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 所用があって奈良路へ。用事は大した事も無い、現場確認するだけなので立ち寄った程度です。心内は出発時から表題の秋篠寺へ向かっていました。現在読み進めている五木寛之著「百寺巡礼」と白洲正子著「十一面観音巡礼」にえがかれている、怨霊と慰撫の秋篠寺と川を是非自分の足で歩きたいとの思いで

紅葉と光そして苔の秋篠寺へ 神功皇后と光仁天皇の選択とは

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2019/11/13 - 2019/11/14

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旅行記グループ 大和を旅する その2

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河内温泉大学名誉教授

河内温泉大学名誉教授さん

 所用があって奈良路へ。用事は大した事も無い、現場確認するだけなので立ち寄った程度です。心内は出発時から表題の秋篠寺へ向かっていました。現在読み進めている五木寛之著「百寺巡礼」と白洲正子著「十一面観音巡礼」にえがかれている、怨霊と慰撫の秋篠寺と川を是非自分の足で歩きたいとの思いで

旅行の満足度
5.0
交通手段
自家用車
  •  秋篠川上流にある押熊という場所にある「押熊神社」は、仲哀天皇の子で押熊皇子という応神天皇の腹違いの皇子を祀る神社です。押熊皇子は香坂王と共に義母である神功皇后と争いの末宇治川に身を投げて憤死し、応神天皇が即位します。その押熊皇子を奉る神社が今では応神天皇を祭神とする「八幡神社」となっています。

     秋篠川上流にある押熊という場所にある「押熊神社」は、仲哀天皇の子で押熊皇子という応神天皇の腹違いの皇子を祀る神社です。押熊皇子は香坂王と共に義母である神功皇后と争いの末宇治川に身を投げて憤死し、応神天皇が即位します。その押熊皇子を奉る神社が今では応神天皇を祭神とする「八幡神社」となっています。

  •  何故かという答えは現地では得られませんでした。言わば敵方にあたる「応神天皇」系となっているのも因果です。寄らば大樹の陰でもないでしょうに。<br /> 近くの団地造成で立ち退いて移転してきたという押熊皇子と香坂王の「忍熊王子社」(写真)の確認もすませます。

     何故かという答えは現地では得られませんでした。言わば敵方にあたる「応神天皇」系となっているのも因果です。寄らば大樹の陰でもないでしょうに。
     近くの団地造成で立ち退いて移転してきたという押熊皇子と香坂王の「忍熊王子社」(写真)の確認もすませます。

  • 同鳥居

    同鳥居

  • 位置図と関係図

    位置図と関係図

  •  秋篠川を来た方向へ下ると秋篠寺に着きますが、途中川の左岸には神功皇后の御陵があるというのは、押熊皇子との関係からして何とも奇妙な立地関係だと思います。

     秋篠川を来た方向へ下ると秋篠寺に着きますが、途中川の左岸には神功皇后の御陵があるというのは、押熊皇子との関係からして何とも奇妙な立地関係だと思います。

  • 同制札

    同制札

  •  この関係を白洲正子は著書の中で、秋篠川流域を何とも宿命的な場所と云い、黄泉の世界とも表現しています。事実この地域には、磐之姫古墳はじめ多数の陵墓が並んでいます。<br /><br />磐之姫陵(仁徳天皇后)

     この関係を白洲正子は著書の中で、秋篠川流域を何とも宿命的な場所と云い、黄泉の世界とも表現しています。事実この地域には、磐之姫古墳はじめ多数の陵墓が並んでいます。

    磐之姫陵(仁徳天皇后)

  • 成務天皇陵<br />

    成務天皇陵

  • 平城天皇陵<br />

    平城天皇陵

  • 更に秋篠川を下がれば垂仁天皇陵も

    更に秋篠川を下がれば垂仁天皇陵も

  •  その、川沿いに秋篠寺はあります。寺伝によると光仁天皇が善珠僧正に命じて造らせたとあります。光仁天皇も子どもを桓武・平城天皇と嗣がせていますが、神功皇后と同様に自分の妻や子を死に追いやるという一面も併せ持っています。この神代の時代ともいうのは、非常に冷酷な一面を持っています。<br /> この続きは後回しにして暫し「秋」の秋篠寺をお楽しみ下さい。<br /><br />東門より

     その、川沿いに秋篠寺はあります。寺伝によると光仁天皇が善珠僧正に命じて造らせたとあります。光仁天皇も子どもを桓武・平城天皇と嗣がせていますが、神功皇后と同様に自分の妻や子を死に追いやるという一面も併せ持っています。この神代の時代ともいうのは、非常に冷酷な一面を持っています。
     この続きは後回しにして暫し「秋」の秋篠寺をお楽しみ下さい。

    東門より

  •  ところで今回は、カメラも二台、脚も持参です。今頃よく見かける高齢者スタイルです。尤も脚といっても「一脚」というステッキにもなる便利なものです。では、写真集をご覧下さい。<br /> お寺の東門対則には「奈良競輪」なる施設があります。<br />

     ところで今回は、カメラも二台、脚も持参です。今頃よく見かける高齢者スタイルです。尤も脚といっても「一脚」というステッキにもなる便利なものです。では、写真集をご覧下さい。
     お寺の東門対則には「奈良競輪」なる施設があります。

  • 金堂跡の苔の海と赤い実は千両でしょうか。

    金堂跡の苔の海と赤い実は千両でしょうか。

  •  西塔跡方向から。<br />「苔の海」は五木寛之が「百寺巡礼」表現しています。奥に南門が見えます。

     西塔跡方向から。
    「苔の海」は五木寛之が「百寺巡礼」表現しています。奥に南門が見えます。

  • 金堂跡を先程とは逆方向から

    金堂跡を先程とは逆方向から

  •  本堂を取り巻く土塀と紅葉です。これが一番美しいと思いました。写真の出来という意味ではありません、念のため。

     本堂を取り巻く土塀と紅葉です。これが一番美しいと思いました。写真の出来という意味ではありません、念のため。

  •  本堂脇の釣鐘です。多分、名も無き鐘なんでしょう。銘は無くとも響きはお隣の奈良競輪場のジャンジャン(最終周回の合図の鐘)よりは美しいのでしょう。

     本堂脇の釣鐘です。多分、名も無き鐘なんでしょう。銘は無くとも響きはお隣の奈良競輪場のジャンジャン(最終周回の合図の鐘)よりは美しいのでしょう。

  •  邪念を払って本堂に。堂内は撮影禁止ですので、外見だけで。内緒のお話ですが「技芸天」数十年ぶりに再会しましたが、随分と老けたたように思いました。帰宅して愚妻にこの話をしましたら、年内の埃を被っているだけ、と言われました。年末の御身拭いで、リメイクされるのでしょうか。ここが我が家とは違うところです。

     邪念を払って本堂に。堂内は撮影禁止ですので、外見だけで。内緒のお話ですが「技芸天」数十年ぶりに再会しましたが、随分と老けたたように思いました。帰宅して愚妻にこの話をしましたら、年内の埃を被っているだけ、と言われました。年末の御身拭いで、リメイクされるのでしょうか。ここが我が家とは違うところです。

  •  またも、邪念のくり返しとなってしまいました、最後は「香水閣」で自身の身を清めましょう。若狭と繋がっているという清らかな井戸は、東大寺二月堂のお水取りの思想に似ていますね。

     またも、邪念のくり返しとなってしまいました、最後は「香水閣」で自身の身を清めましょう。若狭と繋がっているという清らかな井戸は、東大寺二月堂のお水取りの思想に似ていますね。

  • 同横から、格式を現す五線になっています。

    同横から、格式を現す五線になっています。

  •  さて、宿題の秋篠寺を巡る光仁天皇の思いとは。<br /> これを現しているのが、南門の横にある秋篠寺の地主神社(元秋篠寺鎮守社)の「祭神一覧」です。思いがけない死を迎えた者の御霊(ごりょう)による祟りを防ぐための、鎮魂のためのに祀るという一覧に「大雷神」(菅原道真)等の中に「(早良親王)崇道天皇」と「伊予親王桓武(第三皇太子)」の光仁天皇がその死に関わった二人の息子の名があります。秋篠寺は臨まない死をえることとなった、息子の無念を慰撫する寺でもあることを現しています。

     さて、宿題の秋篠寺を巡る光仁天皇の思いとは。
     これを現しているのが、南門の横にある秋篠寺の地主神社(元秋篠寺鎮守社)の「祭神一覧」です。思いがけない死を迎えた者の御霊(ごりょう)による祟りを防ぐための、鎮魂のためのに祀るという一覧に「大雷神」(菅原道真)等の中に「(早良親王)崇道天皇」と「伊予親王桓武(第三皇太子)」の光仁天皇がその死に関わった二人の息子の名があります。秋篠寺は臨まない死をえることとなった、息子の無念を慰撫する寺でもあることを現しています。

  • 同拝殿

    同拝殿

  •  紅葉と光そして苔の見事な風景の裏に、光仁天皇の選ばざるを得なかった選択に懺悔の気持ちもが隠れているのか。<br /> 神功皇后の義理の息子を葬り、光仁天皇の同様の行為の影に渦巻く怨霊と慰撫という一筋の流れを秋篠川と呼ぶのでしょうか。<br /> 「あきしの」の名は美しいけれども、その歴史には深い謎が含まれている・・・と白洲正子は章の最後に記しています。<br /><br />南門より帰路につきました

     紅葉と光そして苔の見事な風景の裏に、光仁天皇の選ばざるを得なかった選択に懺悔の気持ちもが隠れているのか。
     神功皇后の義理の息子を葬り、光仁天皇の同様の行為の影に渦巻く怨霊と慰撫という一筋の流れを秋篠川と呼ぶのでしょうか。
     「あきしの」の名は美しいけれども、その歴史には深い謎が含まれている・・・と白洲正子は章の最後に記しています。

    南門より帰路につきました

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