2020/01/11 - 2020/01/13
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nichiさん
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北海道旅行最終日です。
昨日は寝坊して小樽見物は中途半端でした。
この日は早起きして早めにホテルをチェックアウトして小樽へ。
小樽駅のコインロッカーに荷物を預けて小樽観光。
小樽市総合博物館運河館は楽しかった~~
予定時間を大幅にオーバーしてじっくり拝見してしまいました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
朝6時過ぎ。
昨晩もたくさんお酒を戴きましたが、今日は寝坊せずちゃんと起きました。 -
さあビュッフェの朝食を頂きに行きましょう!
7時のオープン時間にホテルのレストランを訪れたらすぐに満席になって入れず。
この日は2階の宴会場も朝食ビュッフェ会場になっていて、そこに案内されました。
ほとんどが台湾からの方々でした。 -
7時40分ごろにチェックアウトでフロントを訪れたら、長い列。
並んでいるのは日本の方々が多いです。
暫く並んで無事にチェックアウト。
荷物を転がしてホテルを出たら、ホテル前に何台もの大型バスが、、、、
みーーんなインバウンドの方々が乗るバスのようです。
びっくり~~
少し歩いてタクシーに乗って札幌駅へ。 -
タクシーで札幌駅に着きました。
8時15分
8時17分発の函館本線で小樽に行きたかったのですが、間に合わないですね~~ -
みどりの窓口に行って並び、
札幌→小樽→新千歳空港
のチケットを購入。
8時35分発の小樽行に乗りました。
車内の半分はインバウンドの方々。
中にはスキーやスノーボードを抱えている欧米の方々も多く見られます。
その方々は、手稲駅で降りて行かれました。
テイネスキー場に向かうんですね。
小樽駅の3つ手前の朝里駅で多くのアジア系外国人の方々が降りて行きました。
なんで~?
ググってみたら、1995年の岩井俊二監督の「Love Letter」の撮影場所に使用されており、この作品はは中国・台湾・韓国で大人気になり、2016年以降、多くのインバウンドの方々が訪れているようです。
線路脇で多くの外国の方々が撮影に夢中でした。 -
スキー場が見えます。
朝里川温泉スキー場でしょうか? -
小樽駅に着きました。
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裕次郎ホーム
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石原裕次郎の実物大の写真。
私にとっての石原裕次郎は中学の時に夢中で見ていた「太陽にほえろ」ですね~~
マカロニ(ショーケン)やジーパン(松田優作)や山さん(露口茂)がかっこよかったな~~
「大都会」も「西部警察」も見てたけど、やっぱり「太陽にほえろ」です。
それ以前の映画のスーパースターである石原裕次郎はリアルタイムでは知りません。
「黒部の太陽」はずーっと後にテレビで拝見しました。
小樽にあった石原裕次郎記念館はこの小樽にありましたが、2017年に入場者の減少で閉館しました。
ググってみたら、亡くなったのが 1987年(昭和62年)ですから随分経ってますね。
ファンの老齢化が原因なんでしょうね~
そう考えると東京目黒の美空ひばり記念館もファンの老齢化で厳しいのかな~? -
2日連続小樽駅。
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バスに乗って運河方面に向かいます。
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運河プラザで下車。
駅から徒歩8分なんですが、時間がもったいないので1駅バスに乗っちゃいました。 -
小樽運河プラザに到着。
小樽の観光案内所です。
入場無料です。 -
サカナクションのボーカル&ギターの山口一郎は小樽出身なんですね。
彼のお父さんは、学生運動出身で小樽運河保存運動を行って市議会議員になったことを何かで読んだことがあります。
私たちは山口一郎よりそのお父さん世代ですが、、、、
家内はサカナクションが好きでCDを数枚持っています。
山口一郎と言う名前を聞いても私はピンときませんが、家内はビビットに反応してました。
サカナクションは私でもわかります。 -
サカナクションのライブ映像まで流れていました。
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サカナクションの
やまぐちいちろう
の幼稚園の時に利用していたバッグ。
手作り感が可愛い。 -
小樽にまつわる懐かしのグッズ。
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昭和初期に描かれた鳥瞰図。
江戸後期の錦絵と言われる手法で描かれています。 -
そもそもこの建物は、歴史的建造物に指定された旧小樽倉庫を利用した施設です。
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小樽運河プラザの中庭。
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歴史的建造物だと言うことが判ります。
瓦屋根には鯱。 -
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古い柱時計も掲げられています。
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消防犬 ぶん公
って??? -
「ぶん公」は昭和の初めころに小樽消防本部で飼われていた雑種のオス犬です。
消防自動車が出動する時は、一番先に乗り込み、火事場では野次馬(見物人のこと)を追い払い、水を掛けるホースのもつれを直したりして大活躍したと言い伝えられています。
出動回数は1,000回にも及んだといわれていますが、年をとって体が弱ると、出動のベルが鳴っても消防自動車に乗ることができなくなりました。そして昭和13年(1938年)2月3日、たくさんの人々にみとられて亡くなりました。
24年間生きたと言われる「ぶん公」は、人間の年でいえば100歳まで生きた事になります。
彼の生前の活躍は、ラジオや雑誌で全国に伝えられ、絵本の題材にもなりました。今でも「ぶん公」の姿を見るたびに、消防自動車のステップに立つ勇ましい姿が浮かんできます。 -
小樽運河プラザを出ました。
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これも古き良き建築。
小樽倉庫です。
明治23年~27年にかけて造られました。 -
増築を重ねてできた倉庫で、先ほどの小樽運河プラザも繋がっているようです。
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小樽市総合博物館運河館へ。
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入場料は800円。
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この博物館は前から訪れたかった所。
小樽の歴史を知ることができます。
この博物館も明治26年に建てられた「旧小樽倉庫」にあります。 -
「おたる」の地名はアイヌ語の「オタ・オル・ナイ」(砂浜の中の川)に由来するとのこと。
昭和40年代まで「小樽内(オタルナイ)」という集落が存在していたようです。
アイヌの服は、草皮衣(テタラベ)と言う衣類。
イラクサと繊維を使った衣類です。 -
江戸中期から明治にかけて大阪と北海道を結んだ経済動脈であった北前船。
物を運ぶだけでなく、寄港地で売り買いをする「買積船」でした。
蝦夷地と言われた当時の北海道に生活物資のほとんどを供給し、海産物や毛皮類を小樽より本州に運び出していました。 -
北前船が運んだ産物。
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北前船の航路。
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北前船が寄港地で行った売買記録。
これ、面白くて夫婦で見入ってしまいました。
今じゃエクセルで簡単に作れますが、当時は縦書きの墨で書いていた伝票ですね。 -
北前船の模型。
全長32m。
意外と小さい。。。
荷物を多く積み込むため、ずんぐりしてます。
800石(約120t)積んでいたようですが、1400石(210t)積むことも可能だったとのこと。 -
北前船の航海は、春の大阪から始まり、寄港地で商売しながら北上するため、蝦夷(北海道)まで片道50日~60日かかります。
風頼りの帆船であるため、隠岐の島の西郷、羽前の飛島(山形県酒田)、津軽の深浦(青森県西津軽郡)などは、風待ち及び潮待ちに適した寄港地として栄えた港のようです。
北前船の航海で使われた道具が紹介されていました。 -
当時の地図「大日本海陸全図」。
文久3年(1863年)の地図です。 -
航海で使われた望遠鏡や磁石。
GPSは無いしな~ -
引札です!
つまり江戸時代の広告チラシ!
これ、面白い! -
大阪で作られて、北前船で運ばれていたんですね。
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これはお酒の広告です。
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江戸時代の商社のブランド広告ですね~~~
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北前船は物だけでなく、人や文化も運んでいました。
小樽は、上方文化を含めた寄港地の文化の上陸地となりました。 -
船玉大明神
船の御霊ですね。
明治20年(1887年)のものです。 -
北前船の写真。
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船箪笥
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小樽港実地明細図
明治26年(1893年)
小樽市中心街がほぼ形成された時期の地図です。
主な商店や会社の名前が入っています。 -
これは小樽港明細案内図。
明治34年(1901) -
オコバチ川から手宮にかけての埋め立てが明治20年ごろに終了しました。
江戸時代から明治時代にかけて、河岸や港において廻船などの商船を対象として様々な業務を行った廻船問屋は、小樽で倉庫業を始めました。
その多くは木骨石造と言われる安価な建築費で防火に優れた大型倉庫でした。
この博物館も木骨石造です。
廻船問屋は今で言う、総合商社ですね。 -
「ポンポン」と言われる俵などの荷物に、荷主の印をいれるのに用いたハンコです。
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明治39年(1906年)の小樽港の写真です。
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小樽運河を行き交う船の写真で大正末期のものです。
小樽運河は、年毎に増加していく小樽港のはしけ作業の効率化の為に大正3年(1914年)から大正12年(1923年)の間に造られました。 -
小樽市総合博物館運河館として使用されているこの建物の模型がありました。
明治26年(1983年)に加賀橋立(石川県加賀市)の北前船主であった西出孫左衛門と西谷庄八によって設立された「小樽倉庫組」の木骨石造り建設です。
「口字型」の配置と鯱に特徴があります。 -
印半纏
小樽倉庫の「小」の文字をデザインした印を使用しています。 -
鰊盛業屏風です。
鰊漁から加工までの様子を六曲一双に描いています。 -
港に鰊をあげて、
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鰊つぶし
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出荷
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「もっこ」と呼ばれる背負子に鰊を入れて運びます。
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これが実物の「もっこ」。
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様々な道具。
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鰊漁の様子の模型。
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江戸時代前期から道南で盛んになっていた鰊漁は、江戸代後半は小樽周辺の漁場に中心が移ってきました。
鰊の豊漁は、巨万の富を生み、小樽経済の基礎を築きました。 -
鰊は3月下旬から4月上旬にかけて産卵のために日本沿岸にやってきます。
豊漁の時は海が盛り上がるぐらい鰊が押し寄せたとのこと。
この漁と共に春が訪れることから、春告魚とも呼ばれています。
鰊の漁期にはたくさんの季節労働者が全国からやってきました。
漁業経営者は多くの季節労働者を受け入れるための住宅を造りました。
中には鰊御殿と呼ばれるほどの豪華な建物もあり、今でも一部残っています。
私達は見れなかったど、、、、 -
しかし、次第に鰊漁の漁獲高は減り、昭和28年(1953年)に終わりを迎えました。
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豊かになった小樽には、国際航路が開かれ、様々な外国の物資や文化が入ってきました。
裕福な方々は、当時高価だったカメラや映画を撮るカメラも。 -
当時小樽の街の再現エリア
小樽がもっとも華やかであった大正時代の街並みを復元しています。 -
この建物は、海陸物産商店です。
農産物と海産物を主として取り扱い、現在の商社的な商いを行っていました。 -
店の構えは純日本風です。
帳場格子の中には、帳場さんと言われた番頭さんが座っていました。 -
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この建物は、文具雑貨店です。
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取り扱う商品は、文具品に留まらず、煙草や櫛、お茶や絵葉書など多岐にわたっていました。
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このお店は西洋小間物店。
鰊がもたらした富によって外国航路が開かれ、小樽には外国製品を置いた小間物店が相次いでオープンしました。 -
当時としては珍しかった海外製品が並んでいました。
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消火栓
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小樽の近代化で消火栓がつくられましたが、冬は寒いので凍結防止の為、藁で覆われていました。
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リードオルガン。
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西川楽器のオルガンです。
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人力車に車輪ではなくソリが付いています。
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中庭に出ました。
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蝦夷の野生動物たち
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小樽市西部にある忍路土場遺跡(縄文時代後期・約3500年前)の発掘資料を展示していました。
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火おこし体験。
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土器の文様付け
小樽市総合博物館運河館をすっかり満喫しました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- yamayuri2001さん 2020/01/19 15:17:17
- nichiさん、こんにちは。
- 冬の小樽に行かれたのですね。
小樽の地名 「おたる」の地名はアイヌ語の「オタ・オル・ナイ」に
由来するとの事、初めて知りました。
おたるそのものが、アイヌ語に違いないと思っていた私には
驚きの発見です。
秋の小樽も風情がありましたが
冬は、一層風情を感じさせてくれますね。
小樽運河プラザは、私も訪問したのですが、
ざっと見ただけでしたので、
nichiさんの旅行記で、再確認したことが多く、
自分の旅行が、いかにボーっとしたものだったかを
思い知らされることになりました。
nichiさんのフットワークの軽さに驚愕です。
もう旅行記だけでも 500冊を軽く超えられていたのですね・・・
前半に、石原裕次郎の「西部警察」の事が出ていましたが
あのドラマは、環状3号線の未開通の部分で
車を燃やして撮影していました。
私の住まいから すぐのところでしたので
よく覚えています。
今では、考えられないくらいに
環状3号は車が多いですね(笑)
懐かしい思いが、この旅行記を拝見して
こみ上げてきました。
今年も、よろしくお願いいたします。
yamayuri2001
- nichiさん からの返信 2020/01/19 22:50:53
- RE: nichiさん、こんにちは。
- yamayuri2001さん
こんばんは。
> 小樽の地名 「おたる」の地名はアイヌ語の「オタ・オル・ナイ」に
> 由来するとの事、初めて知りました。
> おたるそのものが、アイヌ語に違いないと思っていた私には
> 驚きの発見です。
→北海道の地名はほとんどがアイヌ語を由来としているようですね。
ちなみに札幌はアイヌ語の「サリ・ポロ・ペッ」が語源だと言われているようです。
幼少時代と大学の4年間札幌に住んでいた家内が詳しいです。
> 秋の小樽も風情がありましたが
> 冬は、一層風情を感じさせてくれますね。
→春と夏に訪れたことがあるのですが、冬はどこか寂しさを感じますね。
何ででしょう???
> 前半に、石原裕次郎の「西部警察」の事が出ていましたが
> あのドラマは、環状3号線の未開通の部分で
> 車を燃やして撮影していました。
> 私の住まいから すぐのところでしたので
> よく覚えています。
> 今では、考えられないくらいに
> 環状3号は車が多いですね(笑)
> 懐かしい思いが、この旅行記を拝見して
> こみ上げてきました。
→そうなんですか〜?
今の環状3号線では考えられないですね〜〜
ちなみに、世田谷に住んでいた子供の頃、自宅近くでよく「太陽位ほえろ」のロケが行われていました。自宅のすぐ近くに七曲警察署があり、ジーパンの最期の殉職シーンも自転車で10分ぐらいの所でした。
> 今年も、よろしくお願いいたします。
→こちらこそ宜しくお願い申し上げます。
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