2020/11/19 - 2020/11/19
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ちふゆさん
2020年11月19日(木)3時前、走井餅老舗の前の道を真っ直ぐ北に、京阪踏切を越えて進むと、木津川御幸(ごこう)橋に突き当たる(下の写真1)。宇治川に架かる淀川御幸橋と併せて単に御幸橋とも呼ばれる。橋の名前は朝廷から石清水八幡宮への使者が渡ったことに由来している。
初代の橋は1913年(大正2年)に架けられた。1930年(昭和5年)に2代目の橋が開通し、現在の橋は2010年に供用開始したもの。長さは355m。ただし、266mある淀川御幸橋の方は京滋バイパス開通に合わせて2003年に開通している。遅れの原因は木津川御幸橋南詰の用地買収が手間取ったため。1971年まではこの橋を通る道が国道1号線だった。現在は京都・大阪府道13号(京都守口)線。
橋を渡ると背割堤(せわりてい)。ここは桂川、宇治川、木津川の三川が合流し淀川と名前を変えるところだが、背割堤は宇治川と木津川の合流地点に約1.4㎞設置され、洪水発生時に両河川をスムーズかつ安全に合流させる役割を果たしている。ソメイヨシノが約250本植えられており、春の背割り桜が有名。私も何年前だろう、その時期に来た。あちこちで桜並木見て来たけど、ここも本当に素晴らしい。
合流する三川のうちの宇治川は通称で、琵琶湖から流れ出す通称・瀬田川から大阪湾に流れ込む全長75.1㎞の淀川の一部。瀬戸内海に流れる河川の中で流域面積が最も広く、流域人口は西日本で最も多い。また琵琶湖に流入する河川や木津川などを含めた淀川水系全体の支川数は965本で日本一多い。「瀬田川」は瀬田、「宇治川」は宇治、「淀川」は巨椋池の出口にある淀と、それぞれ沿岸の地名に由来している。
ついでに桂川は、花脊の奥の佐々里峠に発し、花脊から京北町、日吉ダムを経て、亀岡盆地から保津峡を通って嵐山に流れ、三川合流で淀川に合流する全長107㎞の淀川の支流。嵐山上流では一部は上桂川、大堰(大井)川(おおいがわ)、保津川と称される。また、古くは葛野川(かどのがわ)とも葛河(かつらがわ)とも呼ばれていた。桂川は現在の西京区の桂を流れることから。2013年9月の台風18号での氾濫は記憶に新しい。
木津川については下記の旅行記参照。
https://4travel.jp/travelogue/11625745
遡れば安土桃山時代までは宇治川は今は埋め立てられなくなった巨椋(おぐら)池(1941年干拓完了)に宇治で流れ込み、桂川と木津川が淀で巨椋池に合流し、淀川となって流れ出していた。巨椋池にすべての川が注ぎ込むため、度々洪水が発生していた。
これを大きく改良したのが秀吉。宇治に文禄堤(太閤堤)を築き、宇治川を巨椋池から分離させた。これにより淀の上流で桂川と巨椋池からの水が宇治川に合流し、その下流で木津川が宇治川に合流するようになった。
しかし、1800年代後半に明治大洪水をはじめとして、淀川で多数の水害が発生したため、木津川と宇治川の合流部を現在の三川合流部に付け替える淀川改良工事が行われ、1910年(明治43年)に現在の流路となった。さらに1917年(大正6年)の大正大洪水の被害を受けて河川改修が行われ、現在の背割堤が建設された。
最初に堤に植えられたのは松だった。しかし、虫害で松枯れが多発したため、1978年からソメイヨシノへの植替えが始まり、その10年後の1988年の春に初めて桜並木が一般公開された。学生時代(1970年後半)から前の代の御幸橋は何度も渡ったことあるが、この堤のことなんてまったく記憶にない。確かに背割り桜を知ったのって、そんな昔じゃないわ・・・
ちょうどこの時期はソメイヨシノの紅葉が美しい。行きは木津川河川敷から堤を見上げながら進み、戻りは堤の上の桜並木(下の写真2~4)を。それぞれの景色が美しい。桜並木の先端近くのクスノキは樹齢100年以上で、2018年3月に旧1号線沿い橋本からこの場所に移植されたもの。
桜並木の堤上からは先ほど登ってきた木津川対岸の男山が望まれる(下の写真5)。桜並木の入口近くには其角・荷兮(かけい)句碑が建つ。1990年2月に八幡市に所縁のある文学作品を顕彰するやわた文学碑建立事業の第5基目として建てられたもの。ちなみに他の4基は吉井勇歌碑(松花堂庭園)、与謝蕪村句碑(さくら公園)、谷崎潤一郎文学碑(男山展望台)、能蓮法師歌碑(さざなみ公園)。
其角(宝井其角)は赤穂浪士にも登場する江戸時代前期の俳諧師。「新月や いつを昔の 男山」と云う句は1690年刊行の俳諧集「いつを昔」に収録されたもの。男山を釈迦が説法した山、インドの霊鷲山に見立て、「新月に月は見えないが、『釈迦が沙羅双樹の林で入滅した時、林が枯れて鶴の羽のように白くなった』と云う故事を連想させ、心の月を照らし出す」の意。
荷兮(山本荷兮)も江戸時代前期の俳人。「沓音(くつおと)も しづかにかざす さくら哉(かな)」と云う句は1689年に刊行されたと云われる俳諧七部集の第3集「阿羅野(あらの)」に収録されたもの。室町時代に中絶した石清水臨時祭の模様を想像して詠んだ句で、「祭りの主役は桜の花を頭巾にかざして登場したそうだが、桜の散るのを嫌ってしずしずと登場して来たに違いない」の意。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.5793611744042135&type=1&l=223fe1adec
さくらであい館に続く
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