2023/10/19 - 2023/10/22
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まつじゅんさん
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この旅行記のスケジュール
2023/10/21
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秋のシルバーウィークの旅、最終Ver.5です。
碓氷峠からは、浅間サンライン経由で岡谷ICから長野自動車道に乗り、飯田山本ICで降りて、昼神温泉に向かったのですが、なんと180km近くの距離があり、途中で同県内なのに思っていた以上に遠い事に少々焦りました。
結局ランチを食べ損ねたのですが、朝食時に食べきれなくて「どうぞ、持ち帰り下さい。」と頂いたパンが時間が経っていても美味しく助かりました。
宿泊は1973年開湯という、比較的新しい温泉地である昼神温泉 鶴巻荘で、なんとか18時前に宿に到着することが出来て、旅館に隣接した日帰り入浴施設に急いで向かい、最終の開始時間である19時の夕食になんとか間に合いました。
PH9以上という昼神温泉の湯に浸かり、旅館の名物料理という鯉料理もあり、美味しい料理を頂いて熟睡した翌朝は、早朝から開催されている朝市を散策し、朝食後にもう一度冷えた身体を温泉で温めてチェックアウト。
その後、妻籠宿を散策、ランチの後に桃介橋を渡り、帰路に・・・と思ったのですが、ちょっと時間がありそうという事で馬籠宿にも立ち寄り、15時過ぎに中津川ICから帰路に着きました。
途中名神の事故渋滞に巻き込まれ、レンタカーの返却時間に間に合わなくなり慌ててましたが、何とか30分の遅刻で収まりました。
奥さまからは、詰め込み過ぎとの厳重注意を受けましたが、無事「秋の軽井沢、木曽路の旅」完結です。
秋の軽井沢・木曽路は、以下の全5部作です。
・Ver.1 軽井沢星野エリア・ハルニレテラス 編↓
https://4travel.jp/travelogue/11894622
・Ver.2 鬼押し出し園から北軽井沢 ヴィラ北軽井沢エルウイング 編
https://4travel.jp/travelogue/11904155
・Ver.3 白糸の滝から軽井沢散策とペンション宿泊 編
https://4travel.jp/travelogue//11905059
・Ver.4 熊野神社から碓氷峠鉄道文化村、碓氷橋梁 編
https://4travel.jp/travelogue/11907054
・Ver.5 妻籠・馬籠宿、昼神温泉宿泊 編
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
-
碓氷第三橋梁を13時過ぎに出発し、昼神温泉にナビをセットして出発です。
途中、ランチの場所を探しましたが、混雑やこれといって食べたい物も無く、お腹も凄く減った、という事も無かったので、頂いた朝食の残りのパンで済ませました。
ナビの誘導通りに進み、小諸を過ぎて道の駅 雷電くるみの里で小休憩です。道の駅 雷電くるみの里 道の駅
-
長野県東御市にある道の駅で、江戸時代の力士「雷電為右衛門」の故郷だそうです。
また、「信濃くるみ」の名産地という事で、雷電くるみの里」と名づけられたとの事です。
敷地内には雷電の銅像や資料館があり、化粧まわしのレプリカや手形などが展示されています。
雷電は17才で江戸相撲に入り、技と学徳が松江藩 松平不昧公の目に留まり、1788年に松江藩のお抱え力士となり、八石三人扶持を与えられました。
1790年に関脇で優勝、1795年大関に昇進して以降16年、27場所在位で.962という凄い勝率を誇る力士でした。
その強さからか、雷電には張り手、かんぬき、突っ張りは禁じ手とされていて、相手に怪我をさせるから、という理由のようですが強い力士だったようです。
雲州関為右衛門と自ら称し、引退後は松江藩相撲頭取を任せられる等、松江に縁が深く、松平家の累代の霊廟の一隅に雷電の墓が残っています。 -
道の駅で奥様大好きな林檎やジュースを購入。。。
まぁ、お土産にもなりますし、軽井沢で飲んだリンゴジュースは凄く美味しかったですし、信州のリンゴは、どの種類も美味しいですね。 -
岡谷ICから中央道に乗り、ナビの示す到着時間は17時過ぎとなっています。
旅館には露天風呂が無いので、風呂好きの私は何としても昼神温泉の日帰り入浴施設「湯ったり~な昼神」に入れる時間に到着したいと思っていたのですが、何とか間に合いそうでホッとしています。
駒ヶ岳SAで小休憩し、美味しそうな匂いに誘われ、ワサビコロッケを頂きました。駒ヶ岳サービスエリア (上り線) 道の駅
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飯田山本ICで中央道を降りて、15分程度で昼神温泉に到着です。
この温泉は、1973年国鉄中津川線のトンネル工事で掘り当て、その後急速に温泉街が発達していった、比較的史の新しい温泉地です。
宿泊施設が最初に開業したのは1975年で、当時から、自動車道に近く中京圏からのアクセスに優れていた事等により、宿泊施設は20軒以上あり長野県南部随一の温泉街となっています。
反面、阿智村の条例によりネオンサイン類やバー、風俗店等、公序良俗に反する施設の出店を厳しく規制している事から長閑な環境の温泉地となっています。
鶴巻荘は公共の宿で、リーズナブルですが清潔感のある、全25室という、こじんまりとした宿で「湯ったり~な昼神」の無料入浴券が付いています。
チェックインして隣接した施設に向かいます。
本日の部屋は4.5畳と8畳の和室でした。公共の宿のようですが、掃除も行き届いていて料理も美味しかったです。 by まつじゅんさん鶴巻荘 宿・ホテル
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昭和の香りのする旅館という感じですが、廊下もピカピカに磨き上げられていて、清潔感溢れる旅館でした。
〇天やじゃ〇等の旅行サイトの口コミ評価も高く、特に料理についての評判が凄く良いです。
旅館は沢山あるあるのですが、たまたま1室だけ空きが出たようで、予約したのですがラッキーでした。 -
特徴的だったのが、お品書きが筆で味のある文字で書かれていました。
お品書きや席案内には、名前と一言歓迎の言葉が方言で書かれていて、楽しくなりますね。
本日の料理は、料理長特選 旬彩料理プランで、秋の実りがタップリです。
先ずは、いつもの通り一杯のビールからスタートです。 -
秋の実り前菜盛り合わせ、豚の鋤焼き、鶏と根菜の黒酢あん、鶴巻荘名物 鯉の甘露煮です。
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鶴巻荘名物 鯉の甘露煮は思っていた感じとは違い、飴煮でした。
煮汁も固まっていて、臭みも全くなく鯉の滋養をタップリ味わえる料理でした。 -
お品書きの表現通りの文字で、左上から時計回りに、だいこんのくらむちゃうだぁ、あるぷすさーもんのかるぱっちょ、信州牛すてーき、松茸の土瓶蒸しと続きます。
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この辺りまで来ると、もうお腹も一杯になっています。
秋の天ぷら盛り合わせ、丸茄子田楽、鶴巻伝統の茶わん蒸し、阿智村原さんのこしひかり、南信州田舎味噌汁、野沢菜漬け、でざぁと、となります。 -
部屋に帰って、奥様が驚愕した私のお腹。。。
食べ過ぎ以外の何者でもありませんね。
(お見苦しい物お見せしました。) -
寝る前にもう一度湯浴みをして、熟睡して気持の良い朝です。
6:00~8:00まで、365日昼神温泉朝市広場で開催されている朝市に向かいます。
こちらでもリンゴや農産物は人気ですね。
奥様、ここでもリンゴを購入しています。 -
朝市から帰り、少し冷えた身体を温泉で癒し、朝食に向かいます。
昼神温泉の泉質は、アルカリ性単純硫黄泉です。
湧出地点でのpHは9.7の弱アルカリで、滑らかでツルツルの湯触りで、良く温まり、肌がすべすべになると評判の湯です。
鶴巻荘の浴場には露天風呂が無いのが残念でしたが、お座敷風呂という洗い場も全て畳敷となっています。
これは、滑りやすい泉質に配慮して、滑りにくく、転んでも怪我をしないよう配慮されているそうです。
朝食事後、もう一度サッと湯に浸かり、9時過ぎにチェックアウト、妻籠宿に向かいます。 -
R256で30分程で妻籠宿に到着、町営の中央駐車場に車を預け、尾又橋から旧中山道、妻籠宿に入ります。
妻籠宿は、旧中山道六十九次の江戸から数えて42番目の宿場で、中山道と飯田街道の追分に位置する交通の要衝でした。
妻籠宿には本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠31軒があったとされています。妻籠宿 名所・史跡
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妻籠宿は、今では木曽路を代表する観光地となっていますが、元は1960年代の長野県の過疎対策の開発事業、保存事業で、1968年から1970年にかけて行われた、明治百年記念事業の一環として、寺下地区の26戸が解体修復がスタートです。
それから観光客が増え始め、保存事業の後押しとして、1973年に当時としては数少ない、街独自の町並み保存条例(妻籠宿保存条例)が制定され、いち早く地域を挙げた景観保全活動が始まり、1976年に初回の国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。 -
他の重要伝統的建造物群保存地区とは異なり、周辺の農地等の宿場を支えた環境全体を保存するため、国有林を含めた広範囲(1,245.4ha)が選定されています。
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妻籠宿の「枡形の跡」です。
宿場は、幕府によって防塞施設として作られていた事から、敵の侵入を阻むために道を直角に折り曲げた「枡形」が設けられていました。
この坂の下の下嵯峨屋は、長屋であった1戸を解体復元し、庶民の住居を代表する片土間に並列間取りの形式となっています。 -
妻籠の写真で良く見かける、光芒と呼ばれる光が差し込む風景は、重要文化財に指定されている脇本陣奥谷の囲炉裏端です。
SNSに投稿された写真がきっかけとなり、大人気の場所となっているようです。
脇本陣は、本陣だけでは泊まりきれない場合や、藩同士が鉢合わせになった場合に格式が低い藩の宿として利用されていたようです。
1967年に「町並み保存構想」が話し合われたのも、この囲炉裏端だったそうです。脇本陣奥谷 名所・史跡
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囲炉裏で、席順について教えて頂きました。
正面奥の「上座」に一家の主が座り、その向かい側の「下座」に長男以外の子供達、入口直ぐの「客座」(私の左側)には来客と長男、その向かい側の「嬶座」に女性、という席順だったそうです。
私が座っているのが上座で、薪の火は全て上座に向けられていて、当主に暖が行くように、そして説明された方が座っているのが下座で、後ろに衝立があるのは、下座の人が風を避けるためでは無く、風の流入を防いで、当主に煙が行かないようにしているのだそうです。
上座と客座、それに嬶座の姑のみが畳の上、同じ嬶座でも嫁は下座と同じ板の上に座っていたそうで、嫁姑の関係、長男とそれ以外の子供の立ち位置等、江戸時代における厳格な家庭内の関係が良く解りました。 -
1967年9月に開館した、木曽町博物館を見学しました。
重要文化財の脇本陣奥谷、江戸時代後期の間取図をもとに復元された本陣、RC造と木造からなる資料館の3館によって構成される博物館で、特に脇本陣には見所が沢山ありました。
脇本陣は屋号を奥谷といい、代々林家が勤めてきました。
現在の建物は、1877年にそれまで禁制であった桧をふんだんに用いて建てられた屋敷で、旧家の堂々たる造りを感じることができました。 -
資料館には、南木曽町や木曽路の歴史、町並み保存運動、全国の町並み等の資料を模型や映像を用いて、解りやすく解説されています。
1975年の文化財保護法の改正により、伝統的建造物群保存地区の制度が発足し、城下町、宿場町、門前町等々、全国各地に残る歴史的な集落・町並みの保存が図られるようになり、2023年12月15日現在、105市町村127地区あり、合計面積は約4,034.5ha、約30,250件の伝統的建造物及び環境物件が保護されているようです。馬籠脇本陣史料館 美術館・博物館
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復元された妻籠宿本陣です。
島崎藤村の母の生家で、最後の当主は馬籠から伯父の所へ養子に来た藤村の実兄ででした。
建物は、明治になって取り壊されましたが、その後、御料局妻籠出張所が建設され、後に町に払下げられたのを機に、1995年島崎家所蔵の江戸後期の絵図を元に復元されたものです。 -
丁度お昼となり、こちら「旅館 藤乙」でランチタイムといたします。
味としては悪くはないのですが、メニューは外国人向きの表記が目立ち、スタッフも外国人の方が多く、国際化というか妻籠宿自体がインバウンド観光にシフトしているのかな、という感触を受けました。
とろろそばと、ざるそば五平餅のセットを頂きました。 -
妻籠宿を出て、橋好きの私の希望で、桃介橋に向かいます。
「桃介橋」は別名「桃の橋」と呼ばれてていて、電力王と称されたる大同電力社長 福沢桃介氏が、水力発電開発のために架けた吊橋です。
1922年9月完成で全長247.762m、日本でも最大級の木橋で、1994年国の重要文化財に指定されています。
諸元表:
幅員:2.728 m
スパン:中央2径間 104.442 m、104.496 m、左岸側1径間 23.950 m、右岸側1径間 14.874 m
トラス高:2.333 m
主塔高:鉄筋コンクリート部 13.300 m、中央練石基礎部 14.326 m桃介橋 名所・史跡
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4径間の吊橋で、橋桁を鉛直方向に吊ると共に、水平方向にも地面からワイヤーで支えた吊り状構造になっています。
橋桁トラスは木造で、架橋当初は発電所建設資材の運搬を目的としていたことから、橋中央にはトロッコのレールが引かれていて、文化財としての価値を残すという観点から、その痕跡が残されています。 -
14時になり、さて帰路に着くかと思いましたが、盛り込み癖の強い私、R19を中津川ICに向け走行中、馬籠宿の案内を見ると1時間程なら馬籠宿も廻れるかなと、ウィンカーを出してしまいました。
駆け足ですが、馬籠宿でカフェタイムとします。馬籠宿 名所・史跡
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馬籠宿は、岐阜県中津川市にあります。
街の中心部に「中山道」が通り、京都から続くこの旧街道は、江戸から43番目の宿で、木曽11宿中では最南端に位置する、木曽の入口にあたります。
街道筋が急な山の尾根に沿っているので、急斜面が特徴の「坂のある宿場」となっています。
宿内は石畳が敷かれた坂道で、車両の進入を禁止し(入れても急坂で、車が走るのは少々キツイかな、と思いますが…)、歴史的建造物を保存しながら、枡形・水車小屋が人気の観光スポットになっています。
良く、妻籠・馬籠どちらが良いかという話が出ますが、私は妻籠宿の方が落ち着きますね。 -
高札場から観光案内書辺りまでしか歩きませんでしたが、坂がきついですねぇ。
と言う事で、馬籠宿での目的のカフェタイムです。
わらび餅アイスとアイスコーヒー&羊羹とお茶で、江戸時代の街道筋の茶店気分で休憩です。四方木屋 グルメ・レストラン
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馬籠宿を16時前に出発、中津川ICまで少し時間が掛かりましたが、中央道に乗り小牧JCTから東名、名神を順調に走ります。
途中、伊吹PAで小休止、残り130km一寸で2時間あれば余裕と考えていましたが、草津辺りから不穏な空気が・・・・。
大山崎JCT手前で事故との情報が表示され、名神は渋滞すると考え京滋バイパスに迂回しますが、大山崎JCTの手前から渋滞にかかり、レンタカー屋さんに電話。。。
「1時間位なら店にいますから。」というありがたいお言葉に救われ、何とか30分の遅刻で帰着することが出来ました。
奥様からは、「馬籠宿に寄る必要あった?」と、詰め込み過ぎのお叱りを受けましたが、何とか無事に「秋の軽井沢、木曽路の旅」5部作の終了です。
今回、これまで。伊吹パーキングエリア (下り) 道の駅
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この旅行記へのコメント (2)
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- Tagucyanさん 2024/06/10 23:23:57
- 関西から軽井沢方面へ
- まつじゅんさま
こんばんは
秋の軽井沢旅、一気に拝見させていただきました。
たしかに、関西方面からだと軽井沢は微妙に行きにくい場所にありますね。それを逆手にとって、というわけでもないでしょうが、その前後で途中あちこち立ち寄って、これはまたこれで楽しそうな道中でしたね。
岡谷から中山道とか、昼神温泉・妻籠・馬籠とか。私の住むところからだと、軽井沢も含めそれぞれが違う方向にありますので、そういう組み合わせか~と思って見ていました。以前、家族で紀伊半島に行ったとき、大阪市内で車を借りて、通天閣見て、東大寺の大仏見て、それから向かったのですが、あれを思い出しました・・・(ちょっと違う?)
せっかくの軽井沢だからと、あちこち行ってますね。北軽井沢とか碓氷峠鉄道文化村とか、隣の群馬県ですね。近いですけど。
軽井沢には子供たちが小さい頃ちょくちょく出かけまして、その時行ったことがある場所がいくつか出てきて、久しぶりにまた出かけたいなあと思ってしまいました。
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Tagucyan
- まつじゅんさん からの返信 2024/06/11 09:19:29
- Re: 関西から軽井沢方面へ
- Tagucyan 様
いつも私の拙い備忘録へのご訪問、ありがとうございます。
東京周辺なら何となく土地勘もあるのですが、軽井沢ってなると私にとっては外国並みのハードルの高さに感じていました。
昔と違い、今はポチッとクイックすると様々な情報が出てきて、逆にその取捨選択が難しいですね。
軽井沢は正しくそんな感じで、目的を絞らないとと思い、その結果が今回の行程でした。皇室、別荘、避暑地等、庶民の私にとって縁遠い物ばかりでしたので、軽井沢はほぼ半日で、周辺を楽しんだ感じがします。
土地勘がないだけに不思議でしたが、伊香保温泉や草津温泉、富岡製糸場、スキー場等も以外に近く、昔から近くまで来ていたのだと、改めて知り驚きでした。
鬼押し出し園や県境の神社、碓氷橋梁等、軽井沢ではありませんが印象に残った場所でした。
まぁ、私にとって信州は、原田知世ちゃんの白いスキーウェアの世界ですからね、時代が変わっても、そのイメージに引っ張られています。(今回また記憶が蘇り、DVD買っちゃいましたから)
最後の昼神温泉も、その前に行った夏焼温泉と意外に近く、日本地図を眺め、見知らぬ地に想いを馳せていた昔を思い出し、アナログな地図の世界の楽しみをもう一度始めたいと思います。
matujyunn
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