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桶川宿は日本橋から10里余り、6番目の宿場として中山道に開かれました。開設当初は58軒だった宿場の戸数も、1800年には247軒になり、1840年には家数が347軒、旅籠の数も36軒と町に発展していきました。幕末には山形県に次ぐ紅花の産地として知られ、紅餅に加工し京都に出荷したり、口紅や染料の原料として需要が高まったりして、生産量も急速に伸びていきました。<br />宿場を利用した人物の中には、日光参拝に向かった尾張・紀州・水戸の御三家や、参勤交代の際の加賀百万石で知られる前田家をはじめとする大名、江戸に向かう皇女和宮などが宿泊地として利用した記録も残っています。<br />そんな桶川宿の足跡や史跡を訪ねてきました。失われてしまったものも多くありましたが、中山道沿いには趣ある商家や現在も旅館を営んでいる家もあり、当時の様子を偲びながらのんびり散策を楽しんできました。<br />建物や史跡、寺社は桶川駅から15分以内のところに点在しているので、散策しやすかったです。<br />

桶川宿を歩く

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2021/05/12 - 2021/05/12

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ぷーちゃんさん

この旅行記のスケジュール

2021/05/12

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桶川宿は日本橋から10里余り、6番目の宿場として中山道に開かれました。開設当初は58軒だった宿場の戸数も、1800年には247軒になり、1840年には家数が347軒、旅籠の数も36軒と町に発展していきました。幕末には山形県に次ぐ紅花の産地として知られ、紅餅に加工し京都に出荷したり、口紅や染料の原料として需要が高まったりして、生産量も急速に伸びていきました。
宿場を利用した人物の中には、日光参拝に向かった尾張・紀州・水戸の御三家や、参勤交代の際の加賀百万石で知られる前田家をはじめとする大名、江戸に向かう皇女和宮などが宿泊地として利用した記録も残っています。
そんな桶川宿の足跡や史跡を訪ねてきました。失われてしまったものも多くありましたが、中山道沿いには趣ある商家や現在も旅館を営んでいる家もあり、当時の様子を偲びながらのんびり散策を楽しんできました。
建物や史跡、寺社は桶川駅から15分以内のところに点在しているので、散策しやすかったです。

旅行の満足度
4.0
同行者
一人旅
交通手段
JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 浄念寺<br />JR桶川駅東口から桶川駅通り商店会を進み3分ほど、静かな住宅地に建つ浄土宗の寺院です。寺の象徴ともいえる朱色の仁王門は1701年に再建されたもので、二体の仁王像は1768年に開眼されたとのことです。仁王門の上にはかつて1741年に鋳造された梵鐘が置かれ、桶川宿中に時を知らせていたそうですが、戦災で焼失、現在の梵鐘は昭和になって鋳造されたものが置かれています。

    浄念寺
    JR桶川駅東口から桶川駅通り商店会を進み3分ほど、静かな住宅地に建つ浄土宗の寺院です。寺の象徴ともいえる朱色の仁王門は1701年に再建されたもので、二体の仁王像は1768年に開眼されたとのことです。仁王門の上にはかつて1741年に鋳造された梵鐘が置かれ、桶川宿中に時を知らせていたそうですが、戦災で焼失、現在の梵鐘は昭和になって鋳造されたものが置かれています。

    浄念寺 寺・神社・教会

  • 境内に残る1315年から1550年までに作られた板石塔婆。

    境内に残る1315年から1550年までに作られた板石塔婆。

    浄念寺 寺・神社・教会

  • 江戸時代に浄土宗の念仏を広めた僧侶の碑や桶川を治めていた方の供養塔や、江戸時代後期の絵師で浄念寺に埋葬された狩野伊白の碑なども建っています。

    江戸時代に浄土宗の念仏を広めた僧侶の碑や桶川を治めていた方の供養塔や、江戸時代後期の絵師で浄念寺に埋葬された狩野伊白の碑なども建っています。

    浄念寺 寺・神社・教会

  • 浄念寺から中山道へ。<br />中山道沿いに建つ武村旅館。<br />JR桶川駅東口から桶川駅通り商店会を進み5分ほど、中山道を右折したところに建つ登録有形文化財に指定されている旅館です。明治時代に板橋宿から移転してきた旅館で、現在もビジネス旅館を営んでいます。建物内部は見学することはできませんでしたが、1852年建築の木とブリキの外観と瓦屋根、格子窓の建物は歴史が感じられ趣があります。旅館と書かれた大きな看板が目印です。

    浄念寺から中山道へ。
    中山道沿いに建つ武村旅館。
    JR桶川駅東口から桶川駅通り商店会を進み5分ほど、中山道を右折したところに建つ登録有形文化財に指定されている旅館です。明治時代に板橋宿から移転してきた旅館で、現在もビジネス旅館を営んでいます。建物内部は見学することはできませんでしたが、1852年建築の木とブリキの外観と瓦屋根、格子窓の建物は歴史が感じられ趣があります。旅館と書かれた大きな看板が目印です。

    武村旅館 名所・史跡

  • 島村家住宅土蔵<br />JR桶川駅東口から5分ほど、中山道沿いに建つ、登録有形文化財に指定されている1854年創業の茶舗です。かつては紅花問屋を営んでいたそうですが、現在はお茶の販売をしています。中山道からは1926年に建てられた木造の店舗が見えるだけですが、2階の窓は内側に障子があり、その外にガラス障子が備え付けられ、さらにその外側に格子がはめ込まれています。店舗の奥に建つ主屋は見ることができませんでしたが、和釘が用いられていることから明治時代以前の建物であるとのことでした。典型的な商家の姿をしていて、当時から桶川宿が繁栄していたことが伝わる建物です。<br />

    島村家住宅土蔵
    JR桶川駅東口から5分ほど、中山道沿いに建つ、登録有形文化財に指定されている1854年創業の茶舗です。かつては紅花問屋を営んでいたそうですが、現在はお茶の販売をしています。中山道からは1926年に建てられた木造の店舗が見えるだけですが、2階の窓は内側に障子があり、その外にガラス障子が備え付けられ、さらにその外側に格子がはめ込まれています。店舗の奥に建つ主屋は見ることができませんでしたが、和釘が用いられていることから明治時代以前の建物であるとのことでした。典型的な商家の姿をしていて、当時から桶川宿が繁栄していたことが伝わる建物です。

    島村家住宅土蔵 名所・史跡

  • 中山道沿いには趣ある建物が点在していました。

    中山道沿いには趣ある建物が点在していました。

  • 矢部家<br />JR桶川駅東口から6分ほど、中山道沿いに建つ、桶川市の有形文化財に指定されている土蔵の重厚な建物です。1905年に建てられた建物で、桶川市に残る唯一の土蔵造りの店舗です。かつては穀物問屋や紅花の商いをしていたそうで、店舗の奥には1884年に建てられた土蔵の文庫蔵も残っているそうです。文庫蔵は見学できませんでしたが、中山道沿いに建つ店舗の姿から、当時の繁栄していた姿を思い浮かべることができました。中山道を挟んで向かいには、登録有形文化財に指定されている小林家住宅が建っています。<br />

    矢部家
    JR桶川駅東口から6分ほど、中山道沿いに建つ、桶川市の有形文化財に指定されている土蔵の重厚な建物です。1905年に建てられた建物で、桶川市に残る唯一の土蔵造りの店舗です。かつては穀物問屋や紅花の商いをしていたそうで、店舗の奥には1884年に建てられた土蔵の文庫蔵も残っているそうです。文庫蔵は見学できませんでしたが、中山道沿いに建つ店舗の姿から、当時の繁栄していた姿を思い浮かべることができました。中山道を挟んで向かいには、登録有形文化財に指定されている小林家住宅が建っています。

    矢部家 (蔵造りの商家) 名所・史跡

  • 小林家住宅<br />登録有形文化財に指定されている、江戸時代末期に旅籠を営んでいた方の建物です。現在は材木商と美術商を営んでいるようですが、木造の格子戸がはめ込まれた建物は趣があり、広々とした造りからは当時の繁栄していた様子を思い起こすことができました。<br />

    小林家住宅
    登録有形文化財に指定されている、江戸時代末期に旅籠を営んでいた方の建物です。現在は材木商と美術商を営んでいるようですが、木造の格子戸がはめ込まれた建物は趣があり、広々とした造りからは当時の繁栄していた様子を思い起こすことができました。

    小林家 (住宅主屋) 名所・史跡

  • 桶川宿本陣遺構<br />中山道沿いに残っていますが、一般の方の住宅内にあるため非公開になっていて、中山道沿いに冠木門と説明板が置かれていました。説明板によると、本陣は代々府川家が勤め、脇本陣は内田家と武笠家が勤めていたそうで、本陣の外観の写真も載っていました。尾張・紀州・水戸の御三家の日光参拝や和宮の宿泊、明治天皇御巡幸の際の行在所としても使用されたとのことです。

    桶川宿本陣遺構
    中山道沿いに残っていますが、一般の方の住宅内にあるため非公開になっていて、中山道沿いに冠木門と説明板が置かれていました。説明板によると、本陣は代々府川家が勤め、脇本陣は内田家と武笠家が勤めていたそうで、本陣の外観の写真も載っていました。尾張・紀州・水戸の御三家の日光参拝や和宮の宿泊、明治天皇御巡幸の際の行在所としても使用されたとのことです。

    桶川宿本陣遺構 名所・史跡

  • この先は立ち入り禁止。<br />遺構を自分の目で確かめることができず残念でした。<br />

    この先は立ち入り禁止。
    遺構を自分の目で確かめることができず残念でした。

    桶川宿本陣遺構 名所・史跡

  • 本陣遺構の斜め向かいに建つ中山道宿場館。<br />中山道沿いに建つ観光案内所兼休憩所です。案内所内には桶川宿の史跡を表した地図や桶川宿本陣の様子などのほか、中山道の説明や木曽街道の様子、全国第2位の生産量を誇った紅花の説明などが写真や切り絵、絵葉書で紹介されていました。手作りの展示物も多く、案内所を出る時にはスタッフの方から紙の往来手形を手渡されるなど、温かみを感じる観光案内所です。

    本陣遺構の斜め向かいに建つ中山道宿場館。
    中山道沿いに建つ観光案内所兼休憩所です。案内所内には桶川宿の史跡を表した地図や桶川宿本陣の様子などのほか、中山道の説明や木曽街道の様子、全国第2位の生産量を誇った紅花の説明などが写真や切り絵、絵葉書で紹介されていました。手作りの展示物も多く、案内所を出る時にはスタッフの方から紙の往来手形を手渡されるなど、温かみを感じる観光案内所です。

    中山道宿場館 専門店

  • 木曽街道69次に関する絵画。

    木曽街道69次に関する絵画。

    中山道宿場館 専門店

  • 全国第2位の生産量を誇った紅花の説明コーナー。

    全国第2位の生産量を誇った紅花の説明コーナー。

    中山道宿場館 専門店

  • 帰り際、係の方からいただいた往来手形。

    帰り際、係の方からいただいた往来手形。

    中山道宿場館 専門店

  • 1時間無料の駐車場脇に建つお茶博士・辻村みちよの顕彰碑。<br />桶川に生まれ、お茶の中にカテキンが含まれていることを世界で初めて発見した研究者です。

    1時間無料の駐車場脇に建つお茶博士・辻村みちよの顕彰碑。
    桶川に生まれ、お茶の中にカテキンが含まれていることを世界で初めて発見した研究者です。

  • 桶川稲荷神社<br />JR桶川駅東口から12分ほど、中山道と交わる稲荷通りを入った閑静な住宅地に建っています。800年程前に創建され、1693年に桶川宿の鎮守となった神社で、現在は1817年建造の本殿の他、4つの末社が祀られています。

    桶川稲荷神社
    JR桶川駅東口から12分ほど、中山道と交わる稲荷通りを入った閑静な住宅地に建っています。800年程前に創建され、1693年に桶川宿の鎮守となった神社で、現在は1817年建造の本殿の他、4つの末社が祀られています。

    桶川稲荷神社 寺・神社・教会

  • 拝殿正面には紅花生産地として栄えた桶川周辺の紅花商人が、1857年に寄進した石灯籠が建っています。<br />

    拝殿正面には紅花生産地として栄えた桶川周辺の紅花商人が、1857年に寄進した石灯籠が建っています。

    桶川稲荷神社 寺・神社・教会

  • 境内には重さ610㎏の楕円形をした力石と、力石を持ち上げた力士・三ノ宮卯之助の名が残っています。力石を持ち上げた時の観衆の驚きは如何ばかりだったでしょう。

    境内には重さ610㎏の楕円形をした力石と、力石を持ち上げた力士・三ノ宮卯之助の名が残っています。力石を持ち上げた時の観衆の驚きは如何ばかりだったでしょう。

    桶川稲荷神社 寺・神社・教会

  • 中山道沿いに建つ大雲寺参道。桶川宿本陣を勤めた府川家の墓があり、交通量が多い中山道に面して山門が建っているにもかかわらず、山門から境内までは30mほどの緑に挟まれた参道があり、敷地内は小鳥の鳴き声が聞こえるほど静かでした。

    中山道沿いに建つ大雲寺参道。桶川宿本陣を勤めた府川家の墓があり、交通量が多い中山道に面して山門が建っているにもかかわらず、山門から境内までは30mほどの緑に挟まれた参道があり、敷地内は小鳥の鳴き声が聞こえるほど静かでした。

    大雲寺 寺・神社・教会

  • 参道先に残る立派な鐘楼。

    参道先に残る立派な鐘楼。

    大雲寺 寺・神社・教会

  • 大きな石が配置された境内は、手入れが行き届いた草木が植えられ落ち着きが感じられました。

    大きな石が配置された境内は、手入れが行き届いた草木が植えられ落ち着きが感じられました。

    大雲寺 寺・神社・教会

  • 歴史的なことはわかりませんが、広大な墓地と敷地の広さから由緒ある寺だと感じました。

    歴史的なことはわかりませんが、広大な墓地と敷地の広さから由緒ある寺だと感じました。

  • 大雲寺近くの歩道橋には次のような張り紙が張られていました。<br />一里塚跡<br />桶川宿の一里塚は、この付近の中山道の両側にあり、塚の上には杉の木が植えられ、その根元には石の妙見菩薩が祀られていました。<br />子の一里塚は1876年に取り壊されました。

    大雲寺近くの歩道橋には次のような張り紙が張られていました。
    一里塚跡
    桶川宿の一里塚は、この付近の中山道の両側にあり、塚の上には杉の木が植えられ、その根元には石の妙見菩薩が祀られていました。
    子の一里塚は1876年に取り壊されました。

  • 桶川駅に曲がる角を通り過ぎ、武村旅館の先で見つけた木戸址。<br />宿場の出入り口に設けられていた木戸、朝夕定時に開閉していたそうです。<br /><br />見学できない建物も多くありましたが、宿場らしさが感じられる建物もあり、当時の桶川宿を偲ぶことができました。

    桶川駅に曲がる角を通り過ぎ、武村旅館の先で見つけた木戸址。
    宿場の出入り口に設けられていた木戸、朝夕定時に開閉していたそうです。

    見学できない建物も多くありましたが、宿場らしさが感じられる建物もあり、当時の桶川宿を偲ぶことができました。

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