
2022/11/08 - 2022/11/09
63位(同エリア122件中)
Halonさん
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この旅行記のスケジュール
2022/11/08
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自転車での移動
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この旅行記スケジュールを元に
旅の三日目は早朝出発。この日はホテルの朝飯を付けていませんでしたが、特に自転車旅では朝飯が必須なのを再認識しました。なんせ身体がエンジンなので。
この日はあまり下調べしていなかった針尾送信所と、たまたま見つけたガウディ風の教会が印象に残りました。
【移動】68km+観光、食事10km
【宿泊】長崎パールビジネスホテル 1泊 朝食付 洋室バストイレ付
5000円ー2000円(旅行支援40%)=3000円
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 5.0
PR
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ホテルに朝食を付けてなかったので、早朝6時前にチェックアウト。4km走った先のジョイフルで朝から海鮮ちらし。クーポン消化ありきだと選択肢は少なめ。
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国道205号線を南下。りっぱな鉄橋だが橋名は不明。佐世保から西彼杵半島へは思わぬところに海峡がある。
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205号線をひたすら直進してたら意図せず西回りコースに進んでしまった。少し遠回りだが峠から本日最初の目的地である針尾送信所が見えてきたから良しとしよう。
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一番高い建物は小学校の3階建てという集落で、100mを超える巨大なコンクリート製の無線塔3本が立つ光景。ここで生れた子供たちは日本全国にこういう無線塔が建っていると思っているかもしれない。
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”国指定重要文化財の針尾送信所 直進550m”という立札まで来ると、無線塔はもはや1本しか写真に入らない。
針尾送信所 名所・史跡
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8:40 受付らしき建物に到着。ちょうど地元ボランティアの方が案内所とその隣の油庫を開いているところだった。この油庫は爆発に耐えうるため鉄筋コンクリートで壁面は切石作りで、大正10年の建設当時から残る数少ない建物。
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案内所にはパンフレットが数種類も置いてあった。こんなに観光地だったのか!やがて開館時刻の9時になりボランティアのおじさんに声をかけると「自由に見学して下さい」とのこと。
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確かに目の前に柵はあったが、見学ルートには自由に入れるようになっていた。受付には見学の予約らしき電話が数本かかってきていたが、来ている客は自分一人。
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さっそく直近の3号無線塔まで歩く。この塔は入口が開いていた。中に入ると全長4㎝ほどもあるスズメバチが床をはっていて驚いたが飛ぶ力はもう無いようでやがていなくなった。
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内部には足場のような骨組とケーブル巻き上げるウィンチが残っている。手を叩くと残響がよく響く。
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塔の高さは137m(第1,2号塔は135m)。直径は12m。塔が高すぎて直径がそんなに大きく感じられなかった。大正12年(1922年)に4年かけて完成しているから、今年で建設100年。当初の耐用年数30~40年を大きく超えて耐震性を保っている。サグラダ・ファミリアのマリアの塔が138mなのでほぼ同じ高さ。
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塔の裏手からは西海橋と瀬戸の渦潮が眼下に見えて、なかなかの眺望。電波を飛ばす為には見晴らしのいい場所が必要なのだ。
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3本の無線塔は一辺が303mの正三角形に配置され、その中心部に電信室がある。左下の入り口にはヘルメットが用意されていた。僕は自転車のヘルメットをかぶったまま入場。
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真っ暗な整流器室の先に倉庫が4部屋。そのうち揮発性の高い硫酸倉庫の壁だけはレンガ貼りされている。”硫酸倉庫”という響きと字面に軍事施設のおどろおどろしさを感じる。整流器室の二階に送受信室があるが板張りの階段があったが微妙に通行止めにしてあるようで、行こうと思えば行けたがやめておく。
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さらに進むと二階まで吹き抜けの機械室があった。日米開戦時には”ニイタカヤマノボレ一二〇八”がここからも中継発信されたようだが記録は残ってない模様。
軍艦島に行きたい人は、ここもついでに立ち寄ればきっと気に入ると思う。 -
40分ほどで見学を終えた。施設の周囲はミカン畑で海まで道が伸びていた。これから進む方向とは逆なので、ここから見ただけ。
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続いて西海橋公園に立ち寄る。西海橋と新西海橋の両岸に展望所や遊歩道があった。
長崎県立西海橋公園 公園・植物園
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西海橋から見た新西海橋。ちょうど船がやってきた。右奥には針尾送信所も見える。橋、船、針尾で三役そろった。
新西海橋 名所・史跡
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赤い方が西海橋。
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歩道に樹木用の穴ぼこがあいていて自転車では走り難い。夜にここを通らなくてよかった。
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沖に見えるのはその名もジュラシック・アイランド!大きく出たなあ、地元の所有者が勝手に名付けたのか?と思ったら、ハウステンボスの領土だったのか!
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針尾送信所を見た後は、ただのコンクリートの柱にも敬意を払ってしまう。
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内海沿いの絶景に立つ大石バス停。バス停界の下灘駅になれるかもしれない。
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西彼町(せいひちょう)付近の大村湾は小島がいくつも浮いていた。小さいのは直径20mくらいのお手軽サイズも。
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出た!オランダ村の大きな風車。長期休業中らしいけど近くで見ると迫力ある。手前の観光案内所はやっていた。
長崎オランダ村 名所・史跡
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昼食はオランダ村から1km先にある鮨政で刺身定食1210円。今回の旅のコスパ大賞!で味も美味しかった。鯛の刺身がこりこりし過ぎず、サーモンがトロトロ。最初は味噌汁から里芋が大きすぎて飛び出していると見間違えた具は実は鯛あらで、和風のスパイシーさがとても美味しかった。斜め向かいに座った常連のご婦人の話では「私もこの味噌汁を目当てに来ています。生姜がきいているから美味い」とのこと。やっぱり!
鮨政 グルメ・レストラン
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鮨政の近くには唐突に赤い大鳥居が立っていた。なんと高さ22m。ここは生長の家の総本山入口であった。奥にはいろいろと立派な施設がありそうだが、観光客が立ち入っていいものか判断がつかず素通り。
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琴海町でバス待ち小屋を見つけて中のベンチで休憩。
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まだまだ続く多島海の入江。
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長崎市内に入るには峠を越える。どうせ休むなら緑が豊富なところで。
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路面電車の走る長崎市内に入った。ここまで来れば後は下り坂。
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袋にいっぱいの野菜を持ち込むお婆さんと「わあ、重かったろ?」と迎える内科の看護婦さん。ここは人情横丁。
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幹線道路からちょっと東に入っただけで急坂を上る。平和公園の像の前では修学旅行生の集団がクラス写真撮影の順番待ち。急に別世界に来た。
平和公園(長崎県長崎市) 公園・植物園
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平和公園下にある被爆者の店。
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平和の像の裏手から浦上天主堂が見えた。
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観光標識に従いたどり着いた如己堂。ここの前も学生さんが入れ替わりやってくる。小学6年の修学旅行で長崎を訪れたが、ここや平和公園の記憶は全くない。広島とごっちゃになっている。
如己堂 永井隆記念館 美術館・博物館
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この二畳の建物で永井隆医学博士が療養しながら著名な作品を書いた。
ここサントス通りには同じような正方形のこじんまりした民家が他にも見受けられた。 -
坂を下り階段を上って浦上天主堂へ。大きなレンガ造りは日本ではお目にかからない建物。内部もでーんと広くて、フィリピンで見た世界遺産の教会を思い出した。
浦上天主堂 寺・神社
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教会の前にある拷問石。真冬に裸でこの上に正座させて改宗を迫った石だが、これは萩から浦上教会へ寄贈されたものだった。同じようなものを津和野で見たおぼえがある。
ここには韓国人観光客が目立った。 -
教会内部は撮影禁止なのでステンドグラスを外から撮ってみる。
学校帰りの小学生が韓国語で挨拶して、おばさんたちから握手を求められていた。韓国人客は常々多いようだ。浦上天主堂 寺・神社
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今夜のホテルが見えてきた矢先に、建物の間からガウディっぽい柱が見えた。そこでチェックインする前に調査開始。階段や坂を上って結構苦労してたどり着いたのは教会だった。
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近くには26聖人の碑があり、先にそちらを足早に見学。
日本二十六聖人殉教地 名所・史跡
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その裏手の記念館には入らなかったが、壁面のアートが見ごたえ十分、オレンジ色のタイルが夕日に映える。
日本二十六聖人記念館 美術館・博物館
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それもそのはず。このモザイク壁画は今年60周年で修復を終えたばかりだったのだ。ラッキー!この壁は長崎新幹線からも見えるらしい。
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続いてガウディ風の尖塔を持つ聖フィリッポ教会へ。
日本二十六聖人記念聖堂 (聖フィリッポ教会) 寺・神社
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内部は自由に入れて、信者の方が一名いらっしゃった。各テーブルの下には聖書らしき書物が並び、きっと日頃から活用されている様子。
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側面には二十六聖人の遺骨が納められた、白壁と小窓のステンドグラス。
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ミッションを終えて裏通り沿いのパールホテルへ到着。自転車は地下駐車場に入れる。
長崎パールホテル 宿・ホテル
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フロントには誰もいなかった。ソファの横にピアノがあったり、どことなく家庭の応接間風。やがて買い物に出ておられた初老のご主人が帰還。
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このホテルもかなり古そうで、部屋のドアだけ見ると香港あたりに泊まっているような錯覚を起こす。
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でも部屋の中は明るく綺麗かなと思ったが、
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ユニットバスが薄汚いのは佐世保と似たり寄ったり。さらに使い置きの石鹸はこの手のホテルで初めて見た。まあボディーソープが別にあったからいいけど。
熱湯がすぐに出ないのには参った。どうも他の部屋の使用量に影響されてるっぽい。 -
佐世保の夕食が不本意だったので、今夜は気合を入れて中華街まで自転車で出かける。途中、出島の夜景をパシャリ。
出島(長崎県長崎市) 名所・史跡
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長崎中華街に到着。
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お目当ては前回食べたかった蘇州林のパリパリ皿うどん。店に入るとぼる塾みたいなお姉さんから「現在、接客1名、調理1名で回しておりまして少々お時間を頂くと思います」と前おきされる。
飲茶・ちゃんぽん 蘇州林 グルメ・レストラン
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「注文はタブレットからお願いします」とのことだが最初は電源がどこか分からなかった。メニューを見ながら暫く間を置くと、すぐに中国語やベトナム語の画面に変わり面食らう。とにかく先に注文を通さないと待たされそうなので、手早く皿うどんの並を注文。
次に入ってきた老夫婦が可哀そうに見えた。接客係のお姉さんも使い方を教える方がよっぽど手間だと思うのだが、、、 -
時間がかかると脅かされた割には10分ほどで出てきた。味はまあ期待どおりの香ばしさで満足。
僕は待たずに席につけたが、後から来た客は1時間待ちとか言われていた。老舗は人気あるなあ。 -
帰り道も客はまばらだが賑やかに見える中華街を眺めながら。
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勘をたよりに通りを真っすぐ進んでいたら、ホテルから45度右に進んでいたので軌道修正。スマホがなければ迷子になるところ。
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途中で懐かしい昭和風の食品店を通り過ぎたり。こういう店、プサンにはまだあったなあ。
交差点の歩道ではおばさんたちが集まって、暗闇の中で体操してたりして「ここは中国か!」と思ったり。 -
ホテルに戻ってフロント横からお湯のポットを持って部屋に上がる。こんなところも中国風。案外ここのご主人は華僑だったりして。
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本日のルート 68km
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朝ごはんは7時からフロント奥の雑然とした食堂で。前のテーブルではご主人が事務作業中で、ハンディ金庫の開いた蓋から現金が覗いている。足元には紙袋の束。もし横のテーブルで小学生が宿題を始めたら、もうここは完全に台湾の食堂だよ。それでも朝ごはんは美味しく頂けた。
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2022 佐賀と長崎サイクリングの旅
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