2023/10/19 - 2023/10/22
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まつじゅんさん
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秋のシルバーウィークの旅、Ver.4は軽井沢(長野県)と群馬県の県境にある神社、旧信越本線の難所であった碓氷峠に残された鉄道遺産を巡ります。
昨夜、ペンションで夕食を頂きながらマスターと話しをしていると、群馬・長野県境を挟んで二つの神社があり、結構全国的に見ても珍しく、最近TVで紹介されて人気スポットになっているとの事で、急遽予定に組み込みましたが、確かに面白い神社でした。
その後、旧信越本線の難所であった碓氷峠の歴史を展示している鉄道文化村から、信越本線の廃線跡、アプトの道から「碓氷峠鉄道施設」として、日本で初めて重要文化財に指定された中の一つである碓氷峠第三橋梁を歩きました。
今日の宿泊は南信州の昼神温泉という事で、13時過ぎには碓氷峠を出発、
秋の軽井沢・木曽路は、以下の全5部作です。
・Ver.1 軽井沢星野エリア・ハルニレテラス 編↓
https://4travel.jp/travelogue/11894622
・Ver.2 鬼押し出し園から北軽井沢 ヴィラ北軽井沢エルウイング 編
https://4travel.jp/travelogue/11904155
・Ver.3 白糸の滝から軽井沢散策とペンション宿泊 編
https://4travel.jp/travelogue//11905059
・Ver.4 熊野神社から碓氷峠鉄道文化村、碓氷橋梁 編
・Ver.5 妻籠・馬籠宿、昼神温泉宿泊 編
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
-
軽井沢駅からは、静かな森の中を走る通称「赤バス」が、旧中仙道を登り碓氷峠頂上近く標高1,200mの展望台「見晴台」まで季節運航しています。
神社の前の狭い道路を、ウィンウィン言いながら通行していました。熊野皇大神社 寺・神社・教会
-
旧碓氷峠頂上の、標高約1,200mに神社はあります。
神社の中央が、長野県と群馬県の県境という、極めて珍しい神社として有名のようです。
県境を跨ぐ本宮を中心に、左が長野県側で「熊野皇大神社」、右の群馬県側は「熊野神社」と、1つの神社に3つの社が存在する神社で、宮司さんも2人おられるそうです。 -
この鳥居の真ん中が県境で、軽井沢の総氏神として古くから信仰を集めていた神社です。
長野側は日本三熊野で、神社庁より特別神社の指定を受けている神社だそうです。
特別神社は、御嶽神社2社と冨士山稲荷神社、熊野皇大神社で、「マツコの知らない世界」というTV番組で紹介された事もあり、話題の神社となっているようです。
こちらの狛犬は、峠の狛犬と呼ばれていて、室町中期の作と伝えられ、長野県内では一番古い物らしいです。
右側は群馬県側なのですが、狛犬は同じ様相長野県側主導のようですね。 -
祭神は、本宮(長野・群馬)は伊邪那美命、日本武尊の2柱で、群馬側の「熊野神社」新宮に速玉男命、長野側「熊野皇大神社」那智宮に事解男命がお祀りされています。
賽銭箱も県境を挟んで両側にあり、それぞれの神社名が記されていました。
何故、県境で2つの神社があるのか、書物等の記録は残っておらず沿革は不明ですが、最初に山の上に神社が建てられ、江戸時代に上州と信州の境が設定されたとようです。
峠の頂上という特性から、神社が建てられたり国境になるのは良くある話で、特に問題はないように思うのですが、昭和に制定された「宗教法人法」という法律により、神社は県毎に届出すると決められた事から、それぞれの県に登記する事から別々の神社となったらしいです。 -
熊野皇大神社の神楽殿です。
長野側の神社の方が、結構営業活動?されているように思います。
神楽殿も大きく、色々なお札や日本初の「とびだす御朱印」なるものもあるようです。
境内のパワースポットも紹介されていて、「八咫烏社」や「真田社」、「奥社」等、PR上手な印象を受けました。熊野皇大神社 寺・神社・教会
-
なにより、ペット文化を先取りしてワンコの七五三なるものもあるようです。
丁度、お詣りに来られていた、可愛いマルチーズの飼い主の方とお話ししたのですが、結構有名なようです。
神主さんが、大の犬好きとの事から始められたようですが、、愛犬用のお守りも交通安全、健康長寿等、色々な種類があり、色紙にワンコの肉球スタンプを押して、健康祈願も行って貰えるそうです。
ホント、ワンコを見ていると癒されますねぇ。 -
超パワースポットと言われている神木「しなの木」です。
しなの語源は、結ぶ、括る、縛ると言われていて、開運、縁結びのご神木とされています。
木の正面で参拝し、願い事を唱えながら1周すると、願いが叶うと伝えられています。
また、一回りする事で寿命が1年延びる、しわが1つ無くなると言われているそうです。
しなの木の葉はハートの形をしていて、縁結びのご利益があるそうですが、この木の幹にも“ハートの穴が開いていて、余計にパワーを感じるのかもしれませんね。 -
群馬側の熊野神社の神楽殿。
全体的に寂れた感じを受けますが、良い味を出しているように思います。
こちらの社宝として有名なのは、1292年に「二世安楽=即ち現世と幽世の両方の世界での幸せ」を祈願して奉納された釣鐘で、群馬県最古の釣鐘として県の重要文化財に指定されています。
また、石の多重塔は1354年に、「二世安楽」を願って建てられたもののようで、現在六重になっていますが、200年位前の浅間山大噴火による灰の堆積等で崩れ、、上部の一石が紛失したと伝わっているようです。 -
熊野神社の狛犬は、ちょっと見た目がユニークで、長い胴になまずや猿を想像する顔つきをしています。
室町時代中期の作と伝えられていて、石の狛犬としては日本でも初期のもののようです。
石の風車は1657年、神社石段を築造した佐藤平八郎、佐藤市右衛門の「二世安楽」を願って、次代の市右衛門により、源氏車という佐藤家の家紋を刻み奉納したもののようですが、中仙道往来の旅人により「碓氷峠のあの風車 誰を待つやらくるくると」という追分節により、馬子から全国に伝わったと言われています。 -
県境に建つオッサンの図・・・・。
後ろが本宮で、県境に沿って左右に賽銭箱が置かれていました。
ペンションのマスターから、両神社の宮司さんの興味深いお話しも聞いていたのですが、成程そうなのかなぁ、と色々感じさせてくれた神社でした。 -
旧軽井沢まで降り、R18碓氷バイパスで目的地の碓氷峠鉄道文化むらに向かいます。
バイパスの道は広いですが、さすが鉄道の難所で知られた碓氷峠、くねくね道のアップダウンが続く道を進みます。
この施設は、旧碓氷線の歴史を伝え、誰もが楽しめる体験型鉄道鉄道テーマパークとして、1999年4月18日に開園しました。
切っ掛けは、信越本線の横川-軽井沢駅間が、新幹線開業に伴う廃止により、沿線の松井田町住民の過疎化を危惧する声があり、地域活性策として「横川・軽井沢間周辺整備基本構想」が策定され、その中の4大拠点の一つ「横川駅周辺」整備の一環として、横川運転区跡地に建設された施設です。碓氷峠鉄道文化むら テーマパーク
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旧信越本線の碓氷峠は、日本で唯一のアプト式として、国鉄初の山岳電化が実現した路線です。
横川-軽井沢駅間の11.2kmは、1893年にわずか1年半の工期で開通させていますが、標高差は552.5mあり、1,000mで約50m登るという急勾配のため、当時ドイツのハルツ山鉄道で採用されていたアプト式が導入されました。
アプト式により急こう配の難所を克服し、1885年に高崎-横川駅間、1888年直江津-軽井沢駅間が先に開通していたので、東京と群馬・長野・新潟が直結し、当時最大の輸出商品であった生糸を長野、群馬から東京や横浜まで輸送し、輸出により外貨獲得に大きく貢献した路線です。 -
横川-軽井沢駅間は、廃止されるまでJR線で最も急勾配の線区でした。
スイッチバック式やループ線等も検討されましたが、地形的に対処できず、26のトンネルと18の橋梁があるという、険しい碓氷峠に採用されたアプト式は、線路の中央にノコギリ型のラックレールを置き、アプト式蒸気機関車3900形に取り付けた歯車を噛み合わせて登るものですが、当時の商用時間は約80分、蒸気機関車の改良が進んでも、最高時速は9.6km、1日24往復、1編成10両が限界で、トンネルの多さから煤煙対策も問題になり、輸送力強化や安全性から電気機関車の導入が計画され、新たに横川火力発電所を建設し、碓氷線の両端にあたる丸山と矢ヶ崎の2カ所に変電所を設け、1912年に日本初の幹線電化区間となりました。峠の釜めし本舗 おぎのや 横川店 グルメ・レストラン
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保存展示されているED42-1、準鉄道記念物の旧鉄道省が設計、開発したラックレールを使用するアプト式直流用電気機関車です。
1963年9月30日に、新線へ切り替えられることでアプト式は廃止され、現在国内のアプト式鉄道線は1990年に営業運転を開始した、大井川鐵道 井川線の一部区間「アプトいちしろ~長島ダム」の1.5km区間だけで、この区間は、1,000m走るうちに90m上がるという日本一の急勾配になっています。 -
碓氷峠鉄道文化むらには、貴重な車両、約30両以上が屋内・外に展示されています。
廃線まで使われていた、JRの検修庫を利用した建物内部も、改修しないで実際に使われていた検修機器類も公開されています。
帰ってから後悔したのが、横川駅で機関車を取り変える為の停車時間に、飛ぶように売れたという人気駅弁「峠の釜めし」を購入するのを忘れた事です。 -
この施設の総事業費は約20億円。
初年度の来園者数は29万5,000人でしたが、その後は下降傾向で、2016年度は13万2800人と開園以来最少を記録し、動態保存中の機関車の経年劣化に伴う点検・修理費用は増加している事から「サポーターズ制度」を導入して、寄付金やボランティアを募集する等、運営に苦労されているようです。
これだけの車両を維持するとなると大変ですし、特に屋外展示の車両の補修も、なかなか追いついていない印象を受けました。 -
次に向かったのは、2001年旧信越線の廃線跡に整備された遊歩道、アプトの道にある
日本最大のレンガ造りのアーチ橋、碓氷第三橋梁(通称「めがね橋」)です。
1892年4月に建設が始まり、12月に完成した芸術と技術が融合した美しい4連のレンガ造アーチ橋で、川底からの高さは31mという、国内最大級です。
近くには駐車場も整備されていて、峡谷に架かるレンガ橋は、凄く美しかったです。碓氷第三橋梁(めがね橋) 名所・史跡
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めがね橋は、アプト式蒸気機関車が走っていたのですが、輸送量の増加に応えるため、当時の国鉄が1962年に電化による新線を建設、単線運用を始めた橋梁が奥の方に見えています。
1966年には複線化され、単線時に使用していた線を下り線に、もう一つ奥に見える新たな橋梁は上り線として利用されていました。
新、旧3つの橋梁を一望できる場所となっています。
また、横川の手前の駅である松井田は、高崎-横川駅間開通の1885年に設けられた、我が国で最初のスイッチバック駅でしたが、1962年の電化の際に廃止され移転したそうです。
碓氷峠、信越本線には、明治の鉄道歴史が詰まっているのですね。
今では何分かで通過してしまう碓氷峠ですが、かっては日本最大級の難所であり、先人達の智と技術が詰まっていました。 -
イチオシ
1997年、長野新幹線の開通に伴い信越本線は廃線となり、104年間の歴史に終止符が打たれました。
200万個以上のレンガで造られ、長さは約90mです。 -
イチオシ
横川から3番目の第3橋梁(めがね橋)は長さ91m、高さ31mで約203万個のレンガ造りで日本最大のレンガ造リアーチ橋です。
レンガ造の橋梁は、第2から第6橋梁まで5基が現存していて、国の重要文化財に指定されています。
遊歩道を上って行くと、廃線跡に整備された遊歩道「アプトの道」に繋がっています。 -
アプトの道は、信越本線の横川駅から、旧信越本線の上り本線を経由し、丸山変電所、峠の湯、碓氷第三橋梁を経て、旧熊ノ平信号場(熊ノ平駅)まで通行できる遊歩道で、6つの橋梁と10の隧道があります。
アプトの道 公園・植物園
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信越本線の横川-軽井沢には、上下線合計29個のトンネル群があったようで、本当に峡谷と谷を渡る、難所だったようです。
こちらはアプト式の機関車が走っていた、5号隧道です。 -
めがね橋から軽井沢方向に向かう6号隧道です。
煉瓦造の隧道で延長は546.2m、トンネルの通貨に5分以上掛かっていた計算になりますが、蒸気機関車の煙も凄かったでしょうね。
ボランティアガイドの方の説明を聞きながら、ゆっくりと紅葉とレンガ造の橋梁を楽しむことが出来ました。
碓氷峠の勾配は、新幹線だとトンネルでアッという間に通過してしまいますが、難所というのは変わらないようで、安中榛名~軽井沢は、新幹線で2番目の急勾配となっています。
最急勾配は1,000m走行して30m上るという勾配が、約30km続いています。
この30パーミリの勾配は、特例のようで、東京行の列車は210Km/hの速度制限があり、軽井沢行(峠を上る)も、安中榛名で停車した電車は、フルノッチでも加速できないため、160Km/hの走行となるようです。
では本日の宿、昼神温泉に向かいます。
Ver.4これまで。
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