2020/10/15 - 2020/10/15
370位(同エリア851件中)
ちふゆさん
2020年10月15日(木)午後、木津川沿いに走る木津川サイクリングロード(CR)へ。山城大橋を起点に上流の泉大橋までと下流の手原川合流点までは5月から6月に掛けて走ったが、今回は下流方向、手原川合流点から八幡市の上津屋まで走った。前に書いた旅行記は以下の通り。
<京田辺 木津川サイクリングロード>https://4travel.jp/travelogue/11625745
<京田辺 木津川CR山城大橋上流>https://4travel.jp/travelogue/11625747
<精華 木津川CR 玉水橋から上流>https://4travel.jp/travelogue/11628636
<木津 木津川CR 泉大橋まで>https://4travel.jp/travelogue/11628640
<京田辺 木津川CR山城大橋下流>https://4travel.jp/travelogue/11625748
2時半前、手原川を渡って下流に進むと、すぐに三野揚水樋門がある(下の写真1)。木津川左岸の京田辺市大住三野地区の防賀川から木津川への排水路の逆流を防ぐ水門。この辺りから木津川の城陽側に工事中の第2名神の高架の橋桁が並んでいるのが見えるが、川の中州にはカワウの群れ。シロサギも1羽いる(下の写真2)。
数分も掛からずに京奈和道自動車道の新木津川橋をアンダーパスで潜る。城陽市水主と京田辺市大住を結ぶ430mの片側2車線の道路橋で、この橋の部分だけだと普通自動車の通行料金が100円ってことから我々は100円橋と呼んでいる。私もかつては結構渡ってたが、最近は100円ももったいなくて渡ってないなあ・・・
1988年10月に京奈和道自動車道の城陽IC・田辺西IC間開通に伴って開通し、その時は自動車専用道路でなく原付に小型二輪も走行できたが、2017年2月に側道が開通し、本線は自動車専用道路となった。原付、小型二輪が通れる側道は10円で、自転車も歩行者も通れるが、歩行者は無料。初めて知った。自転車は押して歩けばただなんだよな。一度渡ってみよう、10円払っていいので。
京奈和道自動車道は京滋バイパスとの巨椋JCTから阪和自動車道との和歌山JCTまで、奈良市経由で結ぶ全長約120㎞の高速道路だが、城陽JCT以北、木津IC・郡山下ツ道JCT間、橿原北IC・橿原高田IC間は未開通で、全線開通の目途は立ってない。この部分が一番最初に開通した区間。私には身近な高速だが、あまり使わない。一番開通して欲しいのは木津IC・郡山下ツ道JCT間だが、奈良市の北の平城宮跡辺りのルートが決まらず、生きてる間には開通しそうにないなあ・・・
京奈和道自動車道を過ぎるとすぐに第2名神の木津川橋が頭上を通過しているが、この辺りの堤防下は京田辺市大住工業団地の一部となっており、乳製品製造の明治、宝酒造の物流会社のタカラ物流システム、日立グループの物流会社の日立物流などが並ぶ。
第2名神木津川橋は2017年4月開通。城陽JCT/IC・八幡京田辺JCT/IC間を結ぶ橋。第2京阪と京奈和道自動車道を結ぶ橋なのだが、第2名神がこの両サイドが未開通でコスパが悪く、私は2回ほどしか使ったことがない。第2名神は正式には新名神高速道路で、東名阪自動車道と伊勢湾岸自動車道との四日市JCTと中国自動車道と山陽自動車道との神戸JCT間、約115㎞を結ぶ高速道路。大津JCT・城陽JCT/IC間と八幡京田辺JCT/IC・高槻JCT/IC間は未開通で、2023年開通予定。高槻方向が開通すれば西に向かう時に意味があるかも。
第2名神を過ぎると、案内はないが、八幡(やわた)市に入る。国道1号線沿いとしては京都府の端に位置する市で、大阪府枚方市に続いている。男山の南、国道1号線の大阪との府境にあたる洞ヶ峠は、秀吉と光秀の山崎の戦いで、筒井順慶(大河ドラマ「麒麟がくる」では鶴瓶さんの息子、駿河太郎君が演じている)が日和見した伝説で有名。北は淀川(桂川)を挟んで大阪府島本町と京都府大山崎町がある。桂川と宇治川に挟まれた部分は京都市伏見区に、宇治川と木津川に挟まれた部分は久御山町に続く。さらに木津川を登ると対岸は城陽市になり、南側が京田辺市。
市制が敷かれたのは1977年で、京都府で11番目の市として誕生した。その前身の八幡町は1954年に綴喜郡八幡町、都々城村、有智郷村が合併して誕生した。これらの町村が誕生したのは1889年で、八幡の名前は市内に鎮座する日本三大八幡宮の一社、石清水八幡宮に由来している。1963年まで福岡県に同名の八幡市があり、1954年に誕生した滋賀県の近江八幡市は、読みは「はちまん」で異なるが、混同を避けるために近江を付けたのだが、それより後にこの市が誕生した時には福岡の八幡市がなくなっていたため、単に八幡市になった。
石清水八幡宮の鳥居前町から発達した町で、木津川と宇治川、桂川の3つの河川の合流地点であったことから交通の要所としても発展した。八幡宮がある男山を取り巻くように住宅地や田園が広がり、1970年代に大阪のベッドタウンとして人口が倍増した。1980年頃には大阪府への編入が要望されたこともあった。その後1990年代をピークとして人口は少し減り、2020年11月の推定人口は約7万人で、京都府の市では15市中、10番目。
旧石器時代から人が生活していた形跡が残り、弥生時代や古墳時代の遺跡が市域全域に分布しており、古代から開けていたことを示している。平安時代の859年に石清水八幡宮が建立された。江戸時代から明治期にかけては、近郊農村としても発展し、米や野菜、筍、梨などが生産されたが、ベッドタウン化して農地は減少した。近年は交通の便を活かして倉庫・物流拠点としての利用が多い。市の北部を京阪本線が通っている。
八幡市に入るとすぐに岩田用水樋門がある(下の写真3)。八幡市岩田地区から木津川への排水路の逆流を防ぐ水門。ちなみに樋門は水門の中でも導水部が暗渠になっているタイプで、門の上を水が越えることが出来ないので、増水時の逆流を防ぐことが出来る。
第2名神の辺りから河川敷には茶畑が続く。山間部で栽培されるお茶を山茶と呼ぶのに対して、水辺の砂地で栽培されるお茶は浜茶と呼ばれ、山茶よりも緑色が濃い。さらに覆い棚による覆下栽培を行うことで、碾茶(てんちゃ)と云う抹茶の原料になるお茶が生産されている。ちなみに覆下栽培は玉露も同じだが、製造工程が異なる。
ここからはしばらく見通しの良い堤防道が続く。木津川越しには城陽から宇治への山並みが続く(下の写真4)。正面の遠くに伏見桃山城、そして比叡山。さらに、比叡山は北山に続き、愛宕山がひときわ高く見える。さらに西山も続いて見えるが、実際にはその間には亀岡に続く老ノ坂峠がある。西山はさらに天王山に続き、その方向の堤防下には1987年に完成した八幡市民体育館が見える。ここも88年の京都国体のハンドボール会場として使われた。さらに後ろを振り返ると生駒山地も見える。
上津屋地区に近づくと先に見える橋は第二京阪の木津川橋だが、ここから先に付いてはまた改めて。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.4757624677640852&type=1&l=223fe1adec
上津屋地区に続く
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
八幡
-
八幡 木津川CR 流れ橋上流(Kizugawa Cycling Road Yawata Upper Part...
2020/10/15~
八幡・城陽
-
京都 八幡 上津屋(Kozuya, Yawata, Kyoto, JP)
2020/10/15~
八幡・城陽
-
京都 八幡 上津屋流れ橋(Kozuya Floating Bridge, Yawata, Kyoto, JP...
2020/10/15~
八幡・城陽
-
京都 久御山町 浜台(Hamadai, Kumiyama, Kyoto, JP)
2020/10/15~
八幡・城陽
-
八幡 木津川CR 流れ橋下流(Kizugawa Cycling Road Yawata Lower Part...
2020/11/19~
八幡・城陽
-
京都 八幡 飛行神社(Hikou-jinja Shrine, Yawata, Kyoto, JP)
2020/11/19~
八幡・城陽
-
京都 八幡 走井餅老舗(Hashiriimochi-rouho, Yawata, Kyoto, JP)
2020/11/19~
八幡・城陽
-
京都 八幡 背割堤(Sewari-tei Embankment, Yawata, Kyoto, JP)
2020/11/19~
八幡・城陽
-
京都 八幡 さくらであい館(Sakura-deai Visitor Center, Yawata, Kyot...
2020/11/19~
八幡・城陽
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
八幡・城陽(京都) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 八幡
0
4