2022/04/26 - 2022/04/26
368位(同エリア1713件中)
キートンさん
この旅行記スケジュールを元に
サクラの花が咲く頃、サイクリングに適した季節の東北へ。
5日目は昨日に引き続き本州最北の青森県の旅。
午前中に弘前と鶴の舞橋の観光を順調に終え、午後は余裕で青森市内の観光できるようになった。
青森での必須は三内丸山遺跡。
世界文化遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」に登録された17の構成資産の中で、中心的な存在で最も見ごたえがあるのが三内丸山遺跡。
また、青森ねぶた祭の博物館、ねぶたの家 ワ・ラッセや青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸などもはずせない。
天気は下り坂なので、雨が降り出す前に三内丸山遺跡の見学は済ませておきたいところ・・・
天候が最大の不安であったが、思わぬところに落とし穴があった午後の観光となりました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
12:19に新青森に到着し、三内丸山遺跡への近道を行く。
途中で通った三内霊園はサクラ並木だった。 -
12:45頃、三内丸山遺跡のエントランスに到着。
入場料は410円。
荷物をコインロッカーに入れる時にカメラのバッテリーを交換しようとしたら、バッテリー1個と充電器がないことに気付いた。
ホテルのコンセントに充電したままになっている可能性が高いので、弘前ホテルに電話で確認してみたら、やはりそうだった。
旅は明日以降も4日残っている。
充電器がないとどうにもならないので、また弘前まで取りに戻るしかない。
スマホで列車の時刻を調べた結果、新青森14:55発の列車で弘前に戻ることにした。
そうなると三内丸山遺跡の見学時間は約1時間30分未満。 -
三内丸山遺跡の縄文時代のジオラマ。
八甲田山から続く緩やかな丘陵の先端に位置し、標高は約20mで、遺跡は約40haの広大な範囲に広がっている。
集落は住居、墓、捨て場、大型掘立柱建物、掘立柱建物、貯蔵穴、粘土採掘穴、盛土、道路などが、計画的に配置されている。 -
イチオシ
三内丸山遺跡の主要部分。
縄文時代前期中頃から中期末葉(約5900-4200年前)の大規模集落跡。
沖館川右岸の河岸段丘上に立地している。 -
屋内の常設展示室(さんまるミュージアム)から見学した。
紀元前約3000年の縄文土器。 -
縄目文様を施された縄文土器。
縄文時代の土器だからといって、必ずしも縄目文様があるとは限らない。 -
縄文時代中期 紀元前3300~2200年のヒスイ製大珠。
縄文時代に愛好されたヒスイは約500km離れた新潟県糸魚川周辺のものだと考えられ、人の交流や物の流通が当時から行われていたようだ。
当時は海が近かったことから、海上交通によって運ばれた可能性もあるという。 -
縄文時代中期 紀元前3000年の大型板状土偶。
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縄文時代前~中期 紀元前3900~2200年の半円状扁平打製石器。
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縄文時代前期 紀元前3800年の編籠(縄文ポシェット)。
樹皮を縦横に組んだ網代編みで作られた高さ16cm幅10cmの編籠。
水分が多く空気から遮断されていた状態で埋まっていたため、5800年間分解されずに残っていた。
大きさや形が立体的にわかる編籠としては、全国で唯一のもの。 -
さんまるミュージアムの展示室。
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イチオシ
出土したかけらから復元された土器の数々。
北海道南部~東北北部にかけての円筒土器文化圏では土器が多く出土するという。 -
竪穴式住居内での生活の様子。
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屋内の「時遊トンネル」とやらを通って、屋外の「縄文のムラ」へと向かう。
この地に遺跡が存在することは江戸時代から既に知られていたが、本格的な調査が行われたのは1992年の県営野球場建設の事前調査からだった。
竪穴住居跡や大人や子どもの墓、貯蔵穴など生活の跡が次々に発見され、重要文化財に指定された出土遺物は2,000点近くにのぼり、国内で最大級の縄文集落跡で国の特別史跡に指定された。 -
南盛土
大量の土器や石器、ヒスイ製の玉などが土と一緒に捨てられ、約1000年かけて積み重ねられた。 -
盛土の断面の実物が見学できる。
風雨から守り湿度を一定に保つため、保存ドームで覆われている箇所があり、ここもそのひとつ。 -
竪穴住居の復元
竪穴住居跡は550棟以上見つかり、15棟が復元されている。
茅葺き、樹皮葺き、土葺きの3種類が復元され、そのうちの樹皮葺きのひとつ。 -
樹皮葺き竪穴住居の内部はかなり狭い。
どうやら「縄文の家づくり」ということで小学生が復元したものらしい。 -
土葺き竪穴住居
土の表面には芝のような植物が覆っているので、浸食の防止や断熱の効果があったと思われる。 -
地面を掘って床を作り、柱を立て屋根をかけている。
入口は周りより高くしていただろうが、大雨で内部が浸水しないのかは疑問である。 -
茅葺き竪穴住居
ここでは縄文時代中期(紀元前約3000年)の竪穴住居を復元しているという。
世界史でいうと、エジプトでピラミッドが造られ始める約400年前の時代になる。 -
竪穴住居の中では最も広い室内。
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掘立柱建物
地面に柱穴を掘り柱を立てたもので、地面に炉や床などの跡が見つからないことから、高床建物であったと考えられている。 -
掘立柱建物の内部。
のぞくのがやっとで、中に入ることはできない。 -
柱は約35cmの倍数で配置されているという。
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壁が茅葺きの建物と木材の建物がある。
掘立柱建物跡は遺跡中央部でまとまって見つかった。 -
木材の重ね方が校倉造りを連想させる。
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掘立柱建物の向こうに見えるのは八甲田山。(たぶん)
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北盛土
竪穴住居や柱穴を掘った時の土、ゴミ、炭、石器、壊れた土器などが同じ場所に長期間棄てられていた場所。 -
一部を発掘調査された当時のまま展示している。
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子どもの墓
子どもの遺体は土器に入れて埋葬されていた。
棺に使われた土器は穴があけられたり底が抜かれたりしてあり、800基以上が見つかっている。 -
大型掘立柱建物跡
6本柱の長方形の建物跡。
柱穴は直径・深さとも約2mで、他の建物跡と比べて規模が大きく、穴の間隔は全て4.2m。
中には直径1mのクリの柱が残っている。
4.2mが35cmの12倍であり、35cmの単位は他の遺跡でも確認されているので、「縄文尺」とも言うべき長さの単位が広範囲にわたって規格として共有されていた可能性が考えられるという。 -
イチオシ
大型掘立柱建物(左)と大型竪穴建物(右)を復元したもの。
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大型掘立柱建物
大型掘立柱建物跡をもとに、高さ14.7mの建物として復元された。
用途は神殿、物見やぐら、モニュメントなど諸説ある。
三内丸山遺跡で発掘された遺構の中で最も重要と考えられ、三内丸山遺跡を象徴する建物となっている。 -
大型竪穴建物
長さ10m以上の竪穴建物がいくつも出土していて、その中で最大の
長さ約32m、幅約9.8m、床面積約250㎡、の大型竪穴建物が復元されている。 -
大型竪穴建物の入口。
この遺跡の集落がなぜ終焉を迎えたのか?
一因としては気候の寒冷化などが挙げられるが、それだけで集落全土を手放すとは考えづらく、現在でも謎に包まれている。 -
縄文時代中期後半(紀元前約2800年)のものを復元。
とても広々としている。 -
住居のほかに、集会場や共同作業場などの説がある。
幸い三内丸山遺跡の見学中に雨が降り出すことはなかった。
もう少しゆっくり見学してもこの後ワ・ラッセや八甲田丸などの観光が可能のはずだったが、前述の通り弘前に戻らなければいけない事情ができたのでここで三内丸山遺跡の見学を終えた。 -
新青森14:55発の普通列車で弘前に戻り、弘前ホテルで充電器とバッテリーを回収。
不幸中の幸いは、五能線フリーパスを持っていたので余計な交通費はかからなかったこと。
弘前駅のみどりの窓口で新青森から仙台までの新幹線はやぶさ308号と仙台から郡山までの新幹線やまびこ384号の指定席特急券(5380円)を購入。
弘前から新青森へ向かう間にとうとう雨が降り出した。
結局、観光に影響が出なかったのはラッキーだった。弘前駅 駅
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弘前からとんぼ返りで新青森に着いたのは17時過ぎ。
ホテルに忘れ物をしたことでねぶたの家 ワ・ラッセには行けなかったが、新青森駅にミニねぶた展でいくつかの作品が展示されていた。 -
イチオシ
「津軽為信 六羽川の戦い」
「第8回 全国小・中学生 ねぶた下絵コンクール 中学生部門 最優秀作品」とある。
中学生の作品でこの躍動感、このクオリティー。新青森駅 駅
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「春興鏡獅子」
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五所川原ねぷた
五所川原のねぷたは立佞武多(たちねぷた)といって、背が高いのが特徴である。
なお、五所川原より南では「ねぷた」と呼ぶところが多いようである。 -
弘前ねぷた
弘前のねぷたは、扇形をしているのが特徴である。 -
土偶ねぶた
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新青森17:22発の新幹線はやぶさ308号で仙台に19:20着。
駅か車内で駅弁を買って夕食にしようと思っていたが、コロナ禍の影響で駅弁の販売はしていなかった。
というわけで、今日も夕食はコンビニ飯に落ち着き、仙台19:40発の新幹線やまびこ384号で郡山へ向かった。仙台駅 (JR) 駅
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本日の宿はチサンホテル郡山で、2連泊となる。
シングル1泊4700円。チサンホテル郡山 宿・ホテル
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シングルの客室はビジネスホテルとしては標準的な広さと設備といった感じ。
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ただ、ドアから客室までの通路がユニットバスの出っ張りで非常に狭くなっている。
荷物が少なければ特に問題はないが、輪行した自転車などの大きな荷物がある場合は置き場所に困る。 -
バス・トイレはやや狭い印象で特に浴槽が狭い。
駅近であることとリーズナブルな宿泊料を考慮すると、許容範囲ともいえる。
本日の走行距離は約27km。
明日は郡山から日帰りで会津磐梯地方の観光。
問題は天気が回復するのかどうか・・・
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