い。
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横穴式石室は全長12.4mで、石室からは耳環・平玉・刀子・鉄鏃・金銅装馬具片・鉄釘・須恵器・土師器などが出土しており、古墳時代末期という築造時期から埋葬には木棺が使用されたものと推測される。
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石室内部まで入れるけど、天井からポタポタ雫が垂れてとても進める状態じゃなかったので入口から鑑賞した。
左右の壁は内側に傾けられていて、天井に巨大な石を乗せる構造になっているのがわかる。 -
車で移動して、広大古墳群全体を展示物と捉えた考古学専門のフィールドミュージアムとして2004年4月に開館した“宮崎県立西都原考古博物館”へ。
宮崎県立西都原考古博物館 美術館・博物館
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入場してすぐ出迎えてくれるのは、県シンボルキャラクター:みやざき犬の「ひぃ」「むぅ」「かぁ」。
膨大な数の展示品が並ぶ立派な施設なのに入場無料で驚いた。 -
長い導入スロープを歩いて行くと…
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手摺がポジフィルムを模したデザインになっており、歩みを進めるにつれて年代が進んでいくのが面白い。
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展示は姶良カルデラの巨大な噴火、が南九州の地勢を形成する過程から始まり、氷期が終わって温暖化し、照葉樹林を広げ豊かな恵みをもたらした。
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縄文文化が成熟していく様子が道具でわかる。
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各地の個性を強く主張する土器の展示。
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真っ暗な通路に入ってみると、西都原4号地下式横穴墓の原寸大模型を横から覗くことができ、地下にもぐった視点から鑑賞できるのが面白い。
最初は地面に朽ち果てた副葬品が並んでいるだけ。 -
ガラス越奥に西都原4号地下式横穴墓の発見当時の様子や、構造の映像が投影されてしばらくすると…
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地面にいつの間にか白い人が横たわっていて、玄室内の様子をガラス越しに鑑賞するのだけど、とてもリアルで何度見ても仕組みが最後まで分からなかった。
副葬品の配列・鉄製品の保存状態の良さ・閉塞石の状況などを観察すると、この白い人は副葬品とともに再びスッと消えてしまった。 -
展示数が多いだけじゃなくプロジェクターが多用されていたり、演出が上手くて魅せる工夫が感じられる宮崎県立西都原考古博物館。
右下は律令国家の枠組み強化の中で反乱を起こした辺境の民:隼人の持つ独特の文様をした隼人盾。 -
訪れた期間中は「みんなの西都原フォトコンテスト2024」の展示・投票期間中で、様々な表情の西都原古墳群が鑑賞できた。
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2階は図書室・閲覧室になっていて、3階にある展望ラウンジ「眺」を通り過ぎてテラスに出ると西都原古墳群が一望できた。
いくつも古墳が並ぶ様子に古代ロマンを感じつつも、すぐ手前には畑が見えるし車道もあって現代との共存が感じられる。西都原古墳群 名所・史跡
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散策がてら屋外施設へ。
空が曇っているので良かったけど、敷地が広いので歩いても歩いても進んでいる気がしない。 -
古代復元住居は1966年に復元された古墳時代の平地住居で、建築技術も含めて当時の技術を再現しているそう。
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建物内部には土面や土鈴がぶら下げられていて、茅葺き屋根を長持ちさせるために週1回火入れを行い、煙によって茅葺き屋根に虫が付くのを防いだり、茅にすすが付着することで防水性を高める効果がある。
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時間が足りなくなって他の古墳は見れなかったけど、古墳に上っている人も居たので私も上がってみれば良かった。
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夫の希望で10分ほど離れた場所にある源泉掛け流し温泉“妻湯”へ。
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のぼせやすい体質で温泉に興味が無い私は、今回も休憩室で待機。
夫によると白く濁った湯は匂いが無く、熱すぎず温すぎない温度でヌルヌルしていて、人は多いけど施設がゆったりしているから広々使えて大変満足した様子だった。
この後は最終宿泊地の宮崎まで移動する。
続きは11へ。
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