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県内旅行で北鎌倉を訪れています。<br />平日の空いている北鎌倉を円覚寺から明月院と巡って建長寺にやってきました。<br /><br />過去何度も訪れている建長寺。<br />若い時は夫婦で座禅会に参加したことも数度あります。<br /><br />今回はガラガラの建長寺を夫婦でゆっくり歩きました。

県内旅行で北鎌倉から観音崎、浦賀、城ヶ島へと三浦半島をぐるり。③北鎌倉 建長寺へ。

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2020/11/06 - 2020/11/07

759位(同エリア7323件中)

nichi

nichiさん

県内旅行で北鎌倉を訪れています。
平日の空いている北鎌倉を円覚寺から明月院と巡って建長寺にやってきました。

過去何度も訪れている建長寺。
若い時は夫婦で座禅会に参加したことも数度あります。

今回はガラガラの建長寺を夫婦でゆっくり歩きました。

旅行の満足度
4.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
旅行の手配内容
個別手配
  • 明月院を出て南に向かいます。

    明月院を出て南に向かいます。

  • 明月院から歩いて数分で建長寺に到着。

    明月院から歩いて数分で建長寺に到着。

  • 建長寺の総門です。<br /><br />この総門は、江戸時代に京都で建立されたもので、昭和15年にココに移築されました。<br /><br />額の「巨福山」は「大きな福をもたらす寺」の意。

    建長寺の総門です。

    この総門は、江戸時代に京都で建立されたもので、昭和15年にココに移築されました。

    額の「巨福山」は「大きな福をもたらす寺」の意。

  • 北条時頼の願いで中国の禅僧・大閣覚禅師を開山として創建されています。<br /><br />この総門から三門、仏殿、法堂、方丈遠くに向かって一直線に連なって建てられています。<br />中国の禅宗様式に基づいているようで伽藍配置と言うそうです。

    北条時頼の願いで中国の禅僧・大閣覚禅師を開山として創建されています。

    この総門から三門、仏殿、法堂、方丈遠くに向かって一直線に連なって建てられています。
    中国の禅宗様式に基づいているようで伽藍配置と言うそうです。

  • 500円×2名

    500円×2名

  • 建長寺の境内図。

    建長寺の境内図。

  • 奥に進みます。

    奥に進みます。

  • 三門です。

    三門です。

  • 「建長興国禅寺」の大扁額。<br />横2.65m、縦4mと巨大な額です。<br /><br />この大きな額を掲げるために、上層に軒唐破風が設けられたとのこと。<br /><br />で、中国のお偉いお坊様が書かれた額かと思ったら、なんと雪下大工左衛門大夫信吉という鎌倉大工の作なんです。<br />これにはビックリですね~。

    「建長興国禅寺」の大扁額。
    横2.65m、縦4mと巨大な額です。

    この大きな額を掲げるために、上層に軒唐破風が設けられたとのこと。

    で、中国のお偉いお坊様が書かれた額かと思ったら、なんと雪下大工左衛門大夫信吉という鎌倉大工の作なんです。
    これにはビックリですね~。

  • 「三門」とは、「三解脱門」の略で、涅槃(悟り)に至るために通過しなければならない三つの関門(空・無作・無相)のことです。<br /><br />江戸時代である1775年に再建された門です。<br />国の重要文化財に指定されています。

    「三門」とは、「三解脱門」の略で、涅槃(悟り)に至るために通過しなければならない三つの関門(空・無作・無相)のことです。

    江戸時代である1775年に再建された門です。
    国の重要文化財に指定されています。

  • 1775年とは?<br />まず浮かぶのがアメリカの独立戦争ですが、日本では田沼意次が老中の時代で、平賀源内や杉田玄白が活躍した時代ですね。

    1775年とは?
    まず浮かぶのがアメリカの独立戦争ですが、日本では田沼意次が老中の時代で、平賀源内や杉田玄白が活躍した時代ですね。

  • 三門の隣には梵鐘があります。<br />この梵鐘は1255年(建長7年)に鋳造されました。

    三門の隣には梵鐘があります。
    この梵鐘は1255年(建長7年)に鋳造されました。

  • 重さは2,7トン。

    重さは2,7トン。

  • 「鐘つけば銀杏ちるなり建長寺」<br />明治28年の秋、夏目漱石が詠んだ句です。<br /><br />正岡子規はこの句を参考に<br />「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」<br />と言う超有名な句を詠んでます。<br /><br />正岡子規の句の方が有名になってしまいましたね。

    「鐘つけば銀杏ちるなり建長寺」
    明治28年の秋、夏目漱石が詠んだ句です。

    正岡子規はこの句を参考に
    「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」
    と言う超有名な句を詠んでます。

    正岡子規の句の方が有名になってしまいましたね。

  • 梵鐘は国宝です。

    梵鐘は国宝です。

  • 梵鐘から三門を見上げます。<br /><br />建築のことはよく判りませんが、屋根の裏側も見事ですね。

    梵鐘から三門を見上げます。

    建築のことはよく判りませんが、屋根の裏側も見事ですね。

  • 梵鐘の隣にある嵩山門です。

    梵鐘の隣にある嵩山門です。

  • 「本派専門道場」の看板。<br />座禅修行道場で、観光客は入れません。<br /><br />私達夫婦は、この建長寺で数回座禅会に参加したことがありますが、場所はココではなく一番奥の方丈でした。

    「本派専門道場」の看板。
    座禅修行道場で、観光客は入れません。

    私達夫婦は、この建長寺で数回座禅会に参加したことがありますが、場所はココではなく一番奥の方丈でした。

  • 嵩山門から三門を見上げます。<br />どの角度から見てもカッコいい門ですね。

    嵩山門から三門を見上げます。
    どの角度から見てもカッコいい門ですね。

  • 三門をくぐるとその先にはビャクシンの庭。

    三門をくぐるとその先にはビャクシンの庭。

  • 多くの葉を蓄えた大きなビャクシン。

    多くの葉を蓄えた大きなビャクシン。

  • すんごい幹です。

    すんごい幹です。

  • 建長寺創建の際、中国から種を持ってきて蒔いたものと伝わっています。<br />つまり樹齢760年(推定)<br /><br />ひえ~~~~~~~~!

    建長寺創建の際、中国から種を持ってきて蒔いたものと伝わっています。
    つまり樹齢760年(推定)

    ひえ~~~~~~~~!

  • 樹高:13m<br />胸高周囲:6.5m<br />

    樹高:13m
    胸高周囲:6.5m

  • もう何度も見てますが、この存在感、凄い!

    もう何度も見てますが、この存在感、凄い!

  • ビャクシンの庭から奥に進むと仏殿が現われます。

    ビャクシンの庭から奥に進むと仏殿が現われます。

  • この仏殿も国の重要文化財に指定されています。<br />今のこの門は、4代目。<br />芝の増上寺あった徳川秀忠の夫人であるお江の方の霊屋を建長寺が譲り受けています。<br />お江は淀君(茶々)の妹で織田信長の姪。<br />彼女の霊屋がココ鎌倉の建長寺にあるんです。<br /><br />1628年(寛永5年)の建築物です。

    この仏殿も国の重要文化財に指定されています。
    今のこの門は、4代目。
    芝の増上寺あった徳川秀忠の夫人であるお江の方の霊屋を建長寺が譲り受けています。
    お江は淀君(茶々)の妹で織田信長の姪。
    彼女の霊屋がココ鎌倉の建長寺にあるんです。

    1628年(寛永5年)の建築物です。

  • 仏殿の中は、

    仏殿の中は、

  • 地蔵菩薩坐像が安置されています。<br />この像は室町期のものと言われています。<br />像高は371.5㎝。

    地蔵菩薩坐像が安置されています。
    この像は室町期のものと言われています。
    像高は371.5㎝。

  • 仏殿のすぐ奥は法堂。

    仏殿のすぐ奥は法堂。

  • この法堂も国の重要文化財に指定されています。<br /><br />今の法堂は、1814年(文化11年)に再建された建物です。

    この法堂も国の重要文化財に指定されています。

    今の法堂は、1814年(文化11年)に再建された建物です。

  • 手前に釈迦苦行像。<br />2005年(平成17年)の愛知万博で展示された後、パキスタン国より建長寺に寄贈された像です。<br /><br />奥には千手観音像。<br />1263年(弘長3年)、北条時頼が病となった際、造立された像と言われています。

    手前に釈迦苦行像。
    2005年(平成17年)の愛知万博で展示された後、パキスタン国より建長寺に寄贈された像です。

    奥には千手観音像。
    1263年(弘長3年)、北条時頼が病となった際、造立された像と言われています。

  • 斜めから見る手前の釈迦苦行像と奥の千手観音像。

    斜めから見る手前の釈迦苦行像と奥の千手観音像。

  • 天井には雲龍。<br /><br />この雲龍図は、2003年(平成15年)、建長寺創建750年記念事業の一環として、日本画家・小泉淳作によって描かれました。<br /><br />3年かけて書き上げた図だそうです。

    天井には雲龍。

    この雲龍図は、2003年(平成15年)、建長寺創建750年記念事業の一環として、日本画家・小泉淳作によって描かれました。

    3年かけて書き上げた図だそうです。

  • 法堂を過ぎると左斜め前に豪華な唐門が現われます。<br />長い間、改修工事で見ることができませんでしたが、工事を終えて見事な輝きを取り戻しました。<br /><br />方丈の正門になっています。

    法堂を過ぎると左斜め前に豪華な唐門が現われます。
    長い間、改修工事で見ることができませんでしたが、工事を終えて見事な輝きを取り戻しました。

    方丈の正門になっています。

  • 1626年(寛永5年)芝の増上寺で徳川秀忠夫人のお江の霊屋の門として建立されています。<br />1647年(正保4年)に増上寺から先ほど訪れた仏殿と共に建長寺に寄付されています。

    1626年(寛永5年)芝の増上寺で徳川秀忠夫人のお江の霊屋の門として建立されています。
    1647年(正保4年)に増上寺から先ほど訪れた仏殿と共に建長寺に寄付されています。

  • 見事~~~~

    見事~~~~

  • 唐門から後ろを見ると、手前に法堂、奥に仏殿。

    唐門から後ろを見ると、手前に法堂、奥に仏殿。

  • 庫裏から方丈に入ります。

    庫裏から方丈に入ります。

  • 般若心経

    般若心経

  • By 金澤祥子<br /><br />ダウン症の書家ですが、天才書家です。

    By 金澤祥子

    ダウン症の書家ですが、天才書家です。

  • 唐門を内側から。

    唐門を内側から。

  • 方丈の中を歩きます。<br /><br />1732年(享保17年)建立の建物です。<br />徳川吉宗の時代ですね。

    方丈の中を歩きます。

    1732年(享保17年)建立の建物です。
    徳川吉宗の時代ですね。

  • 方丈の中は若い方々の座禅中で撮影禁止。<br />私達夫婦もココで数回座禅を組んだことがあります。

    方丈の中は若い方々の座禅中で撮影禁止。
    私達夫婦もココで数回座禅を組んだことがあります。

  • 反対側の庭園にやってきました。<br />建長寺の創建当時からある庭園です。<br />

    反対側の庭園にやってきました。
    建長寺の創建当時からある庭園です。

  • ジャーン!<br />方丈から見る庭園です。

    ジャーン!
    方丈から見る庭園です。

  • 週末の激混みの中で観る建長寺の庭園。<br />流石平日の午前中。<br />今日は私たち夫婦の貸切です。

    週末の激混みの中で観る建長寺の庭園。
    流石平日の午前中。
    今日は私たち夫婦の貸切です。

  • 座ってゆっくり

    座ってゆっくり

  • この景色を眺めます。<br /><br />池は「心字池」とも呼ばれ、「心」という字を池の形としています。

    この景色を眺めます。

    池は「心字池」とも呼ばれ、「心」という字を池の形としています。

  • 池の東側にある建物は「得月楼」です。<br />月の景趣を眺める建物です。<br />平成15年の建長寺創建750年にあたり、約590年ぶりに復興されました。

    池の東側にある建物は「得月楼」です。
    月の景趣を眺める建物です。
    平成15年の建長寺創建750年にあたり、約590年ぶりに復興されました。

  • 結局、15分ほど方丈の席で夫婦でゆっくり景色を感じてましたが、誰にも会わず。

    結局、15分ほど方丈の席で夫婦でゆっくり景色を感じてましたが、誰にも会わず。

  • そろそろ行こうとしたら、女子旅3人組がキャピキャピやってきた。<br />家内「私も30年前はあんな感じで京都に行ってたな~」

    そろそろ行こうとしたら、女子旅3人組がキャピキャピやってきた。
    家内「私も30年前はあんな感じで京都に行ってたな~」

  • 方丈をあとにします。

    方丈をあとにします。

  • この奥深く山の上に半僧坊があります。

    この奥深く山の上に半僧坊があります。

  • 古民家レストランのランチを予約してあるので、半僧坊まで登らず、ココで引き返します。

    古民家レストランのランチを予約してあるので、半僧坊まで登らず、ココで引き返します。

  • 来た道を戻ります。

    来た道を戻ります。

  • 10時を過ぎて、少し人が増えてきました。

    10時を過ぎて、少し人が増えてきました。

  • 建長寺をあとにしました。

    建長寺をあとにしました。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • yamayuri2001さん 2020/11/25 16:01:54
    nichiさん、こんにちは。
    見慣れた建長寺も、nichiさんの旅行記で拝見すると
    今まで見過ごしてきたことばかりです。
    「鐘つけば銀杏ちるなり建長寺」は、
    そうだったんですか!
    驚きの展開、柿食えばが後だったんですね・・・

    法堂の雲龍図が私は好きで、
    時たま見たくてたまらなくなります。
    今は 金沢さんの気迫ある般若心経の書まであるのですね。

    ご夫婦で座禅を組まれたなんて、さすが
    nichiさんご夫妻は様々な経験を重ねていらっしゃいますね。

    2月に、建長寺で聴いた、修行僧たちの読経が
    忘れられません。
    まるで、天から降って来る合唱に聞こえました。
    もう、数年前の事です。
    拝見して、私まで、心が穏やかになりました。
    ありがとうございます。

    yamayuri2001

    nichi

    nichiさん からの返信 2020/11/26 23:13:43
    RE: nichiさん、こんにちは。
    yamayuri2001さん
    こんばんは。

    いつも「いいね」&コメントありがとうございます。

    > 「鐘つけば銀杏ちるなり建長寺」は、
    > そうだったんですか!
    > 驚きの展開、柿食えばが後だったんですね・・・
    →そうなんですよね。何度も通っていた建長寺ですが。2年前に説明看板が出来て初めて知った次第です。
    >
    > 法堂の雲龍図が私は好きで、
    > 時たま見たくてたまらなくなります。
    →ハッとするち密さと豪華さがありますよね。
    2003年に完成した新しい絵ですが、私共が初めて見たのは転勤から帰国した数年前です。
    龍は仏の教えを人々に伝えるといわれているようですね。
    >
    > 今は 金沢さんの気迫ある般若心経の書まであるのですね。
    →これは生でご覧になることをお勧めします。
    迫力ありますよ〜
    >
    > 2月に、建長寺で聴いた、修行僧たちの読経が
    > 忘れられません。
    > まるで、天から降って来る合唱に聞こえました。
    > もう、数年前の事です。
    →それ、すごいうらやましいです。
    建長寺は僧侶の数も多いので、迫力もあるのでしょう。
    仏典に節をつけた声明だったのでしょうか?

    私共はカトリック教徒ですが、日本のお寺や神社を見て回るのが大好きです。、

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