2019/04/15 - 2019/04/15
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しにあの旅人さん
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フェデリーコ2世は生涯100以上の城や城砦を造ったり、改修したりしています。ただし教会は一つしか建てていません。(塩野)
城は軍事上の必要があればいくらでも建てる。しかし、腹の足しにならない不要不急の教会などはいらない。ローマ法王とウマがあわないのは、当然です。
海沿いの、彼が造った、あるいは彼由来の城をたずねてみました。
今回はフォッジアの宮殿のあと、レンタカーでドライブしたトラ-ニまで。
ドライブ記録は別途まとめます。
この旅行記を書くにあたり、参考にした資料は下記に列挙してあります。
フェデリーコ2世紀行-1 イエージ・誕生
https://4travel.jp/travelogue/11505518
なおこの旅行記はフェデリーコ2世の年代記風に並べたいと思います。4Travelではブログは旅行日順に並ぶので、表紙写真下に表示される訪問日と実際の訪問日は異なります。プーリア滞在は4月9日―14日です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
マンフレドニアからトラーニまで。
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マンフレドニア城。
マンフレドニアは、フェデリーコ2世の宮殿のあったフォッジアから西へ直線約35キロ、マンフレッド湾に臨む町です。
この城は、フェデリーコ2世の跡継ぎ、マンフレディが1256年に、町の中心として建設を開始しました。しかし1266年彼の戦死により未完成でした。
城はマンフレディを破ったアンジュ家に引き継がれ、その後大砲による攻撃を前提にした、低く分厚い城壁をもつ城となりました。1620年にはオスマントルコの攻撃にもろくも落城しました。マンフレディの呪いでありましょうか。
アンジュ家は町の名前を変えましたが、だれも相手にせず、マンフレドニアの名が使われ続けました。町の住民はマンフレディを愛し続けたのです。 -
城の前の道路標識は、
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「フェデリーコ2世道路」です。
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城の前にはマンフレディの騎馬像が建ち、子供たちが説明を聞いていました。歴史の課外授業でした。
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マンフレディはまれにみるイケメンだったそうです。
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城は並木と、
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公園に囲まれておりました。
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城はよく修復されています。しかし、城壁の上からみる海以外、見るべきものはありません。
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内部の古い城壁の一部です。これがオリジナルなのでしょう。ネコが遊んでおりました。
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港が見下ろせます。
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マンフレッド湾です。
マンフレディを滅ぼしたアンジュ家の名をとったアンジュ湾などというものはありません。
アンジェの陰で糸を引いていたのは、ローマ法王ウルバヌス4世ですが、ウルバヌスまたはUrbanus でグーグルマップをさがしてもなにもヒットしません。
マンフレディは戦さでは負けましたが、グーグルマップでは完勝です。 -
マンフレドニアを出て、バルレッタに向かいます。
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バルレッタ城。
古くからシチリア王家の領土でした。Wikipediaイタリア語版(フランス語への機械翻訳)によれば、フェデリーコ2世は1224年から28年の間に城の改修を命じております。4年後の第6次十字軍が頭にあったのでしょう。
以下塩野からの要約です。
1228年ブリンディジより十字軍を率いてパレスティナに渡ります。翌年法王グレゴリウス9世が操る反乱がイタリアで起きます。フェデリーコ2世は急遽ブリンディジに帰国しました。1229年6月10日のことです。その後、このバルレッタの城に入城し、2ヵ月かけて反乱鎮圧の準備をします。フェデリーコ2世がバルレッタを発すると、それだけで反乱軍は崩壊してしまいました。
1228年以降、何度かフェデリーコ2世はバルレッタに滞在しているそうです。
彼の王国の崩壊後、城はアンジュ家の手に渡りました。 -
現在の城は明らかに大砲による攻防を前提にしたものです。13世紀、フェデリーコ2世の時代の面影をどこまで残しているのでしょうか。
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17世紀末のバルレッタです。
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海側の城壁です。きれいに修復されています。
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中庭。疑問に思うのは、修復後の外観があまりに現代風すぎではないか。窓はガラス窓です。もう少し中世の面影を残してもよかったのではないでしょうか。
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城中に小さな博物館があります。フェデリーコ2世といわれる胸像です。
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トラーニ(Trani)城。
フェデリーコ2世は1233年から1249年にかけて大規模な改修を行いました。四隅の大きな塔、広い堀、かつては直接海に乗り出せました。
16世紀以降の増改築がありましたが、フェデリーコ2世の城の面影はおおむね残っているそうです。 -
浜辺を挟んで反対側にトラーニ大聖堂の尖塔が聳えています。
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城はよく保存されておりました。
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ただ窓などは現代風で、私たちには修復しすぎた感があります。
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ところどころにかつての遺跡をそのままに偲べるところもありました。
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城の平面図。
赤まるは城の北翼の2階全てを占めるフェデリーコ2世広間。 -
フェデリーコ2世広間。右が海側です。
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反対側より。
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復元図です。
フェデリーコ2世には、正妻4人を含めて、存在が知られている女だけで11人、子供が15人いました。(塩野)
その中で彼が一番愛した女は、最後の正妻、ビアンカ・ランチアと言われております。
その間に産まれたのがマンフレディです。大変なイケメンでありました。
マンフレディが2番目の妻、エレナ・コムネノ(Elena COMNENO)と華燭の典をあげたのが、この広間でした。1257年または58年のことです。
ウイキペディアでは他の姓になっておりますが、城の説明版に従います。
1266年のマンフレディの戦死後、エレナと5人の子供は、この城から船で脱出を試みますが、直前に臣下の裏切りにより捕らわれ、この広間で、アンジュ家のシャルル1世に引き渡されました。以降子供たちとともに、カステル・デル・モンテに幽閉され、5年後に世を去りました。
フェデリーコ2世死後16年のことであります。恨みの城、恨みの広間であります。
☆☆☆
イタリア人があんなに陽気でおしゃべりなのは、理解を超えるものがあると、私は常々思っておりました。
なんでああ、ひっきりなしにしゃべっているのか? あれはね、あんまり悲しくて寂しくて、それに耐えられないからなんだよ。黙っていると胸が破けてしまいそうだから。しゃべって、しゃべって陽気そうにしないと。
だって、あんなに美しくて、賢くて、正しくて優しくて育ちが良い、人の世の美徳を全て持った人間のあんなに哀しい最期は見たくない、聞きたくない、知りたくない。そして思い出したくない。だから窓ガラスだって入れちゃう。
悲しい昔を忘れるために。
なのに、心に残るのは、
悲しい貴公子の名前。
By妻 -
黒まるは城の西翼2階の全体を占めます。
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マンフレディ王の広間となっておりました。
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いわく、因縁何も書いてありませんでした。
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この人は犬らしきものを見るとお手をさせたがります。
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フェデリーコ2世が重そうなので手伝っているそうです。
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この旅行記へのコメント (2)
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- kummingさん 2019/09/19 00:24:57
- 潔き一票を♪
- 奥さまの深淵なる洞察力、ご意見に一票を^ ^
マンフレディもですけど、確かもう1人、すごいイケメンかつ才能、文才の持ち主で詩作の能力に秀でたフェデリコ2世のご子息が!同じく薄幸の人生で、捕虜となり、死ぬまで閉じ込められていた方が?お名前を思い出してから投稿しようかと思ってましたが(-。-;
確か、一度脱走を試みて、あわやのところで見つかってしまった(ToT)しかも、その美しい金髪が、ちょっとだけ飛び出してたから?!嘘みたいな、そんな事で一生を棒にふらないで~T_T
- しにあの旅人さん からの返信 2019/09/21 07:59:22
- Re: 潔き一票を♪
- エンツオですね。「蒼い目で見られると女でなくとも絶句する」というイケメン。マンフレディは肝心の軍人としては凡将だったようですが、エンツオはこっちにも優れていたようで、FDIIとしては、捕虜にされたのは悲しかったでしょうね。
コメントありがとうございます。FDIIもトラー二まで来ました。あと4回続きます。資料調べ、これが一番手間かかります。地名、人名はどうしてもイタリア語になるのですが、1日かかって結局分からなかったりします。推敲、校正で月3ー4本くらいが限界です。お付き合いいただけるとうれしいです。
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